表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/114

竜王城 2

「今回、異世界より召喚されたのは、規模を考えると四人です」


「は、はあ……」


 私は適当に相槌を打った。たぶん、相当アホな表情をしているんだろうけど、今はそんな些細な事、気にしていられない。状況を整理せねば。


 私は異世界に召喚された。これは事実なのだろう。認めたくないけど。現実にそんな事が起こるなんて驚きだが、更に驚くべき事に、大魔王城に召喚され、その塔の中にいるらしい。少年が言うには、仲間が三人いるみたいだが、私が彼らの居場所が分からないという事は、彼らも私の居場所なんて分からないだろう。うん、分かった。これ、絶望的な状況だ。何てこった!


「貴女は魔剣士か戦士かと思うのですが……。どちらなのでしょう?」


「は? 魔剣士? 戦士?」


 私は反射的に少年に問い掛けた。魔剣士とか戦士とかって……。どっちって聞かれても困るな。それより何故二択? 魔術師とか召喚術師とか賢者とか屍霊術師とか、色々選択肢はあると思うんだけどな。


「え?」


「え?」


 少年はキョトンとした表情で私を見つめていた。私も思わずキョトンとして少年を見つめ返す。


「……あ。もしかして、貴女のいた世界にはそのような名称が無かったのでしょうか? 魔剣士というのは魔術も接近戦も才がある者の総称で、人々の憧れでもあります。戦士というのは接近戦に特化した戦い方をする者の総称で、魔術が扱えない剣士も含まれる――」


「待った、待った。魔剣士も戦士も何となく分かる。でも、どっちかなんて私に聞かれても分からないから」


「そうでしたか」


「それよりも、何で魔剣士と戦士の二択なの?」


 私の問い掛けに、少年は再びキョトンとした表情で私を見つめた。えっと、コミュニケーションがうまく取れていないのかな? 私は少年の言葉は理解出来るけど、少年からしたら私の言葉が片言、とか?


「ええと……。貴女は竜王様に一撃を入れたと伺ったのですが?」


 一撃……? ああ、あの平手の事かな? あれを一撃と言って良いのか分からない。しかし、不意打ちとはいえ、確かに思いっきり殴った。でも、その後、私が名前の事でキレた時の攻撃は全部防がれたよ。


「確かに、顔を殴ったけど……」


「顔、だったのですか」


 少年に苦笑されてしまった。まあ、初対面の人の顔面殴るなんて苦笑を禁じ得ないだろうから、あまり気にならない。私が少年の立場でも苦笑するだろうな。


「でも、不意打ちだったし……」


「不意打ちでも、ごく一般的な人族の身体能力では、私達魔人族に一撃を入れる事はかないません。もし、貴女が魔術師なら、身体能力は普通の人族とあまり変わりませんから、竜王様に素手で一撃を入れるなんて事は不可能です。そう考えると、接近戦に才のある魔剣士か戦士なのかと……」


 そんなものなのか……。それよりも気になる言葉が出てきたけど、魔人族って何?


「あの、魔人族って?」


 少年はまたしてもキョトンとした。何だか、表情が小動物みたいですんごい可愛いな、この人。


「貴女の世界には、魔人族に当たる種族が無かったのでしょうか? 魔人族とは、人族以外の人型の種族を指します。人族より長命且つ、魔力や身体能力などの戦闘力とでも言うのでしょうか、それが人族に比べて極端に高い種族です。竜王様や私のようなドラゴン族、ワーウルフ族やワーキャット族などの獣人種、ヴァンパイア族やインキュバス族などの悪魔種、エルフ族やドワーフ族などの妖精種。数えだしたらきりがありません」


「へぇ……」


 シュヴァルツや少年はドラゴンなんだ。ああ、りゅーおーさまって、竜王様、ね……。でも、シュヴァルツや私の目の前の少年は人間の姿だ。何で?


「ねえ、貴方がドラゴンなら、何で人の姿をしてるの?」


「この魔大陸にも人族がおりますので、無駄に怖がらせない為です。それに、ドラゴンの姿では、その巨体ゆえ、住む所にも困ります。ドラゴンの姿で巣穴を掘る時代でもありませんから」


 そう言うと、少年は苦笑した。確かに、ドラゴンなんてうろうろしていたら怖くて仕方無い。それに、住む所って切実な問題だろう。ドラゴンの姿が体長何メートルあるか知らないが、こんなお城に住むなんて出来ないだろうな。


「じゃあ、人に化けているって事?」


「いえ、そうではありません。瞳の色や髪の色など、人族とはちょっとした違いがありますが、どちらも本当の姿です。人族にはあまり理解されませんけどね」


「確かに、どちらも本当の姿って言われても……。普通の人は二つの姿なんて持ってないし」


「私達にはそれが普通なのですが……」


「あ、ごめんなさい。変な意味じゃないの。ただ、ちょっと不思議だなって……」


「いえ、気にしないで下さい。勿論、魔人族でも一つの姿しか持っていない部族もあります。そのような部族の多くが数を減らし、殆ど人族の前に現れる事は無いと聞きます」


「何で?」


「迫害されるからです」


 少年は悲しそうに目を伏せた。可憐な姿に、思わず見とれてしまう。おっと、いかん、いかん。見とれたままでは話が進まなくなってしまう。


「あの……迫害って?」


「人族は異形の姿を怖がります。争いを好まない部族であっても、人族と姿形が違うだけで村を焼き払われ、暮らしていた地を追われました。獣人種の一部や妖精種の多くが人族に住む場所を追われたのです」


 ああ、何となく分かる。人間は未知のものを必要以上に怖がる傾向にあるもんね。でも、村を焼き払うまでしなくても……。


「しかし、複数の姿を持つ多くの魔人族には当てはまりません。人族との交流を絶ったら種が滅んでしまうので」


「どういう事?」


「魔人族の多くは、種の繁栄の為に人族の女性が必要なのです。魔人族には女性が少なく、一部の部族を除いては魔人族の女性の繁殖力が弱い為、繁殖力が強い人族がいなければ種が滅んでしまう。人族との交配では高確率に魔人族の子が誕生しますので、好んで人族を娶る魔人族が多く、大昔には人族の国との交流が盛んな時期もありました」


「大昔?」


 あれ? この話の流れって、自業自得的なヤツが来るんじゃない?


「ええ。今、魔人族の国と人族の国との交流は殆どありません」


「何で?」


「人族の女性を攫うなどという、非道を行った部族があったからです。己の欲望に極端に弱い一部の部族が行った事だったのですが、元々の偏見と迫害も手伝い、魔人族全体への反発へと繋がりました。そして、最終的には魔人族と人族との全面戦争にまで発展した。それ故に、現在は休戦をしてはいるものの、交流回復には至っていません」


 やっぱり自業自得的な話だった。人間も人間なら、魔人族も魔人族だね。


「前半は同情するけど、後半は自業自得よね? まあ、戦争までって、ちょっとやり過ぎな気もするけど」


「ええ。おっしゃる通りです。しかし、全ての魔人族がその様な非道を行ったわけではありません。本当に極一部の部族なのです。多くの魔人族は今でも人族との共存を望んでいます。だからこそ、魔大陸に住む人族は手厚く保護されておりますし、魔大陸七人の王で、人族との交流を回復させる為に協議も行っております」


 そりゃそうだ。種の繁栄に人間の女性が必要なら、誘拐なんていう反感を買う行為より、交流を深める方が有益だろう。恋愛結婚じゃないけど、そういう事を目指した方がお互いに良い。


「ラインヴァイス」


 不機嫌そうに少年を呼ぶ声が聞こえたかと思うと、私の目の前に噂の大魔王様、シュヴァルツが現れた。何も無い所から出て来ないで欲しい。心臓に悪いな、ホント。


「竜王様」


 少年――ラインヴァイスが片膝を付いて胸に手を当て、恭しく頭を下げた。騎士の礼みたいでカッコ良い。今度、私も真似してみようかな。


 シュヴァルツはラインヴァイスを一瞥すると、ソファに座っている私に視線を向けた。そう睨まないで欲しい。


「小娘、まだ湯浴みもしていないのか」


 シュヴァルツは腕を組み、不機嫌そうに言った。そう言えば、ラインヴァイスと話していて忘れていたが、元々お風呂に入るように言われていたような。それよりもこの男、またしても小娘って言ったよ。私のこめかみがピクピクしている。


「小娘、小娘って! いい加減にしてよ! 私には神崎葵っていう名前があるって言ったでしょ!」


 思わず大声を出してしまった。落ち着け、私。深呼吸、深呼吸。シュヴァルツと話していると、ついイライラしてしまう。


「小娘と呼ばれるのが嫌なら、とっととそのみっともない格好をどうにかしろ」


 シュヴァルツはそう言うと鼻で笑った。みっともないってどこが……と思ってハッとした。私、髪は濡れてボサボサだし、服も濡れているんだった。確かにみっともないかもしれない。でも、言い方がストレートすぎやしないかい? 女の子相手なんだから、もう少しオブラートに包もうよ。


「分かったわよ。お風呂に入れば良いんでしょ? 入れば!」


 私の反応に、シュヴァルツが再度鼻で笑った。何なんだ、一体。本当にイライラするな、この人。立ち上がった私を先導するように、ラインヴァイスが先を歩く。ラインヴァイスは先程入って来た扉の前で立ち止まり、どうぞというように扉を開いてくれた。


「ありがとう」


 にっこり笑ってお礼を言うと、ラインヴァイスは驚いたような表情をした。いや、お礼くらい言えますから。何で驚くの? 後ろからシュヴァルツが鼻で笑ったのが聞こえたし……嫌なヤツ。私は開けてもらった扉の中に入り、思いっきり扉を閉めてやった。ちょっとスッキリ。あ、でも、ラインヴァイスも驚くか気分悪くしたかな。ちょっと悪い事しちゃったかな?


 扉の先は洗面所のような小部屋になっていた。洗面台と、入って来た扉以外の扉が二つもある。そのうち一つの扉を開けるとトイレだった。ちょっとレトロな感じがするが、水洗トイレで一安心。そして、もう一つの扉が浴室だった。タイル張りの広々とした造りになっている。シャワーや蛇口は見当たらないけど、洋風の大浴場だ。一体、何人入れるんだろう? 大きな湯船の中にはホカホカと湯気の上がるお湯と、たくさんの薔薇の花びらが浮いていた。ここがあの嫌なヤツの城ではなく、ホテルだったら最高なのに。いや、こんな豪華な雰囲気のホテルに泊まるなんて、小市民の私には夢のまた夢か……。


 浴室に入る扉の傍らには、私の腰までの高さの棚が置いてあり、中にはタオルっぽい布が詰まった籠が置いてあった。棚の上には着替えらしい白いワンピース、いや、ネグリジェっぽい服の入った籠と空の籠が置いてある。私は空の籠に濡れた服を入れ、タオルっぽい布を一枚持って浴室に足を踏み入れた。




 冷え切った身体には熱めのお湯だったが、とても心地よかった。身体の芯まで染み渡るお湯と薔薇の香りで、心も身体もリラックス出来た。シャンプーが無くて、石鹸っぽい物で髪の毛を洗わなくてはいけなかったが、総括すると最高のお風呂だった。本当に、ここがホテルだったらな。そんな事を思いながら洗面所の扉を開くと、大きい方のソファにシュヴァルツが足と腕を組んで座っていた。長い足ですね、羨ましい。ラインヴァイスは見当たらない。


「どうした」


 きょろきょろする私を、シュヴァルツが睨んだ。何で睨むの? 私、睨まれる事はしてないと思うんだ。


「何でもない……です」


 着替えとお風呂を提供してもらっているのだ。あまり大人気ない態度も取れない。私は憮然としながらも、ですます調で答えた。


「座らないのか」


 シュヴァルツがそう言って口角を上げる。ソファで寛ぎたいところだけど、ソファにはシュヴァルツがいる。対面に座るなんて嫌だし、隣なんてもっと嫌だ。ソファに座りたいけど座れない。仕方なく、私はダイニングセットの椅子に腰を下ろした。何が可笑しいんだか、シュヴァルツが鼻で笑う。


「何?」


 イライラしてつい反応してしまった。眉間に皺が寄っているのが自分でもはっきりと分かる。シュヴァルツのせいで、お風呂上がりの良い気分が台無しだ。


「いや。面白い小娘だと思って」


 シュヴァルツはいちいち癪に障る言い方をしてくる。私をイライラさせて何をしたいんだろう。


「小娘。そこの鏡台の上にローズオイルがある。肌と髪によく塗っておけ。食事はもうすぐラインヴァイスが持って来る」


 そう言えば、昼から何も食べていない。でも、お腹が空き過ぎて感覚がおかしくなったのか、食欲が全くと言って良い程無い。それに、異世界の食べ物って、食べて平気なの? 特にお肉。変な魔物のお肉じゃないよね? さっきの鳥みたいだけど鳥じゃないやつ――ジズとかさ。


「それと小娘。ここから逃げ出そうなどと考えるな。逃げ出した時は……分かるな」


 シュヴァルツの目がスッと細められる。こういう表情は、綺麗な顔だけあってか無駄に迫力がある。背中に一筋、嫌な汗が流れた。シュヴァルツは私が小さく頷いた事を確認すると、片方の口角を上げた。そして、ソファから立ち上がると唐突に姿を消した。ニヤリとした笑い方が様になるな。美形はどんな表情をしても絵になるね。あんな嫌な性格じゃなかったら、一度肖像画でも描かせてもらいたいものだ。


 部屋の中をぐるりと見渡すと、洗面所の入り口とは造りが大きく異なる、大きな扉が目についた。どう考えても出入り口だよね、あれ。私は恐る恐る扉に近づくと、真鍮製っぽいドアノブを捻って引っ張ってみた。ガチャリと何かが引っ掛かる感触が手に伝わる。駄目元で、そのまま思いっきり押してみた。またしても何かが引っ掛かり、扉は開かない。乱暴に押して引いてを繰り返すも、鍵が掛かった扉は開かなかった。私は盛大に溜め息を吐くと、のろのろと鏡台まで移動し、鏡台の前の椅子に腰を下ろした。鏡に映る私は、閉じ込められたショックからなのか、異様に顔色が悪い。


 繊細な細工の入ったビンの蓋を緩慢な動作で開けると、フワリと薔薇の甘い香りがした。さっき、シュヴァルツに抱き留められた時に感じた香りとはまた違った薔薇の香りだ。薔薇は種類によって少し香りが違うからね。同じ香りじゃなくて良かったぁ。私はローズオイルを手に取ると、ヤケクソ気味に顔と髪に塗りたくった。高価な物でも気にしない。全部使い切ってやる! 閉じ込められたなんて、落ち込んでなんかいられないんだ! 落ち込んでたら負けだよ、私!


 その後、ラインヴァイスがあり合わせで申し訳ないと言って持ってきた食事は、大方私の予想通りだった。ジズのスモークってどういう事? あんな得体のしれない鳥もどきなんて食べられない。これじゃ、スープやサラダにも何が入っているか分からないな。スープに入っているベーコンぽい物は本当にベーコンなのだろうか。サラダの上の茹で卵を刻んだっぽい黄色い物と白い物って、一体何の卵を茹でたもの? そんな事を考えてしまい、結局私はラインヴァイスが持って来てくれた食事には手を付けず、水を一杯だけ飲んでベッドへ潜り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ