孤児院 4
夕暮れが近づき、ワンピースも無事に乾いたので、私は城へ帰る事にした。今日は凄く楽しい一日だった。リリーにフランソワーズ、ミーナとは年齢が近い事もあって結構仲良くなれたし、小さい子達も私に懐いてくれた。アイリス以外は、だけど。アイリスはずっと部屋の隅で小さくなって、私の事を睨んでいた。そんなに嫌わなくても……。まあ、嫌われる心当たりはあるんだけど。その事について、少し弁明したかったんだけどなぁ。また今度の機会かな。
想定外の大騒ぎはあったけど、今日はとても楽しかった。連れ出してくれたラインヴァイスに感謝だ。ラインヴァイスが怪我をしてから、久しぶりに笑った気がする。
「じゃあ、お邪魔しました」
「ええ。またいらしてね。アオイならいつでも大歓迎ですわ」
「またいつでも来い。皆、待っているから」
「今度、竜王城の事、聞かせて下さいね、アオイさん」
リリーとフランソワーズ、ミーナが戸口の外まで見送ってくれた。小さな子達も窓から手を振っていたり、三人の後ろから覗いて手を振っていたり。何で小さい子の行動ってこんなに可愛いのかな。癒されるぅ!
「あ~! 帰りたくなくなる! 皆、可愛すぎるぅ!」
私が両頬を押さえながら口元を緩めると、ミーナの顔色が変わった。ダメな子を叱るお母さんみたいな表情だ。
「ダメですよ! 竜王様が心配します! いつでも歓迎しますから、今日はちゃんと帰りましょうね」
そう言って、ミーナがグイグイと私の背中を押す。ああ、分かっているけど帰りたくない~! あぁ~!
「帰りたくないよ~! もっと皆と遊びたいよ~!」
「ほらほら我儘言わない! また明日来れば良いじゃないですか!」
「えぇ~! 明日も来て良いのぉ?」
「毎日でも来て下さい。だから帰った、帰った」
ミーナって、しっかり者のお母さんみたい。私と話しながらも、小さい子の面倒をしっかりと見ていたし。私より年下だろうに、しっかりしているなぁ。
「分かったぁ。じゃあ、今日は帰るぅ。また明日来るぅ~」
「あ。帰る前に、その締まりのない顔、どうにかした方が良いですよ? 竜王様に愛想尽かされても知りませんよ?」
ミーナは言いたい事をバシバシと言ってくるタイプだ。裏表が無くて、サバサバしている子って好感が持てる。多少の毒も笑っていられる。
「分かった」
両頬をパシパシ叩いて表情を引き締めると、ミーナがクスクスと笑った。私もつられるようにクスクス笑う。
「じゃあ、アオイさん。また」
「うん。またね」
手を振るミーナに別れを告げ、私は竜王城目指して歩き出した。少し雪がちらつき始めているけど、今夜は吹雪になるのかな? 少し急ぎ足で進む私の目の前に、突如ラインヴァイスが出現した。
「アオイ様、少しお顔が明るくなりましたね」
そう言って微笑むラインヴァイスに、私も口元を綻ばせた。きっと、シュヴァルツもラインヴァイスもノイモーントも、私が塞ぎ込んでいた事を心配していたんだ。もしかしたら、今日、城の外に行く事になったのも、三人が示し合せたのかもしれない。皆、心配掛けてごめんなさい。私、もう大丈夫だからね。
「うん。今日は凄く楽しかった。友達もね、出来たんだ」
「そうでしたか。それは良かったですね」
「小さい子もたくさんいてね、とっても可愛かったなぁ」
「アオイ様は幼子が好きなのですね」
「そうだね。結構好き。小さい子の何気ない行動が可愛くて――」
歩きながら今日の事を話していると、突然、ラインヴァイスが足を止めた。私もつられて足を止める。ラインヴァイスってば、急にどうしたんだろう?
「ラインヴァイス?」
「アオイ様、幼子が……」
困ったような表情でラインヴァイスが視線をやった先、私達から少し離れ、後ろを付いて来ていたのはアイリスだった。何でアイリスがこんな所に?
「アイリス!」
私が慌てて駆け寄ると、アイリスが慌てて踵を返した。何で逃げんのよ!
「ちょっと! 待ちなさい、よっ!」
全力で追い掛けるまでもなく、アイリスは簡単に捕まえられた。私の腕の中でじたばたと暴れているけど、大人と子どもじゃ、体格も力も差がありすぎる。そう簡単に逃げられないんだから!
「私、アイリスに謝らないといけないって思ってたの。ちょっ! 暴れるなって!」
「うるさい! 離してよ!」
「少し、私の話を聞きなさい。聞いてくれたら離すから!」
「はーなーせーっ!」
「あぁー! もうっ! 離すから、私の話、聞きなさいよっ!」
私がアイリスから両手を離すと、アイリスは警戒するようにサッと距離を取った。さながら、人間を警戒する子猫だ。私は頭をバリバリと掻き毟り、溜め息を吐いた。アイリスの反応を見ていると、やっぱり謝るのやめようかな、なんて思ってしまう。でも、ここは私が大人になって和解しなければ!
「アイリス。この間はごめん。私、アンタに酷い事、言った。アンタが孤児院の子だって知らなかったの。ごめんなさい」
私が頭を下げると、アイリスはフルフルと首を横に振った。その目には涙が溜まっている。
「か、母さんは、悪くないんだもん!」
「うん。酷い事言って、本当にごめんなさい……」
「が、があ、ざん……わるぐ、ないんだもん!」
アイリスは火が付いたように泣き出した。ああ、泣かせてしまった……。アイリスのこの反応、予想していたとはいえ、こんなに泣いている子を泣き止ませるのは正直しんどい。どうしよう……。
「アイリスー!」
遠くのほうからフランソワーズの声が聞こえ、彼女がこちらに駆けて来るのが目に入った。姿の見えないアイリスを探しに来たのだろう。フランソワーズの様子だと、アイリスってば、こっそり孤児院を抜け出して来たな。皆、心配しているだろうなぁ。
「お前、何やってんだっ!」
フランソワーズは私たちのところまで来ると、アイリスの頭に拳骨を落とした。ああ、余計に泣いちゃってる……。いわゆる、ギャン泣きってヤツだ。今のは良い音がしたし、痛いよねぇ。
「アオイ、すまなかった。アイリスが迷惑を掛けた。ラインヴァイス様も、足止めさせてしまって申し訳ありませんでした」
「いえ。では、アオイ様。城へ」
「うん。じゃあ、フランソワーズ、アイリス、またね」
「ああ。またな」
私は二人に手を振ると、ラインヴァイスと共に踵を返した。アイリス、私の事、許してくれるかな? あーあ……。ホント、感情的になりやすいこの性格、どうにかしないとなぁ。頭に血が上ると、後先考えられなくなるんだよね。短気は損気って、昔の人はよく言ったものだ。
「あ、こらっ! アイリス!」
突如響いたフランソワーズの叫び声に驚いて振り返ると、アイリスがラインヴァイスのマントの端をしっかりと握っていた。ラインヴァイスが困ったように視線を彷徨わせている。
「あの……?」
「ん」
アイリスはワンピースのポケットから何かを取り出してラインヴァイスに掲げた。それは変な形の葉がついた草だった。枯れかけている物や、萎れている物もある。何だろう、あの草。
「ん!」
口をへの字に曲げ、握り締めた草をラインヴァイスに掲げるアイリスの身体は、小刻みに震えていた。やっぱり魔人族が怖いのね……。でも、怖いのに無理してまで、あの草をラインヴァイスに見せるって……。もしかして、ラインヴァイスにあれを渡したいの?
「ラインヴァイス。その草、貴方にくれるんじゃない?」
「ん……」
アイリスがこくこくと頷く。ラインヴァイスがアイリスの目の前に膝をつくと、アイリスの身体がビクリと震えた。それでも逃げ出す事無く、大きな瞳でまっすぐとラインヴァイスを見つめている。
「ん!」
「本当に、私が頂いても宜しいのですか?」
「んっ!」
アイリスが口をへの字に曲げたまま頷く。ラインヴァイスがアイリスに両手を差し出すと、アイリスはその手に草をそっと乗せた。そして、脱兎の如く、孤児院目指して一目散に走り出す。フランソワーズがその後を慌てて追い掛けながら、こちらに向かって手を振った。私も手を振り返し、未だに膝をついたままのラインヴァイスへ視線をやった。
「ラインヴァイス。その草、何?」
「春が近づくと、この近くの岩場に芽吹く、薬草です……。傷薬になる……。いくら暖かくなってきたとはいえ……こんなに……。大変、だったろうに……」
「この間のお礼、なのかな? 左目の怪我にって事よね?」
「ええ……」
なかなか立ち上がらないラインヴァイスをよく見ると、その身体が小さく震えていた。もしかして、泣いて……。いやいやいや。こういう時は見なかった事にする。それが大人の対応だ。よし! 私は何も見てないよ。見てないから、ゆっくりお泣き、少年。




