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転移先が大魔王城ってどういう事よ?  作者: ゆきんこ
第二章

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魔術 2

 だいぶ日が傾いた頃、アイリスが孤児院に戻って来た。泥だらけになっているし、今日は少し遅かった。もしかして、また魔物に……と思ったけど、魔物に襲われたら、ラインヴァイスが連れ戻してくれるか……。じゃあ、何でこんなに泥だらけに?


「アイリス。アンタ、何でこんなに汚れてんの?」


「これ採ろうとしたら足滑らせたの。ほら、今日はこんなにたくさん採れたよ!」


 アイリスが誇らしげな顔で掲げて見せたのは、変な形をした葉っぱだった。ラインヴァイスにいつも渡している薬草だ。アイリスは森に行くと、必ずこれを採って帰ってくる。前に、ラインヴァイスが岩場に生えているって言っていたけど、その岩場って森の近くなのかなぁ?


「そっか。今日は採り難い所にあったの?」


「うん。それに、最近ぬかるみ多いから、よく滑るの」


「怪我は?」


「えへへ。大丈夫だよ」


 照れたように笑うアイリス。か、可愛い! もう、食べちゃいたいくらい可愛い!


「もう、アイリス! アンタ、何でそんなに可愛いの!」


「きゃ~!」


 ギュッと抱きしめると、アイリスが嬉しそうに声を上げた。他の小さな子達が、抱き合う私とアイリスに飛びついてくる。おしくらまんじゅう状態だ。これが、私が孤児院を去る時の、お別れの挨拶。孤児院に来た時には抱き合う私とアイリスをみんな引き気味に見ているけど、帰る時には情熱的な挨拶をしてくれる。みんな可愛い! ああ、帰るのが嫌になっちゃう!


「ほら、いつまでそうしてんだ! アオイはとっとと帰る。アイリスは風呂だ! 他のは手を洗って夕食の準備だろ!」


『はぁい!』


 大声で怒鳴るフランソワーズに、みんなで声を揃えて返事をし、散り散りに駆けていく。私も立ち上がり、フランソワーズに手を振って孤児院を後にした。


 暫く行った所でラインヴァイスが姿を現した。そして、私の顔を見るとクスクスと笑う。何、唐突に。私の顔、そんなに面白い?


「アオイ様、お顔に泥が」


「あ……」


 さっき、泥だらけのアイリスを抱きしめた時に付いたのかな? 私は慌てて袖で頬を拭った。乾いた泥が袖に付く。私はそれを叩き落としながら溜め息を吐いた。


「アイリス、今日は泥だらけだったから……」


「ああ。そういえば、ぬかるみで転んで泥だらけになっていましたからね。彼女に怪我はありませんでしたか?」


「うん。大丈夫だったよ。でも、大怪我する前に、薬草採りやめさせた方が良いのかなぁ?」


「でしょうね……」


 アイリスに何と説明すれば薬草採りをやめるのか。ラインヴァイスの目が治らないと伝えたらやめるのかな? でも、治らないと知ったら、アイリスは傷つくだろうし……。それに、私がそれをストレートに説明して良いものなのかなぁ? う~ん……。


 私が溜め息を吐きながら孤児院を振り返ると、遠目に赤いフワフワの髪が揺れているのが見えた。アイリスだ。今日も孤児院をこっそり抜け出して、私達を追って来たのだろう。薬草をラインヴァイスに渡す為に。


 息を切らせながら私達に駆け寄ったアイリスは、強張った表情で薬草をラインヴァイスに掲げた。いつもなら、片膝をついたラインヴァイスが手を差し出すはずだ。しかし、今日のラインヴァイスはいつも通り片膝をついたものの、手を出す事は無く、真っ直ぐとアイリスを見つめていた。いつもと違うラインヴァイスの行動に、アイリスが戸惑ったような表情を浮かべている。


「……もう、薬草は結構です」


「でも、まだ治ってない!」


 アイリスはラインヴァイスに薬草を押し付けるように差し出した。しかし、ラインヴァイスは手を出す事無く、静かに首を横に振る。


「傷は既に癒えています」


「まだ治ってない!」


 アイリスはブンブンと首を横に振ると、ラインヴァイスの左目を指差した。その目は固く閉ざされたままだ。もう開く事は無い……。


「この目は薬では治りません」


「何で? どうしたら治るの!」


「治癒術師の使う魔術でなら治る可能性もありますが、この国に治癒術師はいません」


「じゃあ、私、治癒術師、連れて来る!」


「海を渡って、メーア大陸まで行かなければなりません。それに、魔大陸に来るような、物好きな治癒術師はいないでしょう」


「でも――!」


「貴女が私の為に薬草を採って来てくれた。私はそれだけで満足なんです。今までありがとうございました」


 ラインヴァイスは優しげな微笑みを浮かべると、ゆっくりとアイリスに手を伸ばした。ラインヴァイスの手が頭に乗った瞬間、ビクリと身体を震わせるアイリス。でも、逃げ出す事は無かった。クリッとした大きな目で、ラインヴァイスを真っ直ぐ見つめている。その目には決意の光が宿っていた。何か、嫌~な予感……。


「……私が……私が、その目、治す!」


「え?」


 アイリスの発言が予想外だっただろう。アイリスの頭を撫でるラインヴァイスの動きが止まった。


「あ、貴女は、何を言っているか分かって――!」


「私が治癒術師になって、その目、治す!」


 ああ、予感が的中した……。言うと思ったよ。でも、アイリスは未だ何も分からない子どもだ。将来の事をこんな、一時の感情で決めたら不味いでしょ。


「アイリス、それは出来ないんだよ」


「何で!」


 苦笑した私を、アイリスがキッと睨む。


「アイリスはさ、力ある者の務め、知らないんでしょ? 魔術を習う人は、戦になったら戦場に行かないといけないんだよ?」


 私がしゃがみ込んでアイリスの顔を覗き込むと、アイリスは真っ直ぐ私の目を見つめた。その目から、決意の光が消える事は無い。アイリスってば、変に頑固なんだから……。


「あのね、アイリス。アイリスが危ない目に遭う事を、誰も望んでいないの。アイリスが魔術を習って、力を持つ必要なんて無いんだよ?」


 自分で言った事がブーメランになって返って来る。私が魔術を習うという事はこういう事なんだ。私が危険な目に遭わないようにという、シュヴァルツの想いを踏みにじるんだ……。


 それに、戦争になれば死んでしまう事だってある。ここはゲームの世界じゃない。死んだらそこで終わりだ。元の世界に戻る事だって出来ない。


 でも……それでも、誰かが苦しんでいるのを指を咥えて見ているだけなんて、私、そんなの絶対に嫌だ……。無力を噛みしめながら後悔するなんて、絶対に耐えられない。


「い、戦だって、行くもん!」


「お母さん、待つんじゃないの? 死んだら待てないよ?」


「かあ、母さん、来てくれないもん! 知ってるんだもん! でも、でも――!」


 アイリスは言葉を詰まらせ、しゃくり上げ始めた。アイリスは、母親に捨てられた事や、母親が迎えに来ない事を理解出来ない程、子どもじゃないんだ……。でも、それを認めたくなかったんだ。だから、母親と別れた森にの淵に、毎日のように行っていたんだ……。


 アイリスは私にとって、可愛い妹分だ。アイリスがしたい事をさせてあげたいとも思う。でも、それが本当にアイリスの幸せに繋がるの? アイリスには幸せになってもらいたいって、いつも笑顔でいてもらいたいって、心からそう思うんだ。将来、好きな人と結婚して、可愛い子ども達に囲まれて……。そんな普通の女の子としての幸せを捨てなくちゃいけない可能性だってあるのに、魔術を習う意味ってあるの?


「アイリス。普通の女の子としての幸せはいらないの? 結婚して、子どもを産んで……。魔術を習うと、そんな普通の幸せだって手に入るか分からないんだよ? 戦場で死んじゃうかもしれないんだよ? それでも良いの?」


「いいんだもん! 子どもなんていらないもん! 私は、私を捨てた母さんみたいになりたくなんてないもん!」


 そっか……。アイリスは母親を愛しているけど、憎んでもいるんだ。母さんみたいになりたくないなんて……。アイリスの母親がどんな人かなんて知らないけど、実の娘にそこまで言われるって、ちょっと遣る瀬無い……。アイリスにとって、母親になる事と幸せになる事はイコールじゃないんだろうな……。だったら、私はアイリスのしたい事をさせてあげたいな。その為の力になりたい。私に出来る事をしてあげたい!


「本当に治癒術師になりたいの? 後悔はしないの?」


「ん! 目、治すの。責任、取るの!」


「……分かった。アイリス、アンタ、自分が言った事、忘れるんじゃないわよ?」


「アオイ様?」


「アオイ?」


 ラインヴァイスとアイリスが、私をキョトンと見つめている。きっと、私の目にも決意の光が宿っているのだろう。


「シュヴァルツに交渉してあげる。アイリス、アンタもこの後、竜王城に来なさい!」


「アオイ様、何を――!」


「ラインヴァイス! アイリスはね、人生を掛けて、その目の責任を取るって言ってんのよ! ここまで言ってくれる子の気持ち、無碍にするつもり? 貴方も協力しないさいっ!」


 私が仁王立してビシッとラインヴァイスを指差すと、ラインヴァイスは驚いたように目を見開いた。そして、少し困ったような、それでいて嬉しいような、複雑な表情で小さく頷いた。

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