調達 2
明るい日の差し込む廊下を歩いていると、海の絵が目に留まった。海と言っても港町の風景。朝市かな。たくさんの人で賑わう通りと港の船、煌めく海がとても素敵な絵だった。人々の生命力みたいなものが伝わってくる絵だな。昨日見た山と湖の絵も良いけど、活気溢れる港の絵も素敵。私も絵、描きたくなってきた!
「アオイ様」
呼ばれて振り向くと、そこには模造紙みたいな大きな紙を両手いっぱいに持ったノイモーントが立っていた。中性的な顔には笑みが浮かんでいる。笑っているのに陰があるように感じるのは何故? 私の気のせい、なのかな?
「本日の黄色いドレス、よくお似合いですね。竜王様より贈られたマントともよく合っておられます」
そう言ったノイモーントは私に頭を下げた。褒められて悪い気はしない。でも、この人、ちょっと苦手。だって、痴漢なんだもん!
「あ、どうも……」
私が後退ると、顔を上げたノイモーントがにっこりと笑い、同じ分だけ距離を詰めた。何でこっち来るの! 近寄ってこないでよ!
「やはり、アオイ様には私がお見立てした通り、華やかな色がよく似合います」
満足そうに笑って言ったノイモーントの言葉に、一つの疑問が湧く。
「私の見立て、通り……?」
「ええ。美しい女性のドレスは、私も作り甲斐があります」
ノイモーントはふふふと声を出して笑った。……ちょっと待て。ノイモーントがドレス、作っていたの? まさか男の人が作っているとは思わなかった。でも、よくよく考えてみると、この城、というか魔人族って、男の人ばっかりなんだっけ……。それに、ノイモーントが私の採寸していたし。彼の職業は仕立て屋さん?
「そっか。貴方が作ってくれていたのね。いつも素敵なドレス、ありがとう」
私がぺこりとお辞儀をすると、ノイモーントは驚いたように固まった。そして、ややあって慌たように頭を下げる。
「勿体ない、お言葉です……!」
ノイモーントの声は微かに震えていた。え……? 何で?
「えっと……?」
「申し訳ありません。嬉しくて……! 人族の女性にお礼など、言われた事が無かったので」
顔を上げたノイモーントの目には涙が溜まっていた。な、泣いてるし……。
――あ~! アオイがノイモーント泣かせたぁ! いけないんだぁ!
どこからともなく、囃し立てるリーラの声が聞こえる。え? わ、私のせいなの? 私、泣かせてないよ! 勝手に泣いたんだよ! 私のせいじゃないよ!
「アオイ様。もし、ドレスに改善点が御座いましたら、遠慮なくお申し付け下さい。女性のドレスをつくるなど、リーラ姫以来ですので……」
涙を拭ったノイモーントは、少し困ったように眉を下げた。そっか。リーラの服もノイモーントが作っていたんだ。だからなのか、私のドレスは可愛らしいフリフリドレスが多い。でも、大人っぽくって言うと、胸とか背中とかを大胆に開けたドレス作りそう、この人。
「と、特に無し」
私はブンブンと頭を振った。ノー、お色気! 碌な事にならないもん、きっと。
「そうですか」
ノイモーントってば、しょんぼりと項垂れているけど、お色気ドレス作りたかったの? 万が一、そんなドレス作っても、私は絶対に着ないからね。
「アオイ様のお好みのドレスをお作りしたかったですが……」
「な、何で!」
「私の経験の為に。将来、妻を娶った時、妻の好みのドレスを作ってあげるのが夢で――」
おう! なんかモジモジしてるし。第一印象より乙女だな、この人。あ! もしかして、これがオトメンってやつ?
「あ、あの……?」
「勿論、妻の魅力を最大限生かせるようなドレスも作りたいですよ? しかし、何より妻の望みを叶えてあげたいと思っておりまして――」
乙女チックに両手で顔を覆うのはやめて下さい。大人の男性にはちょっと似合わないよ。手に持っていた紙も床に散らばっているし……。
この人、やっぱりオトメンってやつなのかねぇ。異世界にもいるんだ。それよりも、背中に羽、出ていますが……? 興奮してんだろうな、きっと。このままで平気なのかな? 逃げるべきなのかな? 前と違って目が光ってないし、ある程度距離があるから大丈夫かな? でも、ちょっと怖い……。
「アオイ」
突如、私のすぐ後ろにシュヴァルツが出現した。それに気が付いたノイモーントが慌てて片膝を付き、胸に手を当てて頭を下げる。
「何をしている」
そう言ったシュヴァルツの眉間には深い皺が刻まれていた。不機嫌そうな様子は無いし、睨んでいるわけじゃなさそうだけど、なんという怖い顔。この顔は……あ、私の精神の乱れを感知して来てみたは良いけど、状況が飲み込めない顔?
「えっと……。ノイモーントが将来の夢、話していた時、背中から羽が出て……。それがちょっと怖いなって思ったの」
「そうか」
シュヴァルツは考えるよう顎に手を当てた。そして、片膝を付いて頭を下げているノイモーントへ視線を向ける。ノイモーントの背中には、依然として漆黒の蝙蝠羽が出ていた。
シュヴァルツは暫しの間、無言で何かを考えているようだった。ややあって、ゆっくりとノイモーントの傍らへ歩み寄ったかと思うと、次の瞬間、剣の柄に手を掛けた。な、何とー!
「ちょ、ちょっと! ストーップ!」
私は慌ててシュヴァルツの腕にしがみ付いた。私の想像が正しければ、シュヴァルツはノイモーントの羽を落とすつもりだ。不味い。ヒジョーに不味い!
「アオイ?」
シュヴァルツは上から目線で私を睨んでいた。……と思ったけど、これ、たぶん睨んでいない。何で私が止めたか分からなくて、怪訝な表情をしてるんだ。シュヴァルツの表情って、ホント、分かり難い!
「ノイモーントの羽、切っちゃダメ!」
「怖かったのだろう」
シュヴァルツは至極真面目な顔で言った。冗談なんて言っている顔じゃない。怖かった? 勿論、いきなり羽が出るから怖かったさ。でも、シュヴァルツの行動というか、発想の方が怖いわっ! ノイモーントだって震えているし。
「怖かったというか、その、何と言うか……。お、驚いたの! そう、ちょっとビックリしたの!」
私が叫ぶと、シュヴァルツは納得したのか剣の柄から手を離した。そして、震えるノイモーントを一瞥すると、前触れも無く姿を消した。
「ノ、ノイモーント……何か、ごめん……」
「い、いえ……」
残された私とノイモーントの間にビミョーな空気が流れる。き、気まずい。ヒジョーに気まずい! 話題、話題。何か話題! あっ! そうだ!
「ね、ねえ、ノイモーント?」
「はい……」
返事をして顔を上げたノイモーントの目には再び涙が溜まっていた。背中の羽が絶体絶命の危機だったんだもん。怖かったよね。本当にごめん。今後、発言には気を付けます。
「あの……その紙、なんだけどね……」
「紙、ですか?」
「うん。もしも、もしも可能だったらで良いんだけど、一枚欲しいなぁ、なんて……。無理、かな?」
「このような紙で宜しいのですか? 竜王様でしたら、もっと上質な紙をご用意下さるかと思いますが……?」
「ん。分かってる。でも、シュヴァルツにあんまり甘えるのも悪いなぁって思って……」
私はポリポリと頬を掻いた。シュヴァルツにお願い事をするの、好意を利用しているみたいであまり気が進まないんだ。シュヴァルツの気持ちを知らなかったらきっと遠慮なくお願いしていただろうけど、気持ちを知ってしまった今となっては、流石にそこまで図々しくはなれない。
「そうでしたか。一枚と言わず、全てどうぞ」
ノイモーントは苦笑しながら、模造紙みたいな紙を重ねて一纏まりにしてくれた。これなら部屋まで持ちやすくて助かる!
「ありがとう。ノイモーント」
「いえ」
紙束を手渡してくれたノイモーントは、優しげだけどどこか陰のある微笑みを私に向けていた。私もにっこりと笑って紙束を受け取る。怖いとか痴漢だとか思ってごめんね、ノイモーント。貴方は心優しいオトメンだったんだね。




