説得2
今日のミーナは掃除当番だったらしい。掃除当番の仕事の一つ灰掻きを、ミーナは灰まみれになりながら、せっせとこなしていた。私はというと、リリーとフランソワーズと共に暖炉脇の応接セットのソファでお茶を飲みながら、そんなミーナをジッと見つめていた。
ミーナもフランソワーズ同様、男の人との出会いを積極的に求めるタイプではない。しかし、フランソワーズは男の人が苦手なのだろうけど、ミーナはたぶん違う。きっと、姉であるリリーや、この孤児院の子達が何よりも大切なのだ。大切な人達に囲まれて暮らしている今が幸せだから、誰かと結婚して幸せになるとかを考えていない感じだ。結婚後、他の子達を見捨てたとか、いらぬ罪悪感に苛まれそうなタイプだ。はてさて、どうしたらミーナを合コンに引っ張っていけるのか……。
「ね、ねえ? ミーナ?」
「はい?」
ミーナはこちらを見ずに返事をし、暖炉掃除を続けている。私の話なんて、興味がありませんって感じだ。すでに心が折れそうなんですけど……。
「今、忙しい、よね……?」
「見て分かりません?」
ミーナのつれない返事に凹む。そんな私を見て、リリーが苦笑した。
「ミーナ。少し休みなさいな?」
リリーの援護に、やっとミーナがこちらを向いた。そして、リリーと暖炉を見比べ、小さく溜め息を吐く。
「はいはい。手、洗ってきますね」
「ええ。お茶、淹れておくから」
リリーがにっこりと笑みを浮かべると、ミーナも小さく笑ったようだった。ミーナはリリーの言う事なら何でも聞く、聞き分けの良い妹だ。いや、これは姉にだけは弱い、姉溺愛の妹か……?
暫くすると、ミーナが戻って来た。手を洗うついでに顔も洗ってきたようで、灰で薄汚れていた顔も綺麗になっている。トレードマークの赤い三角巾を取り、見事なプラチナブロンドの髪を揺らす様は、健康的な美少女そのものだった。
リリーの隣に腰を下ろしたミーナがお茶を一口飲み、ホッと息を吐いた。ミーナは働き者だ。みんなが遊んでいる時ですら、何らかの仕事をしている気がする。こうしてゆっくり休む姿って、なかなか見られないんじゃないだろうか?
「ねえ、ミーナ?」
「改まってどうしたんです? 今日のアオイさん、ちょっと変ですよ? さっきも何か言いたげにこっち見てましたし、挙動不審になってます」
姿勢を正してミーナに向き合うと、ミーナに笑われてしまった。でも、雰囲気は悪くない。さっきみたいに私の話になんて興味ありませんって雰囲気の方が心がポッキリいく。
「お願いがあるの」
「お願い、ですか?」
「そう。今度、竜王城で合コンするんだけど、ミーナも参加してくれない? あ、合コンっていうのはね、男女の出会いのお茶会なの。美味しい食べ物もたくさん用意するし、来てくれたらシュヴァルツからご褒美も貰えるらしいから、来て、くれないかな?」
「出会い……」
ミーナは考えるように虚空に視線をさまよわせた。予想外に凄く悩んでいるみたい。全く興味が無いって感じじゃない。これならいける気がする!
「あ、そうだ! 参加する男性陣の似顔絵、持って来たの。ほら! 竜王城の人達って人族じゃないでしょ? 特徴とかも、私に分かる範囲で色々メモしてきたから!」
私は用意してあった絵を三人に見えるようにテーブルに並べた。独身トリオのデッサンは、結構な枚数があったから、昨日のうちに出来が良い絵を数枚用意しておいた。お見合い写真みたいなものだ。あの三人、見た目だけは良いから、これでミーナが興味を持ってくれると良いんだけどなぁ……。
「第一連隊長のノイモーント。種族は、ごめん、分からない。黒髪で、金色掛かった緑の瞳をしているの。変身すると、蝙蝠みたいな羽が生えるし、時々目が光るんだ。でもね、綺麗系で色気のある人だよ。んで、魔術が得意で、呪術師ってのみたい。普段は仕立ての仕事をしてるの。私のドレス、ノイモーントが作ってくれてるんだよ」
私はノイモーントの絵を指しながらメモした内容を読み上げた。フランソワーズが腕を組み、険しい表情でノイモーントの絵を見つめている。リリーとミーナは興味ありませんって感じで、目もくれない。残念!
「こっちが第二連隊長のフォーゲルシメーレ。種族はヴァンパイア。金髪で赤い瞳で、優しそうに笑う人だよ。リリーの病気診てくれている薬師だね。変身すると牙が伸びるくらいで、三人の中では一番変化が少ないと思う。穏やかな話し方をする人だよ」
私の説明に、リリーは同意とばかりに笑顔で頷いている。リリーに強引に迫った事はあえて伏せておく。こういう時は、良いイメージだけ植えつけておけば良いんだ。
「最後が第三連隊長のヴォルフ。種族はワーウルフ。茶髪に茶色い瞳だけど、変身すると金色の瞳に変わるの。三人の中では一番背が高いし、筋肉質な身体をしてるかな? どんな寒い日でも上半身裸で生活してるみたい。んで、変身すると狼になるし、たまに耳と尻尾が生える事があるし、変化が一番大きいね。尻尾が弱点で、狼化したら尻尾を思いっきり掴むと人型に戻るみたい。普段は農園で働いてるの。みんなが食べている竜王城産の食料は、もしかしたらヴォルフが作ってるかもね」
メモから顔を上げると、ミーナが食い入るようにヴォルフの絵を見つめていた。そりゃもう怖いくらい真剣な表情で見てるものだから、声を掛けて良いんだか悪いんだか分からない。
「……アオイさん」
ややあって、私の名を呼んだミーナの視線は、ヴォルフの絵に釘付けだ。きっと、穴が開くくらい見つめるって、こういう事を言うんだと思う。
「この絵、頂けませんか?」
「え? あ、うん。構わないけど、合コン――」
「参加します」
ミーナは真顔で頷くと、ヴォルフの絵を手にして立ち上がった。そして、それをジッと見つめながら自室の方へ歩いて行く。途中、椅子とかテーブルとかがあるのに器用に避けていくものだから、私は思わず拍手をしそうになった。
にしても、ミーナの反応は意外だった。もっと渋るかと思っていたのに。もしかして、ヴォルフの絵に一目惚れでもした? それだと、実物を見てガッカリとかもあるのかな? でも、あとはヴォルフの頑張り次第だから、私の与り知るところではない。
無事に合コン参加メンバーも揃ったし、当日は独身トリオには頑張ってもらわないとね! 頑張れ、独身トリオ! 負けるな、独身トリオ! 明るい未来が見え始めているぞ!




