図書館 2
パラパラと本のページを捲っていくシュヴァルツを見守っていると、とあるページでシュヴァルツの手が止まった。そして、開いたページを私に見せる。そこにはとてもリアルにジズが描かれていた。獰猛そうな目、鋭いくちばしと爪。この挿絵を描いた画家さん、良い仕事してますねぇ。
「ジズよね?」
私がシュヴァルツに尋ねると、シュヴァルツは「そうだ」と愛想の欠片も無く頷いた。顔は相変わらず険しいし、返事も不愛想だけど、さっきまでの不機嫌オーラは消えている。
「これが何?」
「ジズは、この魔大陸で一般的に食されている食用の動物だ。他は――」
シュヴァルツは再び本のページをパラパラと捲っていった。シュヴァルツのこの言い方……。地理の次は食べ物講座? もしかして、今見ているのは動物図鑑的な物で、魔大陸で食べている物でも教えてくれるの?
「このべへモスも一般的だ」
本のページを捲ってシュヴァルツが指差した絵は、何というか、鋭い牙が生えているカバだった。カバ、食べるの?
「カバ……」
私の呟きが聞こえたのか、シュヴァルツがこちらを睨んだ。いや、こっちを普通に見ただけなのかな? 目つきが鋭い上に、こちらを上目遣いに見やる姿は、睨んでいるようにしか見えないな……。
「お前の世界にもいるのか」
「ちょっと違うかもしれないけど、いるにはいる」
でも、日本では食べない。小さい頃、家族で行った動物園で見た事があるだけだ。食べた事は無い。それに、食べろと言われても私には絶対に無理だ。
「では――」
「これ、私に食べろとか言わないでよ? 無理だよ、絶対に」
私がげんなりした表情でそう言うと、シュヴァルツは少し肩を落とした。何でがっかりしてるの? 私がカバを食べられない事、そんなに残念かねぇ?
「あとは――」
シュヴァルツは再び本のページを数ページ捲った。
「ラッセルボックも食す機会が多い」
シュヴァルツが示した先には角の生えたウサギらしき挿絵が描かれていた。ウサギかぁ。確か、フランスかどっかでは、ウサギ、食べるんだよね。日本でも野ウサギを食べる地方もあるはずだし、さっきのカバみたいなのより数段マシかもしれない。
「因みに、大きさは?」
「この程度だ」
私の問いに、シュヴァルツは胸の前で五十センチ程手を広げた。中型犬くらいの大きさだから、元の世界のウサギよりは少し大きいな。でも、モンスターって程の大きさではないし、ちょっと太ったウサギって思えば食べられる、かな?
「それだったら、まあ、何とか……」
「そうか」
いや、そうかって……。それだけ? 全く興味無さそうな反応なんだけど。
「あとは、このワームだな。この辺ではあまり食さないが、周辺国では一般的に食されていると聞く。この辺に住む者にとっては、春を告げる珍味だ」
シュヴァルツが指差した挿絵を見て、私の顔から一気に血の気が引いた。だって、大きな白い芋虫の絵だったんだもん。リアルに描かれているから余計に気持ち悪い。こんな絵、見せないでよ! どう考えてもこんなの食べられない! 私はギュッと目を瞑り、激しく首を横に振った。
「そうか」
シュヴァルツは溜め息交じりに呟くと、本のページを捲っていく。
「クラーケンも無理か。この近くの海でよく揚がる特産品だ。肉以外なら、この辺ではこれが一般的に食されている」
シュヴァルツが指差した絵はイカだった。イカは大好物だ。イカフライ、美味しいよね。それに、どんなに大きくてもたぶん大丈夫。だって、イカって見た目があれですから。
「それは大丈夫。元の世界でもよく食べてたし、かなり大きくても驚かない……と思う」
私がそう答えると、シュヴァルツは驚いたように少しだけ目を見開いた。もしかしたら、この世界でも限られた地域でしかイカは食べないのかもしれない。食べると美味しいのにね。
「アオイ。お前の世界では、どんな動物を食していた」
唐突にシュヴァルツに名前を呼ばれ、私は驚いてシュヴァルツを見た。どうしたの? 小娘じゃないの? どういう心境の変化? シュヴァルツはというと、いつもの偉そうな上から目線で私を睨んでいた。腕組みをしていて、威圧感が半端無い。
「ど、どんなって……」
「ここの本に似た動物はいるか」
シュヴァルツは手元の本を私の方へ押しながらそう言った。そっか……。カバとかウサギとかいるんだったら、牛とか豚とか鶏とか、元の世界の動物がいても不思議じゃないのか……。私はパラパラとページを捲りながら、本の挿絵を見た。
「あ!」
いた。馬、だけど……。馬刺し、美味しいよね。でも、この馬、角が生えている。これ、ユニコーンじゃない?
「ユニコーンだな」
「ユニコーンですね」
シュヴァルツとラインヴァイスは顔を見合わせ、何とも言えない表情をした。RPGやラノベでは、ユニコーンって神聖な動物として扱われている事が多いし、食べちゃダメなんだろうか?
「えっと、やっぱり食べない、よね?」
「ああ。食用ではないな。騎乗用だ」
シュヴァルツは私の問いに、腕を組みながら大きく頷いた。騎乗用って事は、馬とほぼ同じ扱いって事だよね。って事は、神聖な動物じゃないのかな? じゃあ、さっきのシュヴァルツとラインヴァイスの反応は、馬を食べない国の人の反応――カルチャーショックを受けた人の反応って事?
「た、たまにしか食べなかったよ? いつも食べていたわけじゃないからね。本当にたまーに食べるだけだから! 数えるくらいしか食べた事無いからね!」
私は慌てて自分自身でフォローを入れると、再びページを捲った。そして、数ページ捲ったところで、再び元の世界の動物と対面した。
「これ、鶏……」
「コカトリスですね」
私が指差す絵を見て、ラインヴァイスが教えてくれる。コカトリスって聞いた事があるな。確か、RPGの雑魚でいたはず……。でっかい鶏だったかな?
「やっぱり大きいの?」
「そうですねぇ、ユニコーンより少し大きい程度でしょうか?」
ラインヴァイスは顎に手をやり、小首を傾げながら教えてくれた。ホント、可愛い仕草が似合うなぁ。
「ユニコーンより大きいって、随分大きいよね」
「アオイの世界ではどれくらいだ」
シュヴァルツが腕を組み、いつもの傲慢そうな顔で聞いてきた。綺麗な顔なんだから、少しは愛想よくすれば良いのに。勿体ない。
「これくらい」
私は胸の前で、鶏がすっぽりと収まる程度に手を広げた。騎乗用のユニコーンより大きいコカトリスと比べると、びっくりするくらい小さいんだろうな。
「ええ! コカトリスの雛より小さいのですか!」
ラインヴァイスが驚いたように声を上げた。コカトリスの雛より小さいって……。コカトリスの雛、どんだけ大きいんだ。
「肉も食していたのか」
「うん。よく食べてた」
シュヴァルツの問いに、私はこくこくと頷いた。鶏のから揚げ、美味しいよね。私、毎日おかずが鶏のから揚げでも良いくらい好きだよ。
「そうか……」
シュヴァルツは少し残念そうに呟いた。え? 何で?
「コカトリスの卵は極一般的な食物だ。だが、肉――正確には血なのだが、致死性の高い猛毒だ。食せるのは無精卵のみだ」
な、何だってー! シュヴァルツはサラッと言ったけど、鶏肉、食べられないって事ですか? 鶏のから揚げは、この世界にいる限り食べられないって事ですか?
「そ、それ、本当? 火、通しても無理?」
「ああ」
私はがっくりと項垂れた。シュヴァルツはあっさりと頷いてくれたけど、私にとっては大問題だ。鶏のから揚げが食べられないなんて! こんな世界に召喚したヤツ、覚えてろよ。食べ物の恨みは恐ろしいって事、思い知らせてやるんだから!
「他は」
シュヴァルツに促され、私は本のページを緩慢な動作で捲った。
「牛、かな?」
次に見つけたのは牛だった。でも、闘牛に近い感じで、筋骨隆々で角が大きい。私のイメージする、牛乳パックに描かれているようなホルスタインとは、少しだけ体格が違う気がする。
「スイギュウだな」
「スイギュウですね」
またしても、シュヴァルツとラインヴァイスが微妙な表情をした。まさか、牛も食べられないの?
「今度は何?」
私はむくれながら二人に問い掛けた。さっきの鶏のダメージが大きすぎて、口がへの字に曲がっているのが自分でも分かる。
「スイギュウは農耕用だ。肉は食さない。べへモスの方が柔らかく、上質な肉がとれるのでな。乳に関してはそのまま飲む地域もあるが、この辺では加工して料理に使うのが一般的だ」
牛肉は食べないらしい。でも、牛乳はあるみたいだし、少し安心した。牛の肉ってお値段が高かったから頻繁には食べてないし、鶏肉よりダメージは少ない。でも、食べられるのなら食べたいな……。
「そっか。お肉、食べないんだ……」
「今日という訳にはいかんが、スイギュウの肉は用意しておこう」
「うん。ありがと」
私が少し口元を綻ばせると、シュヴァルツが少し視線を逸らし、フンと鼻を鳴らした。
「でも、牛乳があって良かった」
加工して料理に使うって事は、乳製品っぽい物も大丈夫って事だしね。私の朝の日課、牛乳の一気飲みも出来そうで一安心。
『ぎゅうにゅう……?』
シュヴァルツとラインヴァイスは声を綺麗にハモらせ、不思議そうに顔を見合わせた。
「あ……。スイギュウのミルク? 乳?」
「アオイのいた世界では、スイギュウの乳をぎゅうにゅうと呼んでいたのか」
「うん。そうだよ。よく飲まれている飲み物でね、私なんか毎日飲んでたんだ」
「ほう、そうか。明日から飲めるよう、手配しておこう」
「本当? ありがとう!」
私が満面の笑みでシュヴァルツにお礼を言うと、シュヴァルツは面白く無さそうに明後日の方を向いた。何、この反応? 感じ悪い。私の傍らではラインヴァイスはクスクスと笑っている。何がそんなに面白いんだ、少年。
「何?」
「いえ、何も」
私が怪訝そうにラインヴァイスを見上げると、ラインヴァイスは神妙な表情で頭を下げた。そして、顔を上げたと思ったら、私から顔を逸らした。心なしか、肩が震えている。何? どうした、少年。
釈然としないが、私は豚探しをする事にし、本のページを捲っていった。この際、猪っぽいのでも良いや。この世界では、豚肉、食べられるのかな? トンカツ、食べたいな。
「いた。けど、豚? あれ? 猪、かな? どっちだ?」
私は豚らしき動物の挿絵を見て首を捻った。豚と猪の間くらいの動物だ。中間って事は、イノブタってやつかな?
「ブタイノシシ、か……」
シュヴァルツは苦々しい表情で呟いた。もしかして、これも食べないの?
「ブタイノシシ? イノブタじゃなくて? これも食用じゃないの?」
「アオイの世界ではイノブタと呼んでいたのか。これは食用だが、魔大陸には殆ど生息していない。人族の住む、メーア大陸やその周辺の諸島には多く生息しているのだがな」
シュヴァルツの答えを聞き、私は再び項垂れた。この国では豚肉、稀少価値の高い超高級品って事だよね……。トンカツ、食べられないのか……。
「全く生息していない訳では無いし、そのうち用意してやろう」
「いい……」
私は項垂れながら首を横に振った。超高級品のお肉なんて、小市民の私には恐れ多くて絶対に喉を通らない。結局、普段から食べられそうなお肉は、角が生えたウサギとスイギュウ、か……。辛うじてユニコーンも入れるとしても三種類だけ……。いや、三種類もあると考えよう。イカと卵もあるし。牛乳だって飲めるし、乳製品も大丈夫なんだから! 少しは安心してご飯が食べられるようになったじゃない!




