贈り物 3
私は今、謁見の間にいる。シュヴァルツの玉座の隣に用意された、私用の玉座にちょこんと座り、謁見の様子を笑顔で見守っている。こんな公の場に出るのなんて慣れていないから、私の笑顔は見事に引き攣っている事だろう。今、私の顔、絶対に変だ! 自信ある!
何でこんな事になったかというと、それは数日前にさかのぼる。他国の王様達から貰った鎧や、偉い人達から貰った魔道書やら何やらをラインヴァイスと一緒に整理していると、シュヴァルツとブロイエさんが現れた。ブロイエさんの両手には、大小二つの包み。それを見て、私は首を傾げた。
「それは?」
「今日、謁見した者が持って来た祝いの品。アオイさんに渡して欲しいって頼まれたから」
「一般の人からの贈り物って事ですか?」
「そうそう。何だかんだ、シュヴァルツの妻がどういう人なのか、国民も気になるんだろうね。こうして贈り物を持って来るくらいだし」
「そ、そう、なんですか……」
私は引き攣った笑みを浮かべた。そりゃ、王様が結婚した相手がどういう人か、気にならない方がおかしいだろう。それは分かる。でも、自分が国中から注目されるとか、小市民の私には恐れ多い。嫌過ぎる!
ブロイエさんはローテーブルに包みを置くと、ソファに腰掛けた。シュヴァルツもブロイエさんの対面に腰を下ろす。私もシュヴァルツの隣に腰を下ろし、祝いの品だという包みに手を伸ばした。
「アオイさん、アオイさん。折り入って相談があるんだけど」
ブロイエさんは、ラインヴァイスが淹れてくれたお茶を一口飲んで口の中を潤すと、そう話を切り出した。私は包みを開ける手を止め、ブロイエさんの顔を見る。すると、彼はにっこりと満面の笑みを浮かべた。何か、凄く嫌~な予感……。
「相談、ですか? 私に?」
「うん。アオイさんもさ、謁見、出ようか?」
ブロイエさんの言い方、有無を言わさない感じなんですが……。これ、相談じゃなくて、決定事項を伝えているだけのように感じるのは私だけ?
「謁見? 私が?」
「うん。何だかんだ、最近、謁見を求めてくる者はさ、アオイさんが目当てなんだよ。こうして祝いの品を持って来る者もいるし。だから、そういう者達の為にも、アオイさんに謁見出てもらいたいなぁ、なんて」
「どうしても? 出なくちゃ駄目ですか?」
「そろそろ、王妃としての責務、果たしても良いと思うんだけどなぁ……」
王妃としての責務……。上目でシュヴァルツの顔色を窺う。すると、こちらをジッと見つめている彼と目が合った。無言の圧力を感じる。シュヴァルツもブロイエさんと同じ事を思っているのだろうか?
「シュヴァルツ。私、出ないとマズイ?」
「強制はしない。だが、遠方から遥々、アオイの顔を見に来る者がいる事は覚えておけ」
「遠方……。この世界、乗り物は無いんだよね? 何日もかけて、歩いて来るの?」
「ああ。転移が出来ず、騎乗用のユニコーンを所有していなければ、必然的にそうなるな。力が弱い者ならば、その旅路は時に命懸けだ。だが、危険を冒してでも、アオイの顔を一目見たいという者も少なくない」
「……もしかして、この包み持って来てくれた人達、ガッカリしてた?」
「ああ」
シュヴァルツは腕を組み、深く頷いた。こうして、シュヴァルツが力強く頷くの、凄く珍しい気がする。いつもは軽く頷く程度なのに……。彼のこういう姿を見ると、国民の事、とても大切にしているのかな、なんて思ってしまう。シュヴァルツが大事にしている人達なら、私にも大事な人達、なのかな……? う~ん……。よしっ!
「分かった。私も謁見、出る」
「そうか」
「うん。あとね、お願いがあるの」
「何だ」
「今日、この包みを持って来てくれた人達にお礼、言いたいの。もし、呼び戻せるなら、だけど……。もう帰っちゃったかな?」
私はそう言い、シュヴァルツとブロイエさんの顔色を窺った。シュヴァルツがニヤリと笑いながら私の頭をポンポンと軽く叩く。ブロイエさんは嬉しそうな笑みを零していた。
「彼ら、今日は竜王城の旧区画に滞在する予定だよ」
「今から呼び戻せます?」
「伝令、出してくるね」
ブロイエさんがソファから立ち上がり、虚空に姿を消した。その後、ローザさんやアイリスに準備を手伝ってもらって、初めての謁見に出た。けれど、何と言うか、人間、慣れない事はするものじゃないなと改めて実感した。お礼を言った声が、物の見事にひっくり返っちゃったんだもん。そんな謁見だったのに、会った人達は涙を流す勢いで喜んでくれた。まあ、私としても、そんなに喜んでもらえるのなら悪い気はしない。だから、次の日からも謁見に出るようにした。
そんなこんなで、新たな日課が出来た。午前中はこうしてシュヴァルツと共に謁見をしている。まだ始めて数日しか経っていないから、場の雰囲気に全然慣れない。次から次へと訪れる国民の皆さんに笑顔を向けつつ、祝いの言葉や贈り物へのお礼を言うも、つい笑顔が引き攣って声が裏返ってしまう。これ、いつか慣れる日が来るのだろうか?
恰幅の良いおっちゃんが謁見の間に入って来た。この人はきっと、裕福な人だろう。それに、旅人風の格好をしていないし、転移魔法を使える人だ。
実は転移魔法って、扱うのが難しく、あまり一般的では無いらしい。大半の人は、ユニコーンに乗ったり歩いて来たりする。だからか、旅人風の格好で謁見をする人が多い。私の常識だと、王様との謁見って一張羅に着替えるものなのに……。流石に、予め服は洗濯して、お風呂にも入るみたいだけど。異世界の常識、よく分からない。
こうして謁見をしていると、色々な人と顔を合わせる。だから、元の世界と同じように、貧しい人と裕福な人がいる事はすぐに分かった。貧しい人は擦り切れて穴が開きそうな服を着ているし、目の前のおっちゃんみたいに裕福な人は小奇麗な格好をしている。でも、極端にやせ細ってしまっている人は、今のところ一人も見ていない。何故なのかと思ったら、食料関係は国が生産、管理、流通させているからなんだって。公務員が農作業して、農協の業務して、八百屋さんまで運営しているみたいな感じかな、なんて私は思っている。
各地に大規模な農業拠点があり、そこに勤めている国民が結構な人数いるらしい。もちろん、好きな職業に就くという、職業選択の自由は認められている。農業だけで国は成り立たないから。ただ、これといって就きたい職が無い人は、農業拠点で働いてお給料を貰うのが一般的らしい。このお給料、豊作の時はたくさん貰えるけど、不作の時は下げられてしまうのが難点だ。しかし、必要最低限――餓死しない程度の食料は各家庭に配給されるから、裕福な家庭だけでなく、貧しい家庭も飢えて死んでしまう事は無い。衣食住の食は、最低ラインだけど保障されているって事だ。だからか、人族の国のように内乱は起こらないし、王様であるシュヴァルツに対し、国民の忠誠心は篤いらしい。
「竜王様、アオイ様。この度はご結婚、おめでとうございます」
恰幅の良いおっちゃんは跪いて頭を垂れると、そう恭しく言った。シュヴァルツが無言で頷く。ここでいつも思うのだが、シュヴァルツ、何で言葉を発さない! 無言で頷かれたって、頭を下げている人からは見えないから! ……仕方ない。ここはいつも通り、私がお礼を言うか……。
「あ、ありがとうございますぅ!」
「こちら、祝いの品にございます。大変貴重なブタイノシシの燻製肉をお持ちしました。アオイ様のお口に合えば良いのですが……」
おっちゃんの後ろに控えていたお付きの人らしい男性が、小さめの包みを差し出す。いつもは、ここで係の人が包みを受け取り、私がお礼を言う。しかし、私は思わず、玉座から身を乗り出してしまった。
「ブ、ブタイノシシ! 今、ブタイノシシって言った? 言ったよね?」
「え、ええ……」
おっちゃんが小さく頷く。その姿はどこか怯えているようだった。そんなに怯えなくても大丈夫だよ。取って喰ったりしないから。いくら小太りだからって、ブタイノシシと間違えて齧ったりなんて事もしない。……たぶん。
「わぁぁ! ブタイノシシ! シュヴァルツ! ブタイノシシだってよぉ!」
「ああ。良かったな」
思いがけないプレゼントに、私のニマニマが止まらない。どんな味がするのかな? やっぱり、イノシシに近い味なのかな? 豚肉に近いと良いな。早速、今夜の食事に出してもらおうっと! 燻製肉って言ってたし、ハムみたいな感じかな? ハムサンドにしようかな。それとも、分厚く切ってもらって、シンプルに炭火で焼いて――。ああ、いけない。想像しただけで涎が……。
「あ、あの……」
「はい?」
「アオイ様は、もしや、ブタイノシシがお好きで……?」
「はい! 素敵な贈り物、ありがとうございます」
「い、いえ! 私などには勿体ないお言葉です」
おっちゃんはそう答え、係の人の誘導に従い退出する。そんな彼の横顔には、とても嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
次々と人が入っては出て、入っては出てを繰り返す。どうでも良いけど、日に日に謁見する人が増えている気がするんだよなぁ。初日なんて二組だったし、次の日は数組だけだったのに。今日は順番待ちの人が隣の控室に結構な人数いるらしい。そのうち、竜王城の外まで行列が続いたり、なんて……。流石にそれは無いか。あはは。
謁見が終わり、午後は軽く剣の稽古を行った。でも、全く身が入らない。だって、ついついブタイノシシの事を考えてしまうんだもん。サッと焼いたブタイノシシのハム……。付け合わせはマッシュポテトが、ソースはフルーティーなのが良いな。もう、ソースの一滴だって無駄に出来ない。何ならお皿、舐めちゃおうかな、なんて! 流石に、それをやったらシュヴァルツからも白い目で見られるかな?
お腹を空かせて部屋に戻ると、ラインヴァイスとアイリスが食事の準備を始めていた。その間に、お風呂でサッと汗を流して綺麗なドレスに着替える。むふふ。今日の夕食、楽しみだな。ワクワクしながら洗面所の扉を開くと、既にシュヴァルツがテーブルに着き、私を待っていた。
私がテーブルに着くと、ラインヴァイスが前菜のサラダを出してくれた。コレジャナイ。私の食べたいのは、コレジャナイ! そう思いつつ、急いでサラダを口の中に掻き込む。
次に出されたのはスープ。……コレジャナイ! ぐびぐびと音がしそうな勢いでスープを飲み干す。そんな私の姿に、シュヴァルツもラインヴァイスも、アイリスでさえもが苦笑していた。
とうとう、待ちに待ったメインディッシュ! 私の目の前にブタイノシシのハムステーキが置かれる。ああ……! どんなにこの時を待った事か! 私はハムにフォークを突き刺すと、ナイフで大きめに切った。そして、その大きな切れ端を口に入れる。プリプリとした独特の触感。そして、お肉の旨みが凝縮された味。ちょっと酸味のある、さっぱりフルーティーなソースとの相性も抜群!
「ん~!」
「美味いか」
「うん! 美味しい! 生きてて良かった!」
「そんなにか」
シュヴァルツは苦笑し、自身の前に置かれたハムを食べ始めた。私はそれを視界の隅に捉えつつ、次々とハムを口に運ぶ。ああ、ハムがこんなに美味しく感じるなんて。燻製しているからだろうか、獣臭さは全く無いし、元の世界のハムと大差ない味なのもかなり嬉しい。
「ああ……。もう無くなっちゃった……」
私はあっという間に空になったお皿をジッと見つめた。こんな事をしていても、ハムが湧いて出てくる訳は無い。それは分かっている。ただ、名残惜しい。一気に食べちゃったけど、もっとよく味わって食べれば良かった……。失敗した……。くすん……。
「あの……。おかわり、持って来ましょうか?」
ず~んと意気消沈している私に、そう声を掛けてくれたのはラインヴァイスだった。私はガバッとお皿から顔を上げる。ラインヴァイスとアイリスが、驚いたようにビクリと身を震わせた。
「あるの? おかわり、あるの?」
「え、ええ。厨房に頼めば……。焼く時間を少々頂く事になるかと思いますが……」
「やったぁ! ばんざ~い! おかわりぃ!」
「頼んで来ます」
ラインヴァイスは苦笑しながら頭を下げた。そして、シュヴァルツに視線を送る。シュヴァルツが小さく頷くと、ラインヴァイスはフッと虚空に姿を消した。転移まで使って、超特急で厨房に頼みに行ってくれたらしい。
「アオイがここまでブタイノシシの燻製肉が好きだったとはな。もっと早く食す機会を設けるべきであったか」
「特別好きな訳じゃないよ。ただ、こうして食べられた事が嬉しいの。毎日ブタイノシシの燻製肉だったら飽きるよ、絶対」
「そういうものか」
「そういうものです。だって、数年前にお歳暮――今年もお世話になりましたっていう挨拶の贈り物が届いた時、こういう食事が続いた事があったんだけど、その時はさすがに飽きたもん」
「ほう」
「今日貰ったサイズの塊が六個もあってさぁ。毎日毎日ハムだったんだよ。最後の方は、お父さんと譲り合いしたんだ」
「擦り付け合いだろう」
「そうとも言う。あはは」
声を出して笑う私を、シュヴァルツが目を細めて見つめていた。そう言えば、彼のこの穏やかな表情、久しぶりに見たかもしれない。
「元気になったようだな」
シュヴァルツの言葉に、私は小さく首を傾げた。私、そんなに元気が無かったのだろうか? そりゃ、リーラちゃんの事、考えている事は多かったけどさ……。別に、塞ぎ込んでいた訳じゃないし、泣いていた訳でもないのに……。
「言う程、元気無かった訳じゃないでしょ?」
「ああ。だが、思い詰めてはいただろう。いつ中央神殿に行くと言い出す事かと、肝を冷やしていた」
「そっか」
シュヴァルツは、思い詰めた私が何を仕出かすか、気が気じゃなかったのね……。そりゃ、リーラちゃんの事、確かめられるなら確かめたい。そうは思うけど、私はそこまで無謀じゃない。自ら進んでこの世界を戦争に巻き込む程、バカじゃない。
「大丈夫だよ、シュヴァルツ。私、今のこの状況で、中央神殿に行くなんてバカな事、言わないから」
「そうか」
「ただ、いつか――ずっと先の未来でも良いの。もし、人族との和平が出来たら、一度、リーラちゃんがどうなったのか、確かめに行きたいなとは思ってるの。だからね、今すぐには無理でも、シュヴァルツには人族との和平、頑張ってもらいたいな、なんて……」
「ああ」
シュヴァルツは力強く頷いてくれた。凄く難しいお願いをしているのは分かっている。今の魔人族と人族との関係を劇的に改善させるのは、もしかしたら、シュヴァルツが王として在位している間に出来ない事かもしれない。それでも、全く希望が無い訳じゃない。現メーアが退任した後、何代先になるか分からないけど、魔人族と友好関係を築きたいっていう人がメーアに就任するかもしれない。だから、希望だけは捨てないでおこうと決めたんだ。薄情かもしれないけど、それが私に出来る最善の選択だと思ったから。




