朝食 2
朝食はスープとサラダとお肉とパンとデザートがあった。琥珀色の透き通ったスープはパス。何が入っているか分からないから。サラダは……全部何かの葉っぱっぽい。私はフォークでサラダをひっくり返しながら、慎重に隅から隅まで観察した。うん、これなら食べられそう。チーズとかベーコンとか入っていたらどうしようかと思ったけど、入っていないみたい。恐る恐るサラダを口に運ぶと、香草の爽やかな香りと酸味のあるドレッシングの味が口いっぱいに広がった。なかなか美味しい。
「どうだ」
シュヴァルツが食べる手を止め、いつもの傲慢そうな視線でこちらを見ていた。食べているのを見張られているみたいで落ち着かない。普通にご飯を食べているシュヴァルツを、置物と思い込むのも無理があったか……。
「不味くは無いわよ」
私はむくれながらパンを口に運んだ。少し噛みごたえのあるパンだけど、フランスパンの親戚と思えば食べられるな。味に癖も無いし、普通のパンだね、パン。バターかジャムが欲しくなるな。でも、この世界のバターなんて何で出来ているか分かったもんじゃない。ジャムなんてあるのかどうかすらも分からない。……少し味気ないな。
お肉料理はもちろんパス。付け合わせの白い根菜っぽい物を口に運んだ。それはコリコリとした歯ごたえと、さっぱりした味で結構おいしかった。食感が生の人参で、味がアスパラガスに近いかな? 何もつけないで食べても結構いける。でも、塩コショウをしたらもっと美味しい気がする。コショウとか、この世界にあるのかな?
フォークを置き、デザートを食べようとスプーンを手にした私は戸惑った。今日のデザートはプリンっぽい色をしている。この色、きっと卵を使っている。何かの乳も。でも、何の卵? 何の乳? 私は小さく溜め息を吐き、手にしていたスプーンを置くと、ラインヴァイスがさっき淹れてくれたお茶を啜った。
「もう宜しいのですか?」
私が食べ終わったのか確認するように、ラインヴァイスが口を開いた。少し戸惑ったような表情をしている。
「うん。下げて良いよ。ご馳走様」
私の答えを聞き、ラインヴァイスは困ったようにシュヴァルツを見た。そして、シュヴァルツが無言で頷くのを確認すると、私の目の前のお皿を片づけてくれる。
「ありがとう」
ラインヴァイスがお皿を片づけ終わったタイミングで、私は彼にお礼を言った。シュヴァルツがお肉を優雅に切りながら、面白そうに片眉を上げる。それを視界の隅に捉えた私は反射的に叫んだ。
「何よ!」
「いや、面白いこむす――」
「だから、葵だって言ってるでしょ!」
私は勢いよく立ちあがって叫ぶと、不貞腐れながら出窓に向かった。今日は一日中出窓で日向ぼっこだ。やる事が無いもん。外、出られないし。思わず溜め息が出てしまう。元の世界に帰る方法探したいのに。いつになったら帰れるんだろう。一生、このまま、とか……? ううん。絶対に帰る方法を探してみせる。帰ったら、実家に帰ろう。お母さんの手料理、久々に食べたいし。お父さんと一緒にお酒飲むのも良いな。それで、飼い猫のミーちゃんを心行くまで撫で回して、お腹に顔を埋めてウリウリして、嫌がられてネコパンチされて……。昼間は縁側でミーちゃんと日向ぼっこをするんだ。何だか、実家の事を思い出したら涙が出てきた。こんな所で一生を過ごすとか、絶対に嫌だ。家に帰りたい。私は目元の涙をネグリジェの袖で拭うと、大きく溜め息を吐いた。
「……着替えないのか」
優雅な仕草で食後のお茶を飲むシュヴアルツが口を開いた。着替えたいけど、ドレスなんて着る趣味は無い。真っ赤なドレスとか、どんな罰ゲームよ。
「着替えたいわよ。私の服、返して」
「それは出来んな」
シュヴァルツは意地悪そうに口角を上げた。本当に嫌なヤツだ。一々私の神経を逆撫でする。
「じゃあ、このままで良い!」
「そうか。着替えたら良い所へ連れて行こうと思っていたが、残念だ」
良い所と聞いて心が揺れた。シュヴァルツとお出掛けなんて嫌だけど、ここに缶詰も暇過ぎて嫌だ。外の空気吸いたいし……。うーん、悩むなぁ。
「ね、ねえ? どこ、行くつもり?」
「図書館だ」
「図書館? 何で?」
私はキョトンとした表情でシュヴァルツを見やった。シュヴァルツはティーカップを手に、ニヤリとした笑みを浮かべる。
「この世界の事を教えてやろうと思ってな。まあ、着替えたく無いのなら、無理にとは言わん」
シュヴァルツの言い方はムカつくけど、この世界の事、知っといても損は無いよね。もしかしたら、図書館に元の世界に戻るヒントがあるかもしれないし……。でも、ドレスかぁ。赤い派手なドレスなんて着たくないなぁ。うぅ~ん……。私は腕組みをして頭を捻った。
「あまり気乗りしないようだな。無理強いはせん。独り、この部屋で過ごすと良――」
「待った! ……分かった。着替える。今、着替えるから!」
私は傍らのドレスを引っ掴むと、慌てて洗面所へ向かった。何だか、シュヴァルツに乗せられた感が半端無いけど、一日部屋に缶詰めは嫌だ。絶対に嫌!
手早く着替えを済ませると、私は洗面所を後にした。ドレスのサイズはほぼピッタリ。コルセットの必要無い、着やすいドレスだった。急いで着替えたから腰のリボンが曲がっちゃった。でも、気にしない、気にしない。
「着替えたわよ!」
「着替えすらまともに出来んとは……」
仁王立ちで洗面所の扉の前に立つ私を見たシュヴァルツの第一声はそれだった。ソファで長い足を組み、残念な物を見る目で私を見ている。仕方ないじゃない! ドレスなんて着る機会、今まで無かったんだから。腰のリボンなんて、独りで形良く結べないよ。悔しくて、私の口がへの字に曲がる。
「ラインヴァイス、直してやれ」
「かしこまりました」
シュヴァルツに言われ、ラインヴァイスが私の後ろに回った。そして、私の腰のリボンを解くと、素早く結び直してくれる。
「ありがと」
「いえ」
口をへの字に曲げたままお礼を言うと、ラインヴァイスは神妙な顔で頭を下げた。そして、赤いヒール靴を私の足元へ置いてくれる。やっぱりルームシューズじゃダメ? ヒール靴って苦手なんだよなぁ。足が痛くなるんだもん。不安定だしさ。でも、せっかく用意してくれた靴だし、私は渋々ヒール靴に履き替えた。驚いた事に、それは私の足にジャストフィットし、ヒール靴独特の窮屈さが全く無かった。靴までピッタリとは。凄いな、異世界!




