変化 2
次の日、私は悶々としながら朝食をとっていた。ラインヴァイスが昨日言っていた求婚という単語が頭の中に浮かび、変にシュヴァルツを意識してしまう。
シュヴァルツの今日の服装は、いつもの黒い服にこれまた黒いマントをつけている。白いフワフワのファーがついた白マントの代わりなのだろう、襟元に黒い羽根飾りがついた漆黒のマントだ。全身黒ずくめになった今、目つきの悪さも相まって、白いマントをつけていた時より大魔王様って言葉がピッタリ。似合いすぎていて、ちょっと怖いくらい。白いマントの時の方が取っ付きやすかったかもしれない。
それにしても、愛用していた白いマント、本当に私が貰っても良いのだろうか? でも、ラインヴァイスに返すなって言われたし……。でも、求婚って……。
「どうした」
「え? あ……。な、何でもない……です……」
唐突にシュヴァルツに問い掛けられ、私はしどろもどろになって俯いた。やっぱり、変に意識しちゃう。まともにシュヴァルツの顔が見られないよ! こんなの、精神衛生上、良くない!
「具合が悪いのか」
「え? な、何で、ですか?」
「顔が赤い。それに、先ほどから百面相になっている」
シュヴァルツの指摘に、私は両手で頬を押さえた。顔に出ていたの?
「口調もおかしい。具合が悪いのなら寝ていろ」
口調がおかしいって……。シュヴァルツの言い方は置いといて、やっぱり変に意識して態度に出ているのか……。
「ぐ、具合は悪くない、です。むしろ絶好調なくらい……」
「その割に、覇気がない」
シュヴァルツにそう指摘され、私は俯く事しか出来なかった。ラインヴァイスに昨日言われた事が再び頭の中を巡る。最愛の人とか、求婚とか……。これは思い切って、シュヴァルツ本人に聞いた方が良いのだろうか? でも、こういう時、何て聞けば良いの?
「何か言いたい事でもあるのか」
私が顔を上げると、シュヴァルツがジッと私を見つめていた。美形に見つめられるとか居心地悪い。シュヴァルツの事を意識して顔が赤くなってしまう。それが恥ずかしいから尚更顔が赤くなるっていう悪循環に陥っているような……。ラインヴァイスが昨日変な事、言うから! でも、ラインヴァイスも私をからかっている雰囲気ではなかったし、昨日言った事は本気、なんだよね?
そもそも、もしこの世界――獣人種におけるプレゼントの意味を知っていたら、私は昨日シュヴァルツのマントを受け取ったのだろうか? シュヴァルツの顔は好みだ。でも、性格は……。横柄だし、不愛想だし、口も悪い。でも、優しいところもあるんだよなぁ。うーん……。あ! それ以前に、白いマント、私へのプレゼントじゃない可能性も残っているじゃん! ラインヴァイスは自信満々にプレゼントだって言っていたけど、やっぱり貸してくれただけ、とか。
「白いマント……」
「ん?」
「シュヴァルツがいつもしていた白いマント、あれ……私……」
「不要、か」
シュヴァルツはフッと笑みを浮かべた。どこか自嘲気味の笑みに胸が締め付けられる。美形がそう言う表情するのやめて! 反則だよ!
「ち、違うの!」
違くないんだけど、思わず違うって言っちゃったよ……。だって、いつもと雰囲気が違うんだもん。でも、どうしよう……。
「あの……、お、お礼……言ってなかったから……」
私はそう言って再び俯いた。シュヴァルツの言い方といい表情といい、あの白いマントは私にくれたって事だよね。もし、私が返すって言ったら、いくらシュヴァルツでも傷つくんだろうな……。
「私、何も分かってなくて……。その……意味、とか……」
「そうか……」
シュヴァルツの声には明らかに落胆が含まれていた。そりゃそうだ。ラインヴァイスが昨日言っていた事を整理すると、私がマントを受け取った時点で求婚が成立している可能性が高い。元の世界だったら、婚約指輪と同じような意味の物なのだろう。意味を知りませんでしたって言われたら、そりゃガッカリだよ。
「で?」
「え?」
「大方、ラインヴァイスに意味を聞いたのだろう。どう思った」
シュヴァルツは、静かに控えているラインヴァイスに視線をやった。ラインヴァイスは微笑みを返している。シュヴァルツだけ見ると睨んでいるように見える。でも、ラインヴァイスの表情を見る限り、睨んでいるわけじゃないんだろうなぁ。シュヴァルツの表情って、本当に分かり難いと思う。
「どうって……」
どう思ったか、か……。うーん。嬉しくない事は無い。だって、こんな美形に告白された事なんて無いし。でも、シュヴァルツの事は恋愛対象として見ていなかったからなぁ。第一印象は最悪の一言に尽きるし。一言で言うなら――。
「と、戸惑った……」
「ほう」
シュヴァルツはテーブルに頬杖をつくと、スッと目を細めた。面白い物を見る表情なんだろうけど、黒ずくめでその表情はちょっと威圧感がある。怖いですよ、シュヴァルツさん。
「あのね、私、シュヴァルツの事、誤解していて……」
「誤解?」
「うん。えっと……意地悪でここに閉じ込められたって、そう思っていたの。シュヴァルツが私の為に色々考えてくれていた事とかも知らない――ううん、反発心があったから理解しようとしていなかったのかもしれない。だから、シュヴァルツの事、そういう……恋愛対象とかで見てなくて……」
「そうか。で、認識が改まった今はどうだ」
「え? い、今……?」
私はシュヴァルツの顔をまじまじと見た。睨んでる、いや、真剣な表情で私を見つめるシュヴァルツと暫し見つめ合う。
い、今? 今ってどういう事? シュヴァルツは私に何を言わせたいの? 気持ちの変化、とか? 恋愛対象としてシュヴァルツを見られるか、とか? でも、自分の事なのに、そんなのまだ分からない。でも、何か言わなくちゃ……。
「……くくく」
突如、シュヴァルツが笑い出した。ええ~! 普通、この場面で笑う? 私、これでも真剣に悩んでいるのに!
「ちょっ――!」
「まだ分からない、そう顔に書いてある」
シュヴァルツに指摘され、私は両手で頬を抑えた。そんなに表情に出てるかなぁ?
「アオイ、マントの事はあまり気に病むな。何なら、私があれを贈った事、忘れても構わない」
シュヴァルツはそう言うと、椅子から立ち上がった。あ、もう朝食食べ終わってたんだ。もう行っちゃうの……? 待って。私にはまだ言わなくちゃいけない事があるんだから。
「シュヴァルツ!」
私も椅子から立ち上がると、背を向けたシュヴァルツを慌てて呼び止めた。改めて言うのは物凄く恥ずかしいけど、でも――。
「貴方の事、誤解していて、時々可愛くない事言ってごめんなさい。色々と私の事を気遣ってくれていたって事を知った時、う、嬉しかったの。だから、その、あ、ありがとう」
私はシュヴァルツに深々と頭を下げた。昨日、寝る直前まで色々と言う事は考えていたけれど、いざ伝えるとなると本当に単純な言葉しか出てこない。私、口達者な方だと思っていたけど、案外口下手だったんだなぁ。
「……いや」
シュヴァルツは私に背を向けたままそう呟くと、フッと虚空に消えた。ちゃんと伝わったのかなぁ。シュヴァルツのそっけない態度、少し心配になるな。でも、変な事は言ってなかったよね? 大丈夫だよね?
私は小さく溜め息を吐くと、椅子に腰を下ろした。ふと、斜め前に佇むラインヴァイスに目をやると、彼は必死で笑いを堪えていた。……何で?
「ラ、ラインヴァイス? どうしたの?」
「い、いえ。竜王様が大変珍しい表情をされていたので、つい……っくく」
ラインヴァイスはそう言うと、明後日の方を向いた。肩がプルプルと震えている。ラインヴァイスがこんなに笑うって、シュヴァルツってばどんな顔をしていたのだろう……。
「ど、どんな顔してたの? 部屋を出て行く時、素っ気無かったし、もしかして不快な顔でもしてた? それとも、あんまり想像出来ないけど、落ち込んでた?」
「いえ……私の口からは……!」
「教えてよ、ラインヴァイス! 私、何か無神経な事、言ってた?」
ラインヴァイスは私の問い掛けに驚いたように目を見開いた後、堪え切れずに大笑いしだした。ちょっと、少年! 私、真剣に心配しているんだけど!
「ちょっと!」
「失礼……ぷっくく……しました。アオイ様が……くく……あまりに、斜め上な事を……お、おっしゃっておられるので、つい……くくく」
「な、斜め上……?」
「竜王様……照れて、おられました……!」
必死に笑いを堪えてながら言った後、ラインヴァイスは再び大笑いしだした。照れていた? シュヴァルツが? そ、想像出来ない……。
「それ、本当?」
「くくく……ええ、間違いなく。アオイ様の最後のお言葉が余程嬉しかったのでしょう。照れておられ……ました……!」
ラインヴァイスは私から顔を逸らすと、肩を震わせた。私はそんなラインヴァイスを呆然と見つめていた。シュヴァルツが照れていた……? あのシュヴァルツが……? ラインヴァイスの予想外の発言に、脳内処理が追いつかず、私は暫しの間放心状態だった。




