変化 1
部屋に戻るとラインヴァイスが夕食の準備をしてくれていた。白いお皿に上品に盛り付けられたステーキ肉(たぶん仔スイギュウさん)が美味しそう。
「お帰りなさいませ」
そう言って頭を下げるラインヴァイスと、不愛想に「ああ」と返事をするシュヴァルツが兄弟だなんてなぁ。世の中、分からないものだね。シュヴァルツはラインヴァイスと二言三言言葉を交わし、私の部屋を後にした。
「アオイ様。お食事にしましょう」
ラインヴァイスは微笑みながら、私の肩に掛かっていたマントを取った。
「ああ! マント、返し忘れた!」
椅子に座った直後に突然私が叫んだからか、ラインヴァイスが驚いた顔で固まった。そんな大きな声、出したつもりは無いんだけど。
「どうしよう……。いつも身に付けてるマントだからきっと高いのだよね。どうしよう、どうしよう! 明日返せば大丈夫かな?」
アワアワと慌てる私を他所に、ラインヴァイスはマントを手に固まったままだ。
「ね、ねえ、ラインヴァイス! このマント、明日返しても大丈夫? それとも、今から返しに行った方が良い?」
ラインヴァイスは尚も動く気配が無い。ど、どうした、少年!
「ラインヴァイス?」
改めて名前を呼んで顔を覗き込むと、ハッとしたようにラインヴァイスが頭を下げた。
「アオイ様。こちらのマントは返さなくて良いかと」
「え? だって、借りた物は返さないと!」
「いえ、借り物ではなく、譲られたのでは?」
ラインヴァイスは頭を下げたまま、硬い表情でそう言った。えっと、譲られたって、どういう事ですか?
「貰ってないよ? お城の中は冷えるから使えって言われただけで――」
「ですから、城の中は寒いので、お部屋から出る際にお使いになるように、という事かと……」
ラインヴァイスの説明に、私はキョトンとした表情で彼の顔を見上げた。ラインヴァイスは私と視線を合わせようとせず、マントを手に、神妙な表情で俯いている。
「薔薇園からの帰り道が寒いからって、貸してくれたんじゃないの?」
私の問い掛けに、ラインヴァイスは首を横に振った。
「それでしたら、先ほどこの部屋を出る際に持って行かれたでしょう。長年愛用されておられる品です故」
何と! 長年の愛用品ですと! そんな大切な物、貰えないよ。尚更返さないといけないじゃない!
「だったら、尚更返さないと!」
「ですから、返す必要はありません。と言うより、返さないで下さい」
ラインヴァイスの静かだけどきっぱりとした口調に、私は首を傾げた。何で返しちゃダメなの?
「何で?」
ラインヴァイスは顔を上げたかと思うと、小さく溜め息を吐いた。あれ? 呆れられた?
「アオイ様は、大切な方へ譲った品が返されて嬉しいですか?」
真剣な眼差しでラインヴァイスが問う。譲った品って、プレゼントって事だよね。プレゼントが返されたら、か……。かなり凹む。私が首を横に振ると、ラインヴァイスはそうでしょうとでも言うように、大きく頷いた。
「こちらのマントはアオイ様だからこそ、譲られた品です。返すなど――」
「私だから? どういう事?」
私が首を傾げると、ラインヴァイスも首を傾げた。何で?
『えっと……?』
二人で顔を見合わせる。たぶん、こちらの世界でか魔人族の間でかの常識が、私の常識ではないんだろう。それはラインヴァイスの表情で分かる。でも、何が常識で何が常識じゃないのかが分からない。ラインヴァイスも同じなんだろう。暫くの間、私たちは無言で顔を見合わせていた。
「……ええと。アオイ様の世界では、贈り物をする習慣が無かったのでしょうか?」
沈黙を破ったのはラインヴァイスだ。遠慮がちに聞いてくるその姿は、警戒してビクビクする小動物っぽくてちょっと可愛い。
「贈り物はあったよ。私もあげてたし貰ってた」
「え……? アオイ様も、ですか?」
再び二人で顔を見合わせる。きっと、何か見落としがあるはずなんだ。でも、何だかが分からない! ああ、もどかしい!
「……アオイ様は贈り物をする際、どの様な方へ贈られていたのでしょうか?」
「えっと、家族とか、友達とか……。誕生日とかの記念日に贈る事が多かったかなぁ」
今日は何かの記念日なのかな? あ、私がこの世界に来て何日記念日とか? いや、んなわけ無いか……。うーん、私だからかぁ……。さっぱり分からん!
「家族……友人……? 記念日……」
ラインヴァイスは顎に手をやり、ブツブツと何かを呟いている。私の説明から、文化の差異を考えているのだろう。ややあって、ラインヴァイスはポンと手を叩いた。
「ああ、そういう事ですか」
独り納得したようにうんうんと頷いている。少年、私、置いてけぼりだよ……。
「ラインヴァイス?」
私が遠慮がちに声を掛けると、ラインヴァイスは頭を下げた。そして、爆弾を投下したのだった。
「こちらの世界、特に私共ドラゴン族を初めとする獣人種に多い習慣で恐縮ですが、装飾品等の贈り物とは男性が最愛の方へのみ行うものです。特に、ドラゴン族の場合、身に付けている物を贈るというのは、最上級の愛情表現、つまり求婚となります。というのも、普段から身に付けている物は自身の魔力を吸収して強力なマジックアイテムへ変質しており――」
いや、ちょっと待て。今、何て言った? あああ、愛情表現? きゅきゅきゅきゅ、求婚? いやいやいや、ちょっと落ち着こう。あのシュヴァルツが私に求婚なんて無いだろう。無い無い無い! 絶対にあり得ない! いつも偉そうで、私に嫌みばっかり言うシュヴァルツだよ。絶対に無い!
「無い。無い無い無い!」
私はブンブンと首を横に振りながらラインヴァイスにそう言った。ラインヴァイスは驚いたように目を見開いた後、少しムッとしたように顔を歪めた。
「では、アオイ様は竜王様の求婚を断ると?」
「だから、あり得ないって。何でシュヴァルツが私に求婚するのよ! 絶対にあり得ないでしょ! 変な冗談はやめてよ~」
そう言って笑った私に、ラインヴァイスはずいっと詰め寄った。ラインヴァイスの目が怖い……。
「何故、あり得ないと?」
「だって、あのシュヴァルツだよ? いつも偉そうで――」
「それはこの国を守る為。他国の王や人族に付け入る隙を与えない為です」
「口が悪くて不愛想だし――」
「口下手なだけです」
いや、少年。それは少し無理があるよ? 口下手なんて可愛らしいものじゃないでしょ、あれ。それに、私、嫌みとか結構言われているんですが……。
「でも、私をこんな部屋に閉じ込めて――」
「それはアオイ様を守る為。この城は多くの男が生活をしています。自身の欲望に負ける者の毒牙からアオイ様を守る為です」
うーん……。好意的に取ればそうなのかなぁ?
「この呪いの指輪みたいのだって、無理矢理――」
「その指輪は、アオイ様が危険な目に遭った場合、竜王様が助けられる為の目印です。アオイ様の精神の乱れ――恐怖などが感知出来るので、危険を察知した竜王様が助けに現れます」
え? そんな仕様だったのか、この指輪。聞いてないよ。私はまじまじと指輪を見つめた。そういえば、この指輪を嵌められてからはお城の中なら自由にして良い事になったし、手綱がどうのとか、目印だとか言っていたけど……。
「誤解があったようですね……」
私が指輪からラインヴァイスへ視線を移すと、彼は苦笑していた。
「何故、この様な誤解が生まれたのかは分かりませんが、一応説明させて頂きます」
「は、はあ……」
「この部屋から出る事を禁じたのは先程説明した通りです。そして、この城を出る事を禁じているのは、指輪の効果範囲もありますが、元々は無用な争いにアオイ様を巻き込まない為です」
「どーゆーこと?」
「一流の魔剣士になれる素養――強力な魔力と肉体。この二つを兼ね備えているアオイ様は、人族としては喉から手が出る程欲しい存在でしょう。魔人族を滅ぼす為に。しかし、アオイ様の存在を人族に気取られなければ無用な争いに巻き込まれる事は無い。そうすれば貴女を守れるのではと、竜王様はそう踏んだのです。故に、貴女を城に、ひいてはこの部屋に匿った」
ラインヴァイスの説明に、私はうーんと首を捻った。それだと、最初から私を守る為に動いていたって事にならない? 何で?
「納得していないようですね」
「だって、それだと会った時から私を守る為に動いたって聞こえるんだもん」
「そうですよ」
あっさりと頷くラインヴァイスに、私は思わず脱力しそうになった。
「いやいやいや。何でそうなるの? 初対面の人間を守るとか、訳が分かんない」
「そうでしょうか? 竜王様は、ご自身と対等にお話されるアオイ様を気に入ったようですし、そこまでおかしな事ではないかと思うのですが? 私も会ったその日にアオイ様に好意は持っていましたし、竜王様もお気持ちも理解出来ますよ」
サラッと言うな、少年! 恥ずかしくて顔から火が出るじゃないか!
「ななな、何で!」
「力に溺れず、己の非を認められる方だからですね。それに、女性にお礼を言われたのも初めてでしたし」
「いや、待って。私、普通の事しかしてないから」
そう。私は普通の事しかしていない。何かをしてもらったらお礼は言うし、間違えたら謝る。そんなの、当たり前の事じゃないの?
「そういうところがアオイ様の魅力でしょうね。魔人族が人族に迫害された事はお話しましたね。それは今もあまり変わりありませんし、魔人族の存在自体が人族にとって脅威でもあるのです。魔物から助けても魔物と同等に見られ、逃げられるなんて日常茶飯事です。私も何回か逃げられました」
アハハと乾いた笑い声を上げるラインヴァイスの顔は少し悲しげだ。一方的に嫌われるなんて辛いよね。魔人族の置かれた立場を考えると胸が苦しくなる。
「ましてや、竜王様を殴ってしまった後に謝るなんて、まず無いでしょうね。命乞いならありそうですが」
ラインヴァイスは、最後の方は苦々しい表情をしていた。もしかして、命乞い、された事あるの?
「えっと……?」
「そろそろお食事にしましょうか? 冷めてしまいます」
ラインヴァイスはにっこりと可愛らしい笑みを浮かべると、お茶を淹れてくれる。そして、何かを思い出したように「ああ」と呟いた。温かいお茶を飲みながらラインヴァイスの顔を上目遣いで見ると、ラインヴァイスはテーブルの上の食事を見つめていた。
「お食事の事、忘れていました」
「え?」
「図書館や農園にアオイ様を案内された事です。あれは、アオイ様が安心してお食事を召し上がれるようにとの意図があったのではないかと。快適に暮らして頂きたいという、竜王様のお心遣いですね」
そう言って、ラインヴァイスは悪戯っぽく笑った。目を落とした先、白いお皿の上には仔スイギュウと思しきステーキ肉。その隣にはジャガイモっぽい白い芋と、少しオレンジ色掛かったコーンっぽいお野菜。どれも元の世界にある物に似ていて、食べるのには全く抵抗が無い。安心して食べられる物ばかりだ。ここ最近の食事を思い出してもそう。私が食べられそうなお肉とクラーケンとかいうイカ、農園で実物を見たお野菜しか食事には出ない。
そっか……。私が安心して食べられるように配慮してくれていたんだ。明日、シュヴァルツにきちんとお礼、言わないとなぁ。あと、今までの可愛くない態度も謝らないと。誤解していたってきちんと伝えて……。あと、あと……。
そんな事を考えながら食事をしていたら、普段の二倍近い時間が掛かってしまった。ラインヴァイスが心配していたし、ちょっと失敗。テヘッ。




