診察 2
私とアイリスはソファに座り、寝る前恒例のお茶会をしていた。今日は何だか疲れた。主にフォーゲルシメーレのせいだ。まさか、彼がリリーを妻にしたいだなんて言い出すなんて……。そりゃ、魔人族の結婚事情はかなりシビアみたいだし、知り合ったがチャンスというフォーゲルシメーレの気持ちも分からなくはない。でも、病気のリリーの弱みに付け込むみたいで、やっぱり最低だと思う。
私は小さく溜め息を吐きながら、ティーカップに口を付けた。突如、何の前触れも無く、シュヴァルツとラインヴァイスが姿を現した。アイリスは座っていた一人掛けソファから慌てて立ち上がると、傍らに置いてあった杖をエプロンの腰紐に差し、ぺこりと二人に頭を下げた。シュヴァルツはそんなアイリスを一瞥すると、アイリスと入れ替わるようにソファに腰を下ろす。何だか、シュヴァルツとラインヴァイスから気怠い雰囲気が漂ってくるような……。どうしたんだろう?
「シュヴァルツ、何か疲れてる? ラインヴァイスも」
「ああ」
私が首を傾げると、シュヴァルツが溜め息混じりに短く返事をした。と思ったら、ソファの背もたれに身を預け、腕と足を組んで目を閉じた。相当疲れているみたい。こんなシュヴァルツ、初めて見た。ラインヴァイスは苦笑しながら、お茶を淹れるアイリスを手伝っている。にしても、二人が疲れるって……。この世界に来て、初めて見た。もしかして、国に何かあった?
「ね、ねえ? シュヴァルツとラインヴァイスが疲れるって、もしかして、何か一大事もであったの? 大丈夫なの? こんな所にいて良いの?」
「アオイは、私にこれ以上あれらの相手をしろ、と」
シュヴァルツは目を閉じたまま、気怠そうにそう言った。あれら? 相手をしろって事は人なんだろうけど、いったい誰だ? シュヴァルツをこんな疲れさせるとか、どんなつわものだろう……?
「シュヴァルツ、誰の事言ってんの?」
「ノイモーント、フォーゲルシメーレ、ヴォルフ」
あの独身トリオが、シュヴァルツをここまで疲れさせた原因なんだ……。でも、何で? 彼ら、シュヴァルツの言う事なら何でも聞くイメージなんだけどなぁ……?
「何があったか聞いても大丈夫?」
「ああ。事の発端は、アオイが連れて来た娘だ」
「リリー? 何でリリーが事の発端になるの?」
「フォーゲルシメーレがあの娘を妻にと望み、私が口添えをしたであろう。それがノイモーントとヴォルフの耳に入った」
ふむふむ……。今日の病室での一件がノイモーントとヴォルフの耳に入ったのね。でも、何で、それでシュヴァルツが疲れるんだ? うーん……。あっ! もしかして――!
「ねえ? もしかして、なんだけど、フォーゲルシメーレだけズルいとか、そんな話になったの?」
「ああ。特にノイモーントが、な。第一連隊長の自分を差し置き許せぬ、と」
「ん? もしかして、あの三人の中でノイモーントが一番偉いの? 第一連隊長から第三連隊長って、偉い順になってるの?」
「偉い……。少し語弊があるな。実力がある」
「ん~? 強いって事?」
「まあ、似たようなものだ」
シュヴァルツの前にアイリスがお茶を置く。シュヴァルツは少し目を開け、そんなアイリスを見つめていた。
「順序で行けば、妻を娶るのは自分のはずだと、ノイモーントが譲らなくてな。あれの言い分、分からなくもない。だがな、それを言うのであれば、あれが伴侶と添えるようになるのは十年程後になろう」
「ああ……。まあ、そう、だよね……」
私は苦笑するしかなかった。私の知っている中で、この国の力関係を整理すると、シュヴァルツ、ラインヴァイス、ノイモーント、フォーゲルシメーレ、ヴォルフの順になるのだろう。今回、順位が四番目のフォーゲルシメーレが三番目のノイモーントを出し抜いたんだと、ノイモーントはそう言いたいのだ。でも、それを言ったら頂点のシュヴァルツと、二番目のラインヴァイスはまだ独身だ。
シュヴァルツの性格を考えると、シュヴァルツ自身は部下に先を越されたからといって気にするようなタイプではない。でも、問題はラインヴァイス。シュヴァルツのさっきの発言だと、ラインヴァイスがアイリスの事を気に入っているってちゃんと分かっているみたいだし、アイリスが成人する頃、正式に伴侶にするように口添えしそうだ。でも、アイリスが成人するまでには、まだまだ時間が掛かる。順序がどうのとか言い出すと、ラインヴァイスとアイリスが結婚するまで他の三人は待っていなくてはならない。そりゃ、流石に酷だと思う。
「それ、説明はしたんだよね?」
「ああ。ノイモーントはそれで納得した。しかし、今度はヴォルフが、な」
「どうしたの?」
「機会は均等にあるべきだ、と。娘に会わせろと言い始めた」
ほうほう……。順序が関係なくなると、力関係で上の人達に遠慮する必要が無くなるもんね。まあ、そうなるわな。
「でも、フォーゲルシメーレは会わせたくないって?」
「ああ」
シュヴァルツは短く返事をすると、ローテーブルの上のティーカップを手に取った。色々と思い出しているのだろう。ティーカップの中を見ながら小さく溜め息を吐くと、一気に中身を煽った。シュヴァルツさん。それ、お酒じゃないんですけど? そういう飲み方をするものじゃないって、分かってる?
「ねえ? まさかとは思うんだけど、フォーゲルシメーレってば、ヴォルフに遠慮しろとか言ってないよね?」
「よくお分かりになりましたね、アオイ様。言いました」
ラインヴァイスが苦笑しながらシュヴァルツの代わりに答えた。これでやっと、二人が疲れている理由が分かった。フォーゲルシメーレがヴォルフに言った言葉で、エンドレスループに突入したんだ。フォーゲルシメーレがヴォルフに遠慮しろなんてい言ったら、納得しかけていたノイモーントが話を蒸し返す。それに付き合わされたら疲れるねぇ。
「んで、最終的にはどうなったの?」
「どうもならん。収集がつかない」
シュヴァルツは気怠げにそう言うと、ソファに身を預け、再び目を閉じた。おいおい。こんな所で寝ないでよ? 私、そろそろ寝る時間なんだから。
「シュヴァルツ?」
「申し訳ありません、アオイ様。何ぶん、あの三人が竜王様の許可無くしては入れない所となると、この塔以外ありませんので……」
「いや、まあ、そうなんだろうけどさ……」
「三人が諦めた頃に迎えに参りますので、今暫くは……」
うーむ……。シュヴァルツの事、気の毒だとは思うけど、このまま居座られるのもなぁ。そろそろ寝ようと思っていたし。ああ、でも、ラインヴァイスが無茶苦茶困った顔してる……。ああ、アイリスまで何かを訴えかける目をしてる! くぅ! 二人のこの顔見ちゃうと断れない! ああ、もうっ!
「分かった……。分かったから、二人ともそんな顔、しないで」
「ありがとうございます、アオイ様」
「アオイ、優しい!」
ラインヴァイスとアイリスが満面の笑みを浮かべた。この二人の笑顔、可愛すぎて破壊力が半端無い! 私、鼻血出そうです!
私が鼻を押さえながら二人の可愛い笑顔に癒されていると、シュヴァルツが何かを思い付いたように立ち上がった。ん? 帰る気になった? と思ったけど、違ったらしい。シュヴァルツは徐に私の隣に陣取った。そして、私の膝の上に頭を乗せるようにソファに横たわる。シュヴァルツさん。まさかまさかの膝枕をご所望でしたか……。
「では、アオイ様。竜王様をお願い致します。さ、アイリス」
「ん」
ラインヴァイスは私達の方へぺこりと頭を下げ、アイリスの手を引いて部屋を出て行った。いや、ラインヴァイスさん。お願いされても困ります。後で本当に迎えに来てくれるんでしょうね? ちゃんと迎えに来てよ? 約束だよ?
私は膝の上のシュヴァルツに視線を落とした。眉間、皺が寄ってる……。私が人差し指でシュヴァルツの眉間をグリグリすると、彼の口元が笑みの形に歪み、眉間の皺が無くなった。こうして弱っているシュヴァルツを見られる機会なんて、今後そうそうある事じゃないと思うんだ。貴重な体験だし、悪い気もしない。いや、それどころか、嬉しいような気さえする。……何故だ?
私はシュヴァルツの前髪に手を伸ばすと、軽く指で梳いてみた。うわぁ! サラサラだ。どれ、こっちは……。シュヴァルツの長い髪を興味津々で梳いてみる。な、何だ! この手触り! 絹糸みたい! 綺麗な髪だとは思っていたけど、こんなに触り心地が良いなんて知らなかった! や、やばっ! この手触り、やめられない! 止まらないぃぃぃ!
私はラインヴァイスがシュヴァルツを迎えに来るまでの間、飽きもせずシュヴァルツの髪を梳き続けた。どうしたら、あの独身トリオが納得するか、考えを巡らせながら。




