表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転移先が大魔王城ってどういう事よ?  作者: ゆきんこ
最終章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/114

贈り物 4

 次の日も、そのまた次の日も、私は謁見に出た。日に日に謁見を求める人は増え、順番待ちの人々の行列は、とうとう控え室を飛び出して廊下にまで伸びているらしい。ここまでくると、たくさんの人が会いに来てくれて嬉しいを通り越し、逆に怖い。私と会っても良い事なんて無いと思うよ? みんな、少し冷静に考えようよ。


 そして、何故かブタイノシシの燻製肉や腸詰を贈られる事が、劇的に多くなった。どこで情報を仕入れてくるのか、私がブタイノシシの燻製肉が好きだという噂が流れているらしい。そりゃ、ブタイノシシ、食べたいと思ってたよ? でも、燻製肉の塊や腸詰を日に何十個も貰っても、ちょっと処理に困る。全部食べきるなんて出来ないよ。ここのとこ毎日、朝晩の食事や昼の軽食が燻製肉や腸詰になっているんですけど……。数年前の悪夢を思い出すから、そろそろ勘弁して欲しい。知っている人に配って回っても、全然減らないし……。


 私は腸詰にフォークを突き刺し、溜め息を吐いた。今日の腸詰はピリ辛のチョリソー風だ。オーソドックスな腸詰や燻製肉よりは幾分かマシ。でも、飽きたものは飽きた。もう、暫くの間、燻製肉や腸詰は見たくない……。


「食が進みませんか?」


 ふと顔を上げると、ラインヴァイスが心配そうにこちらを見つめていた。私は彼に笑みを返し、チョリソーに齧り付く。プリッとした食感に続き、ジュワッとピリ辛の肉汁が口の中に広がる。うん。美味しい、とは素直に思えない。やっぱり飽きた。


「もう、燻製肉も腸詰も飽きた……。ラインヴァイスもアイリスも好きに食べて良いんだよ? というか、減らすの、協力してよ」


「ええ。私もアイリスもそのつもりで毎食頂いておりますし、叔父上もローザ様も毎食召し上がっておられるようです。近衛師団の者達も遠慮なく頂いておりますが、それでも一向に減らないどころか、少しずつですがストックが増えているようで……」


 マジか……。とうとう、消費が追いつかなくなった。どうしよう……。食べずに保管しておいて、食べられそうな気分になったら食べようかな……。でも、その頃には今よりずっと、ストックの数が増えている訳で……。ああ、どうしよう……。


「そうだ! 孤児院に持って行ってあげてよ! あそこなら食べ盛りが多いから、結構消費出来ると思うんだ」


「毎日とはいきませんが、ノイモーントやフォーゲルシメーレ、ヴォルフが訪ねる際に持って行っているようです」


「じゃ、じゃあ、近隣の町に配ったら?」


「流石にそれは……。祝いの品を持って来る者の中には、近隣の町や村の者もおりますので……」


「そっか……。そうだよね……。あ~あ。せめて、燻製してなかったらなぁ……。ブタイノシシ料理なら、ここまで飽きる事は無いと思うんだよねぇ……」


「ですね。ただ、生肉ですと日持ちしないですから」


「それは分かってるけど……。燻製ばっかり、もう飽きたよ……」


「ですね……」


 私とラインヴァイスは、はぁと深い溜め息を吐いた。ラインヴァイスも燻製肉や腸詰には飽き始めているのだろう。顔には出さないけど、もしかしたらシュヴァルツも……。ああ! どうしてこうなった!


「生きてるブタイノシシだったらなぁ……。好きな時に食べられるし、繁殖もさせられるのに……」


 ポツリと零した私の呟きに、ラインヴァイスがポンと手を打った。シュヴァルツはシュヴァルツで、ニヤリと悪そうに笑っている。彼のこの顔、何か悪巧みをしているようにしか見えない。でも、何か良い事を閃いたのだろう。


「ラインヴァイス。明日より、アオイは生きているブタイノシシを欲していると、それとなく噂を広めろ」


「燻製肉や腸詰に関しましては如何致します?」


「これ以上増えても処理に困る。辟易しているとでも流しておけ」


「は。かしこまりました」


 ラインヴァイスはシュヴァルツの命令に深々と頭を下げた。この二人、情報操作する気、満々だよ……。でも、燻製肉や腸詰はもういらないし、飽きたのも事実。出来るなら、ブタイノシシの生肉が欲しいのも事実。そうしたら、トンカツが食べられる。トンカツソースは無いけれど、まあ、それはどうとでもなりそうだし。ちょっとスパイシーな味付けで食べたいなって言ったら、料理人さんがトンカツに合いそうなソース、作ってくれそうだし。ああ、トンカツが恋しい……。カツサンドも良いなぁ。ふかふかのパンに、分厚いカツとシャキシャキの千切りキャベツ……。


「むふ、むふふ……」


 トンカツって、トマトソースで食べてもなかなか美味しいんだよなぁ。ミラノ風カツレツって言うんだっけ? お肉の間にチーズが挟んであって、ナイフで着ると肉の間からとろりと溶けたチーズが出て……。あ、いけない。想像したら涎が……。


 ふと顔を上げると、ラインヴァイスとアイリスがドン引きした表情で私を見つめていた。相当気持ち悪い顔をしていたらしい。そんな中でも、シュヴァルツだけはいつも通りの表情で、黙々とチョリソーを食べていた。何も見ていないフリをしてくれているらしい。私は笑って誤魔化すと、途中になっていた夕食を再開した。


 次の日も、そのまた次の日も、ブタイノシシの燻製肉や腸詰をたくさんもらった。しかし、日が経つにつれて、少しずつ別の贈り物を貰う事も増えてきた。お酒だったりお菓子だったり、綺麗な食器だったり。ラインヴァイスの情報操作のお蔭で、やっと燻製地獄から解放される兆しが見えてきた。危うく、ハムとソーセージ類が嫌いになるところだったよ。危ない危ない。


 そして、とうとう今日、生きたブタイノシシと対面する事が出来た。まだ生まれたばかりの個体らしく、両掌にすっぽり収まる大きさしかない。見た目はほぼブタだが、大きくなると口元にイノシシの様な牙が生えてくるらしい。気性は比較的穏やかでおっとりしているらしいけど、食べ物を取られそうになると、途端に狂暴化するらしい。まあ、それは動物として当たり前の事だろう。だって、餌を取られそうになったら、どんな穏やかな動物だって怒ると思うし。私だって、そんなの怒るよ。


 何故、ブタイノシシは家畜として一般的ではないのだろうか? 気性の穏やかな動物って、家畜としてもってこいなのに……。その疑問を、家畜に一番詳しそうなヴォルフに投げかけると、当たり前と言えば当たり前の答えが返って来た。このブタイノシシ、成長しても中型犬くらいの大きさにしかならないらしい。その割に、結構な量の餌を食べるとか。つまり、たくさん育てれば育てるほど、赤字が出る。それに、天敵も多く、外で飼育するのが結構難しいらしい。そんな家畜、普通だったら育てない。だから、ブタイノシシにお目に掛かれるのは、たまたま狩りで仕留めた時だけ。こうして生きているブタイノシシを見られるのなんて、この魔大陸では滅多に無いらしい。


 生きているブタイノシシは未だこの一頭だけしか手に入っていない。だから、繁殖は今のところさせられない。せめて、この子の番になるブタイノシシがもう一頭欲しいところだ。この子が食べごろになるまでに、番が見つかると良いなぁ。


「……にしても、よく食べるねぇ」


 私は呆れ気味にそう言った。今、子ブタイノシシは私専用の家畜小屋で食事の真っ最中。試しにと与えてみた穀物と干し草を混ぜた餌を、がつがつと食べている。この調子なら、すぐに大きくなる気がする。


「そ、そう、ですね……」


 子ブタイノシシの様子を一緒に見守るラインヴァイスは複雑な表情をしていた。生きたブタイノシシを私が欲しがっていると噂を流した張本人だけに、今後が心配なんだろう。大きくなる頃には、今より遥かに餌代が掛かりそうだもんね。マズイ噂、流しちゃったよね。


「ブタイノシシって草食? それとも雑食? まさか、肉食なんて事は無いよね?」


 今のところ、見た目は子ブタそのものだけど、元の世界と全く同じ生態とは限らない。だから、私はブタイノシシの生態に詳しそうなヴォルフにそう問い掛けた。ヴォルフは少し考えるように視線を彷徨わせ、口を開いた。


「確か、悪食と言われるほど、何でも食べると聞いた事があります」


 そっか。ブタイノシシは雑食なのか。見た目がブタそのものだけど、生態もブタそのものだ。まあ、この見た目で実は肉食ですよって言われたら、それはそれで反応に困るけど。


「なら、餌に関しては何とかなると思うよ」


「ほう」


 私の言葉に興味を示したのはシュヴァルツだった。彼も食用旺盛なブタイノシシを目の当たりにして、餌問題に頭を悩ませていたのかもしれない。基本、上から目線の偉そうな態度だから、何を考えているのかよく分からないけど。


「お城の中の生ごみ、特に芋類の皮とか食べかけのパンとかを集めて、この子にあげれば良いの」


「生ごみを、ですか?」


 ラインヴァイスが眉を顰める。そりゃ、家畜に生ごみを食べさせるなんて、そんな文化が無ければ抵抗感があるだろう。でも、一々、この食欲旺盛なブタイノシシの為に餌を用意していたら、お金がいくらあっても足りないし、穀物だって勿体ない。それだったら、その穀物を国民の皆さんに配った方が遥かに有用だ。


「生ごみって考えるからいけないんだよ。この子の餌は、野菜屑とかパン屑だって考えるの。芋類の皮だって野菜の芯だって齧りかけのパンだって、この子にとったらご馳走なの。生ごみだって減るし、一石二鳥だよ」


「確かに、野菜屑って処理に困るんですよね。畑に穴を掘って埋めるか、火属性の魔術で灰にして畑に撒きますけど、肥料って言うのなら家畜の糞で良い訳ですし。生ごみの量が多少減ってくれると、こっちとしても助かります」


 助け舟を出してくれたのはヴォルフだった。現場は現場で、生ごみ処理に人手を割かれているのだろう。どこの世界でも、ごみ処理は大変なんだな。世界が変わっても、ごみ問題は不滅です。


「ほら。ヴォルフもそう言ってるし! ブタイノシシの為に、大量に穀物を消費するなら、それをもっと別の使い方した方が良いよ!」


「アオイはそれで良いのか」


 問い掛けてきたのはシュヴァルツだった。私を真っ直ぐ見つめている。彼もラインヴァイスと一緒で、生ごみを餌にする事に抵抗感があるのだろうか?


「うん。私は問題無いと思うんだけど……」


「ごみの中には、元の世界と異なる食物が入る可能性があるが」


「う……」


「間接的にそれを食すこととなる。良いのか」


「そ、それは……。分別に協力してもらって……。元の世界ではね、ごみは分別するものだったし、こっちの世界でも出来ない事じゃ無いと思うんだ」


「ほう」


「捨てる時、別々の場所に捨ててもらうの。植物系は珍しい野菜だと思う事にするから、動物系のごみだけ分けてもらえれば……」


 シュヴァルツは考えるように顎に手を当てた。ラインヴァイスも腕を組んで頭を捻り、何か考えているようだ。


「どう思う、ラインヴァイス」


「急には無理でしょう。実施方法なども、叔父上と相談した方が良いかと……」


「そうか」


「ただ、イェガーが扱う食材の屑。あれでしたら、すぐにでも餌にする事は可能です。アオイ様が普段、召し上がっている物ですから」


「ああ、そうだな」


 シュヴァルツはニヤリとした笑みで頷いた。彼のこういう表情、良くないと思う。至極まっとうな話をしていても、悪巧みをしているようにしか見えない。これじゃ、初対面の人に誤解されちゃうんじゃないかな? ちょっと心配。


「ときにアオイ」


「ん? 何?」


「このブタイノシシ、どう食すつもりだ」


 どうやって食べるかって……。そりゃ、まずはトンカツでしょ。卵も小麦粉もあるし、パン粉だってパンを細かく砕けば良いだけだし。もしかしたら、調理用の油は高級品かもしれないけど、少し多めにひいた油で揚げ焼きにしても十分いけるし、背油からラードだって取れるだろうし。うん。やっぱり、トンカツって最高!


「トンカツ!」


「とんかつ、とな」


「うん! お肉にパン粉付けて揚げるだけの料理なんだけど、とっても美味しいんだよ! 作り方だってばっちり分かるし!」


「そうか。他には」


「他、ねぇ……」


 私はシュヴァルツの問いに頭を捻った。正直、豚肉料理で食べたいものは次から次へと浮かんでくる。生姜焼きとか角煮とか。豚汁とか豚しゃぶとか。しかし、これらを作るのには、大切なものが足りない。そう。お醤油とお味噌。今のところ、これに似た調味料はお目に掛かっていない。


「食べたい物、あるにはあるんだけど、作れないんだよねぇ……」


「何故」


「ん~。お醤油とお味噌っていう、私の出身地独自の調味料が必要だから。うちのお母さんだったら、この世界でも再現出来そうなんだけど……。私、作り方なんて分からないから」


「そうか。アオイは未だ、母上に作り方を教わっていなかったのか」


「違う違う。普通は作り方、分からないものだから。うちのお母さんはね、大学生の時に発酵食品の研究をしてたの。その時にお味噌の作り方覚えてね、家でも自家製味噌作ってたんだ。お醤油も作り方、知ってると思うの。確か、お醤油の発祥は、お味噌を作る時の副産物だったって言ってた気がするし」


「ほう」


「お味噌は、大豆と麹とお塩で作るのは知ってるんだけど、詳しい作り方となると、ねぇ。こんな事なら、お母さんにお味噌の作り方だけでも教わっておくんだった」


「そうだな」


「実を言うと、料理もね、教わっておけばよかったなって、ちょっと後悔してるんだよ。お味噌とお醤油があったら、シュヴァルツにも私の手料理、ご馳走してあげられたからさ」


 生姜焼きや豚汁、豚しゃぶ辺りなら、頑張れば作れるかな? でも、角煮は流石に無理だ……。ああ、角煮……。思い出したら、久しぶりにお母さんの角煮が食べたくなってきた。


「離宮にて、クッキーを馳走してくれたではないか」


「あれ、手料理に入れて良いの?」


「ああ。アオイが丹精込めて作ったのだ。手料理と言わず何と言う」


「そっか」


 シュヴァルツは、あれでも手料理にカウントしてくれるんだ。有り難い。あれで良ければ、いくらでも作るよ。見るのも嫌になるほど作るよ。


「ところで、アオイ様」


「何? ラインヴァイス」


「アオイ様の母上様は、どの様なお方だったのですか?」


「どの様なって……」


 改めて聞かれると少し困る。醸し出す雰囲気的には、ローザさんに似ている。しかし、あそこまで常識人かと問われると、少し言葉を濁してしまう。娘の私が言うのもなんだが、相当な変わり者だし。


「ローザさんみたいに穏やかな人で、ちょっと変わってる、かなぁ……?」


「いえ。そうではなく、何をされている方だったのかと……。だいがく、とは、アオイ様が以前おっしゃっていたがっこう制度の一番上の階級だったと記憶しておりましたもので……。特技を生かす職に就かれていたのかと……」


「ああ、そっちね」


 私は苦笑を漏らした。てっきり、自家製味噌を作る母親がどんな人なのか気になったのかと思った。でも、ラインヴァイスは学校――特に大学でどんなことを学べるのか、何になる勉強をするのかが気になったのだろう。私が通っていた美大は、芸術関係を学べる学校だっていうのは以前、話した事があった気がするが、他の学部については全く触れなかったからね。


「うちのお母さんはね、栄養士なの。学校給食の献立を考える仕事をしてるんだ」


「がっこうきゅうしょく、ですか?」


「そう。学校ではね、お昼ご飯が出るの。うちのお母さんは、そのメニューを決めてるんだよ。子ども達が成長に必要な栄養を、バランス良く摂れるようにね」


「料理人とは違うのですか?」


「ん~。調理師さんはまた別にいるんだけど、調理も手伝うって言っていたような……。まあ、料理も上手だし、何でも作れる人だし、料理人って捉え方で良いと思う」


「父上様もだいがくへ行かれていたのですか?」


「うん。お父さんは大学で教員免許取って、中学校で体育の先生してるよ」


「何と! アオイ様の父上様は先生でしたか!」


 ラインヴァイスは目をキラキラと輝かせた。「先生」という言葉に反応したのは言うまでもない。……何、この反応。尊敬の眼差し、なんだろうけど、このまま放っておくと、彼の中でお父さんが神格化されそうな気がする。ちょっと怖い。


「先生って言っても、体育だからね! 勉強より、身体を動かす指導をする先生だから!」


「そのような時間もあるのですか?」


「うん。子どもの身体が健やかに育つようにするのが目的、なのかな?」


「剣術なども教えるのですか?」


「え? ええっと……。確か、武道の時間も必須になったって言っていたような……」


 この後、延々とラインヴァイスの質問攻めが続いた。彼は学校の話になると目の色が変わる。そりゃ、シュヴァルツに作れと命じられているし、彼のやりたい事でもあるのだろうけど……。でもね、ラインヴァイスさん。シュヴァルツが止めるまで質問攻めにするとか、流石にちょっとやり過ぎだと思うんですよ。こういう事は、少しずつ、少~しずつ聞いて下さいな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ