御前試合本戦 4
二回戦も順調に進み、ラインヴァイス、ヴォルフ、ノイモーントの試合は終わった。彼らは順当に勝ち進み、準決勝でラインヴァイスとヴォルフが当たる。因みに、ノイモーントと当たるのは、私かフォーゲルシメーレの、どちらか勝った方となる。
フォーゲルシメーレは確か、土の魔術師であり、水の魔術師でもあるって話だった。二つも称号を持っているなんて、とても優秀な魔術師なのだろう。最初はただの薬師だと思っていたのに。異世界って奥が深い。
「二回戦、最終試合を始めます!」
「第十三ブロック代表、フォーゲルシメーレ!」
アイリスとブロイエさんのアナウンスの後、フォーゲルシメーレが姿を現した。直前までリリーの側にいたらしく、選手控えの場に姿を現さなかった彼は、観客席から現れた。彼の姿を見て、歓声が巻き起こる、かと思いきや、観客の皆さんの声がやけに低い。これ、ブーイング? フォーゲルシメーレ、ブーイングされてる?
「第十六ブロック代表、アオイさーん!」
私の名が呼ばれると、大歓声が会場を包み込んだ。こ、これは……。もしかして、さっきのブーイングといい、この歓声といい、観客の皆さんは私を応援してくれているの? そう思って良いの? や、やばい。フォーゲルシメーレには悪いけど、ちょっと、いや、かなり嬉しい!
私が闘技場へ出ると、歓声が更に大きくなった。地響きみたいだ。応援されて悪い気はしない。観客席に手を振ってみると、また歓声が大きくなる。これはテンションが上がる!
リンクに上がった私は、手にした魔鉱石の短剣を構えた。使う魔術は既に決めてある。魔術師であるフォーゲルシメーレ相手だ。すぐに作戦は立てられた。
「では。試合、開始ぃ!」
ブロイエさんの合図と共に、私とフォーゲルシメーレがほぼ同時に魔法陣を展開し始めた。私の使う魔術は、以前、シュヴァルツが選んでくれた魔術の一つ、シャイン・シュヴェルトだ。光属性の上級魔術で、光を刃と化し、ありとあらゆるものを切り裂く魔術。これなら、ラインヴァイスみたいに魔法陣を斬る事だって出来るんだから!
「両者、魔法陣を展開し始めました! これは……アオイ選手の方が、わずかに展開が早いかぁ!」
アイリスが叫んだと同時に、私の魔法陣の展開が終わった。
「シャイン・シュヴェルト!」
私の叫びに呼応し、魔法陣が眩い光を発する。そして、その光が魔鉱石の短剣に収束していき、光の刃が完成した。刃の長さは丁度、訓練で使っていたロングソードと同じ。私が一番使いやすい長さだ。
「アイス・ドルン!」
フォーゲルシメーレが放ったのは、水属性の上級魔術だった。氷の棘が纏う強い冷気で、あらゆる物を凍り付かせる魔術だ。
氷の棘が地を這い、一直線に私に向かって来る。一見、棘の方が脅威に見えるが、棘が纏っている冷気の方が厄介だ。エレメント属性の魔術をほぼ無効化出来る雪狼のマントを羽織っていても、直撃すれば一発でリタイアした時のバルト並みになるだろう。雪狼のマントの加護を敗れる魔術を躊躇なく選択するとは! 容赦無いな、フォーゲルシメーレ!
「なんのぉ!」
叫び、私は手にした光の刃をリンクに突き刺した。光の刃に氷の棘が触れた瞬間、熱した鍋に水を入れた時のような、ジュワッという音と共に氷の棘が霧散する。ひんやりとした冷気が私の身体を舐めるも、一瞬ぞくりと身震いする程度で済んだ。棘と共に冷気の大半が、シャイン・シュヴェルトによって無効化されたらしい。
「間一髪! アオイ選手、フォーゲルシメーレ選手の魔術を打ち破りました! あぁ! アオイ選手、飛び出したぁぁぁ!」
私は地を蹴り、新たに魔法陣を展開し始めたフォーゲルシメーレに突っ込んでいった。フォーゲルシメーレは魔術師だ。近距離攻撃には弱いはず!
狙うは魔法陣。魔術師に魔術を使わせてはいけない。攻撃は最大の防御なり! ……あれ? これ、結界術が使えなくて勇者に負けた、どこかの誰かみたい……。
私は手にした剣で、フォーゲルシメーレの展開している魔法陣を切り裂いた。その瞬間、光の刃がぶれたように歪むも、すぐに元に戻る。この現象が起こるという事は、フォーゲルシメーレが展開していた魔法陣が、最高位魔術のそれだったって事だ。フォーゲルシメーレってば、本当に容赦無いなぁ。
この、光の刃がぶれるみたいな現象、魔力を大幅に消費した時、つまり、今みたいに最高位魔術の魔法陣を斬った時に起こる。本来なら、上級魔術では、最高位魔術の魔法陣に打ち負けてしまうものなのだが、シャイン・シュヴェルトは例外的に、魔力を大量に消費する事で無理矢理斬る事が出来るらしい。魔力さえあれば、本当に何でも斬れるという事。便利な魔術だ。因みに、闇属性にもシャイン・シュヴェルトとよく似た特性の魔術があるらしく、シュヴァルツの得意な魔術の一つらしい。
それは良いとして、この現象はシュヴァルツとの模擬戦で幾度と無く見たものだ。初めて見たのは、模擬戦で私がシャイン・シュヴェルトを、シュヴァルツが闇属性の最高位魔術を使おうとした時だった。シュヴァルツが展開している魔法陣を切り裂いた光の刃がぶれ、私は一瞬キョトンとしてしまった。しかし、シュヴァルツは何も気にしていないみたいだったし、私も気にしない事にして、模擬戦を続行した。そして、たったの三回、この現象が起きただけで私はぶっ倒れた。比喩ではなく血反吐を吐いて。ブロイエさんに後々聞いた話では、この現象が起きた時、最高位魔術を行使したのと同程度の魔力を消費しているのではないかとの事だった。シュヴァルツがこの現象を知らなかったのは、ただ単に彼が魔法陣を斬った事が無かったから。魔法陣を斬る位なら、術者を斬るんだってさ。言うのは簡単だけど、実行するのはすこぶる難しいと思うんだけどねぇ。
倒れた後から、私はシュヴァルツとの模擬戦ではシャイン・シュヴェルトばかり使って彼に挑んだ。だって、たったの三回しかこの現象に耐えられなかったの事が悔しかったんだもん。それに、慣れればもう少し耐えられるんじゃないかなぁなんて思ったし。シュヴァルツはシュヴァルツで、私の身体を心配しながらも、私の意図を汲んでくれ、最高位魔術を遠慮無く使ってくれた。毎日の訓練の賜物か、今ではこの現象に五回までなら耐える事が出来るようになった。
あと四回、この刃がぶれる現象には耐えられる。しかし、後々の試合を考えると、あと二、三回で決着を付けたい。ギリギリまで魔力を失う事は避けたいところだ。しかし、フォーゲルシメーレがそれをそう簡単に許してくれる訳は無いだろう。
新たな魔法陣を展開し始めたフォーゲルシメーレの懐に飛び込もうと地を蹴るも、彼に距離を取られてしまう。フォーゲルシメーレはフォーゲルシメーレで、私と距離を取って戦う気満々な訳ね。それにしても、予想以上に素早い動きだ。魔人族の身体能力、侮れない。
フォーゲルシメーレの魔法陣が完成する直前、私は大きく踏み込んだ。フォーゲルシメーレに斬撃はかわされてしまったものの、彼の展開する魔法陣にはギリギリ届く! 私は返す刀で彼の魔法陣を切り裂いた。またしても、光の刃がぶれる。あと三回、か……。
――アオイ。切り札、使おう。
リーラ。でも、なるべくなら、手の内隠しておきたいんだけど。
――まともにフォーゲルシメーレとやり合って勝てるの? ああ見えても、一応、連隊長なんだよ?
そうなんだけどさぁ。シュヴァルツだって、私達の切り札、知らないんだよ? 私とリーラしか知らないんだよ? 今使っちゃって大丈夫かな? 温存しておいた方が――。
――アオイ! フォーゲルシメーレの魔法陣、完成しちゃう!
リーラの叫びに、私は慌てて試合に意識を戻し、フォーゲルシメーレが展開していた魔法陣を切り裂いた。あと二回……。こうなったら、切り札、使うしかない、か……。出来れば、決勝戦まで取っておきたかったなぁ。シュヴァルツを驚かせようと思って、模擬戦でも使ってなかった取って置きなのに。フォーゲルシメーレ相手に初披露なんて、何だか悔しい!
――仕方ないよ。フォーゲルシメーレは魔術師って括りだったら、この国でブロイエ叔父様の次に強いんだから。
そっか。そう、だよね。……よっしゃ! リーラ、いくよ! リヒト・シュトラール、展開して!
――は~い! 了解!
リーラの返事を聞き、私は地を蹴った。狙うはフォーゲルシメーレの展開している魔法陣。あれを潰せば、フォーゲルシメーレが次の魔法陣を展開し終わるまで時間が稼げるはず。
距離を取ろうとするフォーゲルシメーレにしつこく追い縋る。そして、彼の魔法陣が私の間合いに入った瞬間、私は剣を振り抜いた。手ごたえは全く無いが、フォーゲルシメーレの魔法陣が消滅する。今の攻撃で光の刃がぶれたものの、既に元に戻っている。しかし、よく見ると、刃の光が弱まっていた。限界が近い証拠だ。
「アオイ選手、肩で息をしています。限界、でしょうか?」
限界? 確かに魔力をかなり消費したけど、まだ限界はきていない。魔力の大量消費だって、あと一回は耐えられる。アイリスってば失礼な事、言わないでよ!
「ああっとぉ! これは! アオイ選手、魔法陣の展開を始めました! これはどうした事でしょう! シャイン・シュヴェルトを維持しつつ、新たな魔法陣を展開させています! こんな事が可能なのでしょうかぁぁ!」
アイリスの実況に、観客の皆さんがどよめいている。アイリスや観客の皆さんが驚くのも無理は無い。だって、魔力媒介から一度に発動させる事が出来る魔術は一つだけと言うのが、この世界の通説だから。
その理由は諸説あるのだが、そのうちの一つ、人には意識が一つしか無いからという説を私は推す。一つの事に没頭している時、同時に別の事を考えるなんて器用な真似が出来る人はそうそういない。それと同じように、魔力媒介を通してでは、複数の魔術に意識を集中して同時に制御する事は出来ないのだ。もし、複数の魔術を制御しようと思ったら、魔力媒介を通してではなく、魔法陣を描き、それに直接魔力を流して発動させる方法しか無いと言われている。
しかし、私には私の意識とは別に、リーラというもう一つの意識がある。シャイン・シュヴェルトの制御を私が、もう一つの魔術をリーラが担当する事が可能なのではないかと、ある日、ふと思ったのが始まりだった。初めは簡単な魔術から練習を始め、今では私が習得した魔術ならば、二つ同時に魔力媒介を通して発動させる事が可能となった。この事は誰にも話さなかった。理由は、単純にみんなを、そして、シュヴァルツを驚かせたかったから。それに、私には切り札があるっていう安心感が欲しかったから。
「あ~! アオイ選手の魔法陣展開が終わります!」
アイリスが叫び終わるか終らないかのタイミングで、リーラの展開する魔法陣が完成した。ニヤリと笑みを浮かべる私を、フォーゲルシメーレが驚愕の表情で見つめている。
――リヒト・シュトラール!
リーラの叫びが私の頭の中に響く。魔法陣がカッと閃き、一条の閃光がフォーゲルシメーレを襲った。リンクの外までふっ飛ばされた彼の護符が砕け散る。
「勝者、アオイさん!」
勝った。そう思った瞬間、ぐらりと私の視界が揺らいだ。




