城外 1
「友達が欲しい……」
唐突にそう呟いた私を、ラインヴァイスがギョッとした表情で見つめた。お茶を飲むシュヴァルツの動きも止まっている。
「無理だ」
そう静かに言ったのはシュヴァルツだ。この後に続く言葉も既に分かっている。だって、一週間くらい同じやり取りをしているんだもん。
「アオイをこの城から出すつもりは無い。諦めろ」
この言葉、もうシュヴァルツの定型句となりつつある。何度私がお願いしても、同じ答えしか返ってこない。いい加減、飽きてくる。でも、諦めない。
「お願い、シュヴァルツ。私、女の子と話がしたいの」
上目遣いでお願いする私を、シュヴァルツが上から目線で睨む。怖い顔。でも、こんなんで諦めたりはしない!
「シュヴァルツが私の事、心配してくれているのは分かっているの。でも、話し相手くらい欲しいの。ね? お願い」
ぶりっ子と言う無かれ。私も必死なんだ。上目遣いでジーっと見つめるも、シュヴァルツは一向に頷こうとしなかった。シュヴァルツの頑なな態度に、私のイライラが爆発寸前。でも、我慢、我慢。深呼吸、深呼吸。
「シュヴァルツ、お願い! お城から一番近い家までで良いの。外に行かせて!」
私が両手を合わせてお願いすると、上から目線で睨むシュヴァルツからどす黒いオーラが漂ってきた。威圧感が半端無い! やっぱり怖いよー! でも、今日は絶対に負けないって決めたんだ!
「お願い! 外、出して?」
「無理だ。人族と会う事は許さん」
シュヴァルツの威圧感がどんどん増していく。今までの私ならここで諦めていたけど、今日の私は一味違うんだから! 思い知らせてやる!
「どうしてもダメ? 絶対?」
「何度も言わせるな」
「分かった。じゃあもう頼まない。勝手に外行くから」
私は一方的にそう宣言すると、シュヴァルツから貰った白いマントを引っ掴み、部屋を飛び出した。
「アオイ様!」
ラインヴァイスの慌てた声が聞こえてきたけど知らない! 絶対に城の外に出てやるんだから!
城の外へは修復中の城壁の穴から出られる。まだ午前中だし、ヴォルフとフォーゲルシメーレは修復作業に入っていないはずだ。一度、午前中に修復中の城壁に行ったら誰もいない事があり、二人に確認したから間違いない。修復作業は基本的に午後に行っている。だから、あの穴の近くに今は誰もいない。しかし、予想通りと言えば予想通りの人物がそこで待っていた。
板が立てかけられた穴の前にいたのはラインヴァイスだった。困った表情で城壁の穴の前に突っ立っている。大方、シュヴァルツに言われて私を連れ戻しに来たんだろう。でも、大人しく戻るつもりなんて無いんだから!
「ラインヴァイス、そこ退いて!」
「アオイ様……」
ラインヴァイス、本気で困っているっぽいな……。私だって、ラインヴァイスを困らせたいわけじゃないんだ。でも、女には譲れない時というものがあるのだよ。
「止めても無駄だからね。そこ、退いて!」
「竜王様が心配しております。お願いですから、このまま部屋にお戻り下さい」
「絶対に嫌!」
「ですが……」
「無理矢理連れ戻そうなんて考えないでよ? そんな事したら、シュヴァルツと一生口きかないんだから! それでも良いの? 良いってんなら、今すぐ連れ戻しなさいよ! ほら!」
「アオイ様……」
自分でも無茶苦茶言ってるって事は十分過ぎるほど分かっている。今時、小学生でも言わないような事を言っている自覚もある。でも、ここで諦めたら昨日までと何も変わらない。私だって、自由が欲しい時があるんだ。シュヴァルツにもそれを分かってもらう良い機会だから、今日は絶対に諦めない!
「……分かりました」
ややあって、ラインヴァイスが溜め息交じりに言い、渋々道を開けてくれた。よっしゃ! 勝った!
「但し、私もご一緒します」
あれ? 何でそうなるの? ラインヴァイスがお目付け役って事? えぇ~! ちっとも自由じゃないじゃん!
「ラインヴァイス、本気?」
「ええ。無論です」
ラインヴァイスはにっこりと笑みを浮かべ、優雅に頭を下げた。別に、一緒に来なくても良いのに。これじゃ、見張られているのと同じだよ。とほほ……。
ラインヴァイスと共に城壁の穴を抜けると、そこは一面白銀世界だった。太陽の光が雪原に反射して、キラキラと輝いている。眩しくて目がショボショボする。でも、とっても綺麗。
「うわぁ!」
思わず感嘆の声が出てしまった。雪なんて殆ど降らないところで生まれ育ったから、雪を見るとワクワクしちゃうんだ。誰も踏み込んでいない雪原を歩けるなんて! サクサクと新雪を踏みしめながら歩いているだけなのに、とっても楽しい。何とも言えない感触! テンションが上がる! この雪の中を転げまわったら楽しいだろうなぁ。ウズウズしちゃう! でも、大人だからそんな事はしませんよ。……たぶん。
「アオイ様、どちらまで行かれる予定なのですか?」
「うーん。私の部屋の窓から見える家、あるじゃない? あそこって魔人族の家?」
「ああ、あそこですか。人族が住んでおりますね」
いつも部屋から見ていた家は、人族が住んでいたんだ! 毎日、煙を吐き出す家を見ながら、どんな人が住んでいるのか、今何をしているのか想像して、会ってみたいって思っていたんだ。もし、同じくらいの年の子がいたら嬉しいな。
「じゃあ、あそこまで行く!」
「ですが、ここからですと距離がありますよ。アオイ様、本日の履物では……」
ラインヴァイスに指摘され、今初めて気が付いた。今日の私の靴は、鮮やかなブルーのドレスに合わせたブルーのローヒール。参った。これじゃ、甲の方から雪が侵入してきて、人族の家に着く前に凍傷になっちゃう。でも、ブーツなんて持っていないし、元の世界から来た時に履いていたレインブーツもシュヴァルツが返してくれない。どうしよう……。
「うーん……」
「あ! リーラがドラゴン族の固有魔術が使えるはずです。魔力がある程度戻っていれば、ですが……」
「ドラゴン族の固有魔術……?」
「ええ。防具の錬成魔術です。私がアオイ様に初めてお会いした時に纏っていた鎧と似たようなものが、リーラにも錬成出来るはずです。契約者のアオイ様が鎧を纏うようになりますので、履き替えは必要無いかと」
ラインヴァイスに初めて会った時……? ああ、あれか。白銀鎧! あれ、魔術だったんだ。知らなかった。
もしもーし、リーラ! そんな事、出来るの?
――はいはーい。出来るよ! 魔力はアオイからたっぷり貰ってるし、任せておいて!
おお! 凄いな、リーラ。じゃあ、靴、どうにかして。あ、靴だけだよ。全身鎧とか、絶対にやめてね。
――はぁい! 靴だけね! いっくよ~!
次の瞬間、私の左手のリーラの紋章が薄い紫色の光を発した。そして、私の足元に魔法陣というのだろうか、丸い変な模様が浮き上がる。その魔法陣も、リーラの紋章と同じ薄い紫色の光を発していた。眩い光が私を包み込み、その眩しさで思わず目を細めた。それも束の間、やがて魔法陣の光が消えた。
――アオイ、出来たよ!
リーラの声が聞こえ、私は足もとに目を落とした。すると、私の膝から下が鎧のような物を纏っていた。鱗のような模様の、淡い紫色の光を発する脚鎧。軽いし、これなら雪の中でも大丈夫! 便利だなぁ、異世界って。




