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転移 1

 私は猛吹雪の中を進んでいた。手足が冷え過ぎて痛い。いや、その感覚すら無くなりつつある。傘は大学を出た直後に壊れた。お気に入りの傘だったのに……。当たる雪が冷たすぎて顔中が痛い。


 一週間くらい前からだろうか、今日の天気は大雪の予報が出ていた。関東の平野部で雪が降るなんて滅多に無いから大学でも話題に上がっていたし、交通機関の大混乱を予測して数日前から休講になる講義が相次いでいた。私の今日の講義も全て休講になっていた。しかし、私はそんな中でも大学へ行った。別に真面目な生徒ではないし、自分の行動が浅はかだったのも十分承知している。でも、課題が全然進んでいなかったから仕方が無かった。


 キャンバスに向かって黙々と絵筆を動かしていたのが昼過ぎ。その頃には牡丹雪というのだろうか、粒の大きな雪がだいぶ降っていて、窓の外は薄らと雪化粧をしていた。そして、次に気が付いた時には外は暗くなっていて、小さい頃に行ったスキー場でしか見た事が無い猛烈な吹雪になっていた。大雪の予報は知っていたけど、こんな猛吹雪になるなんて予想すらしていなかった。後悔先に立たず。若い身空の女子大生が大学へ泊まり込む訳にもいかず、私は仕方なくアパートまで片道二十分、雪に塗れながら進んでいた。


 私の通う大学は辺鄙な場所にある。近隣には住宅らしい住宅は殆ど無く、大学の周辺に至っては見渡す限り田んぼや畑、雑木林ばかりだ。静かな環境というものに惹かれて、私はこんな辺鄙な所にある大学を選んでしまった。それが間違いだった。まさか、春先には肥しの芳しい香りが辺りを満たすなんて思ってもみなかったし、虫だって多い。虫嫌いの私にとって、冬以外は地獄だ。ホント、親の忠告は聞いておくものだね。亀の甲より年の劫って言葉、昔の人はよく考えたものだ。そんなこんなで、都会で育った私には、独り暮らしをするうえで色々と弊害があった。家事自体は得意なんだけどねぇ。


 今だってそうだ。すれ違う人も無く、雪で畑と道の区別もつかない。猛吹雪で視界も悪い。私が歩いている所、本当に道の上なのだろうかと少々不安になってきた。実は人様の畑の中なんて事、無いよね? そう言えば、普段と周りの景色が違う気がする。いや、吹雪いているから区別なんて殆どつかないんだけど。周りに電柱が無いような……。歩いているのは畑の中で、本当に大学の近くで遭難した、とか……?


 とりあえず、どこか避難できる場所を探そう。明日「女子大生、大学帰りに遭難!」なんてニュースになるのはシャレにならないもん。こんな事で有名になるなんて真っ平御免だ。有名になるなら、私の描いた絵が認められてとかが良いもんね。


 私は一度立ち止まり、辺りをよく見回した。うん、吹雪だ。何も見えない。思わず溜め息が出てしまう。白い息がなかなか消えないな。どんだけ寒いんだ。こんな日はココアが飲みたい。おしるこも良いな。避難出来る場所なんて贅沢は言いません。神様、今すぐ自動販売機を私の目の前に出して下さい。


 こんなアホな事を考えていても仕方が無い。私は再び歩き出した。気のせいか、先ほどから変な鳥の声が聞こえている。何で吹雪の中に鳥がいるかなんて知らないよ。でも、聞こえるものは聞こえるんだもん。鳴き声からしたらカラスじゃなさそうだし、いったい何の鳥だろう。ギャーギャーうるさいな。何だか鳴き声が近くなっているし。耳障りな声。こんな吹雪の中にいるなんて、物好きな鳥だよね。いや、鳥も私に言われたくは無いか。あ、羽音が聞こえてきているから、すぐ近くにいるのかな?


 私は鳥の姿を確認しようと、鳴き声のする方を見て愕然とした。鳥だけど、鳥じゃない。いや、見た目は鳥なんだ。でも、鳥じゃないんだよ。自分でも何を言っているか分からないけど、こんなの絶対に鳥じゃない! ……見た目は鳥だけど。だって、こんな大きい鳥なんて聞いた事が無いんだもん。私の身長の二、三倍はあるよ? 小さい頃、恐竜図鑑で見た、プテラノドンだっけ、あれに羽毛を生やしたみたい。こんなの、断じて鳥じゃない、よね……?


 そんな鳥だけど鳥じゃないやつが、私のすぐ目の前に降りて来た。地面の雪が舞い上がる。そして、そいつは鋭いくちばしを大きく開いた。獰猛そうな赤い瞳に映る私。もしかして、今、私食べられそうになってるんじゃない……?


「ひぃ……!」


 頭で理解すると同時に、私は鳥だけど鳥じゃないやつに背を向け、全力で走り出した。雪に足をとられて何度も転びそうになる。半ば四つん這いになりながらも、私は全力で鳥だけど鳥じゃないやつから逃げた。人間って、本当に怖い時、声が出ないんだね。恥ずかしい事に、喉からは情けない音しか出なかった。


 転がるように逃げる私のすぐ上から羽音が聞こえる。背筋に悪寒が走り、私は逃げる進路を変更した。足場の悪い雪の中、何故出来たのか分からないような華麗なターンが決まる。すると、すぐ横に大きな何かが落ちてきた。そこ、さっきまで私がいた所だ。あの鳥だけど鳥じゃないやつが、深い雪に羽を取られてもがいている。雪煙というのだろうか、地面の雪が盛大に舞い上がった。


「ひ、ひいぃぃ!」


 私は再び情けない叫びを上げ、雪の中を転がるように走り出した。何で私がこんな目に遭わないといけないの。私が一体何をした! 品行方正とまではいかないけど、こんな目に遭う覚えもない。あいつに喰われて死んだら、神様とかいうのに会えるのかな。もし会えたら、この事、絶対に文句言ってやるんだから!


 暫く転がるように走っていると、遠目に大きな建物が見えてきた。ビルなんて無いお土地柄だ。怪しすぎる。しかし、背に腹は代えられない。遠くからは風音と共にあの鳥だけど鳥じゃないやつの鳴き声が聞こえている。怪しすぎるけど、あの建物に行こう。そう決意して、私は怪しい建物を全力で目指した。




 怪しい建物は、近くでも見ても怪しかった。何が怪しいかって? お城なんだよね、お城。某魔法学校みたいな洋風の城。所々、窓から明かりが漏れているから中に人もいるのだろう。大学の近くにこんな城があるなんて聞いた事が無い。新しいアトラクションや商業施設が出来るようなお土地柄でもないし、もしアトラクションや商業施設が出来たら絶対に大学で話題になっているはずだ。だって、近くに遊べる場所なんて全く無いんだもん。


 絶対に怪しい。かといって、引き返すつもりも無い。だって、猛烈な吹雪は続いているし、鳥だけど鳥じゃないやつの鳴き声がすぐ近くで聞こえているんだもん。今引き返したらただのアホだと思うの。私は一先ず城の中に入れそうな扉を探すことにした。


 状況はあまり好転していないけど、人がいそうな建物があって良かった。遭難だけは免れた。ああ、温かいおしるこが恋しい。お風呂にも入りたい。この、帽子からはみ出して濡れた髪の毛だけでもどうにかしたい。


 私は左手に城壁を見ながら、中に入れる扉が無いか探した。さっきの鳥だけど鳥じゃないやつの鳴き声はまだ聞こえている。不気味だ。


 猛烈な吹雪の中をほんの少し進んだところで、私は小さな木戸を発見した。ラッキー! 日ごろの行いの賜物だね。神様、ありがとう。と思ったけど、鍵掛かってるし。神様の役立たず! 私はドアノッカーに手を伸ばすと扉をノックした。


「すみませーん!」


 風の音に負けないよう、大きな声を張る。しかし、中からの応答は無かった。近くに人がいないのかな? 私はもう一度、扉をノックした。


「すみませーん! 誰か、いませんかー!」


 出て来ない。明かりがついているんだから絶対に誰かいるはずなのに。風の音が大きすぎて聞こえないのかな? もう少し大きな音でノックしてみよう。


「すみませーん! 誰かー!」


 本日一番の大声を出した瞬間、空気を割く音が上空から聞こえた。弾かれたように空を見上げると、さっきの鳥だけど鳥じゃないやつが凄い勢いで私目掛けて突っ込んで来ていた。大きく口を開けている。何で私ばかり狙う! 私なんて食べても美味しくない! 他の獲物を探してよ!


「ひぃいぃぃぃ!」


 私は涙目になりながら真横に跳んで雪の中を転がった。近くで派手な音がし、雪煙が舞う。鳥だけど鳥じゃないやつは扉付近の城壁に突っ込んだらしく、城壁に大穴が開いていた。あいつは反動で吹っ飛んだらしく、城壁の大穴から少し離れた雪の中でもがいている。……あいつ、あんまり頭が良くない事が判明。って、そんな事はどうでも良い。私は全力で走り、大穴の中に飛び込んだ。


 城壁の中はしんと静まり返っていた。城の裏庭なのだろうか、広々としたスペースには見渡す限り人っ子一人いない。何であんな大きな音がしたのに誰も出て来ない!


「だ、誰かー!」


 私が大声で助けを求めた瞬間、鳥だけど鳥じゃないやつが壁の大穴を抜けてこちらにやって来た。もっと美味しい獲物探してよ。涙が出てきた。足が竦んで動けない。獰猛そうな赤い目に、涙目の私の顔が映る。そして、鳥だけど鳥じゃないやつは、その大きなくちばしを目一杯開いた。くちばしの中にびっしりと牙みたいなのがある。やっぱりこいつは鳥じゃない。


「あぁ、あ……いやあぁぁぁぁ!」


 私は庇うように両手で頭を押さえてしゃがみ込み、ギュッと目を瞑った。食べられるところの実況中継なんてしたくない! お父さん、お母さん、ミーちゃん、先立つ不孝をお許し下さい。私は空から皆を見守っています。神様とやら、首を洗って待っていろ! ボコボコにしてやるからな!

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