説得 1
翌日の朝食時、私の部屋にやって来たシュヴァルツは既に疲れ切った表情をしていた。朝から独身トリオに付き合わされたのだろう。お疲れ様です。
「シュヴァルツ、大丈夫?」
「アオイには大丈夫そうに見えるのか」
「ううん。見えない」
「そうか」
溜め息を吐いたシュヴァルツから負のオーラが漂ってくる。こんなシュヴァルツ、なかなか見られないと思う。貴重だし、もう少し見ていたい。でも、少し可哀想な気もするんだよなぁ。
シュヴァルツが疲れるのは、意外と部下想いな性格をしているからだ。上から押さえつけるのは簡単だろうけど、それはやりたくないんだよね。出来れば独身トリオが納得する方法を探したいと思っているんだ。分かるよ、シュヴァルツ。
「ねえ、シュヴァルツ?」
「何だ」
「あの三人はさ、どんな結果になっても機会が均等にあったら納得する?」
「どうだろうな」
「ん~。じゃあさ、質問の仕方を変えるね。機会が均等にあったら、シュヴァルツはあの三人を納得させられるの?」
私の問い掛けに、シュヴァルツはお茶に口を付けながらスッと目を細めた。
「何か考えがあるのか」
「考えって程でもないんだけどねぇ……。私の世界に合コンってのがあるんだけど、それをやったら機会は均等になるんじゃないかなぁ、なんて思ったの」
「ごうこん?」
「うん。同じ人数の男女が、一緒に食事したりお酒飲んだりする……お茶会みたいな感じ?」
「ほう……」
シュヴァルツは顎に手を当て、私を見つめている。表情が真剣過ぎて少し怖い。眉間の皺、いつもより深くないかい? よっぽど精神的に参っているんだねぇ。お気の毒様です。
「恋人同士になれる保証はないけど、女の子との出会いっていう機会は均等でしょ? どう? 出来る?」
「……ああ」
シュヴァルツは少し考え、ニヤリとしながら頷いた。良かった。少し元気になったみたい。シュヴァルツにはいつもお世話になりっぱなしだし、私だって偶には役に立つところを見せないとね。
「ただねぇ、面子が問題なんだ。リリーには参加してもらえるだろうし、もう一人も大丈夫だろうけど、あと一人がなぁ……。上手く説得出来れば良いんだけど」
「褒美は出そう」
「それで来てくれると良いんだけどなぁ。色々準備して、明日にでも説得に行ってみる」
「ああ。頼んだぞ、アオイ」
「は~い」
私がにっこりと笑いながら頷くと、シュヴァルツの表情が少しだけ柔らかくなった。最近気が付いたんだけど、これ、シュヴァルツの微笑みっぽい。シュヴァルツの表情って本当に分かり難いと思う。もう少し表情筋、動かしてよ!
次の日、必要そうな物を揃え、私はラインヴァイスと共に孤児院へ向かった。孤児院に着く頃にはラインヴァイスの姿は無く、私独りぼっちになっていたけど。今日もラインヴァイスは皆から隠れるようにして私を見守ってくれているのだろう。いつもありがとうございます。因みに、今日、アイリスにはお留守番を頼んだ。合コンのお誘いなんて小さい子の前でする訳にもいかないし、説得する時にちょっとした不都合もあるしね。
今回の合コンは、女の子を三人揃える必要がある。私が紹介出来る女の子といえば、言わずもがな、リリーとフランソワーズとミーナだ。リリーはきっと参加してくれる。事情を話せば分かってくれそうな気がしている。フランソワーズに関しては、全くもって問題無い。問題はミーナだ。どういう返事をしてくるか予想が出来ているだけに、説得出来る気がしないんだよなぁ……。リリーが私の味方をしてくれて、勝敗は五分五分くらい。厳しい戦いだ。
「こ、こんにちは~」
私は緊張しながら挨拶をすると、暖炉脇のソファで寛いでいるリリーの元へ向かった。リリーは私に気が付くと、手にしていたティーカップを置き、微笑みを浮かべた。
「リリー、こんにちは。体調、どう?」
「こんにちは。今、薬湯を頂いていたところですの」
ソファに腰掛けた私に笑みを向けるリリーの顔色はだいぶ良くなっていた。薔薇色の頬とまではいかないけれど、頬に少しだけ赤みが差している。フォーゲルシメーレの薬湯は、やっぱり良く効くみたいだ。
「そっか。フォーゲルシメーレの薬湯って、結構美味しくない?」
「ええ。患者が飲みやすいよう、気を遣って下さっているのでしょうね」
「だろうね。そういう気遣いは出来るのに、何で女の子に対してあんななんだろうねぇ……」
私は遠い目をした。フォーゲルシメーレのあの対応、流石のリリーも引いただろうな。事情を話したら来てくれるかもなんて、私の考え、甘かったかもしれない……。
「少し強引な方ですわね」
少し、ねぇ。リリーはクスクスと笑っているけど、私がリリーの立場だったら、たぶんフォーゲルシメーレの事をぶん殴っていた。リリーってば、心が広いと思う。
「ね、ねえ? リリー」
私は、未だクスクスと笑っているリリーに向かい、姿勢を正した。
「何ですの、アオイ? 改まって」
「あのね、お願いがあるの」
「お願い?」
「うん。合コン、参加して」
私の発言に、リリーはキョトンとした表情を浮かべた。リリーみたいな美少女のこういう表情、堪らない。私が男の人だったら惚れる自信がある。
「ごうこん?」
「合コンっていうのはね、男女同じ人数で行う、出会いの為のお茶会なの。今、竜王城でちょっとした問題があって、リリーが参加してくれると凄く助かるの」
「出会い……」
「そう。近衛師団の連隊長三人が参加する予定だから、女の子も三人参加してもらいたいんだ」
「アオイ……。近衛師団の連隊長って、確かフォーゲルシメーレ様も――」
「フォーゲルシメーレも参加する予定だから、知らない人ばっかりじゃないよ」
私の答えを聞いたリリーが驚いたように目を見開いた。と思ったら、みるみるうちにその目に涙が溜まっていった。今にも零れ落ちそうになっている。私、リリーを傷つけるような事、言ったっけ? 訳が分からない。ど、どうしよう……。
「リ、リリー?」
「ご、ごめんなさい。分かって、いた事ですのに……」
「あ、あの、えと、ごめん……」
「いえ、アオイが謝る事、ではなくて……。ただ、フォ、フォーゲルシメーレ様も、身体の丈夫な子の方が、お好みなのかと思うと……私……私……!」
「え? 違う! それ、誤解!」
私は慌てて首を横に振った。リリーは、フォーゲルシメーレが他の女の子を紹介して欲しくなったと思ったのだろう。病弱なリリーより、健康な女の子を、と。まさか、リリーがこんな誤解するなんて! リリーは身体が弱い事に相当なコンプレックスがあったんだ。そんなリリーの心情すら理解していなかったなんて! 真っ先に事情を説明するべきだった!
「リリーの思っている事と逆! 真逆の事態が起きているの! みんながリリーを紹介して欲しいって! でも、フォーゲルシメーレはそれを頑として受け入れないし。シュヴァルツでも収集がつけられないの!」
「え……?」
キョトンとした表情で私を見つめるリリーの涙は止まっていた。驚き過ぎて涙が引っ込んでしまったのだろう。
「シュヴァルツなら力ずくで押さえ込む事は可能だと思うよ? でも、デリケートな問題だし、出来ればそれはしたくないみたいなの。だからね、フォーゲルシメーレだけズルいっていうなら、機会を均等にすれば良いんじゃないかって、私、そう思って……。リリーも参加してくれると機会は均等になるんだけど、リリーが嫌ならフォーゲルシメーレとリリーは不参加でも良いし……」
「でも、アオイ。それですと、後々禍根が残りますわよ、ね……?」
「え? あ……。う、うん……。まあ……」
機会を均等にと言いつつ、リリーとフォーゲルシメーレを別格扱いすると、残りの二人から後々文句が出かねない。現状、独身トリオが争っている元はリリーだから。でも、リリーが嫌な思いをするくらいなら、いっそ、合コンなんて――。
「……良いですわよ」
「え?」
「他ならぬアオイの頼みですもの。私、参加しますわ」
そう言って、リリーはにっこりと笑った。それはそれは、目も眩むような笑顔だった。こんなリリーの表情、初めて見た。以前のリリーは、笑っている時でさえ、消え入りそうな儚げな雰囲気だったのに。人間、顔色って重要なんだね。
「何だ、二人して。やけに楽しそうだな」
突如かけられた声に驚いて振り向くと、フランソワーズが洗濯籠を抱えながら苦笑していた。今日のフランソワーズは洗濯当番らしい。これは好都合。
孤児院では、洗濯当番、掃除当番、食事当番の三つがある。多くの場合、年長者と年少者が組み、それぞれを交代で行うのがここの決まりだ。もし、年長者が出稼ぎなどでいなくなった場合でも、残された子達で切り盛りしていけるよう、方法を教える為に一緒にやっているらしい。因みに、洗濯当番が一番の不人気当番だ。皆してすぐに服やシーツを汚すから洗濯物の量が多く、一日中洗って干して取り込んでを繰り返すから面倒らしい。
「フランソワーズ、少し時間ある?」
「何だ? これから洗濯物を干さなければならないから、私は忙しいんだが?」
「少しだけだからさ~! ほんのちょっと話聞いてくれたら、私も洗濯物干すの、手伝うから~! そしたら、ゆっくり休めるでしょ?」
「あ、ああ……?」
フランソワーズは訝しみながらも、リリーの隣に腰を下ろした。大丈夫、時間は取らせないよ。何たって、私には切り札があるから。それさえ出せば、フランソワーズはすぐに頷いてくれるはず。彼女の説得はそれで終了だ。
「フランソワーズ。今度、竜王城で合コンするから来て」
「ごうこん?」
「うん。男女が出会う為のお茶会。お茶もお菓子も軽食も、とっても美味しい物、用意しておくから。ね? 参加して。一生のお願い!」
「嫌だ。私が行く意味が分からない」
フランソワーズは不快とばかりに顔を歪めた。うん、予想通り。フランソワーズは男の人との出会いを求めるタイプじゃないと思っていた。どちらかというと、男の人、苦手そうだもん。男装しているのは、男の人除けだと思うんだよね。折角美人なのに勿体ない!
「ふーん。そういう事、言うんだぁ。あ~あ! 顔に命中した雪玉、とっても痛かったなぁ!」
私はそう言い、フランソワーズの反応を窺った。フランソワーズの目が泳いでいる。よし! これならいける。くくく……。フランソワーズ、覚悟!
「あの時、フランソワーズはお詫びに何でもするって言ったのになぁ! 私の一生のお願い、断られちゃったぁ! あ~あ! フランソワーズが約束を破る人だったなんてなぁ!」
「くっ!」
悔しそうに唇を噛むフランソワーズ。予想通りの反応だ。ここでアイリスの事が出たら万事休すだ。でも、今日はこの為にアイリスを竜王城でお留守番させているから、たぶん大丈夫だろう。フランソワーズはこの追い詰められた状況で、すぐにアイリスの事が思い浮かぶようなタイプではない……と思う。
「フランソワーズは絶対に約束守る人だと思っていたんだけどなぁ! あ~あ! ガッカリ~!」
「………………分かった」
「ん?」
「行けば良いんだろ……行けば……」
フランソワーズは諦めたように頷き、立ち上がって洗濯物籠を抱えた。がっくりと肩を落とし、とぼとぼと歩いていく後ろ姿には、どことなく哀愁が漂っている。何でもするって言った事、今頃後悔しているんだろうな。真面目なフランソワーズだからこそ、あの発言が切り札になったんだけど、彼女、それを分かっているのかな? 今度から発言には注意しましょうね、フランソワーズ。私みたいな腹黒い人に利用されちゃうよ?
「じゃあ、リリー。私、フランソワーズを手伝ってくるね」
「え、ええ……。宜しくお願いします」
苦笑を浮かべるリリーに手を振り、私は哀愁漂うフランソワーズの背中を追い掛けた。これで二人の説得は完了した。残すはミーナのみ。手ごわそうな相手だけど頑張ろう! えいえい、お~!




