模擬戦 1
次の日、図書館へ到着すると、既にシュヴァルツが私達の到着を待っていた。椅子に腰掛け、腕と足を組んでふんぞり返っている。……シュヴァルツさん。前々から思っていたんですけど、その座り方は柄が悪いと思います。一応、この国の王様なんだから、お行儀良くしてようよ。
シュヴァルツってば、いつも通り一緒に朝食を食べた後、今日のドレス――といっても、クローゼットの肥しの仲間入りをした――を置いてすぐに姿を消したと思ったら、独りで先に図書館に転移していたらしい。ズルい! 私は長い道のりをえっちらおっちら歩いて来たってのに!
シュヴァルツの目の前のテーブルの上には数冊、いや十数冊の魔道書が置いてあった。どれもこれも丁寧な装丁が施され、一見してお高い魔道書だろうと分かる。にしても、あんなにたくさんの魔道書、どうするつもりだ?
「大変長らくお待たせしました」
私は棒読みでシュヴァルツに挨拶をすると、彼の正面の席についた。因みに、私は朝からずっと不機嫌そうにむくれ顔をしている。朝食の時、シュヴァルツに何を怒っているんだって聞かれたけど、理由は話さなかった。シュヴァルツなんて、契約印を説明無しに嵌めたせいで私が怒っている事を分からなくて困れば良いんだ! ふんっ!
「いや。大して待っていない」
シュヴァルツは無表情にそう言うと、十数冊の魔道書を私の方へ押した。これ、私にって事か?
「今日からこれを使って魔術、教えてくれるの?」
「そうだ。これが光属性の魔道書。そして、これが結界術の魔道書だ。他にも役に立ちそうな魔道書を、いくつか用意した」
シュヴァルツが私を置いて先に図書館に来た理由って、魔道書を準備する為だったんだ。そっかぁ。で、でも! これくらいで私の機嫌は治らないんだから!
「ふ~ん。具体的にはどういう魔術なの? 説明、してもらえる?」
「ああ。これはシャイン・シュヴェルトの魔道書だ。光属性の攻撃魔術で、光を刃と化し、悪しき者を斬――」
「りゅ、竜王様?」
声を上げたのはラインヴァイスだ。驚いたような、戸惑っているような、そんな表情でシュヴァルツを見ている。シュヴァルツはと言うと、何でラインヴァイスがそんな表情をしているのか分からないらしく、一見睨んでいるようにしか見えない怪訝な表情で、ラインヴァイスを見つめていた。
「何だ、ラインヴァイス」
「あの……。私の記憶が確かならば、その魔術は上級に分類されるものかと思いますが? 初めて光属性の魔術を取得するアオイ様には少々難しいかと……」
「そうか」
シュヴァルツは納得したように頷くと、次の魔道書を開いた。今度はどんな魔術だろう?
「では、これはどうだ。リヒト・シュトラール。一条の光を具現化させ、悪しき者を薙ぎ払う――」
「竜王様。それも上級です」
「そうだったか」
シュヴァルツは次から次へと上級魔術の魔道書を見せてくれた。上級の魔術は、分厚い魔道書一冊に付き一つしか載っていないらしい。今まで使っていた初級の魔道書は、一冊にいくつもの魔術が載っていた。つまり、シュヴァルツが準備してくれた魔道書は、術の複雑さが段違いって事だ。
「私が魔道書を取って参ります」
「ああ」
苦笑しながら立ち上がったラインヴァイスの背を見送りながら、シュヴァルツは小さく溜め息を吐いたようだった。シュヴァルツ先生は、生徒の習得レベルに合わせて魔術を選定する事があまり得意ではないらしい。意外な一面を見てしまった。何でもそつなくこなすのかと思っていたけど、得手、不得手があったんだ。そう言うところ、人間らしくて逆に好感が持てますよ、シュヴァルツ先生。
「何だ」
シュヴァルツを見ながらニヤニヤとした笑みを浮かべていると、私の視線に気が付いたのか、シュヴァルツがこちらを睨んだ。何で睨んで――ああ、そっか。気合を入れて選んでくれた魔道書がラインヴァイスにボツにされたから、決まりが悪いのか。
「別に~? ただ、シュヴァルツにも苦手な事があったんだなぁって」
「あまり慣れていないだけだ。魔術を教える立場になる事など、今まで無かったからな」
そりゃそうだ。シュヴァルツに魔術を教えてもらえる人なんて、そうそういないだろう。なんたって、大魔王様だし。……あれ? そう考えると、私って無茶苦茶凄い先生に教えてもらえるって事? 今日選んでくれた魔術は、シュヴァルツから見て実用的な使える魔術って事だろうし……。シュヴァルツが選んでくれた魔術を習得したら、物凄く強くなるんじゃないだろうか? ……そっか。シュヴァルツはシュヴァルツなりに、私を一流の魔剣士にしてくれようとしているんだ。
「そっか。中級の魔術習得出来たらさ、今日選んでくれた魔術、絶対に教えてね。私、頑張るから」
「ああ」
シュヴァルツは分かったというように深く頷いた。その口元に小さく笑みが浮かんでいる。これは満更でも無い表情だ。嬉しいらしい。シュヴァルツのこういうところ、ちょっと可愛いかもしれない……。はっ! 流されたら駄目だ! 私は今、怒っているんだから! この後の剣術稽古で、シュヴァルツをギタギタのメタメタにしてやるんだから!
昼食を食べ終わり、私はシュヴァルツとローザさんと共に城の中庭に出た。因みに、アイリスとラインヴァイスは今頃、図書館で仲良く魔術の勉強をしている。
私が初級魔術を早々にクリアしたからか、アイリスはちょっと焦っているみたい。午後からも勉強したいと、アイリスからラインヴァイスにお願いをしたらしい。私は剣術稽古があるから、午後はアイリスの相手をしてあげられなくなったし、アイリスの申し出は逆に丁度良かった。……図書館で二人きりで勉強かぁ。青春の一ページって感じだ。色々な意味で頑張れ、ラインヴァイス。
今日は初めての剣術稽古だ。何で今日からになったかと言うと、昨日、午前は魔術、午後は剣術と予定を決めた矢先、シュヴァルツにブロイエさんからのお呼び出しが掛かってしまったのだった。やっぱり、宰相さんがいても、シュヴァルツに暇は無いらしい。ちょっと可哀そ――いやいやいや。こういう同情は良くない! 何に良くないって、私に良くない! だって、今日はシュヴァルツをコテンパンいするんだもん! 契約印の恨み、思い知れ!
「アオイ。剣を握った事は」
「無い!」
私が自信満々で首を横に振ると、シュヴァルツが考えるように顎に手を当てた。そして、ローザさんが持ってくれている剣に視線を移す。練習用といって用意してくれた剣だ。装飾など一切無い、シンプルな長剣。魔術で刃を作り出せるようになるまでは、これで練習するらしい。流石に刃は潰してある……と思う。
「素振りからだな」
な、何だってー! 素振りからって事は、今日はシュヴァルツを伸す機会が無いって事? せっかく気合を入れてきたのに! 何てこった……。私は力なく膝から崩れ落ちると、四つん這いでがっくりと項垂れた。
「これを使え」
項垂れている私へ、シュヴァルツが一組の手袋を投げた。目の前に落ちたそれを拾い、まじまじと見つめる。この鱗……ワニ革か?
「ヒドラ革のグローブだ。手の保護用に準備した」
シュヴァルツの言葉に私は首を捻った。ヒドラって何だ? ヒドラ……ヒドラ……。あっ! ヤマタノオロチ的な、大きな蛇か! って事は、これはヘビ革! ひぃ!
――良いグローブ貰ったじゃない! その革、ヒドラの幼生の革だよ! 色からしてお腹側だし、超高級品なんだから! 柔軟なのに耐久性が凄く良いんだから!
リーラ、こ、これ、蛇の赤ちゃんのお腹の皮って事? 気持ち悪い! 返品を希望します!
――え~? 何で? それ嵌めておけば、手にマメが出来る事も無いのに! マメ出来ると痛いよ? それに、掌の皮が厚くなって、男の人みたいにゴツゴツしちゃうし。アオイの白魚のような指が台無しになっちゃうんだよ?
マメ……。確かに、それは嫌だけど……。で、でも、蛇! 蛇なんだよ!
――へびじゃないよ。ヒドラだよ! へびじゃなくてヒドラだよ。これはべびじゃない。ヒドラ、ヒドラ。ヒドラだよ。
蛇じゃない。これは蛇じゃない。でっかい蛇のヒドラだ。ヒドラ、ヒドラ、ヒドラ……。蛇じゃなくてヒドラ……。私は自分自身にそう言い聞かせ、ヒドラ革のグローブを嵌めた。
ぅひいぃぃぃ! 蛇、触っちゃったよ! 全身に鳥肌が! ううぅ……。今すぐ元の世界に戻りたくなった……。ぐすん。
「どうした」
「……何でもない」
私は力なく首を横に振ると、のっそりと立ち上がった。そして、ローザさんに持ってもらっていた長剣を受け取る。
「じゃあ、宜しくお願いします」
私がそう言うと、足元に薄紫色の魔法陣が出現し、私の身体が全身鎧に包まれた。ヘビ革、じゃなかった、ヒドラ革のグローブも、一見すると籠手で見えなくなっている。しかし、掌を返してみると、グローブはしっかりとそこにある。白くて、変にテカテカしていて、薄らと鱗模様が見える。……見るのは止そう。精神衛生上、良くない! 稽古に集中だ!
シュヴァルツの剣術稽古は、一言で言うとスパルタだった。シュヴァルツが素振りの見本を見せる。私が真似る。駄目出しをされる。再び私が剣を振る。また駄目出しをされる。それを繰り返す事数回。素振りが合格になる。そして、合格になったら、素振り千回とか言い出した。そう、千回! 運動不足の私には、これがかなりきつかった。途中で数えるのを放棄したくなるくらいきつい! でも、私には頑張らなくてはならない理由がある! 契約印の恨みを晴らすんだ! 頑張れ、私! ……あれ? 私が剣術習っているのって、そんな理由からだったっけか? まあ、いっか。細かい事は気にしない。覚悟しておけ、シュヴァルツ!




