出会い 2
今、私の目の前にいるこの黒髪の人、こんな広いプライベート空間を持っているくらいだから、たぶんこの城の主か要人だ。でも、この人に頼んでこの城に滞在させて貰うのは気が引ける。遠慮じゃないよ。だって、この城にはさっきの変な男の人達もいるんだもん。それに、正直この黒髪の人もあまり印象は良くない。あの猛吹雪じゃアパートに帰るのも無理そうだし、出来るならこの城のすぐ近くのお泊り出来る所を紹介して欲しい。
「あの、この辺にホテルか何かありませんか?」
「ほてる?」
「そう、ホテルです。あ、旅館でも民宿でもマンガ喫茶でも何でも良いので、すぐ近くで泊まれる所、知りません?」
あれ? ちょっと考え込んでる。もしかして、お泊り出来る所、知らないのかな?
「宿屋、という事だな。残念だが、この近くに宿屋は無い」
無いって言い切られちゃったよ。本格的に困った。どうしよう……。吹雪の中、かまくらでも作る? いや、作っている間に凍死しちゃうでしょ。じゃあ、廃屋でも良いから探す? でも、探している間にまた遭難しちゃうし。それに、アパートに向かって歩くのと大差無いよ。う~む……。
「小娘」
私が必死に今後について頭を捻っていると、黒髪の人から呼ばれた。急に呼ばないで欲しい。それに、また小娘って言った。
「あの、その小娘っていうの、止めて頂けませんか?」
おう、睨まれた。綺麗な顔しているからか、余計に迫力あるね。何か、さっきの男の人達とは違った意味で怖いな。
「えっと、私にも名前がある訳でして、ちょっと失礼なんじゃないかなぁ、なんて……。それに、私、小娘って年齢では無いですし……」
おう、鼻で笑われた。腕を組んで上から目線だし。何なんですかね、この人。
「では名を聞こう。お前の名は何という。不法侵入者の小娘」
あ、そっか。私、この城に勝手に入って来ちゃったんだった。確かに、立派な不法侵入だ。
「勝手に入った事は申し訳なく思います。すみません」
私は再び頭を下げた。濡れた髪が顔に張り付いて冷たい。女の子らしくしようと思って伸ばしてたけど、今度切りに行こうかな。
「顔を上げろ。で、名は」
私は顔を上げて黒髪の人を見た。この人の整った顔は私の好みだけど、ちょっと偉そうじゃない? 好きか嫌いかと聞かれたら、嫌いなタイプだな。うん、私この人嫌い。
「人に名を尋ねる時は、まず自分からじゃないでしょうか?」
この薔薇園は気に入ったけど、この不気味な城に長居するつもりは無い。追い出されても良いやと、私は開き直った。そして、にっこりと笑って言ってやる。ちょっとスッキリ。
黒髪の人は驚いたように目を見開いた後、スッと目を細めた。再び不機嫌オーラが漂って来る。そんなに睨まないでよ。
「ほう……。良い度胸をしているな、小娘。私の名はシュヴァルツ。この城の主だ」
「神崎葵……です」
正直、この人にですます調で話すなんてしたくないんだよ。でも、私より年上っぽいし、最低限の敬意を払うのが大人の対応だよね。こんな嫌なヤツでも敬意を払うなんて、私ってお・と・な! うふっ。
「カンザキ・アオイ、か。変わった名だな」
かっちーん! 初対面なのに何て事言うんだ、この人。失礼にも程があるだろう! それに、変な名前だって? 今まで一度も言われた事無いわ! 至って普通の名前だろうが!
「親から貰った大切な名前に、何て事言うのよ!」
私は迷わず右手を振り上げた。だって、腹が立ったんだもん。短気なのは自分でも分かっている。今まで何度、親に苦言を呈された事か……。
私の手は、黒髪の人、改め、シュヴァルツの顔面にヒットする直前に片手で止められた。悔しいので反対側の手も振り上げる。しかし、これも同じ運命を辿った。どんだけ反射神経が良いんだ、この人。
「やけに気の強い――」
後に続く言葉は分かっている。小娘って言うんだろう! 口角を上げたシュヴァルツの腹部を、私は右足で狙った。
「おっと」
シュヴァルツは少し驚いたような声を出し、私を押すように両手を離した。既に片足が上がっていた私は、盛大にバランスを崩して尻餅をつく。お尻が滅茶苦茶痛い。花の乙女に何て事するんだ! それに、負けた気がして凄く悔しい! 私は座り込んだまま、キッとシュヴァルツを睨み付けた。
「とんだじゃじゃ馬だな。面白い。気に入った」
そう言うと、シュヴァルツは鼻で笑った。いや、気に入ってくれなくて結構です。私は貴方の事が嫌いですから。
「ラインヴァイス」
シュヴァルツがそう呟くと、虚空から金色の瞳の白髪美少年が現れた。少年と言っても、十六、七歳位かな。少年なのか青年なのか、難しいお年頃だ。それよりも、人間って、何も無い所から現れるものだっけ? 少年の現れた所、手品みたいに隠れられそうな物、何も無いよ。
少年は騎士のような出で立ちをしている。ピカピカに磨き上げられた白銀鎧が眩しい。その鎧、まさか本物じゃないよね? コスプレだよね? 金属で出来ているみたいだけど、アルミ製だよね?
「お呼びでしょうか?」
少年は片膝を付くと、シュヴァルツに頭を下げた。礼の仕方が騎士っぽい。
「この小娘に部屋を用意しろ」
ん? 部屋? 部屋ってどういう事よ? 私、頼んだ覚え無い!
「ちょ、ちょっと! 私、ここに泊まるなんて一言も――」
「勘違いするな。不法侵入者の小娘」
シュヴァルツは反論しようとした私を睨み付けた。……名前教えたのに、小娘、小娘って。私の名前、呼ぶ気無いでしょ?
「どちらのお部屋に?」
ちょっと少年。話を先に進めないの。私の意見も聞きなさい。
「東の塔」
「ちょっ――」
「かしこまりました。お食事は――」
だーかーらー、話を先に進めるなって! こんな所に泊まるなんて真っ平御免だよ。……でも、待てよ? さっき、シュヴァルツが強調するように「不法侵入者の小娘」って言ったよね。もしかして、牢屋に入れられるとか……? 東の塔って言ってたけど、そこって牢屋みたいな所なんじゃないの? その考えが頭をよぎった瞬間、私の顔から一気に血の気が引いた。……逃げよう。そう、逃げれば良いんだ!
私は二人に感づかれないように、そおっと地面を四つん這いで移動し始めた。さっきの薔薇の迷路に入ってしまえば、そう簡単には見つけられないはず。まずはあそこを目指そう。
「どこへ行く。小娘」
気付かれたぁぁぁ! 私は立ち上がるとダッシュで走り出した。雪の中と違って足を取られる事も無いし、とても走りやすい。少し体力も回復したのか、とても身体が軽い。これなら逃げ切れる!
もう少しで薔薇の迷路の入り口という所で、突然目の前に人影が現れた。人は急には止まれないけど、避ける事なら出来るもんね! 私は勢いをそのまま、突然現れた人影を避けるように少しだけ進路を変えた。よし! ぶつからなかった!
安心したのも束の間、人影の真横を走り抜ける瞬間、私の左手首が掴まれた。地味に痛い。そのまま引っ張られるようになり、大きくバランスを崩す。転ぶと思った瞬間、私は人影に抱き留められた。フワリと薔薇の良い香りがする。
私を抱き留めた人を見上げると、それはシュッヴァルツだった。さっきまでだいぶ後ろにいた筈なのに、何なのこの人。何も無い所から急に現れるし! それに、掴まれている左手首が痛い!
「離してよ!」
私はシュヴァルツに掴まれている手を振り払うように思いっきり振った。そりゃもう、渾身の力で。しかし、シュヴァルツは手を離すつもりが無いらしく、掴む手に更に力を込めた。
「ちょ、痛い、痛い! 離してっ!」
「どこへ行くつもりだった」
「ひっ……!」
シュヴァルツの目が滅茶苦茶怖い。さっきまでの不機嫌オーラなんて、目じゃ無いよ。もうね、シュヴァルツから漂って来る怒気が凄くて、殺されるんじゃないかってくらい怖い。これが殺気というやつか。不覚にも身体が震え、涙が出てくる。
「や……やだあぁぁ! 離してったらぁ!」
自分でもびっくりする位の大声が出た。叫んで大暴れをするが、シュヴァルツの手が離れる事は無かった。耳が痛かったのか、シュヴァルツが不快そうに眉を顰めている。
「うるさい小娘だ」
そう溜め息交じりに言ったシュヴァルツが、私の額に人差し指を置く。その直後、私の視界が暗転した。何なの、これ……。