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転移先が大魔王城ってどういう事よ?  作者: ゆきんこ
第一章

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契約 3

 目を開けると、私は薔薇園の中に立っていた。遠くにガゼボが見える。泣き過ぎて頭がボーっとするな……。突如、つんつんと袖を引っ張られ、驚いて振り返ると黒髪の目つきの悪い美少女が立っていた。え? これ、夢?


「ねえ、ねえ!」


 美少女に声を掛けられ、私は飛び上がるように驚いた。今まで話し掛けられる事なんて無かったのに!


「私の声、聞こえるでしょ?」


 そう言った少女は嬉しそうに笑みを零した。聞こえるかって? 聞こえるよ。私がこくこくと頷くと、少女は不思議そうに首を傾げた。


「あれぇ? おかしいなぁ。会話、まだ出来ないのかなぁ?」


 難しそうな顔で腕を組む少女。その愛らしい姿に私は笑みを零した。


「ごめん、ごめん。ビックリして、声、出なかったの。でも、何で急に会話出来るようになったの?」


 私の問い掛けに、少女はキョトンとした表情を浮かべた。くるくると表情が変わるその姿は、とてもシュヴァルツの妹とは思えないなぁ。


「え? 貴女、シュヴァルツ兄様に魔力、貰ったんでしょ?」


「え?」


 今度は私がキョトンとする番だった。魔力を貰った? はて……? 似たような話を何処かで……。あ、契約印!


「これの事?」


 私が左手の中指に嵌っている指輪を少女の目の前に掲げると、少女はこくこくと頷いた。仕草が可愛い子だなぁ。


「そう、それ! 兄様の魔力を取り込むだけで、こんなに接触しやすくなるなんてねぇ」


 嬉しそうに微笑む少女を見て、何だか私も嬉しくなった。話が出来るようになったのなら、仲良くなれるかな?


「ねえ、貴女の名前、教えて? 私、神崎葵」


「私、リーラ!」


 はいと手を上げて自己紹介をするリーラはとても愛らし。目つきが悪いなんて思ってごめんね。貴女はとても可愛い少女です。


「そう言えば――」


 私にはずっと気になっていた事がある。何故、リーラは私の夢に出てくるの? シュヴァルツが言うように、私の事が気に入ったって事? でも、何で?


「貴女、何で私の夢に出てくるの?」


 私の質問に、リーラは意味深な笑みを浮かべた。ニヤリとした笑い方はシュヴァルツとよく似ている。やっぱり妹なのね……。


「私、契約者を探していたの。でも、この国に契約出来そうな魔力を持つ人族はいないし……」


「契約?」


 契約って、また昨日みたいに変な模様が全身に刻まれるの? 物凄く痛かったし、出来ればご遠慮頂きたい。


「今、私と契約すると――」


「すると?」


「何と! シュヴァルツ兄様だけでなく、ラインヴァイス兄様も一緒にプレゼントします!」


 リーラの言葉を聞いて、私はずっこけそうになった。ちょっと待て。シュヴァルツとラインヴァイスをプレゼントって、どういう感性しているんだ。シュヴァルツがプレゼントされる時点で、多くの人間が断ると思うんだけど!


「シュヴァルツ兄様は妹の私でも惚れ惚れするような美形だし、この国の王で、魔大陸七人の王の筆頭だから、かなりの贅沢をさせてくれるよ! ラインヴァイス兄様はとっても優しいし、あと十年もしたらシュヴァルツ兄様に負けず劣らずの美形になると思うの! 二人を同時にゲットの今がチャンス!」


 リーラの高いテンションについていけない。深夜のテレビショッピングを聞いているみたいだ。頭が痛くなってきた……。リーラの言った事を反芻しながら、私はふとある事に気が付いた。


「ちょっと待って。シュヴァルツ兄様と……ラインヴァイス、兄様……?」


 シュヴァルツは分かる。さっき、リーラの事を妹って言っていたし。でも、ラインヴァイス兄様って……? 私の頭の上にクエスチョンが飛び交っていた。


「うん。私の兄様! 二人ともとっても格好良くて優しいの!」


 嬉しそうに頷くリーラをまじまじと見る。目つきが悪い所やニヤリとした笑い方はシュヴァルツそっくりだ。くるくる表情が変わるのはラインヴァイスそっくりだし……。


「ね、ねえ……? つかぬ事を聞きますが、シュヴァルツとラインヴァイスって、その……きょ、兄弟だったの?」


「え?」


 キョトンとした表情で私を見上げるリーラを再びまじまじと見る。うん。この表情はラインヴァイスそっくり。


「知らなかったの?」


 小首を傾げながらリーラが言う。し、知らなかった。私はその場に崩れ落ち、四つん這いで項垂れた。シュヴァルツとラインヴァイスの事、てっきり上司と部下の関係だと思ってた。


「そっか、知らなかったんだ。私が死んでから、シュヴァルツ兄様とラインヴァイス兄様の関係、少し変わったのかなぁ?」


「私、てっきり上司と部下の関係だと思ってた。二人とも、兄弟みたいな素振りは全然見せないし」


 私は立ち上がり、スカートの裾を払った。夢だから裾なんて払う必要は無いんだけど、もし万が一、起きた時に汚れていても嫌だしね。


「ラインヴァイス兄様、きっと臣籍に降りたんだ……」


「しんせき?」


「うん。王位継承権を返上して家臣になる事。王になるつもりは無いっていう意思表示だね。シュヴァルツ兄様に跡継ぎはまだいないみたいなのに、思い切った事したなぁ。昔から見た目によらず頭は固いと思っていたけど、そっかぁ……。この国の王はシュヴァルツ兄様だけだって昔から言っていたし、自分の使命はシュヴァルツ兄様の剣になる事だって公言していたし。ラインヴァイス兄様らしいなぁ。きっと、シュヴァルツ兄様もラインヴァイス兄様の想いを尊重したんだろうなぁ」


 そう言うと、リーラは笑みを浮かべた。その笑顔は凄く優しげで、二人の事を本当に大事に思っているんだろうという事が窺える。


「リーラは二人の事、大好きなのね」


「うん!」


 嬉しそうに微笑むリーラを見ていると、何だか和むなぁ。私も妹、欲しかったな。ホント、可愛い!


「だからね、大好きな兄様達をアオイにあげるから、私と契約して!」


 リーラの発言に、私は再びずっこけそうになった。どんな思考回路をしてんだ、この少女は!


「嫌よ! 契約って、痛いんでしょ!」


「痛くない。痛くない」


 リーラは首を振り、ニヤッと意味深な笑みを浮かべた。その笑みは怪しいから止めなさい!


「その顔は絶対痛いでしょ!」


「痛くないってば~」


 リーラがニヤニヤと笑いながら私ににじり寄って来た。私はリーラから距離をとる為、じりじりと後ろに下がる。


「リーラのその顔、怖いっ!」


 私が叫んだ瞬間、リーラがダッシュで私に駆け寄って来た。さては、実力行使する気か! 私は踵を返すとダッシュで逃げた。追うリーラ、逃げる私。私、何で夢の中で追い掛けっこしているの?


「待ってよー。契約しよーよぉ」


「嫌よ!」


「ねぇ! 待ってってばぁ! 契約してよぉ!」


「嫌だって言ってるでしょ!」


「何でよ! 兄様達、あげるからぁ! 契約してよぉ!」


「いらないわよ!」


「待ってよ! 契約、してよ!」


「何でそんなに契約に拘るのよ! 人の迷惑、考えなさいよ!」


 私がそう叫んだ時、後ろを追ってきていたリーラが立ち止まる気配がした。足を止めて振り返ると、少し離れた所にリーラが俯いて立っている。


「だって……だって……!」


「リーラ?」


 リーラの声、震えている? え? ちょっと……。もしかして、泣いてる? 私、リーラの事、泣かせた?


「私、このままだと消えちゃうんだもん!」


 そう叫んで顔を上げたリーラの目には、今にも零れ落ちそうな程、涙が溜まっていた。


「消えるって……」


 どういう事? 何で? 精霊って、この世界では簡単に消えちゃうものなの?


「私の魔力、もう少しで底をつくの。シュヴァルツ兄様とラインヴァイス兄様の結界の中でも、もうだめなの!」


 そう言って、リーラはしゃくり上げ始めた。このまま放置も後味悪いなぁ。小さな子を泣かせたまま、知らぬ存ぜぬなんて……。仕方ない! 私は頭をガシガシと掻きながら溜め息を吐いた。そして、リーラの前に膝を付いて目線を合わせる。


「リーラ。どういう事? ちゃんと説明して」


 私の言葉に、リーラはこくんと頷くと、その場に腰を下ろした。私もその隣に腰を下ろす。


 リーラが説明したのはこうだった。魔人族や人族の魔術師の中には、桁違いの魔力を持っている者がいる。そのような人が死んだ時、強大な魔力と魂が変に融合して精霊が出来上るらしい。


 偶然の産物のような精霊だが、この世界には数多くの精霊が存在しており、人族の魔術師と契約している。偶然の産物として出来上がった精霊は存在自体が不安定だからか、放っておくと魔力が枯渇して消えてしまうとの事で、それを防ぐ為に、魔術師から魔力を供給する必要があるのだそうだ。因みに、魔人族では魔力が濃すぎて精霊が消し飛んでしまう為、精霊は人族の魔術師との契約しか出来ないらしい。


 リーラは精霊になったは良いが、元々人族の少ない魔大陸では契約できるような人族の魔術師がおらず、大分前から消滅の危機に瀕しているらしい。だから、このままでは消えてしまうと、初めはシュヴァルツの夢枕に立ったらしい。元々、血を分けた兄妹だから、リーラの声がシュヴァルツに届き、シュヴァルツはリーラが生前大切にしていた薔薇園に結界を張ってリーラの魔力消費を極限まで抑えられる空間を作った。そうやってリーラを守っていたが、それでも時が流れるうちに少しずつリーラの魔力が少なくなり、消滅寸前の希薄な状態にまでなってしまっているらしい。今では、シュヴァルツの夢枕に立つ力すら残っていないそうだ。そんな時に現れたのが私で、何とか契約をしようとしたとの事だった。


「でもね、アオイに私の声が届かなくて……」


 しゅんと項垂れるリーラの頭を撫でながら、私は今までの事を思い返していた。初めてこの城に迷い込んだ時、吹雪の中、城壁にあった扉。もしかして、リーラがこの薔薇園に呼んだの? それに昨日も。ラインヴァイスは正規の入り方じゃないって言っていたし、リーラの仕業だったのかな?


「ねえ、小さい木の扉と薔薇の迷路って――」


「どうにかアオイと話がしたくて、私が結界に穴を開けたの。でも、もう殆ど魔力が残っていないから、変な所に繋がっちゃって……」


「そっか。あと、二回目くらいに夢で会った時かな? リーラと私が燃えたのは?」


「あれは……」


 リーラは言い難そうに下を向いた。契約の時にあんな風になるなら、リーラには申し訳ないけどやっぱりお断りだもん。ちゃんと確認しとかないとね。


「あれは?」


「その……。アオイが体調崩しているの、接触するまで気が付かなくて……それで……」


「で?」


「体調を崩していたからか、アオイの精神が無防備になってて、不安とか恐怖が私に流れ込んできたの……。それで……その感情に流されて、私の一番怖かった記憶が蘇ったの……」


「怖かった記憶?」


「うん。私が死ぬ瞬間……。それが夢の中で再生されちゃったみたいで……。ごめんなさい……」


 私はリーラの発言に愕然とした。まだ幼さの残るリーラが炎に巻かれて死んだって事? じゃあ、あの皮膚が焼ける感覚とか、息が出来ない感覚とかを味わいながら死んだの? 何で……何でそんな事に……?


「何で……」


「え?」


 ポツリと呟いた私を、リーラが不思議そうに見つめていた。


「何でそんな事になったの?」


「戦争だったから。仕方無いよ」


「でも、貴女まだ子どもで――」


「力ある者の務めだよ。アオイもいつか分かる」


 そう言って、リーラは寂しそうに笑った。その表情は、さっき見たシュヴァルツの寂しそうな笑みを彷彿とさせるものだった。やっぱり兄妹なんだなぁ。表情がとても似ている。


「……仕方、無いなぁ」


 あんな死に方した子を見捨てるのも、人として失格な気がする。もう、どうにでもなれ!


「じゃあ!」


「契約、してあげる」


「ありがとう! アオイ、大好き!」


 パッとリーラの表情が明るくなる。その表情はラインヴァイスにそっくりだった。こっちともやっぱり兄妹なんだねぇ。


「不束者ですが、どうぞ宜しくお願いします」


 リーラは正座をしたかと思うと、私に三つ指をついて頭を下げてきた。土下座があるから、こういうのもあるのか……。私もリーラに倣って頭を下げる。


「こちらこそ」


 そう言って顔を上げると、リーラがいた場所に小さな薄紫色の光の玉が浮いていた。え? 何、これ?


「アオイ。本当にありがとう」


「リーラ……?」


 光の玉からリーラの声が聞こえる。もしかして、これが精霊の姿のリーラ? 呆気に取られる私の左手にリーラと思しき光の玉が重なった。少し手がムズムズしてくすぐったい。そのムズムズがゆっくりと全身に広がっていく。ちょ、ちょっと! 痛くないけどかなりくすぐったい! こんなの、聞いてないよ! 我慢出来なくて笑い転げる私の声に重なり、薔薇園にはリーラの嬉しそうな笑い声が響いていた。




 私が目を開けると、私を見下ろすシュヴァルツの顔が目に入った。頭を撫でるシュヴァルツの手が心地良くて、私はもう一度目を閉じた。うつらうつらとしている時って、どうしてこんなに気持ち良いんだろう。ぽかぽかと暖かい陽気も眠気を誘うね。このままもう一眠り……。ん? 私を見下ろす、シュヴァルツ……? こ、この体勢って!


 私はがばっと跳ね起きると、シュヴァルツと距離を取った。泣き疲れていたとはいえ、寝入ってしまうとは。し、しかも、シュヴァルツの膝枕で! いやぁぁぁぁぁ! 私は頭を抱えて身悶えした。


「起きたか」


 ちょっと、シュヴァルツさん。顔色変えずに「起きたか」って。少しくらい恥ずかしがるとかしようよ! 私だけ真っ赤になって、逆に恥ずかしいじゃないか!


「あれと契約をしたのか」


 シュヴァルツはそう言って、私の左手に視線を落とした。私もつられて視線を落とす。今の今まで気が付かなかったけど、私の左手の甲には薄紫色の竜みたいな形の痣があった。何、これ?


「これ……?」


「精霊を宿した紋章だ」


 シュヴァルツはそう言って立ち上がると私に背を向けた。リーラが消えずに済んだのに、シュヴァルツってば、あまり嬉しそうじゃない気がする……。もしかして、リーラが私と契約した事、気に入らないの?


「戻るぞ」


 シュヴァルツに促され、私も立ち上がろうとして握り締めている物に気が付いた。フワフワのファーが付いた白マント。シュヴァルツのマント、だよね? 何で私が持っているの? もしかして、私が寝ている間、身体に掛けてくれていたの?


「シュヴァルツ、待って! マント!」


 慌ててシュヴァルツを追い掛けると、シュヴァルツは立ち止まってこちらを振り返った。そして、私の手からマントを受け取ると、何故か私の肩に掛けた。何でよ?


「え? ちょ――」


「城の中は冷える。使え」


 私に背を向けて歩き出すシュヴァルツ。私は呆気に取られ、その背を見つめた。確かに、このファー付きマントは暖かい。でも、フェイクじゃないファーだよね? 高いよね? 高級品だよね? 借りても良いの? 混乱する私を尻目に、シュヴァルツはどんどん先を歩いて行く。私は慌ててその背を追った。

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