02
「あ?なんだ、馬立か」
「はい。すみません、この書類にサインをお願いしたくて」
「……チッ、愛野との約束があるから後でな」
職員室で堂々とそのような発言をするこの男は、山城隆也。生徒会顧問を勤めている。
金髪に黒ワイシャツ豹柄のネクタイ、科学担当のため白衣を着ている。まるでホストのような甘いマスクが女子生徒に人気とのこと。
ホストって、顔よりトークじゃねぇの?誉め言葉としては微妙な気もするけど。てか、30大台にのって、豹柄ってなくね。ダサくね。てか、甘いマスクって、目が垂れてるだけじゃん。……ああ、ついつい心のなかで色々となじり踏み倒したおしてしまう。
って、そんなことはどうでもいい。
私としては、やっとのことさ生徒会会計にやらせた書類に印鑑を押してもらわないと困るのだ。
提出〆切、今日までなんだよ。
「印鑑を押すだけです」
「……だから愛野と「印鑑を押すだけです」
そう、この書類は既にあと顧問の印鑑を押すだけ。なのに、そんな幼稚園生でもできるような仕事をコイツは嫌がるのだろうか。
愛野瑠璃。
今年の新入生らしく、現在釣りゲーみたく色んな男どもをヒョイヒョイつり上げていく女の子だ。黒のミディのストレートの髪型に少し短めのスカート、そして目を見張る天使のお顔というのが、一応私の耳には届いている。現物は一度見たことあるが、前髪が長くて、しっかり顔を見たことがない。
そして、目の前の豹柄も釣り上げられて魚拓をとられた男だ。
教職なのにそこまで贔屓する余り、学校運営のための必要業務投げるとか、まじクビなっちまえ。
「あー、クソッ。お前が来る度にこんな邪魔されなきゃなんねぇのかよ」
山城は私の手元から書類を乱暴に奪い、自分のデスクを乱暴に開ける。意外と整理されてるな。その奥の方をごそごそと漁り、小さな豹柄の印鑑ケースから顧問印出した。
「朱肉ある?」
「はい」
100均で買った薔薇の花のモチーフの朱肉をポケットから出す。この学校の書類は基本的にシャチハタが禁止で、最近腑抜けの生徒会のやつらにスムーズに印鑑を貰うため朱肉を持ち歩くようにしていた。
「……お前みたいな地味な奴が薔薇って」
ただ、この朱肉を見た男たち全員からこの感想を聞かされて、デザイン可愛いからって買った四月の私をぶん殴りたい。
けれど、ここで堪えれば、印鑑を貰えることには変わりがないのだ。
朱肉を開き、印鑑を押す。これでやっと終わりかと思った。
が、その印鑑は逆さに押されていた。私は思わず、鋭い視線を先生に向ける。
「あっ、ごめん」
「先生??」
どうやら本当に間違えて押してしまい、他意はないみたいだ。が、こんなこと一度印鑑を見れば、こんなミスをしないだろう。こんなこと、学生でもわかる。
それに、これは訂正してもう一度押さないと学校で受理してくれない。
「すまんすまん、けどそろそろいかないと…」
ヘラリと笑う愛野奴隷には、そんなこと関係ないらしい。この野郎。
「これはないですよ……」
「……だよなあ。どうすれば…って、あ」
先程の発言のせいで更に鋭く増して睨み付けるような視線で先生を見る。少し悩んだ末、何か思い付いたのか。こちらに手に持っていたものを渡してきた。
そう、私に印鑑ケースを渡してきたのだ。
「お前持ってろ。俺が許可する」
コイツ、最終手段に出やがった。
印鑑を人に渡さないって、親に習わなかったのだろうか。たしかに顧問印なので銀行とかでは使えないけども、それで書類などに使う大事な印鑑を渡すなんて、大人としてどうなのよそれ。ああ、口に出して言いたいとても、言いたいが!
私の口から出てきた言葉は、
「ありがとうございます」
でした。
もうコイツとこんな下らない押し問答しなくて済むかと思ったら、そんな一般常識関係ないなと思ってしまった自分が愛おしい。
私が受けとると、それはもう豹になりたかったかのように愛野さんのところに向かってしまった。しかし、豹柄でも足おせぇなあ。てか、てれんこてれんこ必死に走る姿がマジダサい。キモッ。
気持ち悪いものを見せられたが、嬉しい戦利品を手に入れてルンルン気分で生徒会室に戻ると、先程の逆さまの印鑑に定規で線を引き、訂正印を含めて2回押した。
これはこれだけでいいのだろうか。自分のデスクに張られた付箋メモからこの書類についてを探す、ああ、そうか、これは去年の同じ書類と共に出してほしいんだっけか。
後ろにあるたくさんのファイルから去年の提出した書類をごそごそ探す。
そんな時だった。
訂正書類と一緒にもう一枚紙が出てきた。
それは去年、生徒会兼ダンス部の先輩が任期途中で交代したのだ。理由としては、ダンスの大会で全国に行くことになり、練習が増えて皆に迷惑かけるからだった気がする。そして、それのために提出した生徒会退任届けだった。
生徒会全員と顧問、校長の印鑑が押されている。
こんな、書類があったのか。
その時、私の頭に色々めぐりめぐって、一つの結論に達した。ああ、これは行けると。
去年の書類を纏めたUSBにそのフォーマットが残っていて、名前と日付を書き換え、印刷。
そして、真っ先に顧問印を押したのだ。
「……ということよ」
「ああ、なんだかスゲーな愛野ショック」
「そうだろ。私が一番の被害者だよ」
「確かになー、やりたくなかったのに任命されるってワロタわ」
「うっせ。会長直々に任命。理由は俺たちにキャーキャー言わないからとか、マジウケルンデスケドって」
「で……辞めんの?」
「うん、こんな屑集団辞めてやる」
そう、これが始まりだ。