御前試合本戦 3
御前試合は順調に進み、とうとう私の番になった。控えの場で待機しつつ、直前の試合の勝者、フォーゲルシメーレが観客の皆さんに頭を下げているのを見つめる。私がこの試合に勝てたら、次は彼と当たるみたいだ。
私の隣には、この試合の対戦相手と思しき男の人が腕を組んで佇んでいた。真っ白い肌と長い耳、輝くような金色の髪が特徴の優男だ。美形度合いで言うと、う~ん……残念、シュヴァルツの足元にも及ばない。臙脂色の上着を着ているという事は、それなりの実力者なのだろう。
――あちゃ~。アオイ。この試合の対戦相手、なかなか手強いよ。
何、リーラ。この人知ってるの? 手強いって? 臙脂色の上着着てるし、強い人なの?
――うん。昔と立場が変わってないなら、第一連隊の副長だよ。風の魔術師の称号を持つ魔剣士だったはず。
第一連隊……。ノイモーントの副長さんって事?
――そうだね。この人エルフ族なんだけど、エルフ族って地水火風のエレメント属性の魔術、効きにくいんだよねぇ。もちろん、最高位魔術なら話は別だけど。
ええっと、簡単に言うと、エレメント属性の魔術を使うなら、最高位じゃないとダメって事?
――ダメではないけど、他の種族と比べてダメージが少ないの。エレメント属性の魔術使うの、あまりお勧め出来ないかなぁ。
そっか。でも、全くダメージが無いって訳じゃないんでしょ? それに、私には光属性の魔術だってあるし、何とかなるでしょ!
――まあ、そうなんだけどねぇ。この人、剣の腕も相当立つから気を付けてよ?
うん。分かった。助言ありがとう、リーラ。
「一回戦最終試合を始めます!」
「第十五ブロック代表、バルト!」
おにーさんの名前はバルトさんというのかぁ。私が何の気なしにバルトさんの顔を見上げると、不意に目が合った。おや? 私、睨まれてませんかね?
「竜王様に色仕掛けで取り入った人族の女なんかに、俺、手加減しませんから。覚悟しておいて下さい」
バルトさんはそう言い残し、颯爽とした足取りでリンクに向かった。控えの場にまで大歓声が届いてくる。
――エルフ族って、人族に迫害された歴史があるから、人族の事、大っ嫌いなんだよねぇ。今の感じだと、アオイも例外じゃないみたいだね。
ええぇぇ! 私、何もしてないのに! 何で嫌われないといけないのよ! それに! 私がいつ、シュヴァルツに色仕掛けしたって? いつよ、いつ! バルトめ、いい加減な事言ってんじゃないわよ! こっちこそ手加減なんてしないんだから! 首を洗って待ってろよ、バルト!
「第十六ブロック代表、アオイさーん!」
ブロイエさんの声が響き、闘技場を歓声が包み込む。おお! 凄い! 私の事、応援してくれる人、たくさんいるんだぁ!
リーラの紋章が光り輝き、次の瞬間、全身鎧と魔鉱石の短剣が錬成された。私が入場口から闘技場に出ると、歓声が一際大きくなる。これだけ応援してくれる人がいるんだもん。絶対に勝たないと! 頑張るぞ、おお~!
リンクに上がり、両手で短剣を持って構える。対戦相手のバルトも、ロングソード的な、柄に黄緑色の石が嵌った長い剣を構えた。互いに睨み合い、試合開始の合図をじりじりと待つ。
「では。試合、開始ー!」
ブロイエさんの叫びが聞こえた瞬間、バルトを中心に魔法陣が展開され始めた。あの色とパターンは風――いや、雷撃系の魔術だ。ははぁ~ん。さては、雷撃で麻痺させて、私が戦闘不能になるのを狙っているんだな! でも、私には雪狼のマントがあるから、最高位じゃない限り、雷撃で麻痺する事は無いもんね~だ! それに、そういう手でくるつもりなら、こっちにだって考えがあるんだから。伊達にシュヴァルツと戦闘訓練していた訳じゃないんだからね! 私は魔鉱石の短剣に魔力を込め、魔法陣の展開を始めた。
「両者、魔法陣の展開を始めました! 魔術の打ち合いになるようです!」
アイリスの実況を聞きつつ、素早く魔法陣の展開を終える。見ると、バルトの魔法陣もほぼ完成していた。でも、私の方が早い!
「ヴァッサー!」
私が使った魔術は、魔法陣からただ水が噴き出すだけの術。それを魔力媒介である短剣の先に展開させ、バルトに向けた。これ、消火栓みたい。
「アオイ選手、バルト選手に水をかけ始めました! バルト選手、アオイ選手の攻撃をものともしていません!」
そりゃそうだ。だって、ただ水をかけているだけだもん。これでダメージを負ったら、それはそれで怖いわ!
「ドンナー・シュラーク! ぴギャ!」
バルトの放ったのは、私の予測通り、雷撃系の術だった。魔法陣から雷が噴き出し、バルトだけが感電する。けけけっ! 目論見通り。おっとっとッ! いつの間にか、私の足元にまで水がきてた。これに触ったら、私まで感電しちゃう。危ない、危ない。
「これはどうした事でしょう! 自身の放った魔術により、バルト選手がダメージを負っています」
バルトの魔法陣は消え、彼はリンクに片膝を付いて肩で息をしていた。しかし、さっきリーラが言っていた通り、エレメント属性の魔術ではダメージが少ないらしく、身体は完全に麻痺していない。手にした剣をリンクに突き刺し、それを手がかりに立ち上がろうとしていた。麻痺してくれたら自爆で終わっていたのに。残念。仕方なく、私は新たな魔法陣を展開し始めた。
「アオイ選手、新たな魔法陣を展開し始めました」
アイリスの実況で顔を上げたバルトの表情が凍り付く。無理も無い。だって、私の使おうとしている魔術が、ねぇ?
「アイス・プファイル!」
私が放ったのは、魔法陣から十数本の冷気の矢を打ち出す魔術だ。たとえ直撃しても、軽い凍傷になる程度の中級魔術。エルフ族のバルトなら、冷たすぎてちょっと痛いなぁ、くらいのダメージしか負わないかもしれない。でも、それは身体が乾いている状態に限る。全身ずぶ濡れの今なら――。
「ヒョホォォォ!」
冷気の矢が直撃した瞬間、バルトから変な悲鳴が上がった。バルトの全身が霜で覆われている。ほぉ~。水分が凍って完全に氷漬けになるかと思ったけど、霜が降りる程度で済むんだぁ。エレメント属性の魔術が効き難いって良いねぇ!
「ああー! バルト選手の身体が霜に覆われました! エルフ族のバルト選手でも、流石にこれは効いたようです! 震えています! アオイ選手、これを狙っていたのでしょうか!」
アイリスの実況通り、霜に覆われたバルトはガタガタと震えていた。まるで雪山で遭難した人みたいになっている。髪にまで霜が降り、唇が紫色だ。寝たらダメよ? 死んじゃうからね。
「ヴァッサー」
私はもう一度、水が噴き出す魔術を使った。蹲ったままで震えているバルトの頭から、パシャパシャと少しだけ水をかける。霜は消えたが、その代り、全身にうすーい氷が張り始めた。う~ん……。このまま水をかけ続けていると、折角の冷気が飛んじゃいそうだなぁ。
「アイス・プファイル」
冷気の矢を追加。でも、バルトはまだ完全に氷漬けになっていない。おかしいなぁ。もう少し、水分が必要なのかなぁ?
「ヴァッサー。アイス・プファイル」
再び水をかけ、冷気の矢を放つ。すると、先程よりもほんの少~しだけ、バルトの身体の表面の氷が厚くなったようだった。所々、小さな氷柱みたいな物も出来始めている。でも、まだまだ氷漬けまでは程遠い。これじゃあ、戦闘不能とは言わないと思う。
「ヴァッサー。アイス・プファイル。ヴァッサー。アイス・プファイル。う~ん……。ヴァッサー。アイス・プファイル!」
これだけ魔術を連発しても、バルトはまだ完全に氷漬けになってはいない。はてさて、あと何回くらいやれば氷漬けに出来るのか。ここで手を休めたら、魔術や剣で反撃されるかもしれないから中断する訳にはいかない。でも、そろそろ終わりにしたい。思っていた以上に、エルフ族のエレメント属性魔術耐性って厄介だ。
「バルト選手、全身氷柱塗れです! アオイ選手、彼に恨みでもあるのでしょうか! 嬲り殺しにしています!」
「もも、もう、やめ、で……」
バルトが震える声で呟く。でもね、止めてって言われて止める程、私はお人好しじゃないんだ。氷漬けにして勝つ! 覚悟しろ、バルト!
「ヴァッサー! アイス・プファイル! ヴァッサー! アイス・プファイル! ヴァッサー! アイス・プファイル! ヴァッサー! アイス・プファイル! ヴァッサー! アイス・プファイル! ヴァッサー! アイス・プファイル! ヴァッサー! アイス・プファイル! ヴァッサー! アイス・プファイル! ヴァッ――」
「ももも、もう、ぎぎ、ぎげん、じまず。だだだだだ、だがら、も、もう、やや、やめやめ、やめ、で」
ん? きけん? あ。そう言えば、リタイア、認められているんだった。すっかり忘れてた。でも、アイリスまで声が届いていないよ、おにーさん。
「アイリスー! この人、棄権するってよぉ!」
私が叫ぶと、アイリスがリンクへよじ登り、蹲るバルトの前にちょこんとしゃがみ込んだ。こらこら。その座り方、パンツが見えちゃうから止めなさい。特にバルトからの角度、見えてんじゃないの? う~ん……。これ、見えてるな、絶対。バルトの視線が少~しだけ泳いでる。よし。後でラインヴァイスに、バルトがアイリスのパンツ見てたよって報告しておこう。うん、そうしよう。
「リタイア、しますか?」
「りりりり、りだいあ、じじ、じま……じま、ず……」
「バルト選手、リタイアです!」
「は~い。勝者、アオイさーん!」
ブロイエさんのアナウンスがあるも、会場はシーンと静まり返っていた。他の試合では、決着が付くと大歓声が起こっていたのに。おかしい。そう思って、ぐるりと観客席を見回すと、観客の皆さんはドン引きした表情でこちらを見つめていた。あんれぇ? 何でこんな反応?
私が首を傾げていると、遠くから僅かに拍手の音が聞こえてきた。どこから? 音の出所を探ると、観客席の真ん中にある建物のようなところから聞こえてきているようだった。目を凝らすと、黒ずくめの人物――シュヴァルツが窓辺の席で、椅子にふんぞり返って手を叩いているのが見えた。やがて、シュヴァルツの拍手に触発されるように拍手が広がっていく。会場を割れんばかりの拍手と歓声が包み込み、私はそれに答えるように四方にお辞儀をし、リンクを後にした。




