04……complete!!
「なんで、会長には結構な時間かかったの?」
「いやさ、ぶっちゃけ会長のデスクの鍵壊す方に専念しようとしたら、ちょうど会長が寝にきて、その時にちょっと拝借しておいたんだよねー」
「鞄、漁ったのか」
「財布には触らないよう自分に言い聞かせたわ」
「冗談に聞こえない」
「まあ、半分本当だし。さてと、もう帰る時間、行くぞ浅井」
「へいへーい」
次の日、朝のHRで私の担任に呼び出された。このまま一時間目の間、学年主任と担任、校長とで少し話し合いたいらしい。
困ったようにハゲ散らかした頭を掻く雪山先生の様子から、やはり提出した書類についてだろう。
校長に着くと、校長先生と教頭、学年主任と、生徒会顧問が立っていた。
私は促されるままソファに座る。
「おはようございます、馬立さん。どうして呼び出されたか、わかるかい?」
「……退任届のことですよね」
「ああ……二三確認したいことがあってね、理由が諸事情とのことだけど、もう少し詳しく聞きたくてね」
諸事情の三文字で済ますのは、やはりまずかったか。そこら辺ももう少し詳しく設定付けしとけば良かったが、ついつい手を抜いてしまった。全く、どじっ子だな私。かわいいってへぺろ。
……それやってる自分を想像しただけで、キモい。
無駄なことを考えつつ、あまりない思考回路を巡り、どうしようか。あ、そうだ。こう言うときは……
一筋の涙をきっかけに、次々と涙が溢れてくる。そして、それを上手く隠さないように手で拭う。ただ、一度決壊した涙腺はなかなかに止まることをしらない。
「ど、どうしたの?大丈夫かい?」
雪山先生が慌てたように声をかける。ポロポロ落ちる涙は止まらない。顧問も教頭も驚いたのか、こちらに心配そうな声をかける。
「……辛いことが、あったんだね」
校長も声をかけてくれた。
「っ、生徒会のみ、皆さんが……」
「あいつらがどうしたんだよ?」
「……わ、たし、なんか、いらないって、やくたたずって」
私はそのまま泣き続ける。「そんなことないよ、がんばってるよ。私が知ってるよ」と雪山先生は優しく背中を擦ってくれる。機能しなくなりはじめてから、様々な委員会の架け橋をやっていたのは私だけだった。雪山先生が見ている厚生委員とのやり取りも私が一人でやっていたことを、この先生は知っている。
教頭も学生指導もしており、風紀委員の担当で、乱れ始めた生徒会で一人頑張っていた私を知っている。
顧問も、何か思い当たる端があるだろうし、何よりも私に印鑑を渡している自分に思ったことがあるのだろうか、口を閉じて黙って聞いていた。
「そうか、辛かったんだね。わかった、受理しよう。君はもう休みたまえ」
提出した書類に印鑑を押したのだろう、校長を一度見て、その様子を確認し、私は頭を下げた。そうしないと、全力でにやける自分の顔を披露してしまいそうになるからだ。
そのまま、俯いた状態で担任に促されるまま校長室から出る。気分が悪いから一度お手洗いに行きますとだけ伝え、出来るだけ遠く人影のない女子トイレに行く。
鏡を見れば、パンダを超えてどこかのメタルバンドのように広がった黒い液体に、嫌気が差し顔を洗う。こうなるなら、朝からウォータープルーフにしとけば良かった。あ、でもそしたら不自然か。
顔を思いっきり洗面所で水洗いし、ポケットに入ってたハンカチで顔を拭く。そこには、顔面塗料が全て剥がれ一段と薄くなった顔が。カラコンとつけまが少し違和感だ。
ポケットに入ってた口紅を使い、口と頬に化粧を施す。
目は小さくなったが、最近ナチュラルメイクというものが流行ってるみたいだし、まっいっか。
それにしても、簡単に騙されてくれたもんだ。学園長相手だったらあーも上手くはいかない。
昔母親に無理矢理子役養成所に通わされたことがあった。正直、母親に似て地味な顔立ちだし、演劇自体私は嫌いだった。というか、習い事が嫌いだったせいで、演劇も嫌いになったというのが正しい。
実際、オーディションも受からず、親も諦めてすぐに辞めてしまった。
けれど、そこで唯一誰よりも上手かったことがある。それが先程利用した嘘泣きだ。
泣くことは簡単だった。
そして、何回も何回も繰り返しやれば、いつの間にかに条件反射で出来るようになってしまっていた。
ただ、泣く女は屑だと、私は個人的に使わなかっただけだ。使えば使うほど、泣けばいいと思ってる、と思われる危険があるからだ。
一番の切り札は、ここぞってときに出すもんだ。
実際に、初期の生徒会の奴等に「いらない」「役立たず」と言われたことがあるし。主に副会長と書記にね。会長は暇潰しに私をパシらせたり、会計は仕事を押し付けて遊び呆けていただけだ。
勿論その頃は成績優秀でお金持ちのあいつらの肩を持つ奴のが多く、訴えても無駄。
伊織に愚痴りながらただひたすら堪え忍ぶ、それしか方法がなかった。
でも、ここ最近になって、一体誰が役立たずなのか、それが反転したのだ。
まあ、何も後ろ楯や力を持たない私が、少しだけ頑張っただけで、先程の空間は私の意に沿うように動かせたのだ。
今停まっている仕事は誰がしているのか、多くの生徒がわかっている。
けれど、それを全面に出したら、それはそれで同意をしずらいのだ。
(有権者を非難するのは人間年を取れば取るほど難しいことだろう)
だから、自分がこんなにも頑張ってるのに役立たず、いらないと言われ、もう自信喪失しました。私にはこれ以上の努力は耐えられない。だから、辞めることにしたんですー。
私が弱い女子だということを、全面に出してしまえばいい。
先生たちや委員会のメンバーに見えるように頑張っていたのに報われない、そこを押し出してしまえばいい。
もう、耐えられない、無理だ。やっと逃げる決心を渋渋したように見える私に誰も、文句は言えない。
だって、全員屑どもを見て見ぬふりをしてきたのだから。
「結果オーライ。上手く転がったから、良しとしてやろう」
ニヤリと笑った私は、更に一層不細工だった。
ある程度目元の赤みが引いたことを確認し教室に戻ると、比較的仲良い女子たちはどうしたのって話しかけてくる。なので、いつものように真面目だけど、困ったように「実はね、生徒会辞めたんだ……」と言う。
「そっか、頑張っていたもんね。大変だったね」「でも、どうして」根掘り葉掘り聞きたそうにする女子に曖昧に笑うと、何時もより化粧が薄く、少し赤くなっている目元に気付いたのか、気まずそうに話を変えてくれた。
明日には、学園中その話しかな。
表向きの理由を捏造しておく必要があるかもしれない。先生に昼休み相談すると、やはり生徒会の醜聞はあまり歓迎できないので、「家庭の事情」で通してくれるそう。私も、そう通すか。
……スタンプラリーせずに、先生に相談したら二週間早く辞めれたかも。
頭にそんなことが過ったが、それはそれで面倒だろうし、こうして辞められたのだから万々歳なのかもしれない。
この先生が根性論とか精神論とかを語る熱血教師じゃなくて、マジよかったわ。
教室に戻り、回りに集まった女の子たちに「家庭の事情なんだけど、まだ詳しくは言えなくて」とだけ伝えておいた。
放課後、友達の皆を図書室に寄るからと見送り、人がいなくなったことだけ確認する。先程メールで指定された教室に向かえば、何時ものように伊織がひたすらネームを描き上げていた。
「どう?」
「いい感じ。次こそはいけっかな」
「いけんじゃない?読み切りまでなんとかこじつけられたんだし、これからだろ」
伊織が一段落するまでゆっくりと見届け、そこから最終下校まで二人で会話をする。思えば、こんなに長い時間いたのは、本当に一年生の夏休み前以来だ。
「……今日、呼び出されたんだってな」
「まあねー、まじ校長室に呼び出しとか飯ウマとか思ってたんだけど、自分ってなるとマジねーわって感じだわ」
「で、どうだった?」
「作戦成功。mission complete!!」
「お疲れ様、解禁したトロフィーは“一般生徒に戻りたい”とかか」
「戻りたいじゃない、戻ります。つーか、戻りましたじゃね」
「あはは、そうだな!じゃあ、今日帰り、飯でも食うか。原稿代出たし、奢ってやろうじゃねぇか」
伊織の笑い声に心がほっこりする。
「じゃあ、ファミレスね」
「バカ言え、牛丼で我慢しろ」
「あ?甲斐性ねー男だな、モテねぇぞ」
「うっせ!知ってる!」
帰りは二人で安い牛丼を食べた。
実は、こんな他愛ない時間を取り戻したいから、円満に辞めれるように頑張ったと伝えたら、こいつはどう反応するだろうか。
『救いのスタンプラリー作戦』
………………complete!!
あ、このあとも続きますよ?
次回は番外編ですが。