魔術 3
第一関門は孤児院のリリー、フランソワーズ、ミーナの説得だ。リリーは今寝込んでいるから、実質はフランソワーズとミーナの説得。これはアイリスに直接説得するように言いつけた。孤児院の子達は家族みたいなものだ。家族に話が出来ないようじゃ、夢なんて実現出来ないからね。
私は孤児院の外でアイリスが出てくるのを、今か今かと待っていた。言い争うような声と、アイリスの泣く声が聞こえてくる。いきなりハードルが高かったかな? 大丈夫かな、アイリス……。
「アオイさん!」
突如、孤児院の扉が開いたかと思うと、ギャン泣きするアイリスをミーナが連れて出てきた。憤怒の表情だ。ミーナの頭の上に角が見えるの、私の目の錯覚、でしょうか……?
「は、はい……?」
「何、考えているんですか! まだ小さいアイリスに、魔術を習わせるなんて!」
「それはアイリスが望んだ――」
「子どもが間違った道に進もうとしたら止める。それが大人の役目でしょう! 何で貴女が積極的にそそのかしているんですか!」
そそのかしたなんて人聞きが悪い。私はアイリスの想いを尊重しただけです。力になってあげたいって、そう思ったんだもん!
「ミーナ。アイリスが選んだ道、本当に間違えているの? 私は、そうは思わないんだ。だからね、アイリスに協力してあげたいって思ったの」
「力ある者の務めだって知らないんですよ!」
「説明したよ。戦になったら戦場に行かなくちゃいけないんだって。でもね、それでもアイリスは魔術を習いたいんだって。ラインヴァイスの目を治したいんだって」
「え……?」
ミーナは怪訝そうに眉を顰めた。きっと、何で治癒術師になりたいか説明する前に頭ごなしに怒られて、きちんと説明出来なかったのだろう。よくある話、だよね……。
「ラインヴァイス。出てきて」
私が名を呼ぶと、ラインヴァイスが虚空から姿を現した。ラインヴァイスが困惑気味にミーナに頭を下げる。ミーナも慌てて頭を下げた。
「ラインヴァイスのこの左目ね、アイリスを雪狼から助ける時に怪我したの」
「なっ!」
ミーナが驚いたように目を見開いた。戸口から顔を出したフランソワーズが、ラインヴァイスを見てぎょっとしたように目を見開いている。
「アイリスはね、女の子としての幸せより、ラインヴァイスの目を治す道を選びたいんだって。きちんと責任を取りたいんだって」
「アイリス、そうなのか……?」
フランソワーズが遠慮がちにアイリスに問い掛けた。アイリスは大泣きしながらもしっかりと頷いている。
「好きな男と結婚して母になる。そんな普通の生き方は出来ないかもしれないんだぞ?」
「いい! わだじ、があざんになんでならないぃぃぃ!」
「お前は償いに人生を費やすのか? それで後悔しないのか?」
「わだじのぜいなんだもん! ぜぎにん、どるんだもん!」
アイリスの顔、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。でも、言いたい事はちゃんと言っていた。よし! アイリス、よく頑張った! あとは私に任せておきなさい!
「フランソワーズ、ミーナ。アイリスが治癒術師になりたいっていうのはね、助けてもらったお礼と目の責任の取り方、アイリスなりに考えた結果なの。応援、してあげてくれないかな?」
「でも――」
「ミーナ。心配する気持ちも分かるよ。でも、アイリスだけ危険な目に遭わせるつもりは無いから。戦になったら、絶対にアイリスだけは守るから。だからさ、私にアイリスを預けてくれないかな?」
『え?』
私の発言に、その場にいる全員が驚いたように声を上げた。自分でも驚かせる事を言った自覚はある。でも、全員フリーズとか、私の発言、どんだけ破壊力あったんだ……。
「私、誰が何と言おうが魔術習うって決めたの。アイリスと一緒に」
「おまっ――!」
「フランソワーズ、分かってるよ。これがシュヴァルツの想いを踏みにじる事だって。シュヴァルツに愛想を尽かされても仕方無い事だって。でも、戦になったらアイリスだけじゃない、シュヴァルツやラインヴァイス、貴女達、竜王城でお世話になった人達、みんなを守りたいの。私、このまま何も出来ないのは嫌なの! みんなの笑顔を守れる人になりたいの!」
「お前らは……。揃いも揃ってバカだ……。いや、大バカだ!」
「うん……」
「でもな、私はバカが嫌いじゃない。逆に好きなくらいだ」
フランソワーズはそう言ってフッと笑った。
「アイリス。お前の決意、私に見せてみろ。但し、中途半端は許さない。絶対にラインヴァイス様の目を治せ。アオイ、アイリスの件はお前に任せる。お前を信用して預けるんだからな。アイリスに何かあった時は覚悟しておけよ」
「うん、分かってる。ありがとう、フランソワーズ」
「私、バカは嫌いです……。でも、義理とか人情とかって、弱いんですよ。アイリス、きちんと責任を取れるように頑張りなさい。アオイさん、アイリスをお願いします。お姉ちゃんには、私から伝えておきますから」
「ありがとう、ミーナ」
良かった。これで第一関門突破だ。この後、もっと厳しい第二関門があるけど、まあ、それはどうにでもなるでしょ。対シュヴァルツ最終奥義「好きにさせてもらいます」を使って、アイリスと二人で別の国に行って魔術を教えてもらう事だって出来るんだし。
……あれ? 何だろう。今、胸の奥がチクリとした。シュヴァルツの元を離れるって考えただけで、何でこんなに切ない気分になるの? 何でこんなに泣きたい気分になるの? 私、シュヴァルツと離れるのが寂しいなんて、そんな風に思い始めているって事……?




