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転移先が大魔王城ってどういう事よ?  作者: ゆきんこ
第一章

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看病 2

 次の日の朝、目を覚ました私は甘い薔薇の香りに大きく息を吸った。良い香り。ふと、ベッド脇のチェストを見ると、真紅の薔薇が活けられた花瓶が置いてあった。この香りは、この真紅の薔薇のせいか。昨日までは無かったのに……。


「お目覚めですか?」


 そう声を掛けてきたのはラインヴァイスだ。出窓のカーテンを次々と開けてくれる。急に部屋が明るくなったからか、目がショボショボする。それより、私、一体何時間寝ていたんだろう……。


「体調は如何ですか?」


 私が目を擦っていると、ラインヴァイスが心配そうに私の顔を覗き込んだ。そして、額の上の布を取って洗面器に浸す。もしかして、一晩看病してくれていたのはラインヴァイスなのかな? ウトウトしている時に薔薇の香りがしていたけど、まさか、シュヴァルツなんて事、無いよね?


「あの、ありがとう。だいぶ良くなった」


 私がそうお礼を言うと、ラインヴァイスは驚いたように目を見開いた。いや、だから、私だってお礼くらい言いますよ。何で私がお礼言うと驚くのかな、この人。


「何? 私がお礼言ったらおかしい?」


 私は眉間に軽く皺を寄せ、驚いた表情で固まっているラインヴァイスを睨んだ。


「え? いえ、決してそんな事は……。申し訳ありません」


 ラインヴァイスはハッとしたような表情をした後、深々と頭を下げた。驚くポイントがよく分からない人。


 ラインヴァイスは私に背を向けると、ダイニングテーブルに置いてあった物で何かを始めた。動作が洗練されていて無駄が無い。慣れた手つきで何かを作っている。そして、コップを手に、ベッド脇まで戻って来た。


「朝の薬湯です」


 そう言うと、ラインヴァイスは湯気の立つコップを私に差し出した。ああ、お薬ね……。私はそれを受け取ると、恐る恐る口を付けた。熱すぎて舌を火傷しそう。


「お食事は取れそうですか?」


 ラインヴァイスに問われ、私はうーんと唸った。食欲は未だ無い。胃のあたりがムカムカする。


「いらない……」


 私はそう答え、中身が空になったコップをラインヴァイスに手渡した。そして、彼に背を向けて寝転がる。まだ熱も下がりきっていないのか、体中がだるい。吐き気も続いている。そんな中で、得体の知れない食べ物なんて食べられる訳が無い。


「そう、ですか……」


 ラインヴァイスの心配そうな声が聞こえた。心配かけてごめんね。そう心の中で謝罪し、私は再びまどろみに身を任せた。




 私は薔薇園に立っていた。薔薇の花なんて枕元に置くからこんな夢を見るんだ、きっと。私はきょろきょろとあたりを見回した。いつもこの夢に出てくる美少女、今日はいないのかな? そんな事を考えながらその場に腰を下ろすと、小さく溜め息を吐いた。夢の中なのに怠い。夢って、現実の影響を受ける事があるんだね。知らなかった。私が幻想的な薔薇園をボーっと眺めていると、隣に人の立つ気配が感じられた。顔を上げると、そこにはいつもの美少女が心配そうな表情で立っていた。私の体調が悪いの、分かるのかな? ふと、そんな疑問が湧く。昨日の夢では不安そうな表情をしていたよね、確か。まあ、どうでも良いんだけど。私が視線を薔薇に戻すと、美少女に頭を撫でられた。とても優しい手つき。目つきは悪いけど、優しい子なんだね、きっと。私は静かに目を閉じ、されるがままになっていた。


――きの……ごめ……さ……! あん……こ……なる……しらな……の。


 暗闇の中に美少女の声が響くが、うまく言葉が聞こえない。


「え? 何?」


 私が目を開くと、真紅の天蓋が目に入った。夢から覚めたらしい。あの薔薇園の夢、一体何なんだろう?


「呆けた声を出してどうした、小娘」


 その声を聞いた瞬間、私の体調が一気に悪くなった。いつからそこにいた、シュヴァルツ!


「何でもないわよ。貴方には関係無い」


 私は心底不快そうな声を出した。だって、ムカついたんだもん。呆けた声って何よ、呆けた声って。まるで私がアホみたいじゃない。傍らに立つシュヴァルツをキッと睨むと、突然、シュヴァルツが私の額に手を置いた。そして、頬に手を滑らせる。つ、冷たい!


「未だ熱いな」


 シュヴァルツは形の良い眉を顰めている。一応、心配してくれているらしい。シュヴァルツは私に背を向けると、テーブルの方へ行き、カチャカチャと何か準備をし始めた。そして、暫くしてから私の方へ戻って来ると、コップを差し出した。


「薬湯だ」


 私がベッドから上体を起こしてそのコップを受け取ると、その中には今朝と同じ、少し緑掛かった薄茶色の液体が入っていた。ゆっくりと口を付けると、ほろ苦い中に爽やかな香りが口の中に広がる。砂糖が欲しくなるな、これ。


「飲んだら寝ていろ」


「言われなくても寝てるわよ」


 私はフンと鼻を鳴らすと、慎重に薬湯を飲んだ。何で慎重になっているかって? 猫舌なんですよ、私。


 私が薬湯を飲みきるまで、シュヴァルツはじーっと私を見ていた。見張られているみたい。そんな見張らなくても、捨てたりしません。だから、どこかに行って欲しい。どんなに嫌なヤツでも美形は美形だ。しかも絶世の。そんな人と同じ空間にいると思うと、変に緊張する。


「の、飲みきったわよ!」


 コップを掲げながらそう言った私の声は、見事なくらい裏返っていた。は、恥ずかしい……! シュヴァルツはそんな私を鼻で笑うと、私の手からコップを受け取った。そして、私がベッドへ潜り込むと、濡れた布を額に乗せてくれる。嫌なヤツだけど、意外と優しいところもあるのかもしれない。私がシュヴァルツを見ながらそんな事を考えていると、シュヴァルツはばさりとマントを翻して虚空に消えた。




 暫くまどろんでいると、身体がぽかぽかとして汗が噴き出してきた。あの薬湯には発汗作用があるのかもしれない。寝苦しいくらいに身体が熱くなってきた。水、欲しいな。そう思って私がベッドから起き上がると、薔薇の花が活けられた花瓶が増えていた。ソファの前のローテーブルに、いつの間にかアメジストみたいな色の薔薇が置いてある。いつ、誰が置いていったんだろう? ウトウトしていて、全く気が付かなかった。


 私はベッドから降りるとソファへ座り、水差しの水をコップに注いだ。そして、それに口を付けながら紫色の薔薇をマジマジと見る。この色、シュヴァルツの瞳の色みたい。


「綺麗……」


「小娘、寝ていなくて大丈夫なのか」


 私は突然掛けられた声に飛び上るほど驚いた。シュヴァルツは、本当に唐突に姿を現す男だ。勘弁して欲しい。もし、着替え中だったらどうするつもりだ! 少しは乙女に気を遣え!


 ふと、私はシュヴァルツの手に持つ物に目を留めた。花瓶と白い薔薇の花。もしかしなくても、真紅の薔薇や紫の薔薇を持って来たのはシュヴァルツ?


「ねえ、もしかしてこの薔薇――」


「薔薇は嫌いか。少々殺風景だったのでな」


 やっぱり。薔薇を持って来たのはシュヴァルツだったらしい。殺風景、か。確かに、この部屋の家具は豪華だけど、空間に華が無い気がする。真紅の薔薇や紫の薔薇が置かれてから、少しだけ部屋が華やいだ気はしていた。


「嫌いじゃない。……ありがとう」


 私がお礼を言うと、シュヴァルツはフンと鼻を鳴らした。そして、ダイニングテーブルの上に花瓶を置くと、白い薔薇を慣れた手つきで活け始める。私はそれを目の端に捉えながら、目の前の紫の薔薇を手に取った。何の気なしに花の香りを嗅ぐと、シュヴァルツから香ってくる薔薇の香りと同じ香りがする。もしかして、この薔薇から作ったローズオイルか香水みたいな物を使っているの? その考えが頭をよぎり、私は急に恥ずかしくなって慌てて薔薇の花を花瓶に戻した。その時、花瓶に活けてあった薔薇の棘が私の指に刺さった。


「いたっ……!」


 私は小さく呟くと、棘が刺さった指を見た。結構深く刺さったみたいで血が滲んでいる。ティッシュなんて便利な物無いし、白いネグリジェで押さえたらシミになっちゃう。ど、どうしよう……。


「棘が刺さったのか」


 シュヴァルツは眉を顰めると、私の元へ来て屈んだ。そして、血の滲んでいる指を取ったと思ったら、徐に唇を寄せた。な、何? 何なの!


「ちょ、ちょっと!」


 顔が真っ赤になったのが自分でもはっきりと分かった。唐突になんて事をするんだ、この男! 私が抵抗しようとすると、シュヴァルツは私の指から唇を離した。シュヴァルツの唇に私の血が付いている。


「これで大丈夫だろう。私は回復魔法が使えんから、傷口に直接魔力を流させてもらった。傷はふさがっていないが、血は止まったはずだ。これくらいの傷なら明日には治るだろう」


 シュヴァルツはそう言って立ち上がると、血が付いていた自身の唇を舐めた。何という艶めかしいし仕草だ。私の顔が更に赤くなる。シュヴァルツは怪訝そうに眉を顰めると、私の額に手を当てた。


「熱が上がっている」


 シュヴァルツは私の背中と膝下に腕を差し込むと、お姫様抱っこをした。さっきの艶めかしい仕草のせいで、まともにシュヴァルツの顔が見られない。緊張して身体がカチコチでされるがままだ。く、悔しい……!


 シュヴァルツは私をそっとベッドに下ろすと掛け布を掛けてくれ、ポンポンと私の頭を軽く叩いて背を向けた。そして、ソファに座る気配がする。暫く居座るつもりか? 美形と二人っきりの空間とか、緊張して寝られない! そう思っていたのに、少しすると瞼が重くなってきた。心地よい眠気に身を任せ、私は本日何度目かの眠りについた。

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