御前試合その後
御前試合から三日が経った。私は未だ、魔力切れの影響でベッドから起き上がれないでいる。暇だ。ただ寝ているだけの生活にも飽きてきた。
「暇だよ~! アイリス、私、暇過ぎて死んじゃうよ~!」
「アオイがいけないんでしょ! 限界超えて魔力使うから!」
アイリスがダイニングテーブルで、お椀くらいの大きさの石の器と掌サイズの石棒を使ってゴリゴリと薬草を磨り潰しながら、じろりと私を睨んだ。アイリスは今、私の為に薬湯を作ってくれている。魔力回復効果のある、あの青汁みたいな薬湯だ。フォーゲルシメーレに材料と作り方を教えてもらったらしい。有り難い事だと思う反面、少々恨めしくもある。だって、あの薬湯、滅茶苦茶不味いんだもん。特に、アイリスが作った薬湯は一際不味い。フォーゲルシメーレ作の薬湯の方が、若干だが飲みやすい。飲みやすい薬湯を作れるって、薬師としての才能なのだろうか?
「アイリス~。その薬湯、もういらないよ。こんなに元気なんだもん。大丈夫だよ~」
「ダメ! 竜王様とラインヴァイス先生が良いって言うまで飲むの!」
アイリスは眉を吊り上げ、そう叫んだ。そりゃさ、私だって美味しければいくらでも飲むよ。でも、それ、不味いんだよ。飲んだ後、「おえっ」って声が出ちゃうんだよ。
「やだよ~。飲みたくないよ~」
「ダメ! そんなわがまま、許しません!」
何か、普段と立場が逆転しているような……。アイリスって、こんな子だったっけ? もっと甘ったれじゃなかったっけ?
「やだ~! 飲みたくない! やだやだやだやだ~!」
「何を騒いでいる」
突如、シュヴァルツの声がしたかと思うと、ベッドのすぐ脇に彼が姿を現した。ラインヴァイスも一緒だ。この二人、暇を見つけては、こうしてお見舞いに来てくれる。本を持って。
「シュヴァルツ! 私、暇すぎて死んじゃうところだったよ! 今日の本は何? 魔道書?」
「いや。普通の書物だ」
「え~! 魔道書が良かった! 魔道書、魔道書!」
「体調が戻るまで、魔道書は見せぬと言ったはずだ」
「魔道書、魔道書、魔道書!」
駄々をこねる私を見て、シュヴァルツが呆れたように溜め息を吐いた。今の私はまるで小さな子どもみたいだと、自分でもそう思う。でも、こういう状況だし、大目に見てもらいたい。感情が上手くコントロール出来ないんだ。
「そんなに元気ならば、散歩でもするか」
「私が起き上がれないの、知ってるくせに! シュヴァルツの意地悪ッ!」
私は叫び、頭から掛け布を被った。私の身体は、魔力切れの影響か、殆ど力が入らない。感情が上手くコントロール出来ないのも、そんな自分の身体がもどかしいからだ。
トイレだってお風呂だって、アイリスとローザさんの介助が無ければままならない。それに、安静にしていてもすぐに眠くなってしまう。まるで、風邪をひいた時みたいに。そんな中で散歩なんて、出来る訳が無いじゃないか! シュヴァルツだってその事、分かっているはずなのに! 嫌がらせか! 私に対する当てつけか何かかッ!
「誰もアオイに歩けとは言っておらんだろうに」
ん? 歩けって言ってないって? 散歩は歩くものじゃないの? それとも、歩かなくても散歩が出来るように、車いすがあるとでも?
私が掛け布から目だけ出すと、シュヴァルツははニヤリとした笑みを浮かべた。いつ見ても悪そうな笑顔。名付けて大魔王スマイル。うん。私、ネーミングセンス無いな。
「抱いて連れて行ってやろう」
抱いて……。抱っこしてくれるの? う~ん、ちょっと恥ずかしいような……。でも、外出したいしなぁ……。いいや。その案、乗った!
「行く!」
「そうか。ならば薬湯を飲み、準備しろ」
「え~。薬湯、もういらな~い」
「ほう。では、歩けるようになったのだな」
「う……。それは……まだ無理……」
「ならば大人しく飲め」
「う~……」
しょぼくれる私の元へ、アイリスが薬湯を持って来る。ホカホカと湯気の上がる青汁――じゃなかった、薬湯は強烈な臭いを発していた。何でアイリスが作るとこんな臭いがするの? フォーゲルシメーレと同じ材料使っているはずなのに! 絶対におかしい!
アイリスは薬湯をサイドボードの上に置くと、ベッドの上に乗った。そして。私を引っ張り上げるようにして起き上がらせ、背中側に回って私の背に数個のクッションを入れてくれる。はあ……。まだ身体に力が入らない。この状態、いつまで続くんだろう……?
「ありがとう、アイリス」
「ん」
アイリスはこくりと頷くと、ベッドから降りた。そして、サイドボードの上に置いておいた薬湯を私に手渡してくれる。く、臭い! 今日の薬湯は一段と青臭い! 鼻が曲がりそうだよ!
「やっぱり飲まないと――」
「ダメ!」
ですよねぇ。眉を吊り上げて叫ぶアイリスに苦笑を返し、私は薬湯のコップに口を付けた。ええい! 女は度胸! そう心の中で叫び、一気に薬湯を飲み干す。
ふおぉぉぉ! 不味い! 不味すぎて鳥肌が立った! でも、吐くわけにはいかない。こんなに不味い薬湯でも、アイリスの愛情が篭っているから。だから、頑張れ、私! 負けるな私! 吐くな!
「おぉ……ぉぇ……。の、のん、だ……。のんだ、から、ぉ……ぇ……おみず……。おみ、ず……おぇ……。お……おみず……ぉぇ……」
口元を押さえる私に、ラインヴァイスが苦笑しながら水を差し出してくれる。一気にそれを飲み干すも、青臭い後味は消えない。鳥肌も立ったままだ。今日の薬湯の味、破壊力が半端無い。不味さで視界がチカチカしたのなんて初めてだよ! 温かい青汁の濃縮エキスみたいなのをコップ一杯とか、逆に体調が悪くなりそうだ。
「今日の薬湯は、また一段と凄い味だったようだな」
シュヴァルツは低く笑っている。笑い事じゃないってのに! シュヴァルツも一回味見してみれば、私の気持ち、少しは分かるよ! くそぉ~!
「私の薬湯、そんなに不味いの?」
そう言い、ガックリと項垂れるアイリスの目には光るものが溜まっていた。そんな彼女の頭を、ラインヴァイスが苦笑しながら撫でている。や、やばい。このままだとアイリスが泣いちゃう! フォロー! 何かフォローをしなくては!
「いや、不味いと言うか、何と言うか……。えぇっと……ど、独創的! そう! 独創的な味なの! こう……目が覚めるような、独創的な味!」
「それ、不味いって事じゃん! アオイのバカァアァァ~!」
のおぉぉぉ! フォローに失敗した! アイリスが泣いちゃったよ! どど、どうしよう! 頭を抱える私を尻目に、アイリスはラインヴァイスにしがみ付き、ぴーぴー泣いている。気のせいか、ラインヴァイスが物凄く幸せそうにしているような……。いや、何も見なかった事にしよう。ラインヴァイスの今の顔は、きっと、見てはいけない類のものだ。私は何も見ていない、見ていない……。
「竜王様。席を外しても?」
「ああ。薔薇園にいる。何かあれば呼びに来い」
「かしこまりました」
ラインヴァイスはぺこりと頭を下げると、アイリスを抱き上げて姿を消した。ラインヴァイス、ちゃんと私のフォローしてね? 私、アイリスに嫌われたら立ち直れないからね? 頼んだからね? お願いね?
無言でラインヴァイスを見送ったシュヴァルツは、私のベッドに片膝を付くと、私の背中と膝の裏に手を入れた。そして、掛け布が掛かったままの私を抱え上げる。
「掛け布……」
「いつ寝落ちるか分からんからな。念の為、だ」
私の呟きに答えたシュヴァルツは、目を細め、少しだけ表情を緩めた。私はそんなシュヴァルツの首に手を回す。はっ! シュヴァルツの笑顔に惹かれて思わず抱き付いてしまった! ……いや、落ち着こう。これはシュヴァルツに落とされないように、だ。そうだ。そういう事にしておこう。
転移時独特の酩酊感が襲い、次の瞬間、私達は薔薇園の入り口前にいた。神話をモチーフにした白亜の扉。これをくぐるとリーラの薔薇園だ。寝込んで以来だから数日ぶりなんだけど、凄く久しぶりに来た気がする。
薔薇園に入ると、ふわりと心地よい風が吹き抜けた。薔薇の良い香りを胸いっぱいに吸い込む私を抱えながら、シュヴァルツがガゼボを目指して歩を進める。やっぱり、連れて来てもらって良かった。鬱屈していた気分が、少しだけマシになった気がする。
シュヴァルツはガゼボに入ると、ベンチの上に私を座らせるようにして下ろしてくれた。そして、自身も私の隣に腰を下ろす。私はシュヴァルツの肩に頭を乗せ、彼にもたれ掛った。
「シュヴァルツ、ありがとう。こうしているだけでも気分転換になるみたい」
「ああ」
シュヴァルツは短く返事をすると、私の頭を支えるように腕を回した。そして、私の髪を梳くように撫でてくれる。気持ち良いな。こうしていると、眠くなってくるな……。
「いつになったら私の身体、元に戻るのかな……?」
「あと二、三日は辛抱しろ」
「そっか。今回は治り、遅いね……」
「リーラの魔力も空になったようだ。二人分の魔力を回復せねばならん。時間が掛かるのは当たり前だ」
「そう、なんだ……。リーラと話、出来ないなぁとは思ってたけど、リーラの魔力、無くなっちゃったんだ……。リーラ……大丈夫、かな……? 消えたり、しない……?」
「ああ。今は寝ているような状態であろう」
シュヴァルツの言葉に、私はホッと安堵の息を吐いた。リーラが消えてしまう。それは私にとって大事件だ。もし、そんな事になろうものなら、一生立ち直れない自信がある。だって、リーラは私の精霊である共に、良き理解者であり、相談相手であり……友達、みたいな存在だから……。
「早く、リーラと話……したい、な……」
「そうか」
「あと……ね……離宮……早く、行きたい……ね……」
「ああ、そうだな。アオイ――」
シュヴァルツの声がやけに遠くに聞こえる。何か言われたみたいだけど、何を言われたのか分からない。目、開けてられない……。
まどろみ始めた私の唇に、優しい感触が触れた。温かくて幸せな感覚が、ほんわかと全身に広がっていく。ずっとこのまま、幸せに包まれていたい。手放したくない。お父さん、お母さん、ミーちゃん。私――。
目から自然と零れた涙を、シュヴァルツが唇を寄せて拭ってくれる。それを感じながら、私は深い眠りに落ちていった。




