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転移先が大魔王城ってどういう事よ?  作者: ゆきんこ
第一章

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朝食 1

 カーテンが開けられ、瞼を焼くような眩しさで私は目を覚ました。こんな朝早くに起こさなくても……。もう少し寝ていたい。私は光を避けるように寝返りを打ち、頭まで掛け布を引っ張り上げた。


「小娘、朝だ。起きろ」


 突如聞こえたシュヴァルツの声で、私の意識は一気に覚醒した。今日は起こしに来たの、ラインヴァイスじゃないんだ。朝からこんな嫌なヤツの顔なんて見たくない。でも、寝起きが悪いと思われるのも心外だ。


「おはよ……」


 私は身体を起こしてシュヴァルツへ不愛想に挨拶をし、洗面所へ向かった。なるべく同じ空間にはいたくないし、何よりお風呂に入りたい。昨日身体を拭いたのに、また寝汗をかいたせいでペタペタする。私は浴室の扉を開き、呆然と立ち尽くした。どうやってこのお風呂沸かすの? 蛇口、無いんだけど……。ボタン一つで沸かせるとか? いやいや、そんな訳が無い。私は項垂れながら浴室を後にした。


「ね、ねえ!」


 ネグリジェのスカートをグッと掴み、私は意を決してシュヴァルツに声を掛けた。本当はシュヴァルツに聞きたくなんて無い。会話もしたくない。でも、お風呂には入りたいんだもん。今は他に聞ける人もいないし、仕方ない。


「何だ」


 返事をしたシュヴァルツは、何故かソファで足を組んで寛いでいた。何やってんの? 勝手に乙女の部屋に入ってきて寛いでいるとか、どういう神経してんの? シュヴァルツには文句の一つも言ってやりたい。でも、今は我慢、我慢。だって、お風呂の方が重要なんだから。


「お、お風呂、入りたいの!」


 私は赤くなりながら叫んだ。お風呂に入る宣言とか、沸かし方が分からないとか、色々恥ずかしい。今、目の前にいるのがラインヴァイスだったら、こんなに恥ずかしく無い気がするんだけど。何で今日に限ってシュヴァルツが起こしに来るのよ!


「湯浴み、か」


「そ、そう!」


 シュヴァルツの問いに、私は赤くなりながらこくこくと頷いた。シュヴァルツは無言で立ち上がり、スタスタと浴室へ向かう。私もその後に続いた。


 浴室に入ったシュヴァルツは、辺りをきょろきょろと見回して、何かを探しているようだった。私もシュヴァルツにつられ、きょろきょろと浴室を見回す。シュヴァルツのこの行動、お風呂を沸かすのに何か必要な物があるって事だよね。どんな物だろう? 何となく浴室内を見回す私をよそに、シュヴァルツは何かに気が付いたようで、徐に浴室の隅へ向かった。私もその後をカルガモ親子宜しく付いて行く。変な構図だ……。


 シュヴァルツが手に取ったのは、二つの水晶玉のような物だった。水晶玉と違うのは、それぞれに色がついている事だろうか。青色の石と赤色の石。シュヴァルツはそれを不意に浴槽に投げ入れた。そんなに乱暴に扱って平気なの? 私の心配をよそに、水晶玉のような二つの石は割れるでもなく、音もなく浴槽の中を転がり、淡い光を発しだした。よく見ると、石が少しだけ宙に浮いているような……。


「青い石が水の魔石、赤い石が火の魔石だ。湯が溜まったら取り出してそこに置いておけ」


 シュヴァルツがそう言って指差した窓の淵には、丸い変な模様が刻まれていた。左が赤い色をしていて、右が青い色をしている。同じ色の所に石を置いておけば良いのかな? でも、お湯が溜まったらって……。石、入れただけだよね? いくら剣と魔法の異世界だからって、そんなんで本当にお湯が溜まるの? ふと視線を移した先――タイル張りの大きな浴槽には、既に薄らとお湯が溜まり始めていた。す、凄いな、異世界!


 私が呆気に取られて立ち尽くしていると、シュヴァルツは浴室を出て行った。と思ったら、すぐに戻って来た。手に小さな布袋を持っている。何だろう?


「使え」


 シュヴァルツから手渡された布袋の中には、ぎっしりと薔薇の花びらが入っていた。そう言えば、ここに来た日に入ったお風呂にも薔薇の花びらが浮いていたな。異世界では花風呂に入る習慣でもあるのかな? 入浴剤の代わりなのかな? まあ、乙女趣味は嫌いじゃないし、ここは素直に受け取っておこう。


「ありがとう」


 私が少し口元を綻ばせると、シュヴァルツは腕を組んで鼻で笑い、私から目を逸らした。何なの、この反応。人が素直にお礼を言ったのに。感じ悪い!




 はぁ、さっぱりしたぁ。お風呂はやっぱり最高だね。ほかほかと身体から湯気を上げながら私が部屋へ戻ると、ラインヴァイスがダイニングテーブルに朝食を用意していた。何故か二人分。シュヴァルツは何処かへ行ったようで、姿が見えない。


「おはようございます」


 ラインヴァイスは私に丁寧に頭を下げた。私もつられて頭を下げる。


「おはよ。ね、ねえ? これ……」


 私はダイニングテーブルの上を指差した。何故、二人分も用意しているんですか? 嫌な予感しかしないんですけど?


「朝食ですが?」


 ラインヴァイスは不思議そうに小首を傾げた。こういう仕草が似合うって、本当に可愛い少年だ。って、違う、違う。私は首を振った。


「朝食なのは分かってる。何で二人分もあるの?」


 私は険しい表情でラインヴァイスに問い掛けた。すると、ラインヴァイスはニコニコと、本当に良い笑顔で答えた。


「竜王様も本日からこちらで朝食を召し上がるとの事で、お二人分、用意させて頂きました」


 その答えを聞いて、私は全身の力が抜けた。膝から崩れ落ちた私は、床に手をつき、四つん這いの格好で項垂れる。何でシュヴァルツと一緒に朝食を食べないといけないんだ! ねえ、神様? 一生のお願いです。私を元の世界に戻して下さい。今すぐに!


「何をしている」


 私がのろのろと顔を上げると、シュヴァルツが傍らで私を見下ろしていた。手に赤い布を持っている。布を取りに行って、今戻って来たんだろう。突然現れる事にも、だいぶ慣れてきた気がする。


 シュヴァルツはいつもの傲慢そうな視線ではなく、呆れた視線をこちらに向けていた。そりゃそうだ。お風呂上がりに床で四つん這いになっていたら、誰だって呆れるわな……。


 私は溜め息を吐いて立ち上がると、フラフラとした足取りで出窓へ向かった。そして、出窓の淵に腰を下ろして外を眺めた。今日は天気が良いな。日差しが暖かい。


「あの……朝食は?」


 ラインヴァイスが困ったような声を上げた。ごめんよ、ラインヴァイス。今日もご飯は食べられそうにない。


「いらない……」


 私は視線を外の景色に向けたまま、溜め息交じりに答えた。シュヴァルツと朝食とか、どんな罰ゲームよ。さっきまではお腹が空いていたけど、一気に食欲が無くなったわっ!


「そうか」


 シュヴァルツが溜息を吐いたのが聞こえた。顔を見ていないから分からないけど、呆れた顔をしているんだろうな。でも、今日は薬の時みたいに、強引に食べさせたりはしないだろう。……たぶん。私がボーっと外を見ていると、突然視界が遮られた。頭の上から何かを被せられたみたい。触り心地がすこぶる良い布だ。私はそれを、緩慢な動作で頭らか剥ぎ取った。


「着替えだ」


 シュヴァルツの発言に驚いて、頭から剥ぎ取った布を広げると、それは真紅のドレスだった。腰のあたりに黒い大きなリボンが付いている、長袖のロングドレス。襟や袖、裾も腰のリボンと同じ布で縁取られていてフリフリしている。着替えって、これを私に着ろって事? に、似合わない。こんなの、絶対に似合わない!


「いらない」


 私はそう言うと、ドレスを床に投げ捨て、ようとしてやめた。だって、汚れたら勿体ないじゃない。私は着ないけど、別の人が着れば良いし。ドレスを簡単に畳んで出窓の淵に置くと、私は再び外を見つめた。遠くに見える家らしき雪の塊から煙が上がっている。朝食の準備をしているんだろうな……。こんなヤツの城じゃなく、あの家に逃げ込んでいたら、こんな事にはならなかったんだろうになぁ。


 遠い目をしながら外を見ていると、唐突にシュヴァルツが鼻で笑うのが聞こえた。何がそんなに面白い。私はちっとも面白くないし! キッとシュヴァルツを睨むと、シュヴァルツは片眉を上げた。


「何よ!」


「いや、つくづく面白い小娘だと思って」


「だーかーらー、私は小娘じゃない! 私の名前は葵だって言ってんでしょ! 神・崎・葵! 何回言えば覚えんのよ!」


 私はシュヴァルツを睨みながら苛立った声を上げた。シュヴァルツの反応は一々癪に障る。私を挑発して面白がっているとしか思えない!


 シュヴァルツは苛立つ私を鼻で笑ったかと思うと、こちらに歩み寄って来た。そして、私の座る出窓の淵に片膝を付くと、突然私の顎を掴んだ。シュヴァルツから漂ってくる甘い薔薇の香りが、私の鼻孔をくすぐる。ち、近い、近い! シュヴァルツの綺麗な紫色の瞳がすぐ近くにある。射るように真っ直ぐ私を見つめる視線に、私の身体が硬くなった。それでも何とか意地で声を振り絞る。負けて堪るか!


「な、何よ……!」


「お前は昨晩、ここから出せと、私にそう言ったな」


 シュヴァルツの剣呑な視線に、私の背筋に嫌な汗が流れた。


「い、言った、わよ……」


「食事も取らず、着替えもせず外に出たいだと? 浅はかなお前を、小娘と言わずに何と言う? 私に名を呼んで欲しくば、淑女らしいところを見せたらどうだ。ん? 小娘」


 そう言ってシュヴァルツはにニヤリと嫌味ったらしく笑った。悔しい。けれど、シュヴァルツの言った事はあながち間違いではない。病み上がりの私が食事もせず、雪が積もる極寒の屋外にネグリジェで出たら凍え死ぬかもしれない。言っている事は分かるけど……けど! 嫌味ったらしい言い方だし、笑い方! 言い返せない事が悔しい。悔しい、悔しい! 悔しいぃぃ! 私は腹立ち紛れに、顎を掴んでいたシュヴァルツの手を思いっきり叩き落とし、出窓から立ち上がった。そして、腰に手をやり、仁王立ちする。


「分かったわよ! ご飯、食べるわよ。食べれば良いんでしょ! でも、ドレスはいらない! 私の服、返して!」


 大声で叫ぶ私を、シュヴァルツは鼻で笑った。ラインヴァイスはホッとした表情をしている。何だか面白くない! 私がむくれた表情で食卓に着くと、正面にシュヴァルツが腰掛けた。ラインヴァイスが給仕らしく、お茶を淹れてくれた。


「ありがと」


 私はむくれた表情のままラインヴァイスにお礼を言うと、お茶に口をつけた。異世界の食事は何が入っているか分からないけど、もう開き直るしかない。植物系は珍しい野菜と思って食べる事にしよう。お肉はちょっと無理だから残そう。うん、その方針でいけば結構食べられそうな気がする。目の前のシュヴァルツは……置物だと思おう。シュヴァルツは置物、置物、置物……。存在感ありすぎる置物だなぁ。

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