合コン 4
シュヴァルツに連行された先はガゼボだった。そこには勿論、先客がいる。泥酔中のフランソワーズと、彼女を介抱するノイモーントとアイリスだ。シュヴァルツと私がガゼボへ足を踏み入れると、それに気が付いたアイリスが慌てて頭を下げた。ノイモーントはベンチに座ってフランソワーズを膝枕中。慌てて立ち上がろうとするノイモーントをシュヴァルツは手を上げて制し、ノイモーントとフランソワーズがいるベンチの対面に腰を下ろした。
「おしゃけくしゃい……」
フランソワーズからは、酔っ払い特有の匂いがしている。私は足を止め、鼻をつまみ、空いている方の手で顔の前を扇いだ。
「アオイ。お前も十分酒臭い」
むっ! シュヴァルツってば失礼な! 私はこんなに臭くないもん! べろんべろんに酔っているフランソワーズの方が絶対に臭いから!
「わらしはぁ、おしゃけくしゃくらんてぇらいもぉん! ねぇ、あいりしゅぅ? ひっく!」
私がアイリスに抱き付くと、アイリスは両手でグッと私の身体を押しのけた。不快そうな顔してるしぃ! むぅ~! アイリスまで、私がお酒臭いって言いたいんだなぁ! 私が頬を膨らませていると、シュヴァルツに腕を掴まれ、強制的に隣に座らされた。あ~れぇ~! またしても、大魔王に攫われたぁ~!
「座って休んでいろ。アイリス、アオイに水を」
「はい」
アイリスはこくりと頷き、水差しの水でコップを軽くすすいだ。そして、そのコップに水を入れると、私の目の前にズイッと差し出した。心なしか、アイリスの口がへの字に曲がっているような……。
「わらしはぁ、よっれらんかいらいんらよぉ。ひっく! よっぱらいじゃらいんらよぉ?」
私はそう呟きつつ、目の前に差し出された水を受け取った。そして、それを一気に飲み干した。ぷはぁ~! 冷たい水が五臓六腑に染み渡るぅ!
ふと、目の前のノイモーントを見ると、彼は目を細めながらフランソワーズの頭を撫でていた。慈愛に満ちた表情って、ああいう表情の事を言うのだろうか? フランソワーズってば、安心しきった顔でぐっすりと眠っている。…………いいなぁ、フランソワーズだけズルいなぁ。はっきり言って、羨ましい! だって、凄く眠くなってきたんだもん。
「しゅばるつぅ、わらしもぉ。ひっく!」
「何が」
「わらしにもひじゃ、かしれぇ……」
「……ああ。好きにしろ」
わぁ~い! やったぁ! ラッキ~! 私は意気揚々とシュヴァルツの膝を枕にし、ごろんと横になった。そんな私を見て、シュヴァルツがフンと鼻を鳴らしている。
「おやしゅみぃ、しゅばるつぅ」
「ああ」
私が目を閉じると、シュヴァルツが手で髪を梳いてくれた。温かくて大きな手。気持良い~な~。直後、強烈な睡魔が襲い、私は意識を失うように眠りに落ちた。
目を開けると、窓の外は薄明るくなっていた。頭上には見慣れた天蓋がある。あれ? 私、いつの間に部屋に戻って来たんだろう? 全く記憶が無い。もしかして、寝入ってしまった私を、シュヴァルツがここまで運んでくれたのだろうか?
ああ、頭が痛い。脳みそが揺さぶられるようだ。昨日は調子に乗って飲み過ぎた。あのベリー酒、口当たりが良かったけど、相当強いお酒だったみたいだ。部屋に戻って来た事も分からないくらい泥酔して熟睡したの、初めてだ。胃のあたりがムカムカして気持ち悪い。これは未だお酒が残っていそうだ。もう一眠りしたら酔いが醒めて、少しは気分が良くなるかな? そう思って私は寝返りを打った。すぐ隣にはシュヴァルツの端正な顔がある。全く気が付かなかったけど、すぐ隣で寝ていたらしい。今ので起こさなくて良かった。気を付けないと。にしても、美形は寝顔も綺麗だなぁ。……ん? シュヴァルツ?
「なにゆえー!」
私は飛び起きると、寝ているシュヴァルツと慌てて距離を取った。私の叫びのせいなのか動きのせいなのか、シュヴァルツの眉間に皺が寄り、薄らと目が開く。どこか気怠い雰囲気のシュヴァルツは、半端無い色気を漂わせていた。鼻血出ちゃう! って、違う! 何でシュヴァルツが私のベッドで寝てる! もしかして、もしかして、全く記憶が無いけど色々と……ヤッてしまったのか?
「起きたか……」
シュヴァルツの声、少し掠れている。寝起きの声って感じで何とも色っぽい。むくりと起き上ったシュヴァルツはベッドから降りると、サイドボードの上の、無造作に置いてあったいつもの黒い上着を羽織った。そして、ソファに腰を下ろし、水差しの水をコップに注ぐと、一気にそれを煽った。
「ね、ねえ? これ、どういう事? 何でシュヴァルツが、その……い、一緒に……寝てるの……?」
「アオイが誘ったのだろう」
私が誘った? シュヴァルツを? 全く覚えていない。何てこった! 飲み過ぎて記憶が無い上に、目が覚めると隣に男の人が寝ているとか、どんな女性向けマンガですか? どうしてこんな事に! ああ~! もう、どうしよう! どうすれば良いんだよぉ!
「勘違いするな」
ベッドの上で頭を抱える私に顔だけ向け、シュヴァルツがそう言った。勘違い? 勘違いするなって、どういうこっちゃ?
「えっと……?」
「確かに一晩を共にしたが、何もしていない。泥酔しているお前を抱くような、卑劣な男だと思っていたのか」
「あ……。そっか。そう、だよねぇ! そうだよ! そんな事、しないよね! よく考えたら服、着てるしね! あは、あはは~!」
よ、良かったぁ。とりあえず、心配していた事は何も無かったらしい。ホッとしたぁ。シュヴァルツが紳士で良かったぁ!
「ただ」
「ん?」
「葛藤もあった」
「えっ!」
そんなカミングアウト、いりません! そういう事は敢えて言わないでおいてよ! せっかくシュヴァルツの事、見直したのに!
「それを、あんなあからさまにホッとされると虚しくなる」
そう言って、シュヴァルツは遠い目をした。初めて見る表情だ。これは、傷ついた的な表情か? あちゃぁ~。
「なんか、ごめん……」
「いや」
「で、でもね、記憶が無いんだもん! ガゼボで寝た後の記憶!」
「という事は、一眠りした後の事は覚えていないのか」
「わ、私、変な事言ったりやったりしてないよね? 大丈夫だよね?」
「色々言ってはいたが、呂律が怪しかったせいで、半分も聞き取れなかった」
言っている事の半分も分からない程呂律が回っていないとか、無茶苦茶恥ずかしい!
「ち、因みに、どんな話、してたの? 聞き取れた範囲で教えて」
「絵の具が欲しい、と。あとは、聞いた事が無い物の名を挙げ、食べたい、と」
「食べ物?」
「ああ。ごはん、みそしる、からあげ、らーめん、だったか。他にも色々挙げていたようだが、詳しくは覚えていない」
絵具は分かる。手に入ったら良いななんて思っていたから。でも、食べ物連呼とか、食い意地が張り過ぎている。恥ずかしい! 穴があったら入りたい!
「あとは――」
まだあるんかいっ! でも、食べ物連呼するより恥ずかしい事なんて――。
「人の目があるにも関わらず、私に抱擁とキスを求めていた。私が拒むと、アオイ自らし始めた」
「ぶっ!」
「誰彼構わずキスをしようとし始めた故、強制的に部屋に連れ戻した。だが、私が立ち去ろうとすると、寂しいから行くなと、幼子のように泣――」
「も、もういい! 聞きたくない! それ以上、言わないでぇぇ!」
私は両耳を手で塞ぎ、身悶えした。何という醜態を披露してしまったんだ! お酒怖い!
「アオイ」
「は、はい」
「酒は控えろ」
「はい」
私はベッドの上で正座をし、深く頷いた。お酒は飲んでも飲まれるな。シュヴァルツの言う通り、控えるべきだろう。フランソワーズの事、泣き上戸とか馬鹿に出来なくなってしまった。だって、私はよりにもよって、それよりもたちの悪いキス魔だったんだから。
「まあ、あれはあれでなかなか愉快だった。それに、昨夜は稀な体験もさせてもらったとも思っている。だが、次は無い」
「はい」
「まだ酒が抜けきっていないのだろう。朝食まで休んでいろ」
シュヴァルツはソファから立ち上がると、背もたれに掛けてあったマントを手に、フッと虚空に姿を消した。私はごろんとベッドに横になると、ボーっと天蓋を見つめた。
シュヴァルツ、次は無いって言っていた。きっと呆れているんだ。泥酔して醜態晒したんだもん。当たり前、か……。はぁ。神様、私、決めました。もうお酒は飲みません。…………たぶん。




