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転移先が大魔王城ってどういう事よ?  作者: ゆきんこ
第四章

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離宮 4

 賑やかなクッキー作りも順調に進み、窯からは甘い匂いが立ち上り始めた。上手に焼けているかな? ワクワク! ワクワク!


「良い香りですね」


 ローザさんが調理場の隅に用意された椅子に座り、鼻をヒクヒクさせている。私もローザさんの隣に座り、クッキーの焼ける良い匂いを堪能中だ。アイリスは窯と椅子を行ったり来たりして落ち着きが無い。


「まだかなぁ~」


 アイリスの「まだかな」はこれで五回目。私も小さい頃、こんな感じでクッキーの焼き上がりを待っていた気がする。


「もうちょっとだよ、きっと」


 ソワソワとするのは私も一緒だが、アイリスと一緒に、あっちとこっちを行ったり来たりはしない。だって、私は大人ですからね!


「そろそろですかな?」


 イェガーさんがそう言い、覗き穴から窯の中を覗き込んだ。アイリスも窯に駆け寄り、一緒に中を覗き込んでいる。火傷には気を付けてよ、アイリス。


「もう良いでしょう」


 イェガーさんは満足そうに一つ頷くと、分厚い革の手袋を両手に嵌め、窯の扉を開いた。そして、中の鉄板を次々と取り出していく。その上には、黄金色に焼けたクッキー!


「わ~! 出来た、出来た! 一つ味見!」


 アイリスが嬉しそうに小躍りしながら、鉄板に手を伸ばした。な、何とぉー!


「アイリス! ちょっと――!」


 私が「待った」と叫ぶ前にアイリスは鉄板を触ってしまったみたいで、驚いたように手を引っ込めると、次の瞬間には火が付いたように泣き出した。もっとアイリスの行動に注意しておくんだった。比較的落ち着いている事が多い子とはいっても、アイリスの推定年齢は八歳。焼きたてクッキーの誘惑に負けて、手を伸ばすに決まっている。


「水っ! 誰か、水持って来いッ!」


 イェガーさんが叫ぶと、若い料理人さんの一人が、桶に入った水を慌てて持って来てくれた。イェガーさんはアイリスの手を掴むと、桶の中に浸す。しかし、指には見事な水ぶくれ。あ~あ。痛そう……。


「申し訳ありません。私がもっと注意していれば……」


 イェガーさんが申し訳なさそうに頭を下げた。アイリスは未だ大泣きしている。そりゃ、こんな立派な火傷、痛くない訳が無い。


「いえ。アイリスには良い勉強になったと思います。考え無しに熱い物を触れば、火傷するのは当たり前です」


「ですが……」


「大丈夫ですよ。後で治癒術かけておきますから。でも、痛みを忘れない為にも、もう少しこのままで」


 私の言葉に、イェガーさんは苦笑した。普通はすぐにでも治してあげるものなのだろうか? でも、アイリスくらいの年齢の子は、こういう怪我の痛み一つとっても勉強になるはず。どういう事をすると怪我をするのか、どれくらい痛いのか、忘れない為にも痛みの記憶はしっかりと覚えていて欲しい。無茶をして大怪我をする前に、色々な痛みを知って欲しい。


「私、何か変な事、言いました?」


「いえ。母のようなお方だと、そう思って」


「へ?」


「私の母も、私が怪我をする度、痛みを忘れてはいけないとよく言っておりましたもので」


 懐かしそうに目を細めるイェガーさん。そっか。みんなこういう事でご両親の事、思い出すものなのか。


「そうだったんですね」


「ええ。厳しくも優しい母でした」


 そう言って微笑んだイェガーさんに、私も笑みを返した。私も彼みたいに、笑って家族の事を話せるようになりたい。いつか、そういう日が来るのだろうか?


 鉄板が冷めるのを待つ間に、アイリスの指に治癒術を施した。そして、懇々とお説教をする。そんな私達を、料理人さん達が苦笑しながら見つめていた。ちょっと恥ずかしい。


「アオイ様。鉄板、冷めましたよ」


 そう声を掛けてくれたイェガーさんも、他の料理人さん同様、苦笑していた。今回のお説教は熱が入り、思いがけず長くなってしまったからなぁ。反省。


「じゃあ、お茶会の準備、しましょうか」


 私がそう答え、椅子から立ち上がると、アイリスの顔がパァッと輝いた。待ちに待ったお茶会だもんね。クッキー、美味しく出来ていると良いね、アイリス。


「ローザさん。申し訳ないですけど、シュヴァルツとラインヴァイス、起こして来てもらえませんか? ここに着いた時の庭に、お茶会の準備しておきますから」


「はい。かしこまりました」


 ローザさんが微笑みながら頭を下げ、調理場を後にする。私とアイリスは手を振って彼女を見送りと、早速お茶会の準備に取り掛かった。


 料理人の皆さんにも手伝ってもらい、中庭に椅子とテーブルをセッティングした。そして、テーブルの中央に、デンと、大皿山盛りクッキーを置く。うん。お洒落感ゼロ。テーブルの上が茶色い。色味とか全く考えていなかった。どうしよう、これ……。お花か何か、飾るべきかな?


 腕を組んで頭を捻っていると、若い料理人さん達が次々と軽食を運んできた。数種類のサラダやサンドイッチ、カルパッチョっぽい物まである。見た目も彩りもとても綺麗な品々だ。でも、頼んでませんけど、これ。


「あの、これ……?」


「料理長からです」


「イェガーさんから?」


「はい。簡単な物で申し訳ありませんが、全てアオイ様が召し上がれる食材のみを使用しておりますので、安心してお召し上がり下さいとの事です」


 私だけだったら、こんな素敵な料理、準備出来なかった。と言うより、クッキーしか頭になかった。まさか、クッキーの焼き上がりを待っている間に、こんな素敵な料理を作ってくれていたなんて。イェガーさんの心遣いに感謝だ。なむなむ。これでテーブルの上は整ったし、お茶会の準備完了!


「お待たせ致しました」


 少し離れた所からローザさんの声が聞こえ、振り返る。すると、シュヴァルツとラインヴァイスとと共に、ローザさんがこちらに向かって歩いて来ていた。ん? ラインヴァイスの髪に寝癖が……。いつも隙なんて無いくらい、きっちりしているのに。珍しものを見てしまった。


「いえ。今、準備、終わったところなんです」


 そうローザさんに答えるも、寝癖が気になってラインヴァイスの頭から視線が外せない。ジーッと寝癖を見つめていると、私の視線に気が付いたラインヴァイスが不思議そうに首を傾げた。そして、自身の髪に触れ、やっと寝癖に気が付く。ラインヴァイスは照れたような笑みを浮かべると、手櫛でサッと髪を整えた。しかし、頑固な寝癖がすぐにピョンと復活する。それを見ていたアイリスが、何かを思い出したように何処かへと駆けて行った。そして、すぐに戻って来る。手にしているのはブラシだ。大方、リュックの中にでも入れてあった、アイリスの私物なのかもしれない。


 アイリスは水差しの水で手を濡らすと、椅子に腰を下ろしたラインヴァイスの後ろに回った。そして、濡れた手でラインヴァイスの頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。ラインヴァイスの髪は見るも無残な状態。あ~あ……。何やってんの、アイリスってば。ラインヴァイスはそんなアイリスの行動に、少し困ったように微笑んでいた。


 アイリスはむんっと気合を入れると、ラインヴァイスの髪をブラシで梳き始めた。濡れた手で髪を湿らせたからか、みるみるうちに髪の毛が整っていく。……そっか。さっき、髪の毛をかき混ぜたのは、髪の根元を湿らせる為か。寝癖直しの基本だ。髪をロングにしている時期が長すぎて、そんな事、すっかり忘れていたよ。よく知ってたなぁ、アイリス。


 ラインヴァイスの寝癖が直し終わったところで、早速お茶会を開始した。ローザさんにも座ってもらい、五人でまったりとお茶を飲む。はぁ。癒される。これで、メーアの側近らしき人が目撃されていなかったら最高なのに……。私はサンドイッチを一つ摘まんだ。今日のサンドイッチはラッセルボックのハムサンドみたい。ジューシーなハムは美味しいけれど、少し胃に重いかも……。


「この料理ね、イェガーさんが準備してくれたんだよ。クッキーが焼き上がるのを待っている間に作ってくれたみたいなの」


「そうか」


「うん。しかもね、私が食べられる食材しか使ってないんだって。気が利くよねぇ」


 お口直しにカルパッチョっぽい物を口に入れる。うん。さっぱりしていて美味しい。イカによく似た味と触感。これはクラーケンのカルパッチョだな。


「イェガーが準備するとそうなるでしょうね」


 そう言い、ラインヴァイスもカルパッチョっを頬張った。そして、少し首を傾げてから、グリーンサラダを小皿に盛る。カルパッチョは彼のお口には合わなかったらしい。美味しいのに。


「え~? 何で?」


 カルパッチョのおかわりを取りながら、私は目を瞬かせた。ラインヴァイスの言い方だと、イェガーさんんが私の食べられるものを作るのが当然だと聞こえる。いくら料理長だからって、私個人の嗜好を把握している訳が無い。


「何故って……。イェガーはアオイ様の専属ですし。今回の離宮滞在に第一連隊が同行する事になったのだって、イェガーが所属していたからでしょうし。そうですよね、竜王様?」


「ああ」


 ラインヴァイスの問いに、シュヴァルツは事も無げに頷いた。ちょっと待て。イェガーさんって料理長なんだよね? どうして料理長が私の専属になってんの? 料理長って、料理人で一番偉い人じゃないの? 何で? どうして? ……落ち着こう。ちょっと落ち着こう。私は動揺を鎮めようと、お茶を一口飲んだ。


「そ、それで……? どういう事でしょうか、シュヴァルツさん。説明して下さい」


「どうもこうも、限られた食材で、様々な料理を作る。それに長けている者に任せたまでだ」


「だからって、料理長に任せなくっても……」


 シュヴァルツの答えに、私は頭を抱えた。シュヴァルツが私の事を第一に考えてくれている事はよ~く知っている。それでも、限度というものがあるだろう。料理長といえば普通、若い人の指導とか、その日の食事の総監督とか、そういう仕事をする人だ。手ずから、一個人の食事を作る立場では無いはず。もし、個人の食事を作っていたとしても、この国の王様であるシュヴァルツの食事だろう。決して、私の食事ではないはずだ。なのに……。


「料理長が専属……。私の専属……」


「気にする事でもあるまい。あれも新たな料理を作りだす事に、並々ならぬ闘志を燃やしていると聞く」


 気にするよ! 小市民の私は無茶苦茶気にするよ! それに、周りも止めてよ! 普通は料理長に任せたりしないって、別の人に任せようって、ラインヴァイスあたりが進言したら、シュヴァルツだって考え直しただろうに! 王様が暴走したら、周りの人が止めようよ! この国、こんなんで大丈夫なの? この先やっていけるの? 暫くの間、私は頭を抱えて脱力していた。

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