調達 3
昼食を食べ終わった後、私は再び城の中を見て回った。ラインヴァイスにはあまり良い顔をされなかったけど、仕方ない。だって、暇なんだもん。
明るい日差しが差し込む回廊を抜け、雪深い裏庭に出る。見覚えのある回廊、そして庭の植木。ここ、私がこの世界に来た時に迷い込んだ庭じゃない? 雪かきがされていて、綺麗に道が出来ているけど、この先ってジズが突っ込んだ大穴じゃないかな? 私は大穴を目指すことにした。逃げるのかって? 違うよ。ちょっと探し物。
大穴が開いた城壁には板が打ち付けられていた。仮補修ってやつだね。仮補修済みの大穴の周辺は、綺麗に雪かきがされて土が見えている。そこに二人の男性がしゃがみ込んでいた。あの後ろ姿には見覚えがある。金髪の方がフォーゲルシメーレで、上半身裸の方がヴォルフだ。……たぶん。
「ねえ!」
私は少し離れた所で立ち止まり、二人に向かって声を掛けた。フォーゲルシメーレとヴォルフは弾かれたように振り向き、私の姿を補足するとヒッと息を飲んだ。何で怯えているの! 私、何もしてないよ!
「何か、ご用でしょうか?」
フォーゲルシメーレってば、引きつった笑顔しているし。納得いかない! それに、用事かって? 私だって、用事が無けりゃ、話し掛けたりしないよ!
「木の枝と板が欲しいの。もし、いらない板があったら貰えない?」
「どれ位の大きさですか?」
そう言ったヴォルフはビクビクしている。犬耳と尻尾があったら垂れ下がっている、そんな表情だ。何だか面白くない!
「これくらい!」
私は二人の反応に釈然としないながらも、その話題に触れる事無く、手でA四用紙位のサイズを示した。本当はもっと大きな板が欲しいんだけど、廃材じゃ無理そうだし。
「こちらは如何でしょう?」
フォーゲルシメーレが示したのは、長い一枚板だった。素材も良いし、幅もばっちり。でも、長さが……。一メートル以上あるから重いだろうしなぁ。
「幅は良いけど、長さがなぁ……」
私は腕組みをした。部屋に持って帰るにしても、この大きさの一枚板はかなりの重量があるだろうから骨が折れそう。持ち歩く事を考えてもそうだ。まさか、引きずって歩くわけにもいかないしなぁ。のこぎりとか持っていないから、私じゃ加工出来ないしぁ。うーん……。
「あ、あの……。俺、切りましょうか?」
ヴォルフがビクビクしながら手を上げた。切ってもらえるなら有り難い。私は一も二も無く、その提案に飛びついた。
ヴォルフが何処かから持って来たのこぎりで板を切ってくれている間、私は枯れ枝探しをしていた。でも、木の周りは雪かきされた雪が山積みになっていて、なかなか見つからない。紙と板が手に入ったのに、これじゃ肝心な物が作れないじゃない!
「あの、何をされているのです?」
そう聞いてきたのはフォーゲルシメーレだ。ちょろちょろと動き回る私が、何か無謀な事を考えていないか気になるのだろう。でも、大丈夫。無茶な事はしません。……たぶん。
「枝探しているの」
そう答えながら木の下を見て回る。なかなか落ちていないもんだね。こうなったら、枝、折っちゃおうかなぁ。
「枝でしたら、薪を作る際に出ますから、ヴォルフに農園まで取りに行かせれば良いかと……」
フォーゲルシメーレが困ったように笑った。彼の手にはいつの間にかレンガが握られている。
「しかし、枝など何に使うのです?」
そう聞きながら、フォーゲルシメーレはレンガを横に置き、地面の土を手で集めた。そして、土の塊の上に手をかざすと、ただの土の塊がレンガみたいになる。それをまた横に置き、土を集めて手をかざし、レンガを次々と作り出していた。
「木炭をね、作りたいの」
「木炭、ですか?」
レンガを作る手を止め、フォーゲルシメーレは不思議そうに私の顔を見上げた。一瞬、私の首筋に目がいったような……。いや、気のせいだ。気のせいと思っておこう。じゃないと、またシュヴァルツが降臨しちゃう。
「うん。木炭」
「木炭なら、農園にありますよ?」
ヴォルフが板を切る手を止め、そう言った。木炭が農園にありそうだなとは思っていたけど、私が欲しいサイズはたぶん無いと思うんだ。
「じゃあさ、細い木炭、ある?」
「細い木炭? そんな役に立たない物、何に使うんですか?」
ヴォルフは小首を傾げると、再び手を動かし始めた。やっぱり細い木炭は無いよねぇ。おっしゃる通り、燃料としては役に立たないもんね。でも、私には必要な物なんだよ。
「絵、描きたいの」
「絵を描く道具でしたら、竜王様に頼めば良いのでは?」
フォーゲルシメーレがレンガを作りながらそう言った。彼の横にはすでに結構な量のレンガが積み上がっている。
「それはそうなんだけど……。流石に図々しいじゃない?」
あははと頭を掻きながら苦笑すると、フォーゲルシメーレとヴォルフは手を止め、驚いた表情で私を見ていた。二人とも目をあらん限り見開いて、目玉がぽろっと落ちそうだ。
「え? 何? 私、何か変な事、言った?」
「いえ。そういった考え方の女性もいるのか、と。少々驚きました」
そう言ったフォーゲルシメーレは苦笑を漏らしていた。ヴォルフも苦笑している。
「俺達魔人族の男は、妻を甘やかす事しか考えませんから」
「ええ。女性もそれを分かっていて、無理難題言うらしいですしねぇ」
「そうそう。でも、言われてみたいっすよね……」
「ですねぇ……」
二人は大きな溜め息を吐いた。独身か、この二人。ノイモーントも入れたら独身トリオだなぁ。
「そのうち、良い奥さん見つかるよ……たぶん」
「俺、妻には腹いっぱい、飯食わせてやりたいんっすよ!」
そう言ったヴォルフの頭には犬耳が、背後にはフサフサの尻尾が見えた。尻尾をブンブンと振っている。興奮しているみたいだけど、このままで大丈夫なのかな? 犬が尻尾を振るのは喜んでいる証だっけ? あれ? でも、ヴォルフって犬だっけ? まあ、何でも良いや。
「私は、妻がどのような病気や怪我で苦しんでいても、助ける事が出来ます」
そう言って、とろけるような笑みを見せたフォーゲルシメーレの口元からは、白く輝く長い牙が覗いていた。こっちも興奮しているのかな? さっきまでは口元に牙、無かったはずだし。ノイモーントやヴォルフと比べて変化は大きくないけど、ヴァンパイアのフォーゲルシメーレは、興奮すると牙が伸びるのかな?
「あ、うん。奥さん探し、頑張って……」
私が苦笑しながらそう言うと、二人は再び溜め息を吐き、作業を再開した。魔人族の結婚事情はよく分からないけど、二人の反応を見る限り、結構シビアなのかもしれない。まあ、こっちの世界に紹介出来る友達もいない私には、あまり関係の無い話だけど。……自分で言っていて悲しくなってきた。友達、欲しい!
――大丈夫。アオイには私がいるよ!
どこからともなくリーラの声が聞こえる。いやいやいや。私がいるよって言うけどさ、契約している精霊を友達にカウントして良いの? ダメじゃない?
――がぁぁぁぁん!
リーラはショックとばかりにそう叫ぶと、シクシクと言い出した。リーラ、ウソ泣きは止めなさい。姿が見えなくても声色で分かるよ。
「出来ましたよ!」
ヴォルフは満足そうに叫ぶと、切った板を手渡してくれた。板は丁度A四サイズくらいになっている。これなら持ち運びにも便利だ!
「枝は、どれ位の太さと長さですか?」
「長さはねぇ……これくらい」
私は指で十センチ程を示した。ヴォルフは顎に手をやり、フムフムと頷いている。
「太さはねぇ……木炭にした時、小指の太さになる位が良いかなぁ。焼き上がりの失敗を考えると、沢山欲しいかも……」
「焼き上がりがアオイ様の小指程……。分かりました。すぐ取ってきます!」
ヴォルフは私に背を向けると、雪かきされた道を走り出した。狼男の姿で。
「おぉ! 早い!」
「ワーウルフは俊敏性に優れますからねぇ」
ヴォルフの背を見送り、私はレンガ作りを続けるフォーゲルシメーレと少しだけ距離を取ってしゃがみ込み、作業を見守る事にした。だって、魔法をじっくり見る機会なんて、今まで無かったんだもん。
「あ、あの……アオイ様?」
フォーゲルシメーレはやり難いとばかりに、困った顔で私を見ていた。でも、折角の機会だから魔法、見たい。
「気にしないで。続けて、続けて」
「あ、はい……」
フォーゲルシメーレは渋々地面に視線を戻すと、レンガ作りを再開した。土を集めて手をかざすだけでレンガが出来ちゃうんだから、異世界って便利だねぇ。
暫く無言でフォーゲルシメーレの作業を見守っていると、ヴォルフが息を切らせて帰ってきた。狼男の姿のままで。こちらに駆け寄って来る狼男……。怖いと思わない方が無理だ!
「ひっ……!」
私が小さく息を飲んだ瞬間、真後ろに人の気配が出現した。や、やばい!シュヴァルツが降臨してしまった。どうしよう……!
シュヴァルツの姿を認めたフォーゲルシメーレとヴォルフが片膝を付き、胸に手を当てて頭を下げた。ヴォルフはもちろん狼男の姿のまま。私の感情の乱れの原因、丸分かりじゃない! ぎゃー! どど、どうしよう!
「ヴォルフ」
シュヴァルツは静かにヴォルフを呼んだ。地を這うような低い声で。こ、怖いよぉ! ゆっくりとヴォルフに歩み寄るシュヴァルツから殺気が漂ってくる。
「貴様――!」
シュヴァルツが腰の剣の柄に手を掛けた。ぎゃー! ストップ! ストップ!
「待って!」
私は咄嗟に、シュヴァルツの後ろからタックルした。いや、抱き付いた? まあ、どっちでも良いや。シュヴァルツをこのまま放っておいたらヴォルフを斬る。そう思ったから身体を張ってシュヴァルツを止めた。
「ヴォルフは何もしていないの!」
「しかし――」
「ヴォルフは、私の為に農園まで往復してくれたの。オオカミの姿の方が早いからその姿になっていただけなの! 急にヴォルフの姿見たから、少し驚いただけ!」
「……そうか」
シュヴァルツは私とヴォルフを見比べ、フッと姿を消した。三人でホッと安堵の息を吐く。
「なんか……ごめんね……」
私がしゅんとしながら頭を下げると、ヴォルフとフォーゲルシメーレは苦笑した。
「いえ、俺が人型になって戻ってくれば良かったんです。気にしないで下さい」
「そうですよ。アオイ様が気にする事ではありません。竜王様の出現条件はアオイ様の感情の乱れですし、怖がらせた我々が悪いのですから」
二人の温かい言葉に胸がジーンとする。二人とも、優しいな。こういう人達の事をナイス・ガイって言うのかなぁ。
「それよりも、そろそろ暗くなりますので、必要な物が揃いましたらお部屋に戻られると良いかと思います」
フォーゲルシメーレは遠慮がちにそう言って頭を下げた。二人のお仕事もそろそろ終わりなのかもしれない。邪魔、しちゃったかな?
「お仕事の邪魔、しちゃったよね?」
「大丈夫ですよ」
ヴォルフは親指を立て、ニカッと笑った。ワイルドな見た目によく合う、太陽みたいな明るい笑みだ。フォーゲルシメーレも隣でうんうんと頷いている。とろけるような魅惑的な笑みを浮かべて。
「あぁ! 忘れるところだった。最後に、フォーゲルシメーレにお願いがあったんだった!」
「何でしょう?」
「あのね、枝の束の周りをレンガで覆って欲しいの。そしたら、暖炉に入れるだけで木炭が出来るでしょ? 出来る、よね?」
「出来ると思いますよ。炭焼き窯の応用で」
ヴォルフはうんうんと頷くと、枝の束をフォーゲルシメーレに手渡した。
「分かりました。やってみましょう」
フォーゲルシメーレは枝の束を地面に置くと、土を枝の束の周りに寄せていく。結構な量の枝があったから、こんもりとした土の山が出来た。その土の山の上にフォーゲルシメーレが手をかざすと、ゆっくりと土がレンガみたいな硬い素材になっていく。その様子を、私は固唾を飲んで見守っていた。
「出来ました」
フォーゲルシメーレが作った塊は一抱えあるものだった。持ってみるとずっしりとしていて、結構重い。これ、独りで部屋まで運ぶの? 板もあるし無理っぽい。いや、板の上に乗せて運ぶか? でも、板が曲がったり折れたりしたら嫌だな……。
「アオイ様?」
突如、ラインヴァイスの声が聞こえ、足元に置いた塊から視線を上げると、ラインヴァイスがこちらに向かって歩いて来ていた。
「こちらで何をしていらしたのです?」
ラインヴァイスは怪訝そうな表情をしている。まあ、私が美術品を見ていると思っていたんだから、こんな所で足元の塊を見ながら、腕を組んでウンウン唸っていたら訝しむのも当たり前か。
「板と枝をね、分けてもらったの」
「板と枝? 何故そのような物を?」
「絵を描きたいの」
私がそう言うと、ラインヴァイスは深い溜め息を吐いた。
「絵を描く道具でしたら、おっしゃって下さればご用意致します」
「でも、悪いなって……」
「アオイ様。竜王様の事を想って遠慮されているのでしょうが、あまり宜しくは無いかと思います」
ラインヴァイスの発言に、キョトンとして彼を見た。すると、ラインヴァイスは残念なものでも見るような目で私を見ていた。
「あまり遠慮されるのも悲しいものです。そんなに頼り甲斐が無いのか、と」
「そういうものなの?」
「ええ。無理難題ならともかく、絵を描く道具くらいでしたら甘えても良いかと思います」
ラインヴァイスはそう言うけど、シュヴァルツを利用しているみたいで嫌なんだよなぁ。でも、頼り甲斐かぁ……。確かに一理ある気がする。
「うーん……。分かった。じゃあ、膠と霧吹きと強いお酒、用意して貰えるかな?」
「にかわ?」
「えっと、ゼラチン? ゼリー作る時に使うやつ。木炭の粉が落ちないようにしたいの」
「かしこまりました」
ラインヴァイスは優雅に頭を下げると、私の足元の大きな塊を軽々と持ち上げた。見た目によらず、力持ちだねぇ、少年。
「こちらもお部屋にお持ち帰りになるのですよね」
「うん」
「では、戻りましょう」
ラインヴァイスはそう言って先に歩き出した。私も板を小脇に抱え、フォーゲルシメーレとヴォルフに手を振って、ラインヴァイスの後を追う。暫く行った所で振り返ると、二人はまだ手を振ってくれていた。私も二人に向かって大きく手を振り返した。二人のナイス・ガイに幸多からん事を祈って。




