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転移先が大魔王城ってどういう事よ?  作者: ゆきんこ
第四章

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離宮 5

 私は宛がわれた部屋で寛ぎながら、独り、お茶を飲んでいた。入浴を済ませて髪を乾かしてもらった後、ローザさんには部屋に帰ってもらった。いつもなら、寝る前のお茶会をするのだけど……。


 開け放った窓のカーテンが夜風に吹かれ、ユラユラと揺れている。私の目の前のローテーブルの上には、昼間のお茶会用とは別にしておいた手作りクッキーが置いてある。食べてもらいたい人は決まっているが、なかなか彼の名を呼べないでいる。呼んだらすぐに来てくれる事が分かっているだけに、逆に踏ん切りがつかない。


 私は何度目かになる溜め息を吐いた。彼にはいろいろと伝えたい事がある。しかし、いったい何から伝えたら良いものやら……。


 絵具や筆、イーゼルなど、絵を描く道具は手に入り、それは凄く嬉しい。それに、目を閉じれば湖の夜の風景だって思い出せるし、数枚、風景のスケッチもした。離宮に来た目的はバッチリ果たすことが出来た。まずは、そのお礼からだろうか? ああ、もう! どうにでもなれ!


「シュヴァルツ……」


 彼の名を呼んだ私の声は、自分でもビックリするほど弱々しく、少し震えていた。思った以上に緊張しているらしい。でも、負けないんだから!


「どうした」


 虚空から姿を現したシュヴァルツは、いつもの黒い上着を着ていなかった。髪の毛が少し湿っているみたいだし、入浴を済ませ、寝る準備をしていたのかもしれない。昼間少し寝たからといっても、夜通し飛んで疲れているだろうし、明日だって飛ばなくちゃいけないだろうに……。もう少し早く呼べば良かったと、今更ながらに後悔する。


 怪訝そうに眉を顰めたシュヴァルツは、アイリスとローザさんの姿を探すように部屋の中を見回した。私はそんなシュヴァルツを横目で見ながら、ティーカップに彼のお茶を淹れる。手が震える……。


「い、一緒に、お茶、しないかと思って……」


「そうか」


 シュヴァルツは納得したように頷くと、ソファに腰を下ろした。彼の前にティーカップを置き、私もその隣に腰を下ろす。


「あ、あの! あの……クッキー、い、一緒に食べようと思って……。私が作った分、取っておいたの……」


 違う! こんな事を言いたいんじゃない! シュヴァルツを前にしても、未だ踏ん切りがつかない自分が情けなくて、私は思わず頭を抱えそうになる。シュヴァルツはそんな私をしり目に、口元を僅かに笑みの形に歪めると、お皿の上のクッキーを一枚頬張った。


「ええっと……。お礼なの、これ。離宮に連れて来てもらって、絵の具、探してくれた。ありがとう、シュヴァルツ」


「ああ」


 シュヴァルツが私の頬に手を伸ばし、優しく撫でてくれる。そして、私の髪をもてあそぶように自身の指に絡めた。


「で」


「え?」


「話は、それだけではないのだろう」


 シュヴァルツは何でもお見通しらしい。でも、何から言えば良いのだろう? 私は言葉を探すように視線を彷徨わせた。そんな私を、シュヴァルツがジッと見つめている。


「あの……わ、私……シュヴァルツとの事、考えたの」


「そうか」


「でもね、考えれば考えるほど、家族の事、思い出して、このまま……ここでこうしていて良いのか、分からなくなるの。家族の事、考えると、どうしようもなく寂しくって悲しくって……」


「家族に会いたいか」


 シュヴァルツの問いに、私はこくりと頷いた。その拍子に、私の目から涙が零れ落ちる。


「人として、当たり前の感情だ」


「でも……。シュヴァルツは私の事を第一に考えてくれているのに、私は……」


 私の事しか考えていなかった。だから、ずっと中途半端なままだった。シュヴァルツの想いを利用していた。受け入れる事も、きちんと断る事もしないまま……。


「ごめんなさい……」


 ぼろぼろと涙を零す私を、シュヴァルツがそっと抱き寄せた。そして、私の背を擦ってくれる。私は心を落ち着けようと、深く息を吸った。彼から香ってくる薔薇の甘い香りが、私の胸いっぱいに広がる。私はシュヴァルツのシャツの袖を掴むと、彼の胸から意を決して顔を上げた。そして、私を見下ろすシュヴァルツの紫色の瞳を真っ直ぐに見つめる。


「私、ずっと元の世界とこの世界、どちらかを選ぶなんて出来ないって、そう思ってたの……。でもね、それは間違いだったんじゃないかって思ったの。元の世界に戻る方法、全く無い訳じゃないでしょ? でも、私はそれを選ばなかった。そこに答えはあったんじゃないかって、そう思ったの」


 勇者を召喚した人物が、魔王を倒した勇者を元世界に戻すというのは、異世界転移もののお約束だろう。この世界の勇者である私が魔王であるシュヴァルツを倒し、召喚者のメーアに会えば、元の世界に戻してもらえる公算が高い。でも、私はその方法を選ばなかった。いや、選べなかった。


 もちろん、人を殺すと言う忌避感もあった。殺さなくてはならないのが、見ず知らずの人ではなく、私を保護してくれた人だったからというのもある。でも、一番の理由は、この傲慢そうで不愛想で、どうしようもなく口下手だけど、本当は優しいシュヴァルツに、いつの間にか惹かれてしまっていたからだ。離れたくないって、そう思ってしまったから。そして、愛してしまった。大切な家族よりも――。


「魔術を研究すれば他の方法が見つかるかもしれない。でも、それすらもしていない。私は……私は無意識に、元の世界に戻る事を放棄しているんじゃないかって、貴方を選んでいたんじゃないかって、そう思ったの」


「そうか」


 シュヴァルツが小さく頷く。その表情はとてもうれしそうで、今まで見た中で一番の笑顔だった。しかし、その笑顔もすぐに消え、彼は真剣な眼差しを私に向けた。


「その選択、後悔はしないのか」


「しない。でも……でも、お父さんとお母さんとミーちゃんに……一目でも良いから……もう一度、あ、会いたかった……!」


 会いたかったと口にした途端、私の感情は一気に決壊した。ボロボロと涙を流す私をシュヴァルツが強く抱きしめてくれる。


「そうか」


「一生会えないなんて、そんなの悲しいよ!」


「そうだな」


「会いたいよ!」


 悲鳴のような叫びだったと思う。一目、たった一目でも良い。会いたい。会って、今までありがとうって、親孝行出来なくてごめんなさいって、そう伝えたい。


「アオイ。寂しい時、我慢するな。私に遠慮する必要など無い」


「寂しい!」


「ああ」


「寂しい、寂しい、寂しい、寂しい!」


「……私はこの先何があってもお前の傍にいる。約束しよう」


 私の髪に優しい感触が触れ、私はシュヴァルツの胸から顔を上げた。きっと、私の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。そんな私を、シュヴァルツが今ままで見た事が無い程の、優しい眼差しで見つめていた。彼の手が私の目元に伸び、親指で涙を拭ってくれる。


「共にあろう、アオイ。私は誓う。いつ、いかなる時もお前を守る、と」


 シュヴァルツが私の左手を取った。そこにあるのは契約印。彼はそれに触れながら、私の顔を窺った。もしかして、私の答えを待っている? ……答えは、既に決まっている。私は袖で顔をごしごしと拭き、姿勢を正した。


「わ、私も、シュヴァルツと、ずっと……ずっと、いっ、一緒に、いる」


 しゃくりあげながらもそう答える。すると、シュヴァルツは満足そうに笑った。そして、彼は契約印にそっと口づけを落とす。これが契約印を嵌める時に交わす、本来の契約のあり方なのだろう。何の説明も無しに嵌められた契約印だったけれど、今、こうして本来の役割を与えられた。私とシュヴァルツの誓いの指輪。


「ありがとう、アオイ」


 何と! シュヴァルツってば、今、お礼言った? 私の聞き間違い、じゃないよね? 彼らしからぬ言葉に、キョトンしてシュヴァルツを見つめると、彼の目元にわずかな朱が差した。


 照れたようにはにかむシュヴァルツが無性に愛おしくて、私は思わず彼に口付けた。軽く触れるだけのキスだったが、突然の事に驚いたのか、シュヴァルツが目を見開いて硬直している。


「あの……シュヴァルツ?」


 彼の顔の前で手をヒラヒラさせる。すると、突然、シュヴァルツにその手を掴まれた。そして、彼は反対側の手で私の肩を掴んだかと思うと、そのまま私を強引にソファへ押し倒す。


「ちょっと! まっ――!」


 待ったと叫ぼうとするも、それはシュヴァルツの唇によって阻止された。深く、情熱的な口付けで頭の芯が痺れたようになる。


「以前、次は無いと言ったはずだ」


 シュヴァルツは唇を離し、私の耳元でそう囁くと低く笑った。鳥肌が立つから耳元で笑うな! 私が耳を守るように反射的に手で押さえると、それを見ていたシュヴァルツが意地悪く笑う。


「耳、弱いのか」


「なっ!」


 赤くなる私を余所に、シュヴァルツは耳を押さえる私の手を毟り取った。そして、私の耳にシュヴァルツの唇が軽く触れる。こそばゆくて私が身を捩ろうとした瞬間、シュヴァルツに耳を甘噛みされた。んぎゃ~!


 教訓。シュヴァルツにキスをすると襲われる。私からは絶対にしてはいけない。そして、彼に弱点を悟られてはいけない。嬉々として攻めてくるから。この世界での教訓が、一気に二つも増えるとは……。とほほ……。

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