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「――おい、お前!」


 ややあって男の人の声が聞こえた。恐る恐る顔を上げると、私のすぐ近くに茶髪のイケメンが立っていた。彫りの深い目鼻立ちで、厳しく引き結ばれた口、無造作に乱れた髪がワイルドさを醸し出している。良く鍛えられたゴツイ身体もワイルドだね。上半身裸って、寒くないの? 私なら絶対に風邪ひくよ。それにしても、鍛えられた身体って何故かマジマジと見ちゃうよね。腹筋綺麗に割れてるし、腕も逞しい。うん。素敵な身体だ。


 そう言えば、私、さっき鳥だけど鳥じゃないやつに食べられそうになってなかったっけか? そう思って周りを見回すと、鳥だけど鳥じゃないやつは確かにそこにいた。血だらけで首と胴体が離れている。もしかして、このワイルドイケメンがやったのかな? 血のついた剣、持ってる……。私の視線に気が付いたのか、ワイルドイケメンは手に持ったままだった剣を一振りすると、慣れた様子で鞘に納めた。


「何故、ジズの鳴き声がしているのに大騒ぎしている。あれに居場所を教えるようなものだろう」


 ワイルドイケメンは溜め息混じりに言った。少し呆れたような表情をしている。


「ジズ……?」


 私は鳥だけど鳥じゃないやつに目を向けた。ジズとは聞き慣れない名前だ。見た事が無いのも頷ける。私、獰猛そうなシルエットのこいつに、さっきまで食べられそうになっていたんだよね……。


「あ、あの、ああ、ありがとう」


 私は震える声でワイルドイケメンにお礼を言った。声が震えているのは……寒いからだ。うん、そうだ。そういう事にしておこう。ワイルドイケメンは私の目の前まで来ると手を差し出した。ゴツイ見た目によらず、紳士らしい。


「すす、すいません……」


 私が差し出された手を取ると、ワイルドイケメンが引っ張り上げるように立ち上がらせてくれた。足が震えて力があまり入らない。生まれたての小鹿のようだ。強がるのはよそう。怖かったんだから仕方ない。誰だって、見た事無い巨大生物に食べられそうになったらガクブルでしょ?


「あ、あの、手……」


 私は未だしっかりとワイルドイケメンに握られたままの手を見た。恥ずかしいから離して欲しい。なんか、ワイルドイケメンさん、鼻をヒクつかせていませんか? え、ちょっと! 首筋の匂い、嗅がないでよ。変質者っぽいな!


「お前、女、か……?」


 いや、普通に女ですよ。女以外の何に見えるの? 俯いちゃって、本当に変質者っぽい。ちょっと怖い。


「人族……の……女……」


 そう呟いたワイルドイケメンの息が荒くなっている。え、何、この状況? 何だかやばい雰囲気なんですが……。握られた手に力が入っていて結構痛い。


「人族の女!」


 顔を上げたワイルドイケメンが豹変していた。雰囲気がじゃないよ。見た目がだよ。爛々と光る金色の目、突き出した鼻、大きく裂けた口。どこからどう見ても狼男だった。ワイルドイケメンの手がいつの間にかモサモサした感触になっている。


「い、いやああああぁぁぁ!」


 私は狼男を突き飛ばすと、雪に足を取られながら転がるように走り出した。何で私ばかりこんな目に遭う。決めた。神様とやらを呪う! 無事に帰れたら、藁と五寸釘と金槌をホームセンターで買おう!


 暫く走ると回廊のような廊下にたどり着いた。とにかく、城の中に入って隠れよう。いくら何でも、外を逃げ回っていたら見つかっちゃう。いや、見つかる前に寒さで動けなくなる。私は回廊を左に走り出した。


 回廊もしんと静まり返っていた。私の呼吸音がやけに響く。暫く走るとやっと回廊の終わりが見えてきた。建物の中に入れば、さっきの狼男から隠れられる所くらいあるだろう。そこで雪が止むまで隠れていよう。


 次の瞬間、柱の影から急に誰かが出てきた。飛び出し禁止! 人間は急に止まれません。私は思いっきりその人物と激突した。体格差のせいなのか、私だけが跳ね飛ばされる。


「いたた……!」


 何で私だけが痛い思いをする。不公平だ! 私は痛むお尻をさすりながら、急に飛び出してきた人物を睨んだ。その人は、透けるような白い肌に金色の髪を綺麗に撫でつけた美形のお兄様だった。タキシードのような服装で、シンプルな黒いマントをつけている。切れ長の目、赤い瞳に吸い込まれそう。


「人族の……女?」


 そう呟いた金髪のお兄様は、不思議そうに私を見ていた。と思っていたら、女の子が見たら思わず頬を赤く染めそうな、とろけるような無茶苦茶良い笑顔をした。ゆっくりと私に近付いて来る。そして、尻餅をついた格好のままお兄様の笑顔に見惚れていた私の両肩をガシッと掴むと、大きく口を開けた。そこには鋭く長い牙があった。


「い、いやあああぁぁぁぁ!」


 私は思わず金髪のお兄様を力一杯突き飛ばし、回廊の外に出た。この城、何かおかしい。絶対に長居無用だ。私は裏庭のようなところを真っ直ぐ進み、外に出る扉を探した。吹雪のせいで一メートル先も見えにくくなっている。城壁を見つけると、さっき入った大穴とは反対方向と思われる方へ向かった。また狼男に遭遇とか、死んでも嫌だからね。


 暫く歩くが、一向に扉らしき物は見当たらなかった。もしかして、外に繋がる扉って、さっき、私が入ってきた大穴の所にあった扉だけなんじゃ……。そんな不安が頭をよぎる。私はその考えを否定するようにかぶりを振ると、吹雪の中を再び歩き出した。


「お嬢さん」


 突如、静かな声が聞こえ、私はビクリと身を震わせた。上から声が聞こえてくるって、絶対に普通じゃない。私が恐る恐る空を見上げると、吹雪の中、黒い影が空に浮かんでいた。そして、私の目の前にすとんと着地する。


 降りてきた人はこれまた美形だった。緩くウエーブのかかった黒髪が風になびいている。愁いを帯びた瞳が何とも色っぽい。タイトな洋服で体の線が分からなければ、女の人と間違えたかもしれない。線が細くて中性的な感じがする人だ。綺麗な人を見ると癒されるね。蝙蝠みたいな翼が背中から生えているのは見なかった事にしようかな。空に浮いていた事も忘れようかな。


「この城は危険ですよ。人族の女性には少々危険な輩がたくさんいますから」


「ああ、はい」


 私は曖昧に笑った。危ないのは知っていますから。さっき、その危ない輩に会いました。外に出たいんですけどね、出口がね、無いんですよ。


 中性的なお兄さんは私に手を伸ばした。ちょっとドキドキしてしまう。お兄さんは私の頬に手を添え、親指で私の唇をなぞるように撫でた。私の腰にお兄さんの手が回る。……ん?


「……私も含めて、ね」


 そう囁いたお兄さんの瞳に怪しい光が灯った。比喩じゃないよ。本当に目が光っているの。何、これ? 何で私迫られてるの? 腰に回っている手がだんだん下に降りてきてる! 顔が近い、近いって!


「い、いやあああぁぁぁぁ!」


 私は力一杯、お兄さんを突き飛ばした。目が光る人に迫られても嬉しくも何とも無い。際どい所触ってたし、痴漢だよ、痴漢。絶対に痴漢だ!


 私は出口を探すべく、そして痴漢お兄さんから逃げるべく、再び吹雪の中を走り出した。追って来たらどうしよう。早く扉探さないと。


 吹雪の中を進んでいくと、そこは行き止まりになっていた。マジか。本気と書いて、マジか……。私は思わず壁に手をついて項垂れた。でも、横を向くとまだまだ庭は続いている。私は気を取り直し、壁に沿って進んでいった。


 疲れた。本気で疲れた。寒さは感じなくなったけど眠い。とにかく眠い。ああ、お布団が恋しいな。今、この雪の中で横になっても、ぐっすり眠れる気がする。いや、眠っちゃダメだって事くらいは分かってるよ。でも、もう疲れたよ。雪山で遭難した人ってこんな気持ちなんだろうな。明日の朝には、私は冷凍死体になってこの城の裏庭に転がっているのかな。まだ二十歳なのに……。お酒だってまだあんまり飲んだ事無いのに。一回で良いから高級なお酒、飲んでみたかったな。もし無事に帰れたら、実家に帰ってお父さんとデパートに行こう。高級なお酒を買って、二人で晩酌だ。そうだ、そうしよう。


 私はフラフラする足を叱咤し、壁に手をつき、倒れそうになる身体を支えながら先に進んだ。すると、感覚の鈍くなった左手にはめている手袋に、何かが引っ掛かる感触がした。見ると、それは扉の蝶番だった。扉だよ、扉! 扉があった! これで外に出られる!


 かなり小さめの木戸は、私がギリギリ立って入れるくらいの高さしかない。扉にしてはかなり小さいけれど、れっきとした扉だ。私はドアノブに手を掛けると、ゆっくりと木戸を開いた。

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