御前試合本戦 6
遠くの方で大歓声が聞こえてくる。眠い。身体に力が入らない。そう言えば、まだ御前試合は終わっていないはずだ。この大歓声、ラインヴァイスの試合が始まっているんだ。試合、見ないと……。
私が瞼を開けると、真っ先に目に入ったのは黒い服。私、シュヴァルツに抱きかかえられたまま寝ちゃったのか。一眠りしたのにまだ眠い。目、開けているのが辛い。瞼を閉じようとする私の耳に再び、大歓声が届いた。そうだ。ラインヴァイスの試合! シュヴァルツの腕の中で身じろぎをすると、彼の腕の力が少しだけ緩んだ。
「起きたか」
頭上からシュヴァルツの声が降ってくる。私はそれに答えるようにこくりと頷くと、振り返るようにして闘技場に顔を向けた。
リンクの上ではラインヴァイスとノイモーントが戦っている。あれ? ノイモーント? 私の記憶が確かなら、ラインヴァイス対ヴォルフの試合じゃないの? おかしい……。この組み合わせ……もしかして、決勝戦?
「これ、決勝?」
「ああ」
私の問いに、シュヴァルツが短く返す。私、寝ていて準決勝を見逃してしまったらしい。ラインヴァイスが決勝に進んだという事は、ヴォルフは負けたのか……。
「ヴォルフとラインヴァイスの試合、どうだった? ヴォルフ、ミーナに良い所、見せられたかな?」
「ああ。身体強化を使わずとも、ラインヴァイス相手に健闘していた。だが、実力が一歩及ばなかった」
「そっか。ぼろ負けって訳じゃなかったんだね。ヴォルフ、頑張ったんだね」
「ああ。良い試合だった」
私はホッと息を吐いた。シュヴァルツが良い試合だったって言うくらいだ。ヴォルフ、相当頑張ったのだろう。ミーナに良い所を見せる為に。きっと、ヴォルフらしい、男の熱い戦いって感じの試合だったのだろう。
「ああっと! ノイモーント選手の剣が、ラインヴァイス選手の腕をかすめたかぁ!」
突如、アイリスのハイテンション実況が響き、何度目かの大歓声が巻き起こった。リンクの上ではラインヴァイスが空いている方の手で二の腕を押さえつつ、片手で剣を構えている。あれ? ラインヴァイス、白銀鎧を着ていない。何で?
「ねえ、シュヴァルツ。ラインヴァイス、何で騎士服なの? 鎧は?」
「魔力切れだ」
「魔力切れ? 戦ってて大丈夫なの? 薬湯は?」
「心配無用だ。己の限界はあれが一番よく分かっている。動き回れる最低限の魔力は残しているはずだ」
そっか。普通は倒れない為に、ラインヴァイスみたいに最低限の魔力は残しておくものなのか。ふむふむ。どこまで魔力を使っても大丈夫か、これから私も限界を学ばなければ。あんまりシュヴァルツに心配掛けるのも申し訳ないしね。
「ノイモーント、魔術使う気無いみたいだねぇ。これは剣で決着を着けるつもりなのかなぁ?」
そう言ったのはブロイエさん。興味深そうにラインヴァイスとノイモーントの戦いを見つめている。
「剣で決着、ですか? 魔剣士同士の試合なのに?」
「うん。直前の試合、ヴォルフが結構粘ったせいで、ラインヴァイス、魔力をギリギリまで使っちゃったみたいなんだ。今の状態のラインヴァイス相手なら、ノイモーントが魔術使って全力で戦えば確実に勝てるんだけど、彼はそれをするつもりは無いみたいなんだよ。魔剣士としての矜持なんだろうねぇ。魔術師の僕にはよく分からないけどさ」
ブロイエさんはそう言うと、アハハと笑った。魔剣士の矜持、ねぇ……。私にもよく分からない。う~む……。武士道精神とか、騎士道精神とか、そういう、正々堂々勝負するみたいな考え方に近いのかな?
それにしても、二人の戦い、凄いな。斬り結ぶ度にどちらかがダメージを負っているらしく、遠目でも二人の護符がボロボロなのが分かる。これ、護符が無かったら二人とも血まみれなんじゃ……。ボロボロになりながらも戦う美形二人……。うん、胸熱展開だ。
ラインヴァイスが一気に間合いを詰めると、手にした剣を振り下ろした。それをギリギリ紙一重でノイモーントがかわし、ラインヴァイスの顔面目がけて鋭い突きを放つ。それをラインヴァイスは首を捻ってかわそうとするも、剣先が頬を掠めていた。それに構う事無くラインヴァイスが剣を横に一閃させる。ノイモーントは後ろに飛びのいて攻撃をかわした、ように見えたけど、空いている手で腹部を押さえている。ラインヴァイスの今の攻撃が少し入ったらしい。二人とも肩が上下し、荒い呼吸を繰り返している。
「ラインヴァイス選手の攻撃がノイモーント選手に入ったぁ! 流石はラインヴァイス選手! 近衛師団長の肩書きは伊達ではありません!」
え? あ、あの、アイリスさん? ラインヴァイスに肩入れし過ぎじゃあないでしょうか? 実況は公平に。ノイモーントの攻撃も、ラインヴァイスの頬に入っているからね。護符が無かったら、ラインヴァイスの頬から耳に掛けて、ザックリいっててもおかしくない入り方だったからね。ダメージで言ったら、どっこいどっこいか、下手したらラインヴァイスの方が大きいからね。
ふと目をやった先、観客席は熱気に包まれていた。観客の皆さん、随分エキサイティングしてるなぁ。やっぱりこういう戦い、男の人って好きだよね。でも、女の子には少し刺激が強いんじゃ……。そう思って孤児院のみんなを確認すると、予想通り、リリーを始め、多くの女の子は目を覆っていた。そりゃ、怖くて見てらんないよね。しかし、男の子達は興奮したように口々に何かを叫んでいる。そして、ミーナは女の子の中では例外らしく、男の子達以上興奮していた。立ち上がってエキサイティングしてるし……。そんなミーナを、ヴォルフとフランソワーズが必死に座らせようとしているが、ミーナは興奮して大暴れ。ヴォルフの予選で薄々気が付いていたけど、ミーナってば、こういうの好きなんだね。偶にいるよね。格闘技好きの女子。
大暴れするミーナの手がフランソワーズに当たったと思った瞬間、フランソワーズのフードが頭から取れた。おおぉ! 決定的瞬間を目撃! 髪の毛下ろしてるフランソワーズ、どこのお嬢さんですかってくらい綺麗なんですけどっ! 元々美人さんだとは思っていたけど、大人っぽくって色っぽくって、予想以上に美人じゃないか!
「ああっとぉ! ノイモーント選手の動きが止まったぁぁぁ! これを見逃すラインヴァイス選手ではありません!」
アイリスの実況で、慌ててリンクに目を戻す。すると、ノイモーントが実況通り固まっていた。視線の先にはフードの取れたフランソワーズ。おいぃぃぃぃ! ノイモーント! 試合に集中、しろぉぉぉぉぉ!
フランソワーズを、でれぇっとした顔で見つめるノイモーント。そこへ容赦なく剣を振り下ろすラインヴァイス。あ~あ……。肩からバッサリ……。
倒れたノイモーントはピクリとも動かない。大方、気絶しているのだろう。何だかんだ、ノイモーントはフランソワーズの貴重な姿を目に焼き付けられたんだし、優勝出来なくても幸せだったと思う。成仏してね、ノイモーント。な~む~。
「勝者、ラインヴァイス!」
ブロイエさんが叫ぶと、会場を割れんばかりの拍手が包み込んだ。ラインヴァイスは剣を鞘に納め、四方に頭を下げる。そして、フラフラとした足取りでリンクを後にした。
「ただいま、戻りました……」
シュヴァルツの肩越しに後ろを覗くと、ラインヴァイスが転移魔法陣の上に立っていた。私と目が合うと、彼は微笑みを浮かべる。
「お帰り、ラインヴァイス。優勝おめでとう」
「ありがとう、ございます。お身体、変わりありませんか?」
「うん。ちょっと怠いし眠いけど、大丈夫だよ」
「大事なくて、何よりです」
ラインヴァイスは優し気に微笑んでいるが、いつもよりどことなく弱々しい笑顔だ。今さっきまで戦っていたんだし、疲れてるのかな?
「ラインヴァイス、少し休んでおけ」
「はい……。失礼、します」
シュヴァルツに促され、ラインヴァイスは自身の席に座った。背もたれに身を預け、手をだらんと下ろしている。肩で息をし、遠くを見つめるラインヴァイスは今、何を思っているんだろう? あの表情、優勝出来て嬉しいって感じじゃない。今の試合の反省点とか考えていたりして……。
「強く、なったな」
シュヴァルツがポツリと呟くようにそう言うと、ラインヴァイスが驚いたように目を見開いた。シュヴァルツはそんなラインヴァイスを、目を細めて見つめている。
「いえ。その、あ、ありがとう、ございます……」
姿勢を正し、そう呟くように言ったラインヴァイスの声は、少しだけ震えていた。その表情は戸惑いの色を隠しきれないでいる。
もしかして……。ラインヴァイスはシュヴァルツに、こうやって褒めてもらえる事があまり無かったんじゃ……。いや、シュヴァルツだけではなく、誰かに褒めてもらえる機会なんて、殆ど無かったのかもしれない。
ラインヴァイスは前竜王の息子として生を受け、現竜王の弟として生きていた。実力があって当たり前。強くて当たり前。みんなにそう思われていても、不思議でも何でもない。ラインヴァイス自身ですら、無意識のうちにそう思っていた節がある。
前に、シュヴァルツの剣になりたいって言っていたのも、攻撃魔術が使えないと悲しそうに言っていたのも、シュヴァルツの弟として、誰よりも強くなくてはいけない、誰よりも強くて当たり前と、自分自身に言い聞かせていた結果なんだろう。でも、何だかそれって凄く悲しい。ラインヴァイスが強いのは、今までの努力の結果じゃないの? もっと自分自身を評価してあげてよ。
「ねえ、シュヴァルツ?」
「何だ」
「ラインヴァイスはさ、シュヴァルツの最強の盾になれたよね? 優勝したんだもん。自信、持って良いよね?」
私の問い掛けに、シュヴァルツは少しだけ目を見開いたと思ったら、すぐに口の端に笑みを浮かべた。
「ああ。ラインヴァイスは今も昔も私の片腕――最強の盾だ」
シュヴァルツの言葉で、ラインヴァイスの感情が決壊したらしい。俯くラインヴァイスから、嗚咽が僅かに聞こえてくる。
良かったね、ラインヴァイス。シュヴァルツはきちんとラインヴァイスの実力、認めてくれていたんだよ。攻撃魔術が使えないからって、自分を卑下する必要なんて無かったんだよ。無理に剣を目指す必要なんて無かったんだよ。シュヴァルツの片腕として、胸を張っていて良かったんだよ。
私はシュヴァルツに抱き付くように、彼の胸に顔を埋めた。何でだろう? 目から自然と涙が溢れてくる。止まらないよ。もらい泣き、しちゃったみたい。そんな私を、シュヴァルツは強く抱きしめてくれた。




