御前試合本戦 2
「選手入場! 予選第一ブロック代表、ラインヴァイス!」
ブロイエさんのアナウンスで、闘技場の入場口より白銀鎧を纏ったラインヴァイスが出てくる。彼は特に緊張した様子も見せず、スタスタとリンクまで歩いて行った。観客席は水を打ったように、シーンと静まり返っている。
「第二ブロック代表、イェガー!」
ブロイエさんが叫ぶと、臙脂色の上着の厳ついおっさんが入場口から出てきた。途端、大歓声が会場を包み込む。
「ちょっ! 何これ! 何で?」
私は思わず立ち上がり、叫んでしまった。だって、ラインヴァイスとおっさんの入場時の歓声にあまりにも差があるんだもん。ラインヴァイスに対してちょっと失礼なんじゃないの?
「まあまあ、アオイさん。落ち着いて。観客はさ、イェガーに頑張ってもらいたいんだよ。それに、ラインヴァイスの時にブーイングが起こらなかっただけでも良しとしないと」
「ブーイングって! 何で? 御前試合って、もっとこう、神聖なものじゃないんですか?」
「神聖? 何で? 勝ってなんぼなのに」
「だって、みんなこの日の為に頑張ってきたんでしょ? 予選を勝ち抜いた人の健闘を称えるとか、あっても良いと思うんですけど!」
「え~? 応援したい人を応援するのが普通でしょ?」
不思議そうに首を傾げるブロイエさんの言葉に、私は絶句した。まさか、こんなカルチャーショックがあるなんて! 私、こういう試合って、みんなが応援してくれるものだと思っていた。私の試合、誰も応援してくれなかったらどうしよう……。そうなったら、心がポッキリと折れる自信がある。
「まあ、どっちが勝っても、観客は一緒に喜んでくれるんだし。それで良いじゃない」
ブロイエさんは一人納得したように頷き、杖を掲げた。そして、大きく息を吸い込む。試合、始めるみたいだ。私は納得いかないものの、ドサッと椅子に腰を下ろした。
「では、試合開始ー!」
ブロイエさんが叫んだ瞬間、ラインヴァイスが腰の剣に手をやり、地を蹴った。ラインヴァイスってば、魔術じゃなくて剣で勝負するつもり? 力で負けたりしないの? おっさんとの体格差、結構あるんですけど!
「ラインヴァイス選手が動いたぁ! イェガー選手、間合いを詰めるラインヴァイス選手をけん制するように魔法陣を展開しています!」
おお! アイリスの実況が、ちゃんと実況らしくなっている。予選の間に成長したなぁ、アイリスも。
「ラインヴァイス選手、剣を抜きざまに斬りつけましたぁ! イェガー選手、難なくそれをかわし――ああっと! 何という事でしょう! ラインヴァイス選手に斬られ、イェガー選手の魔法陣が消えました! 何という技量! 流石はラインヴァイス選手!」
見ると、ラインヴァイスが手にしている剣は淡い光を発していた。あの光、魔力障壁の色に似ているような……。
「イェガー選手も負けていません! 剣で応戦しつつ、新たな魔法陣を展開します! ああっと! またしてもイェガー選手の魔法陣がぁぁぁ!」
「魔力障壁を剣に纏わせたか」
シュヴァルツがそう呟き、口の端に笑みを浮かべた。剣に魔力障壁を纏わせると、魔法陣を斬る事が出来るのね。ふむふむ。参考になるなぁ。
「へぇ。考えたね、ラインヴァイスも」
感心したように呟いたブロイエさんの言葉で、私の脳裏にふとある疑問が湧く。
「もしかして、普通、魔力障壁ってああいう使い方、しないものなんですか?」
「しないねぇ。障壁って言うくらいだし、壁として使うのが一般的だよね。ああやって使うの、初めて見たよ」
そっか。ラインヴァイスのあれは、トリッキーな戦い方なんだ。魔力を吸収する魔力障壁を魔法陣の破壊に使いつつ、併せて剣で攻撃するとか、思い付きそうで思い付かない戦法なんだね。ああやって攻撃すれば、魔術から身を守りつつ、相手を攻める事が出来る。私、結界術は攻撃に向かない魔術だと決めつけていたけど、考えを改めないといけないな。
「今回の御前試合でのラインヴァイスの戦い方、色々と吹っ切れた感じだねぇ。また一段と強くなったんじゃない? シュヴァルツ、おちおちしているとラインヴァイスに負けちゃうよ?」
「ああ。そうだな」
ブロイエさんの言葉に、シュヴァルツは低く笑った。ラインヴァイスが強くなった事、嬉しいのかな? こうしてラインヴァイスを見つめて目を細めるシュヴァルツの顔、結構好きだ。弟大好きお兄ちゃんって感じで。今度、この顔の肖像画を描かせてもらいたい。
「おおっとぉ! イェガー選手の魔法陣を斬ろうとしたラインヴァイス選手の剣が、魔法陣に弾かれましたぁ!」
アイリスの叫びにリンクへ視線を戻すと、ラインヴァイスが手にした剣の光が消えていた。もしかして、剣に纏わせていた魔力障壁が破られた? とすると、おっさんの展開している魔法陣が相当高位魔術のそれって事か?
おっさんを中心に展開する魔法陣は、かなり複雑な紋様を描きながら展開されていく。あの赤い色、それに、あのパターン……。私の記憶が確かなら、あれは――。
「これは! グリューエン・シュランケです! イェガー選手、火属性最高位魔術を展開しています!」
やっぱりか。アイリスの実況のお勉強――魔法陣の暗記に付き合った時、ああいう魔法陣を見た事があった。グリューエン・シュランケは、確か、灼熱の炎で形作った蛇で敵を飲み込むという、火属性最高位魔術の一つだ。あれを防ぐには、魔力障壁ではちと荷が重い。もっと高位の結界を使わなくてはなくてはならない。でも、あれを防げる結界の魔法陣を今から展開して間に合うのかな? おっさんの魔法陣、半分くらい展開し終わってるんだけど……。
目をやった先、ラインヴァイスは剣を掲げていた。彼を中心に、物凄いスピードで魔法陣が展開されていく。は、はやっ! あっという間に、あんな複雑な魔法陣の展開が終わってるし! ラインヴァイス、凄すぎるでしょ!
「グリューエン・シュランケ!」
「フォイアー・シルト!」
おっさんの叫びとラインヴァイスの叫びが重なる。ラインヴァイスが使った魔術は、炎を遮断する上級の結界術だった。火属性の魔術にのみ有効な結界だから、魔力障壁程万能じゃない。しかし、炎に対しての効果は折り紙付きだ。この結界に弱点があるとすれば、火プラス土属性でマグマを発生させるなんかの、複数属性の魔術には効き目が薄くなる事だろう。しかし、グリューエン・シュランケは火属性単体の魔術だ。防ぎきれるはず。
おっさんの魔法陣から噴き出した炎の蛇がラインヴァイスを飲み込む寸前、壁にぶち当たったように掻き消える。瞬間、ラインヴァイスが地を蹴り、おっさんに斬りかかった。おっさんからだと、きっと、炎が消えた瞬間、ラインヴァイスがいきなり目の前に現れるようなタイミングだったはずだ。おっさんが慌てて剣で迎撃しようとするも、ラインヴァイスの剣がそれより早くおっさんの胴を薙ぐ。力尽きたように膝から崩れ落ちるおっさんの護符は砕け散っていた。
「勝負あり! 勝者、ラインヴァイス!」
ブロイエさんのアナウンスに、場内が歓声に包まれた。ラインヴァイスが入場する時はあんなに静かだったのに……。
「ねぇ? ちゃんと一緒に喜んでくれるでしょ?」
「でも、掌を返したみたいに感じますよ、これ」
「まあ、それは否定出来ないかなぁ?」
ブロイエさんは誤魔化すように、あははと声を出して笑った。掌返しの自覚はあるのか。まあ、この世界ではこいうのが当たり前ならば、私も慣れなきゃいけないのかもしれない。誰も応援してくれないからって、いちいち傷ついたり凹んでたりしていたら、まともに戦う事なんて出来ないし。それに、精神が持たないだろうしなぁ……。
「どうした、アオイ。浮かない顔だが」
「え? あ……。ラインヴァイスの時みたいに、私の事、誰も応援してくれないなら、それはそれで慣れないといけないのかなぁって」
私が苦笑しながら答えると、シュヴァルツは怪訝そうに眉を顰めた。おや? 私、何か変な事言ったかな?
「ほら、私、この国の、ううん、それどころかこの世界の住人じゃないでしょ? つまり、究極のアウェイな訳だ。ラインヴァイスでもあんな感じだったんだから、私も、誰も応援してくれない事を想定した方が良いのかなぁ、なんて思ったんだけど……」
まあ、シュヴァルツだけは応援してくれそうな気はするんだけどね。……いや、待てよ。孤児院のみんなも応援してくれるだろうし、ラインヴァイスやブロイエさん、ローザさんも応援してくれるかな? あとは、独身トリオも対戦相手によっては応援してくれるだろうし、全く味方がいない状況にはならないか? いやいやいや。精神的ダメージを減らす為には、最悪の状況を想定しておかないと。誰も応援してくれない、味方になってくれない状況。……うん。想像するだけで凹むな、これ。
「どの様な状況であろうと、私はアオイの後ろ盾となる」
「うん。ありがとう」
「それに、この国の住人になりたくば、私の妻になれば良い」
「ひょッ!」
ちょっ! シュヴァルツってば、何、サラッとこっ恥ずかしい事を言っちゃってんのよ! 変な叫び声、あげちゃったじゃないか! 恥ずかしいぃぃ! ああ、もう! ブロイエさんとローザさんがニヤニヤしてこっち見てるし! シュヴァルツはシュヴァルツで、真剣な眼差ししてんじゃないわよ! 居た堪れない状況になってるから!
「御前試合が終われば、精神的にも時間的にも余裕が出来るであろう。未来に、目を向けてはくれまいか」
未来? シュヴァルツの言う未来って……。この国でシュヴァルツと共に生きていくって事? 元の世界を、家族を捨てて、この世界を選ぶ未来、か……。
シュヴァルツは私を誰よりも、何よりも大切にしてくれている。どんな状況でも私の後ろ盾になるって言ったのも、嘘偽りない彼の本心だろう。たとえ世界を敵に回しても、きっとシュヴァルツは私の味方でいてくれる。私だって、そんなシュヴァルツの想いに答えたいって気持ちが無い訳ではない。でも、このまま一生家族に会えないなんて――。
「すまない。今、この時に言うべき事ではなかった」
自嘲気味な笑みを浮かべるシュヴァルツに、私は無言で首を横に振った。シュヴァルツの気持ちも分かるから、彼を責める気にはなれない。
私が今つけている雪狼のマント。これを貰ったのが、春も近くなってきた頃。それから地球で言うところの半年余りの間、私はシュヴァルツの想いを知りながら、ずっと中途半端なままだった。きっぱり拒絶する事も、逆にきちんと想いに答える事も出来ていないまま……。シュヴァルツの傍にいると居心地が良くて、ずっと彼に甘え続けている。シュヴァルツを拒絶する勇気も無くて、家族を捨てる勇気も無い。弱虫でズルい私。最低な女……。
――アオイ! 今は試合に集中しなよ!
でも、リーラ。私……。
――シュヴァルツ兄様、御前試合が終わったら考えて欲しいって言ったんだから、終わってから考えなよ! 優勝したいんでしょ!
うん……。でも……。
――あぁ~! もう! ウジウジウジウジ、ウジウジとッ! そうやってぐずぐず考えてても、アオイがシュヴァルツ兄様に甘え続けている事実は変わらないの! 悪いって思うなら、兄様の言う通り、御前試合が終わってから真剣に兄様との事、考えなさいよッ!
リーラの言う通りだ。事実は変えられない。私はシュヴァルツに甘え続けている。シュヴァルツを利用し続けている。最低で最悪な女だ。
でも、もうそれも終わりにするよ、リーラ。私、御前試合が終わったら、真剣に今後の事、考えるよ。
――うん。御前試合に悔いが残ったら、アオイはその事ばっかり考えちゃいそうだから、今は試合に集中しよう。
そうだね。そうする。気持ち、切り替えないとね。
私が視線を移した先では、一回戦第二試合の真っ最中だった。私はそれを眺めつつ、これから始まる自分の試合に思いを馳せていた。




