魔術 4
第二関門はシュヴァルツの説得。正直、これは骨が折れそうだ。でも、今日は心強い味方がいる。ラインヴァイスだ。
ラインヴァイスはアイリスだけじゃなく、私が魔術を習う事も渋々ながら了承してくれた。但し、結界術を必ず習得する事との条件が付いた。理由を聞くと、リーラが結界術を使えなかったせいで、命を落としたからなんだって。それを聞いて、私もその条件を承諾した。だって、私、戦場で死にたくないもん!
それにしても、意外だったのはリーラ。リーラってば、防具錬成が出来るからって、攻撃魔術しか習得しなかったらしい。気が強そうだとは思っていたけど、攻撃は最大の防御なりを地で行くとは……。恐るべし、破壊王リーラ!
――えへへ~。
リーラ。アンタ、照れたような笑い方しているけど、私は褒めているわけじゃないからね。無謀だって言ってんのよ。無謀だって!
――がぁぁぁぁん!
「では、アオイ様、アイリス。こちらへ」
ラインヴァイスは城へ入ると、いつも私が部屋へ帰る時に使う道とは別の道を進んでいった。広い廊下と赤絨毯が続く廊下は、他のどの廊下よりも広くて豪華な造りだ。きらびやかな装飾品に、ついつい目が奪われてしまう。アイリスも、私の隣できょろきょろして落ち着きが無い。こんな豪華な装飾品、なかなかお目にかかる機会無いもんね。珍しいよね。
暫く赤絨毯の廊下を進むと、一際大きく、荘厳な造りの扉が見えてきた。あの部屋の中に今、シュヴァルツがいるのかな? だとしたら、謁見の間ってのだよね、あれ。扉の前では見慣れた二人が番をしていた。ノイモーントとヴォルフだ。何でここにいるの?
「今日の扉番は貴方達でしたか。これは好都合。ノイモーント、フォーゲルシメーレを呼んで来て下さい」
「え? あの……?」
「行きなさい」
ラインヴァイスが有無を言わさない静かな口調で命じると、ノイモーントが慌てたように駆け出した。残されたヴォルフは、ラインヴァイスと私とアイリスを見比べ、首を傾げている。
「あの……。ラインヴァイス殿? 何故――」
「ヴォルフ、竜王様に取次ぎを」
「え? あの――」
「近衛師団長ラインヴァイスが騎士志望の者を二名連れて来たと、そう伝えなさい」
「え? だって、そこにいるのアオイ様と人族の幼子じゃ――」
「ヴォルフ、これは謁見申込みです。今すぐ竜王様に伝え、意向を確認しなさい」
「でも――」
「伝えろと言った。聞こえなかったか?」
突如、ラインヴァイスの声色が変わった。感情の篭らない、氷のように冷たい声。ラインヴァイスから不穏なオーラが漂ってくる。普段穏やかなだけに、こういう雰囲気のラインヴァイスは余計に迫力がある。こ、怖いよぉ! 私のスカートの裾を握り締めるアイリスの手も、小さく震えていた。何でこういうところだけシュヴァルツとそっくりなのよ、少年!
「……さて、アイリス」
慌てて駆け出したヴォルフの背を見送り、小さく震える私達の方へ振り返ったラインヴァイスは、いつも通りの可愛らしい笑みを浮かべていた。変わり身、早っ!
「竜王様への謁見の前に、一つ忠告があります」
「ひゃい」
涙目で返事をするアイリスを見て、ラインヴァイスが苦笑を漏らした。
「竜王様は、今しがたの私とは比べ物にならない程、貴女の目には恐ろしく映るでしょう」
あ、そっか。シュヴァルツの上から目線で睨む顔とか、不愛想で偉そうな態度とか、こんな小さな子からしたら滅茶苦茶怖いか。私が魔術を習いたいなんて言ったら、さっきラインヴァイスから出ていたオーラとは比べ物にならないような、不機嫌全開のどす黒いオーラを出しそうだし。今日のシュヴァルツの威圧感、半端無さそうだなぁ……。シュヴァルツにだいぶ慣れた私ですら、そういう時のシュヴァルツを怖いって思う事があるんだし、初対面のアイリスなら尚更怖いよね。それが分かっているから、ラインヴァイスはアイリスに心の準備をさせるつもりなんだ。流石、少年。抜かりが無いね!
「恐怖に駆られて逃げ出すならそれでも構いません。私は貴女を引き留めるつもりもありません」
「ん」
「もし、貴女の覚悟が本物だというのなら、どんな恐怖にも耐えてみせなさい。そして、それを私に証明してみせなさい。それすらも出来ないようなら、治癒術師になるなど、土台無理な話です」
「逃げないもん! 私、絶対に治癒術師になるんだもん! 責任、取るんだもん!」
「そうですか。では、頑張って証明してみせなさい。期待しています」
「ん!」
アイリスが大きく頷くと、ラインヴァイスは満足げな笑みを零した。アイリスが照れたように笑う。ああ、微笑ましい二人だ。癒されるぅ! って、違う! 癒されている場合じゃない。私も交渉、頑張らないといけないんだよ。よし。気合入れるぞ!
私がパンパンと両手で頬を思いっきり叩くと、ラインヴァイスとアイリスに変な人を見る目で見られてしまった。お願い。そんな目で見つめないで。傷つくから……。
謁見の間に入った私とアイリスは、シュヴァルツの座る玉座から一段低い、赤絨毯の床の上に跪いた。ラインヴァイスは私達より一歩前で、片膝をついて胸に手を当てる、騎士の礼ポーズで頭を垂れている。中央の玉座の両脇には、全身鎧の兵士が直立不動で立っていて、ピリピリとした雰囲気が漂ってきていた。まあ、ピリピリするのも無理はない。だって、玉座に座る人物が……。
シュヴァルツは私の予想通り、不機嫌オーラ全開だった。足を組み、肘掛けに頬杖をつきながら、私とアイリスをねめつけている。だ、大魔王です! 大魔王がいます! 私の目の前に大魔王が! こんな人の説得とかムリゲーじゃない? 威圧感がありすぎて、涙がちょちょ切れそうなんですけどぉ!
「近衛師団長ラインヴァイス」
口を開いたのはシュヴァルツだ。静かにラインヴァイスの名を呼ぶシュヴァルツだけど、逆にそれが怖い。だって、感情を無理矢理押さえこんでいて、少しの刺激で爆発しそうなんだもん!
「騎士志望の二人とは、後ろのか」
「はっ!」
シュヴァルツの問い掛けに、短く返事をするラインヴァイスの声が硬い。私の位置からはラインヴァイスの顔色を窺う事は出来ないが、きっと緊張した面持ちをしている。私同様、ラインヴァイスも今、嫌な汗をかいているに違いない。
「私には、そこの二人は人族に見えるのだが」
「はい。竜王様のおっしゃる通り、人族にございます」
「そうか。お前は、人族を私の騎士にしろと、そう申すのか。魔大陸七人の王筆頭の私に、恥を晒せと」
恥? 恥ってどういう事? 人族を騎士にしたら何で恥なの? シュヴァルツの言い方、人族に対して失礼じゃない?
「決して、そのような事は……」
ラインヴァイスが言いよどみ、謁見の間に静寂が訪れた。沈黙が辛い。私、しゃべっても良いのかな? まだダメなのかな?
「あの――」
「お前に発言を許した覚えは無い」
シュヴァルツは、口を開きかけた私を睨みながらそう言うと、私の隣のアイリスに視線を移した。
「赤毛の小娘」
「はぃ……」
返事をしたアイリスの声は消え入りそうな程小さく、震えていた。この大魔王、怖いよね。取って食われそうだよね! 声が震える気持ち、ちょっとだけ分かるよ! ドンマイ、アイリス!
「返事もまともに出来んとは。それでよく騎士になりたいなどと戯言を」
「も、申し訳ごじゃいましぇん!」
あ、噛んだ。アイリスってば、緊張して呂律が上手く回らないのかな? でも、今のでちょっとだけ場の雰囲気が和んだような……。アイリス、頑張れ~!
「竜王様! 私に魔術を学ぶ機会を下さい!」
「脆弱な人族の分際で魔術を学び、力を得、お前は何をなそうというのだ」
「ラインヴァイス様の目を、な、治したいのです!」
「ほう……」
シュヴァルツの目がスッと細まった。シュヴァルツのこの顔、面白い物を見る時の表情じゃない? も、もしかして、いけるんじゃ……? 良いぞ、アイリス。その調子だ!
「小娘、お前の名は」
「ア、アイリスです!」
「そうか」
シュヴァルツは興味無さげに呟くと、私達の後ろに視線を移した。
「近衛第一連隊長ノイモーント」
「はっ!」
すぐ後ろからノイモーントの声が聞こえるけど、いつからそこにいたの! 全然気が付かなかった! それよりも、ノイモーントって隊長さんだったの? 偉い人だったの? そっちの方が驚きなんですが! ただの仕立て屋さんじゃなかったのか!
「どう思う」
「人族の騎士など前例がございません。脆弱なる人族の娘に、騎士が務まるとも思えません」
前例、無いんだ……。でも、前例が無いからって、絶対にダメってわけじゃないよね? あれだよ、あれ。革命じゃなくて、改革じゃなくて、えぇっと……革新だよ! 試しにやらせてみても良いじゃん!
「第二連隊長フォーゲルシメーレ」
「はっ!」
またしても、すぐ後ろでフォーゲルシメーレの声がする。フォーゲルシメーレも偉い人だったのか! ただの薬師じゃなかったんだ!
「お前はどう思う」
「ラインヴァイス殿の目を癒す為には、治癒術師の扱う術の中でも、身体の欠けた部位を回復させる、高度な術を行使する必要がございます。才ある者でも扱えるのはほんの一握り。何ら予備知識も無い幼子に、一から治癒術を学ばせたところで、成せるようになる確証はございません」
これ、要約すると時間の無駄ですよって事? 出来ないって決まったわけじゃないのに! 失礼しちゃう!
「第三連隊長ヴォルフ」
「はっ!」
な、何と! ヴォルフも偉い人だったのか! そんな風には全く見えなかった。ただの農夫かと思っていたよ。ごめんよ、ヴォルフ。
「どう思う」
「前例が無いのなら作れば良いですし、その娘が治癒術師になれないという確証もございません」
そうだ! よく言った、ヴォルフ! もっと言ってやれ!
「何故、その娘がラインヴァイス殿の目を治したいかは分かりませんが、強い決意を感じます」
良い事言った! カッコイイぞ、ヴォルフ! ヒューヒュー! にしても、ヴォルフが発言してから、背後の気温が下がったような……。冷気が漂って来るんですけど……。何これ、怖い。
「しかし――」
ん? まだ何か言うの? ここでやめておこうよ、ヴォルフ。余計な事は言わなくて良いんだよ?
「娘の仕事の方が問題かと……」
仕事? 仕事って何だ? 騎士が仕事じゃないの?
――竜王城ではね、騎士だけ務めるんじゃダメなの。ノイモーントみたいに仕立てをしたり、フォーゲルシメーレみたいに薬師をしたり、ヴォルフみたいに農園で働いたり。みんな、騎士以外の仕事があるんだよ。因みに、ラインヴァイス兄様はシュヴァルツ兄様の雑用係でね、私は庭師だったんだよ。
リーラが庭師って。どんなお姫様だよ! 素朴過ぎるでしょ!
――えへへ~。
褒めてない、褒めてない。でも、仕事ねぇ。アイリスが男の人の中で働くって事だよね。リーラはドラゴン族だし、人族の女の子より力があったんだろうから務まっただろうけど、アイリスは普通の人族の女の子だしなぁ。何か出来る事、あるのかなぁ?
――無いだろうね。
ちょっ! リーラ! あっさり言いすぎ! もっと、こう、一緒に考えてよ!
――私、考えるの苦手だもん。
「……分かった」
ややあって、シュヴァルツが静かに口を開いた。ああ、どうしよう! 仕事、仕事! アイリスに出来る事を今すぐ考えないと、シュヴァルツに追い返されちゃうよ!
「赤毛の小娘」
「は、はい」
「お前を騎士にする事は出来ぬ」
シュヴァルツは淡々とそう宣言した。私の隣でアイリスが小さく震えている。大泣きしたいのを必死で堪えているのだろう。泣くのを堪えるアイリスの息遣いが聞こえてくる。辛いけど、泣いたら負けだよ、アイリス! かくなるうえは――!
「ラインヴァイス」
私が口を開くより一瞬早く、シュヴァルツがラインヴァイスの名を呼んだ。
「部屋を用意しろ」
ん? 部屋? 部屋って誰の部屋? ア、アイリスの部屋、なのかな? でも、騎士には出来ないって言ったばっかりなのに……。
「どちらに?」
「東の塔で良いだろう」
「かしこまりました」
ラインヴァイスの返事を聞いたシュヴァルツが玉座から立ち上がり、謁見の間を後にした。部屋を用意してくれるって事は、アイリスはこの城に滞在しても良いって事だよね? もしかして――!
「ラインヴァイス?」
「はい」
「部屋を用意しろって、アイリス、魔術習えるの?」
「ええ。そう思って間違いないかと」
私の問い掛けに、ラインヴァイスが苦笑しながら頷いた。シュヴァルツの言い方っていつも回りくどい! 魔術を習う機会をくれるなら、初めからそう言ってよ!
安心して腰が抜けたのか、私の隣でアイリスが床にぺたんとお尻をついた。そして、声を上げて泣き始める。
「アオイー! わだじ、もう、だめかどおもっだよぉぉぉ!」
号泣するアイリスを抱きしめながら、私はふとある事に気が付いた。あれ? 私の処遇は? 私、魔術習えるの? んん? 落ち着いて考えると、私、シュヴァルツに無視されたんじゃない? ちょっと待て! どうなってんのよ! シュヴァルツ! 戻って来いっ!




