図書館 1
シュヴァルツに連れて来られた図書館は凄い所だった。三階建ての建物がすっぽりと収まりそうなくらい高い天井に、だだっ広い円形ホール。そこを埋め尽くす天井まである本棚と、本を取る為に設置された階段と通路。ホールから放射状に延びる廊下。独りで来たらどこに何があるかなんて分からないし、迷子になる自信がある。
「ほぉ~!」
私は感嘆の声を上げ、天井まである本棚をポカンと眺めていた。司書さんらしき人もおらず、人影なんて見当たらない。図書館はしんと静まり返っていた。だからか、やけに私の声が響く。
「小娘。何を呆けている」
隣を見ると、シュヴァルツが呆れたような顔で私を見ていた。シュヴァルツにとってはこの図書館は当たり前かもしれないけど、私にとっては未知の空間なのに。失礼な言い方だな。
「ここ、どれくらいの本があるの?」
私はシュヴァルツの後ろに控えているラインヴァイスに問い掛けた。シュヴァルツがラインヴァイスを見る。私からは影になって見えないが、シュヴァルツの顔を見たラインヴァイスは困ったような表情をした。何で?
「魔道書も含めますと、ざっと百万冊程かと」
「ひゃ、百万! そんなに!」
私は再び天井まである本棚を見た。重厚な装丁をされた本がぎっしりと詰まっている。高そうな本……。印刷機械なんて無いだろうし、もしかしなくても、この世界の本って高級品なんじゃないかな……。ふと、そんな疑問が湧く。
「ねえ、本ってとっても高いんじゃないの?」
「ええ。庶民はなかなか手に入れられませんし、ここまでの蔵書を誇る王も、世界広しといえど、なかなかいないでしょう」
ラインヴァイスはニコニコと笑い、誇らしげに胸を張った。
「先代や先々代の蔵書もある。行くぞ」
シュヴァルツはつまらなそうにそう言うと、ホールの中央にあるテーブルに向かった。私とラインヴァイスもその後に続く。カルガモ親子再びだ。やっぱり変な構図。
「ねえねえ」
私はふとある事に気が付き、隣を歩くラインヴァイスの袖を控えめに引っ張った。すると、ラインヴァイスが驚いたように私を見た。
「何か?」
「あそこ、何? あと、あそこと、あそこと、あそこ。変な感じがするんだけど」
そう言って私が指差した先はホールから伸びる廊下。全部で十二ある廊下のうち、幾つかから変な感じがする。何かこう、ピリピリする感じ。
「あそこは……」
ラインヴァイスが言い淀み、困ったような表情をした。私、何か変な事聞いたかな? そんな事、無いと思うんだけどな……。
「魔道書がある通路だ。お前には関係ない」
シュヴァルツがラインヴァイスの代わりにそれだけ答え、スタスタと先に行ってしまった。魔道書って何? 読むと魔法が使えるの? RPGでも、アイテムでナントカの魔道書とかあるよね。そんな感じ?
「ねえ、魔道書って何?」
私はシュヴァルツを追い掛けながら疑問を口にした。シュヴァルツは答える気が無いのか、振り返らずにスタスタと歩いて行く。
「ねえ! ちょっと聞いてるの? 魔道書って何?」
私は声を張り上げてシュヴァルツに再度問い掛けた。すると、シュヴァルツが急に立ち止まる。シュヴァルツのすぐ後ろを追い掛けていた私は、危うくその背中に突っ込みそうになった。急に止まらないでよ。危ないな!
「お前に魔道書を読ませるつもりは無い。忘れろ」
「だーかーらー、私は魔道書って何だって聞いてるの! 読む読まない以前に、何だって聞いてるの!」
こちらを見ず、魔道書についても語ろうとしないシュヴァルツに、私の我慢が限界に達しそうになった。ラインヴァイスが困ったような表情で私とシュヴァルツを見比べている。
「さっきから私の質問に答えないし、何なのよ!」
「魔道書は、魔術行使の際に必要な術式を書き込んである書物です」
そう答えたのはラインヴァイスだった。シュヴァルツが無言でラインヴァイスを睨む。睨まれているラインヴァイスはというと、委縮した様子は無く、困ったような複雑な表情を浮かべていた。ノイモーントやフォーゲルシメーレとは違って、ラインヴァイスはシュヴァルツが怖くないのかな?
「竜王様、治癒魔術くらいは――」
「出来ん」
シュヴァルツは不機嫌そうにそう言うと、再びテーブルに向かって歩き出した。私の隣で小さな溜め息が聞こえる。苦労しているんだね、少年。
シュヴァルツに案内されたテーブルに到着すると、ラインヴァイスが椅子を引いてくれた。椅子もテーブルもあめ色に輝く、よく手入れされた逸品だ。高いんだろうな、これ。私がおずおずと椅子に座ると、正面にシュヴァルツが座った。ラインヴァイスは私の傍らに立っている。
テーブルの上には、大きな巻紙と数冊の本が置いてあった。ラインヴァイスが巻紙を止めている紐を解き、テーブルの上に広げる。それは大きな地図だった。陸地らしい大きな図形が中央に一つ、その周辺に島らしい小さな図形がいくつも描かれている。この世界の事を教えてくれるって言っていたし、これは魔大陸の地図なのかな? 大きな陸地の真ん中やや右寄りに大きな入り江があり、陸地全体がCに近い形をしている。
「地図……」
私が呟くとラインヴァイスが頷き、大きな入り江の一番奥の一点を指差した。
「ここが竜王城になります」
ラインヴァイスが指差した先には、お城みたいなマークがあった。その上にミミズの這った跡みたいなものが書かれている。たぶん、この世界の文字はミミズの這った跡みたいな形なんだろう。不思議な事に、その文字が「竜王城」を意味するものだとすぐに分かった。勇者補正ってやつなのかな? 便利だなぁ。
「これ、魔大陸の地図よね?」
「ああ、そうだ」
シュヴァルツが腕を組みながら偉そうに答えた。地図を見ると、魔大陸は七つの領地に分かれていた。確か、七人の王がいるって言っていたし、それぞれが王国なのだろう。大きなお城っぽいマークが七つあるし、小さいお城っぽいマークに至っては結構な数がある。小さいマークは防衛拠点の砦か何かなのかな? 魔大陸中央に竜王シュヴァルツの国があり、それを囲むように六つの国がある。国土が一番広いのはシュヴァルツの国だ。流石は大魔王。
「ねえ、他の魔人族の王様って、どんな人達なの?」
私が傍らに立つラインヴァイスに尋ねると、ラインヴァイスは困ったような表情でシュヴァルツを見た。すると、シュヴァルツが面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「どの王も、一癖も二癖もある、食えん奴らだ」
シュヴァルツは不機嫌そうにそう言った。でも、どの王様もシュヴァルツにだけは言われたくないと思うんだ。だって、シュヴァルツも十分食えない人だよ?
「あんまり仲は良くないの?」
私が傍らに立つラインヴァイスを再び見上げると、ラインヴァイスは苦笑していた。シュヴァルツの舌打ちが聞こえ、不機嫌そうなオーラが漂って来る。何でそんなに不機嫌なの? 自分で図書館まで連れて来たくせに。
「人族で言うところの同盟国だ。仲は悪くない」
そう言って、シュヴァルツは傍らの本を手に取った。今度は何を見せるつもりなんだろう? 地理の次は……歴史、とか?




