孤児院 3
「どういう事ですの、アイリス?」
リリーが怪訝そうに眉を顰めながら赤髪の少女――アイリスに問い掛けた。
「前に会ったんだよ! そいつ、白髪の魔人族と一緒にいたんだよ!」
「白髪の、魔人族……」
フランソワーズが考えるように視線を彷徨わせた。小さな子達は少しビクビクした雰囲気になっている。やっぱり、ここの子達も魔人族が怖いのか……。予想していた事とはいえ、少しショックだな……。
「アイリス。その人の見た目、私くらいの年じゃなかった?」
赤い三角巾の少女がアイリスの開け放った扉を、やれやれという表情で閉めながらそう問い掛けた。
「そう! ミーナくらいの年でね、白いドラゴンに変身したの! 絶対に魔人族でしょ! ミーナも見たんだね!」
アイリスの答えを聞いた赤い三角巾の少女――ミーナが苦笑を漏らした。そして、アイリスの前に屈み込み、彼女の頭を優しく撫でた。その顔には優しげな笑みが浮かんでいる。母性を感じさせる笑みだ。
「アイリス。その人はね、竜王城の偉い人。アイリスが思っているような、悪い魔人族じゃないんだよ?」
「魔人族は皆悪いヤツだって、母さんが言ってたもん!」
「違うよ。竜王城の人達は悪い人達じゃない」
ミーナの言葉に、その場にいる殆どの子ども達が頷いている。そっか。ここの子達、竜王城の人達の事は信用してくれているんだ……。
アイリスはその場の雰囲気に居た堪れなくなったのか、勢いよく部屋を飛び出して行った。目に一杯涙が溜まっていたけど、大丈夫かな? ミーナが慌てて追いかけて行ったし、彼女に任せておけば平気かな?
「まさか、竜王城ゆかりの方だったとは。知らぬ事とはいえ、アイリスが失礼な事を……。申し訳ありませんでした」
「アイリスの無礼な言動、代わりにお詫びする。申し訳なかった」
リリーとフランソワーズはソファから立ち上がると、深々と私に頭を下げた。私も慌てて立ち上がり、深々と頭を下げる。
「いえ、あの、私こそ、竜王城から来た事を隠していたみたいになって……。言い出し難かったんです。私の方こそごめんなさい」
顔を上げると、リリーとフランソワーズがキョトンとした表情で私を見つめていた。私も思わずキョトンと見つめ返す。そして、ほぼ同時に三人で噴き出した。
「少し考えれば分かる話だったな」
ソファに腰を下ろし、口を開いたのはフランソワーズだった。リリーと私もソファに腰掛ける。
「その雪狼のマント。いくらここが雪狼の生息域に近くても、なかなか手に入るような代物じゃない」
「ですわね。魔人族の男性から贈られたと考えるのが自然でしたわね」
フランソワーズとリリーは納得いったという顔で話をしている。私は白いマントのファーを撫でた。フワフワとして触り心地が良い。これ、雪狼の毛皮だったんだね。雪狼って、ラインヴァイスに大怪我させた、あの白い狼の事だよね。言われてみれば、あの狼もこのマントのファーみたいな真っ白い身体だったなぁ。
「雪狼の毛皮って、そんなに手に入らないの?」
問い掛けた私を、ギョッとした表情でリリーとフランソワーズが見つめている。私、何か変な事言ったのかな? 私が小首を傾げると、フランソワーズが苦笑した。
「失礼。アオイさんは――」
「葵で良いですよ? さん付けだと呼び難いでしょ?」
「あ、ああ……。アオイは雪狼を知らないのか?」
雪狼は知っている。だって、この前遭遇したから。私はフルフルと首を横に振った。
「白い狼よね? 結構大きくて、動きの速い」
「そうだ。この辺の森に生息している。森に迷い込んだ者を群れで襲い、喰らう魔物だ」
群れで? でも、この前遭遇した雪狼は単体だったよ? 群れから逸れた、逸れ狼とかだったのかな?
「あれと遭遇したら最期だ。生半可な攻撃魔術は効かない上に、魔物の中でも随一の俊敏性を誇るからな。そんな物が集団で襲って来るんだ。ここらに住む人族は絶対に森には近づかない」
「ふーん。雪狼って、そんなに強いんだぁ」
ラインヴァイスが倒していたからそんなに強いなんて思ってもみなかった。でも、一対一でもドラゴン化しないと倒せない魔物だって考えると、やっぱり強いのかも……。あんなのが群れで襲って来るとか、確かに死ぬな……。
「ああ。腕の良い魔剣士や戦士でも、人族ではそうそう倒せる魔物ではない。私は以前、冒険者をしていたんだがな、旅をしている最中に立ち寄った防具屋で、雪狼の毛皮のグローブを見掛けた事があった。それがまあ……何と言うか……」
「高かったの?」
私が首を傾げると、フランソワーズは苦虫を噛み潰した表情で深く頷いた。
「ああ、高いなんてもんじゃない。あの値段、かなり立派な城を建てられるんじゃないか? 手首のところにちょろっと毛皮が使われているだけのグローブだぞ? 信じられるか? しかも、次に立ち寄った時には売れてしまっていた。どこぞの貴族か成金かが買ったんだろう……」
「まあ!」
リリーが驚いたように声を上げる。子ども達が興味津々にこちら、もとい、私のマントを見つめていた。
手首のところに少しだけファーが使われているグローブで、かなり立派な城……。じゃ、じゃあ、襟元にふんだんに毛皮が使われているこれは……? 私の顔面から一気に血の気が引いた。このマント、魔鉱石の短剣以上の価値じゃないか! 魔鉱石の短剣が一番高いって言ったのに。リーラの嘘つき!
――何言ってるの? 魔鉱石の短剣は城の宝物庫で一番高価ってだけで、この国で一番高価な訳じゃないよ?
ちょっ! 何、その言葉遊び!
――この国で一番値が張るのは、シュヴァルツ兄様の魔剣だろうね。あれは桁が違う。
そりゃそうだ。一国の王が安物の剣を使うわけ無い事くらい分かる。
――その次がラインヴァイス兄様の魔剣。魔剣自体、高価な武器だからね。で、防具に限って言えば、そのマントがぶっちぎりのトップです! それに、シュヴァルツ兄様の魔力が染み込んでいる事、忘れちゃダメだよ? 竜王の加護を受けたマントなんて、伝説級の防具だよ。あはは!
で、伝説級……。このマント、シュヴァルツに返して良いかな?
――ダ~メ~。雪狼の毛皮自体、地水火風のエレメント攻撃無効の効果があるし、シュヴァルツ兄様の魔力は闇系統の攻撃無効の効果があるし……。各種の最高位攻撃魔術か光系統の攻撃魔術でしかダメージ負わないね、義姉様。
誰がおねえさまだ、誰が……。でも、そんな凄いマントだったんだ。実益無いから知らなかった。暖かいマントだなぁくらいにしか思ってなかったよ、これ。
「先程アイリスが言っていた、ミーナくらいの年齢の白髪の魔人族って、ラインヴァイス様ですわよね? そのマント、ラインヴァイス様から?」
リリーの問い掛けに、私はフルフルと首を横に振った。
「このマントをくれたのは別の人。でも、私、何も知らないで受け取っちゃったの」
「まあ! それは、何というか……。お相手が少々不憫ですわ」
リリーが残念な物を見る目で見てくる。でも、仰る通りです。反論の余地はありません。
「はい。その通りです……」
知っている人なら誰でも、リリーみたいに思うよね。でも、何だかちょっと泣きたくなってきたよ。ぐすん……。
「ま、まあ、でも、アオイも相手の事、憎からず思っているんだろ? な? そうだろ?」
取り成すように、フランソワーズがフォローを入れてくれる。凛々しい見た目に反して、凄く優しい人だ。
「うん。まあ……」
シュヴァルツの事は憎くは無い。一時期は大嫌いだったけど、今はそうでもない。でも、好きかと問われると、自分の気持ちなのによく分からない。頼れる人がいないから、私は彼にただ甘えているだけの気がする。それに、私は元の世界に戻りたいし、戻るつもりでいる。大切な家族がいる世界に。全てを捨ててシュヴァルツのいるこの世界を選ぶ事なんて出来ない……と思う。こんな中途半端では、シュヴァルツの想いに答える事なんて……。だから、私とシュヴァルツの関係は、今までもこれからも変化する事は無いと思う。少なくとも、私が元の世界に戻りたいって思っているうちは、絶対に変化させたらいけないと思うんだ。
「魔人族と人族との溝は、想像以上に深い。普通に接するだけで、相手もだいぶ救われていると思うぞ?」
「そうなの?」
「ああ、そうだ。ここに来てまだ日が浅い、アイリスみたいな反応が普通だ」
「ですわね」
フランソワーズとリリーが苦笑しながら頷いた。他の子達も頷いている。何気に皆、私達の話をしっかりと聞いているのね……。
「ここの子達は、魔人族が怖くないの?」
「勿論、魔人族を恐ろしいと思わないわけがありません。ただ、竜王城の方々は別ですわ。最初は皆、アイリスみたいな反応ですけれど、日が経つにつれて変わっていきますの。今、ここに残っている子は、一回は竜王城の方に魔物から助けて頂いた事があるはずですもの。それに、寒さが厳しいこの国では、私達みたいな孤児は、竜王城の支援無くして冬は越せません。食物から燃料から、何から何まで竜王様のお恵みがあってこそですわ」
「確かに。竜王様は、メーア大陸では暴君として有名だが、魔大陸では賢王として有名だしな。メーア大陸での噂はデマだって、魔大陸で暮らせば分かるはずだ」
ふーん。シュヴァルツの評判、魔大陸では中々良いんだ。何だろう。自分が褒められたわけじゃないのに、何だか嬉しい! 顔がにやけちゃうよ!
「そっか。シュヴァルツってば、何気に良い王様なんだ! あの雰囲気だし、誤解されてたらどうしようかと思ったよ!」
『ん?』
突如、リリーとフランソワーズが動きを止めた。あれ? 私、何か変な事言った?
「シュヴァルツって……竜王様の……。ア、アオイ? まさか、とは思うのですが……」
「何? どうしたの、リリー?」
「その雪狼のマント……竜王様がいつもつけていたらした、あのマント……ですの……?」
「え? うん。そうだよ。結構前に、シュヴァルツに貰ったの」
私がキョトンとしながら頷くと、孤児院の中は蜂の巣を突っついたような大騒ぎになった。リリーは卒倒するし、フランソワーズは土下座するし。小さな子達はどこからか大量のクッションやらひざ掛けやらを持って来るし、来客用のお茶だといって物凄く良い香りのするお茶を淹れてくれるし。ああ、こんなつもりじゃ無かったのに……。
アイリスを連れて戻って来たミーナが場を治めてくれなかったら、私は大量のクッションに埋もれて身動きが取れなくなるところだった。どこにしまってあったんだ、あの量のクッション! 異世界って本当に不思議だ。




