農園 1
次の日の朝食のメインは、ラッセルボックの煮込み肉だった。少しビーフシチューに似た味がして、お母さんのビーフシチューを思い出して涙が出そうになった。そして、食後には昨日の約束通り牛乳が用意してあった。湯気を上げるホットミルクを、食後にラインヴァイスが淹れてくれる。私はそれを満面の笑みで受け取りると口を付けた。
「どうだ」
口を開いたシュヴァルツは今日も上から目線。偉そうに腕を組み、傲慢そうにこちらを睨んでいる。ラインヴァイスは緊張した面持ちで、私がホットミルクを飲むのを見守っていた。
「う~ん」
私はホットミルクを一口飲み、飲むのをやめた。そして、テーブルの上に置いたホットミルクを見つめる。何か違う。上手く言えないけど、味が濃い。そりゃもう、濃すぎるくらい。ホイップしていない生クリームを温めて飲んでいるみたいな味がする。これ全部飲んだら胃がムカムカしそう。
「何か、違う……」
私がそう答えると、シュヴァルツとラインヴァイスが顔を見合わせた。
「どう違う」
シュヴァルツが腕を組みながら上から目線で問い掛けてきた。ラインヴァイスも私の答えを待っているようにこちらを見ている。
「上手く言えないんだけど……。何というか、味が濃いの。あ、不味い訳じゃないよ? でも……全部は飲めない、です。ごめんなさい」
私が頭を下げると、ラインヴァイスがホットミルクのコップを下げてくれた。せっかく用意してくれたのに、申し訳無い事をしたな。
「決まり、だな」
そう言ってシュヴァルツは立ち上がった。私の頭の上にクエスチョンマークが飛び交う。何が決まったんだろう?
「今日は農園に行く」
「は? 農園? 何で?」
シュヴァルツの思いがけない提案に、私の頭の上のクエスチョンマークが増えた。
「無論、アオイの世界の食物とこちらの世界の食物の違いを確かめに、だ」
そう言い残し、シュヴァルツは虚空に消えた。違いって、何でそんな物を確かめる必要があるの? シュヴァルツの言動の意味が分からない。私は椅子に座ったまま、傍らに立つラインヴァイスを呆然と見上げた。ラインヴァイスはというと、何故か嬉しそうに口元を綻ばせていた。何? どうした、少年。
暫くして戻って来たシュヴァルツは、ピンク色の布を私に投げよこした。広げてみると、それはピンク色のドレスだった。昨日の真紅のドレスと違い、少しスカート丈が短く、膝くらいまでしかない。ワンピースに近いデザインだ。白いレースと、所々散りばめられたダイヤみたいなキラキラ輝く宝石で、無駄に豪華なピンクのワンピース。に、似合わない。
「着替えだ」
シュヴァルツはさも当然とばかりにそう言った。こんなドレスより、私の服、返してよ。
「私の服――」
「早く着替えろ」
私の発言は聞く耳持たず、シュヴァルツは私の声に被せるように言った。服、返すつもりは無いんだね……。私は溜め息を吐くと、渋々洗面所に向かった。
ちょうど着替えが終わるか終らないかくらいのタイミングで、コンコンと洗面所の扉がノックされた。私は手早く胸元のリボンを結ぶと、慌てて洗面所の扉を開いた。すると、洗面所の扉の前には、ラインヴァイスが神妙な面持ちで立っていた。
「靴をお持ちしました。あと、これも、その……冷えるといけませんので……」
ラインヴァイスがそう言って靴を私の足元に置き、白い物を手渡してくれる。何、これ? 私は首を傾げながら靴を履きかえると、白い物を受け取り、再び洗面所に戻った。そして、白い物を広げてみる。それはかぼちゃパンツと靴下だった。私はドレスが汚れるのも気にせず、四つん這いになって項垂れた。
何が悲しくて、年頃の少年にパンツを手渡されないといけないのだ。毛糸のパンツみたいに下着の上から穿く物だろうけど、パンツはパンツ。ラインヴァイスのさっきの表情は、神妙な表情ではなく、強張った表情だったのね。そりゃ、手渡す方だって恥ずかしいわ……。
いつまでも項垂れたままではいられない。私はかぼちゃパンツを穿き、白いレース付きの靴下を履くと洗面所を後にした。なんか、昨日のドレスといい今日のワンピースといい、乙女趣味全開で恥ずかしい。痛いコスプレっぽいな……。
「ふむ……」
私の姿を見たシュヴァルツは、顎に手をやり、こちらを睨んだ。またどこか変だったのかな? 今日は胸元のリボン、曲がらずにちゃんと結べたはずなんだけど……。なんか居心地が悪い。ついつい、モジモジしちゃうな。
「な、何? 何か変?」
「いや。では行くぞ」
シュヴァルツはソファから立ち上がると、私の右手を取った。その瞬間、視界が一瞬霞み、次の瞬間には畑の真ん中にいた。広大な畑は、大学の近くの風景を彷彿とさせる。元の世界に帰りたい……。家族に会いたい……。私がいなくなって、すごく心配しているよね……。胸が痛い。
「ここ……」
「竜王城内の農園です。竜王城だけでなく、この近隣の町や村の冬の食糧を賄っている、我が国自慢の農園です。室内ですし、雪や寒さによる影響もほとんどありません」
ラインヴァイスが胸を張って答えた。そうか、お城の中に農園まであるのか。流石は異世界。しかも、この近隣の町や村に食料を賄うって……。見渡す限り畑だし、相当広いんだろうな、ここ。お城の中なのに。どうなってんの?
「竜王様!」
私が呆れたように農園を見回していると、シュヴァルツを呼ぶ声が聞こえた。ここの農園で働いている人なのだろう。私は声のした方を振り返って凍り付いた。こちらに駆け寄ってきているのはワイルドなイケメンだった。そう、私がこの世界に来て初めて会った、狼男に変身するワイルドイケメンだ。
私と目が合った瞬間、ワイルドイケメンが狼男に変身した。裂けた口、そこから覗く白い牙、爛々と光る金色の目に私の恐怖は最高潮。逃げよう、逃げなければと思うのに、身体が全くいう事を聞かない。足が竦んでしまって動けない私を他所に、狼男が眼前に迫る。
「いやあぁぁぁ!」
私が涙目で叫んだ瞬間、鈍い音と共に狼男の姿が掻き消えた。呆然とする私の横で、シュヴァルツが溜息を吐きながら足を下ろす。もしかしなくても、シュヴァルツが狼男に回し蹴りを放ったよね。あっちの方でオオカミさんがピクピクしているけど、大丈夫なの?
「ヴォルフ」
シュヴァルツが地を這うような声で狼男を呼んだ。狼男――ヴォルフは跳び起きると、ピシッと背筋を伸ばして正座をした。耳が垂れてビクビクしているオオカミって、愛嬌があるな……。
「貴様というやつは……!」
「も、申し訳、ございません!」
ヴォルフも見事な土下座を見せてくれた。そんなヴォルフにラインヴァイスが無言で歩み寄ると、無造作にその尻尾を鷲掴んだ。すると、ヴォルフの身体がビクリと震え、みるみるうちに元のイケメンに戻る。ヴォルフの尻尾を離したラインヴァイスは、ヴォルフの傍らに膝を付くと耳元で何かを囁いた。ラインヴァイスさん、黒い笑みが浮かんでいますが……? こ、怖いですよ? ヴォルフはというと、未だ出たままになっている尻尾を押さえ、真っ青な顔でぶんぶんと首を横に振っている。ラインヴァイスは満足そうに頷き、こちらに戻って来た。何を言ったんだろう、一体……?
「お待たせ致しました。スイギュウの元へはヴォルフが案内致します」
「だ、大丈夫なの?」
いきなりオオカミさんになって襲って来る人は信用出来ません。私は不安に駆られ、ラインヴァイスの顔を窺った。ラインヴァイスは私と目が合うと、にっこりと可愛らしい笑みを浮かべた。
「ええ。大丈夫ですよ。ワーウルフが命よりも大事にしている尾を担保にしましたから」
「え?」
「案内中にワーウルフの姿になってアオイ様を襲うような事があれば、尾を切り落とすと言い含めましたので。尊厳の象徴でもある尾を奪われるなんて、ワーウルフにとって、これ以上ない屈辱でしょう」
さっき、黒い笑みでヴォルフに囁いていたのはそれだったのね。可愛らしい顔をしているけど、ラインヴァイスって案外ヴァイオレンスな性格なんだ……。怒らせないようにしよう。
「行くぞ」
シュヴァルツが呆れたように言うと、ヴォルフが先導して歩き出した。畑の中で四人が一列になって並んで歩く様は、RPGのようで少し面白い。まあ、私と一緒に歩いているのは、RPGのような仲間ではないんだけどね。言ってて悲しくなってきた……。




