孤児院 2
近くで見る人家は、私の予想をはるかに超えていた。母屋というのだろうか、大きな建物の周りに幾つかの離れがある家は、お屋敷という言葉がピッタリだった。もっと粗末な建物を想像していたけど、かなり大きい家だ。どんな貴族が住んでいるんだろう? 私が家へ近づこうとすると、ラインヴァイスが私に頭を下げた。
「アオイ様。では、私はこちらで失礼します」
「え? 何で?」
「こちらは人族が住まう建物です。私が一緒に行って、皆が怖がるといけませんので……」
少し寂しそうに笑うラインヴァイスに胸が締め付けられる。この前といい今日といい、ラインヴァイスは人族に怖がられる事をすでに受け入れているんだ。仕方のない事だと諦めているのかもしれない。しかし、それを悲しいと思う彼もいる。ラインヴァイスだけじゃない。きっと、多くの魔人族が同じ気持ちなんだろう。でも、私にはどうしてあげる事も出来ない。だって、私にはこの世界の人族の感情を変えられるような力は無いから……。
「分かった……。城に帰る時はどうすれば良い?」
「アオイ様に危険が無いよう、姿を隠して外で見張っておりますので。城に向かって下されば合流致します」
「うん。それじゃあ、行ってきます」
「ええ。お気を付けて」
私は、優雅に頭を下げたラインヴァイスに手を振ると、お屋敷に向かって歩を進めた。
お屋敷に近づいて行くと、子ども達の笑い声が聞こえてきた。ここのお屋敷、子どもいるんだ。声からすると、小さい子がたくさんいるみたい。私は子ども達の笑い声に誘われるように、お屋敷の裏手側に回った。
広い裏庭では、たくさんの子ども達が二手に分かれて雪玉を投げ合っていた。雪で作った壁、木の板や古い鍋の蓋、壊れかけた盾みたいなのを使って飛んでくる雪玉を防ぎつつ、相手に雪玉を投げつけている。これ、雪合戦、だよね……? こっちの世界にもあるんだね、雪合戦。
子ども達は総勢二十名程。三歳くらいから私と同じくらいの子まで、幅広い年代の子がいる。何、ここ……?
――ここはね、孤児院だよ。
リーラがポツリと言った。どこか懐かしそうな、寂しそうな、そんな響きを含んだ声だ。リーラもここに来た事があるのかな? 孤児院って、親がいない子どもが生活する、あれだよね?
――来たのは初めてだけど、生きている時にここの子を魔物から助けた事があったから知ってるよ。あの子、長生きしたなかぁ……。ここにいる子はね、皆、親に捨てられたり、魔物や山賊に親を殺されたり、病気で親が亡くなったりしたんだよ。
へぇー。こっちの世界にもあるんだね、こういう施設。
――アオイの世界にもあったの?
うん。あったよ。実物を見たのは初めてだけど。そっか、孤児院だったんだ、ここ……。
――あ! アオイ!
切羽詰まったリーラの声にふと我に返った瞬間、顔面を物凄い衝撃が襲った。何で私ばっかりこんな目に……。そう思っている間に目の前が真っ暗になり、フッと意識が遠のいていった。
目を開けると、真っ先に目に入ったのは黄ばんだ天井だった。お城の天井はどこも真っ白なのに……。おかしいなぁ。掃除、していなかったのかな? それに、ベッドがいつもより硬い! 寝心地が悪いったら無い! 誰よ! 勝手にベッド取り替えたの! むっくりと身体を起こすと、私は見知らぬ部屋にいた。あれ? 竜王城じゃない? どこだっけ、ここ? 何で知らない部屋で寝てんの、私?
「あ。目が覚めました?」
ベッド脇の椅子に、見知らぬ少女が腰掛けていた。少女といっても、私と大して年齢は変わらないだろうから、十代後半くらいから、よくて二十代かな? プラチナブロンドというのだろうか、色素の薄い金髪に、ターコイズブルーの瞳をしていて、とても綺麗な顔立ちをした美少女だ。にしても、少し儚げな印象を受ける子だなぁ。顔色が青白いし、身体の線がとても細い。守ってあげたいタイプの子だな。私とは大違いだ。羨ましい。
「あの、どこか痛いところはありませんか?」
少女にそう問われ、私はフルフルと首を横に振った。それよりも、何で私、知らない部屋で寝てんの?
「あの、ここ……?」
「貴女、雪玉がお顔に命中して気を失っておられたのですよ。覚えていらっしゃいます?」
はて? 雪玉……。そういえば、雪合戦をしている子達がいて、それを見ていた気がする。その時に顔面に衝撃があって……。
「何となく、覚えています……」
雪玉が顔面に命中とか、今時マンガでもそんな事起こらないよ! 恥ずかしい! 顔面がカァッと熱くなった。
「うちの子達が申し訳ありませんでした」
「い、いえ!」
少女が頭を下げたので、私も慌てて頭を下げた。そして、ある重大な事に気が付いた。
「あ、あの! わわわ、私の、服!」
そう。何と、私、裸で寝ていました! 全裸じゃないよ。必要最小限の下着は付けている。でも、この恰好じゃベッドから出られない! 私が肌蹴た掛け布を慌てて首まで持ち上げると、少女が苦笑した。
「申し訳ないと思ったのですが、だいぶ濡れてしまっていたので、服、脱がさせて頂きました。もし良かったら、こちらを着ていて下さいね」
少女はそう言うと、綺麗に折り畳まれた布を私に差し出した。その布を広げてみると、いつも私が着ているドレス風ワンピースより少し手触りが硬い布で出来たワンピースだった。
「着替えたらこちらに来て下さい。温かいお茶、お淹れしますから」
少女は私にそう告げると、椅子から立ち上がり、部屋を後にした。何から何まですみませんって感じだ。住んでいる人に迷惑を掛けるつもりは無かったんだけどなぁ……。
手早く着替えを済ませた私は、乱れた髪を手櫛でサッと整えると、少女が出て行った扉を開いた。扉の先は、暖炉がある広々とした部屋だった。ソファやロッキングチェアみたいな椅子がたくさんある。これ、ここの孤児院のリビングなのかな? 思い思いのところで、子ども達が寛いでいるし……。
私の姿を認めた小柄な少女が私の元に駆け寄って来た。赤い三角巾がよく似合う、ターコイズブルーの瞳の可愛らしい少女だ。私より四、五歳くらい年下かな? 寛いでいる子達を見ると小さい子が多いみたいだし、この子でも年長者になるのかな?
「今お茶をお持ちしますので、こちらにどうぞ」
そう言ってにっこりと笑う少女。笑顔が魅力的な子だ。愛想も良いし、口調もしっかりとしている。第一印象は花丸! この年で何と素晴らしい子だろう。私が同じくらいの年齢の時、こんなにしっかりしていなかったよ。
赤い三角巾の少女が案内してくれたのは、暖炉前の特等席みたいな応接セットだった。暖炉脇には私の着ていたワンピースと白いマントが干してある。触ってみると、ワンピースの方は未だじっとりと湿っていたが、白いマントの方は乾いていた。私は白いマントを羽織ると、応接セットのソファに腰を下ろした。
ソワソワとしながらさっきの儚げな少女を待っていると、私の前に儚げな少女と、ラインヴァイスくらいの身長の青年が腰を下ろした。金髪を長く伸ばし、一つで括っている青年は、男性にしては背が低いが、とても凛々しい顔立ちをした美青年だった。
「お待たせ致しました」
そう言って微笑む少女はとても美しかった。小さい頃、絵本で見た妖精みたいだ。でも、どこか幸の薄そうな雰囲気がする。ここが孤児院だって聞いたから、余計な先入観でもあるのかなぁ。
「ありがとうございます。頂きます」
私はお礼を言うと、慎重にお茶に口を付けた。うん、熱い! 舌、火傷した。しくしくしく……。
「私、ここの孤児院の責任者をさせて頂いております、リリーと申します。あ、責任者と言っても、ここにいる年数がほかの子より長いだけで、特に何をする訳でも無いのですけれど」
儚げな少女――リリーがぺこりと頭を下げた。私もぺこりと頭を下げる。
「神崎葵です」
「アオイさん? 珍しいお名前ですのね」
ふふふと声を出して笑っているのに、リリーの笑みには陰がある。薄幸の美少女という言葉がピッタリの雰囲気の子だな。
「リリー」
隣の青年がリリーに目配せをした。青年にしては少し声が高い気がする。ラインヴァイスより年上に見えるけど、まだ声変わりもしていない少年なのかな? 随分大人っぽい少年だな。
「ええ、分かっていますわ。アオイさん。彼女はフランソワーズ。アオイさんに雪玉をぶつけた犯人。貴女に謝りたいんですって」
彼女? ちょっと待って。今、リリーってば、彼女って言った? この人、女性でしたか! 男物の服を着ているし、てっきり男性だと思った! ノイモーントくらい性別の分かり難い人だ。でも、言われてみれば、鮮やかなスカイブルーの瞳を彩る金色の睫毛を伏せた表情は、憂いを帯びた美女だ。この人、女らしい格好したら、かなりの美人さんになるんじゃないのかな? 羨ましい!
「先程は申し訳なかった。てっきりうちの子だと思って……」
フランソワーズはそう言うと、深々と頭を下げた。服装も言動もやけに男らしい美人さんだな、フランソワーズって。
「いえ、私もあんなところで突っ立っていたのが悪かったし……」
「いや。私がよく確認しなかったのが悪かったんだ。申し訳なかった」
参ったなぁ。ここまでかしこまって謝られると、逆に申し訳なくなってしまう。どうしたものか……。
「別に、怪我もしていないし……」
「気を失っていたんだぞ! それに、あんな高そうな服を台無しにしてしまった……」
「服? ああ……汚れたわけじゃないし、貰い物だし……」
「いや。何かお詫びをさせて欲しい」
フランソワーズは真摯な眼差しを私に向けていた。でも、お詫びって言われてもなぁ。別に、私、怒ってないし……。
「お詫びなんて……」
「私に出来る事なら何でもする」
こういう真面目な人って、対応にちょっと困るんだよなぁ……。断っても、絶対に何かしようとするし……。さて、どうしたものか……。
「うーん……。それじゃあ、そのうちという事で。考えておきますから」
「ああ。そうしてくれ」
良かった。納得したみたい。ホッと安堵の息を吐いたところで、リリーが口を開いた。
「ところでアオイさん?」
「はい?」
「貴女、見かけない顔ですけど、どちらからいらしたの?」
ぎくっ! 一番聞かれたく無い事をストレートに! 何て答えよう……。竜王城から来たって正直に言ったら、皆怖がるかな? リリーだけじゃなく、この部屋にいる全員が興味津々にこっちを見てるよ。ど、どうしよう!
「この時期に旅の方なんているわけ無いですものね。お住まいはお近くよね?」
近いは近いですよ。窓から遠目に見える、あのお城から来ましたから。でも、それを正直に言うわけにもいかないよねぇ。さて、なんて誤魔化そう……。
私が答えに窮していると、突然、部屋の扉が勢い良く開いた。扉の先では、ふわふわの赤毛を二つに結わいた少女が仁王立ちでビシッとこちらを指差していた。あれ? あの子……。
「皆! そいつから離れて! そいつ、魔人族の仲間だ!」
そう叫んだのは、前にラインヴァイスと共に城の外に出た時に助けた女の子だった。クリッとした大きな目でこちらを睨んでいる。
ああ、これ、ヤバい状況だよ。絶対に誤魔化せなくなったじゃん! ど、どうしよう……!




