表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/137

足首を撫でる吐息



「で」


 翌日。

 その場の雰囲気と味方のはずのゴッドフリートさんに背中を押されて正式に剣の師範をすることに。

 場所はゴッドフリートさんが所有するベルリヒンゲンと言うの名の土地。そこに広がっている大きな演習場。

 ここは普段は傭兵たちを育成する場所で、軍にも劣らない規模を誇るのだそうだ。

 その土地を復興した立役者が俺だと言うのだから感慨深いものがある。


「おはようさん」


「ゴッドフリートさん。おはようって言ってももう直ぐで日が傾くぞ」


「初めて会ったなら挨拶はおはようってもんだろ。エル・シッドの娘さんはまだ来ないのか?」


「あぁ、まだ学校らしい」


 ここでエル・シッドの御令嬢と稽古をするのだが、如何せん接し方に未だに不安が残る。

 エル・シッドの申し出だと、俺は以前彼女に接したようにしてほしいとのこと。


 そこで誓約書まで出てきたのだが、俺は思わず目を疑った。

 何故なら、俺が剣の師範をしている間はエル・シッド又はエル・シッドの御令嬢メリア・ディアス・デ・ビバールの権力に適応されないと書いていたのだ。

 例外として、教鞭を振るう者として逸脱した行為、または越権が認められた場合はこの限りではないとのこと。

 つまり、俺は以前エル・シッドの家でした様な媚を売るような真似はしていけないのだ。した場合は、それが教鞭を振るう者として逸脱した行為に当たるのだそうだ。


 俺の言はそろそろ潰瘍が出来てしまいそうです。


「しかし……俺は誰かに指導するのはあまり得意じゃないんだがなぁ」


「何を言う。確か……あのジャックだったっけか。そのジャックを軍人としてではなく戦士としても最高峰と呼んでも差し支えないまで育て上げたじゃないか」


「アレは本人の才能と……創生神の意向だよ」


「謙遜するなって」


 第一の難関として、俺は本当に教鞭を持つに値する人物なのかというところ。

 ジャックはイベントとして何をすればいいのか、どんなことを教えればいいのか分かっていたからこそできた芸当で、なおかつイベントを進めれば強くなることが約束されていたからだ。

 いわば強くなることが約束されていたんだ、スタッフによって。


 だが、今回はどうだ。

 完全にゲームに関係ない人物に、シナリオに何にも関係ない人物に、何かを教えたとしてそれが本当に上手くいくのだろうか。

 熟練の指導者ならば可能なのだろうが、俺は生きていくために叩き上げた知識とスキルしかない。

 しかも、お世辞にも熟練度は高いとは言えない。達人レベルならば、一つの武器を極めていてもおかしくない世界だ。

 すくなくとも熟練ともなれば奥義や高位の魔法を扱える。俺は良くて中級が良いところ。


 もう一度言う。

 俺が誰かに指導したとして、その俺の元で生徒は大成するのだろうか。


 これが普通の学生ならいいさ。

 大成しなかったら、生徒には才能が無かったで終わる。

 しかし、エル・シッドの御令嬢は才能にあふれている。ただ、優秀な指導者に恵まれなかっただけ。

 ここで大成しなかったら俺が全面的に悪くなる。


 エル・シッドの御令嬢なんてどうでも良いんだ!

 俺が困るんだよくそったれ!


「おっと、来たみたいだぜ。じゃあ、俺は行くから後は頼んだ」


「あぁ、悪いな。終わったら事務所に顔出すからよ」


「おうよ。せいぜい間違いだけは無い様にな」


「ほざけ。俺は二十代後半の魅力たっぷりが良いんじゃい」


 ゴッドフリートさんと雑談して時間を潰すこと数十分。

 寒い寒いこの気温が更に寒くなりそうな頃合いになってやってきた。まぁ、屋内だから関係ないのだけれど。

 見てみれば、辺りを見渡しながらこちらに向かって来る一人の女学生の姿が。

 髪は金髪。長い髪の毛は後頭部で結われており、歩く度にゆらゆらと揺れている。見た感じパイナップルみたいだと思ったのは内緒だ。

 格好は制服のままで、あまり動きやすそうな服装とは言えないが、魔物の討伐もあの格好でしていたため動きやすいのだろう。

 遠くからも見て分かるほどの美貌を持っており、きめ細やかな肌にもわず触りたくなる。


 これが未成年と言うのだから驚きだ。


 俺の元までやって来た彼女は、どこか不安げだ。

 それもそうだ、彼女の自宅で開幕早々土下座をかまして窓から逃亡した男が、何をトチ狂ったのかこうして師範を受け持ってくれるのだから。

 今自分で言ってかなり意味が分からないな、これは。


「……」


「……」


 ついにエル・シッドの御令嬢が目の前までやって来た。

 凛とした雰囲気はお高く留まった委員長を思い出させてくれる。クズな女だった。


 ……そうか、連想させろ。

 この御令嬢はあのクズ女と同類だと思えばなんてことはない。

 視界に頼るな、記憶を頼りにしろ。あののクズ女は俺に何と言ったか思い出せ。


 男子だけに働かせて何もしなかった学園祭!

 学生の間で流行っていたSNSに無理やり加入させて来た事!

 風紀のためだと言って仲良しごっこなんてさせた苦痛な日常!

 反発したら教師召喚!


 あー……いい具合に腹が立ってきたぞ。


「……師範に会って挨拶もねぇのか」


「へ?」


「挨拶もねぇのかって言っているんだ。オメェは何をしに来たんだ?」


「っ。申し訳ありません!」


 よしよし、こう言うのは勢いが付いたらそれなりに行けるものだ。

 調子付け、俺はこの場では誰よりも偉いんだ。貴族の御令嬢に対して隙に怒鳴ることが出来るんだ。

 これほどすっきりすることは無い。そうだ、これはストレス発散なんだ。


 俺が少し強い物言いでエル・シッドの御令嬢に言うと、一瞬驚いたが直ぐに謝罪をしてきた。

 地位のあるものが地位の無い者に頭を下げる。これも一種の下剋上と言うやつなのではないか?

 ともかく、コレは気持ちの良いものだ。


「メリア・ディアス・デ・ビバールですわ! このたびはお忙しい中ありがとうございます!」


「メリアだな。よろしい……それで、俺がこの前教えたことは身についているんだろうな?」


「はい!」


「よし、なら手合わせをするぞ。俺は傷をつける気で行くから……躊躇したら怪我するぞ」


「はい!」


 俺の威圧するような口調に、委縮するかムッとするかのどっちかだと思っていると、何故かメリアは嬉しそうにニコニコと笑顔になる。

 返事もはきはきとしていて背筋も伸びている。それに、話をしている間はずっと俺の眼を見ている。

 なんだか心の底から嬉しがっているようにも見える。


 あ、ダメだ、この娘普通に良い娘だ。

 クズ女に重ねようとしたけどダメかもしれん。クズ女は笑顔もクズだったはずなんだ。


 こんな娘に非常になれって?

 良いじゃないか、楽しくなりそうだ。


 つまり、おだつに乗った俺はもう止められないってことだ。




◆ ◆ ◆




「どうです? 私の腕の程はっ」


「あぁ、うん。中々筋が良いんじゃないか……な」


「本当ですの? ふふっ」


 結果から言おう。

 この娘めちゃくちゃ筋が良い。

 分かっていたことだけど、飲み込みもセンスも応用も全部良い。

 俺がこの前教えたことも全て身に着けていたし、俺が今この場で教えたこともいとも簡単に飲み込みやがった。

 更に飲み込むだけでなく、自分で解りやすく噛み砕いて自分に適用している。


 頭良い。かなり良い。

 逆に嫉妬してしまうくらいに才能がある。


 もう一つオマケにかなり楽しそうに学びやがるものだから俺もつい熱が入ってしまった。

 スタミナ的にそろそろきつくなって来たのに息が切れてもいねぇ。俺なんて肩で息しているってのに。

 本当にレベル二十かよ。


 メリアのレベルが四十もあれば俺は負けていたかも知れない。

 レベル差は絶対だと言ったが、それに間違いはない。あくまでも大前提だ。

 しかし、例外もあるわけで、熟練された技術はそれだけで“レベルに相当”する。


 例えば、レベル二十とレベル二十五のキャラクターが戦うことになったとする。

 レベル二十五の方は剣を握ったことすらない素人で、レベル二十の方はそれなりに剣を扱えるとしたらどうなるか。

 当然ながら熟練度も技術も未熟なレベル二十五は、経験豊富でそれを生業にしてきたレベル二十の剣戟に着いて行けるわけがない。

 それでもまぁ、レベル二十五の方が勝つだろう。レベルとはそういうものだ。


 しかし、仮にレベル二十三の剣士が相手だったとしたら、戦いは分からなかっただろう。

 その剣の技術が“二レベル相当”となるからだ。つまり、俺とメリアの手合わせを例えたらそうなるのだ。


 まったく、末恐ろしい。


「よし、日も落ちたところで今日はこれまでだ」


「……もう、お終いですの?」


「あぁ、終わりだ。今度の日程はまた後ほど連絡を入れる。さぁ、帰った帰った」


 気が付けば日は落ちて真っ黒な帳がどっぷりと空を染めていた。

 雪も降っているらしく、四十窓から見える空には月明かりすら見えない。

 意外と自宅から距離があるので、コレから雪道を歩いて帰ると思うと気持ちが沈んでしまう。


 稽古は終わりだと言うと、それまで子犬のように喜んでいたが目に見えてテンションが下がっている。

 そんなに誰かに教えてもらうのが嬉しかったのか、それとも俺と同じで雪道を歩いて帰るのが億劫になったのかどちらかだ。


 しかし、それは直ぐに否定された。


「お嬢様、お迎えに上がりました」


「……そう」


 どこからともなくエル・シッド邸で目にした老執事がメリアの斜め後ろに立っていた。

 熟練の盗賊を彷彿させるような身のこなしに少し驚いてしまうが、執事とはそういうものだったこと思い出して気にも留めない。

 これでメリアは雪道を歩いて帰る心配は無くなったわけだが、その顔から陰りは消えない。


 それに何か感じるものがあるのだろうが、俺はそれよりも億劫の方が勝っているために気にしない。

 メリアと一緒に送ってもらうことも考えたが、それはそれで拷問なために遠慮しておこう。


「それでは先生、ごきげんよう」


「おう、気ぃ付けて帰れよ」


 そうしてすっかり小さくなった背中をこちらに向けながら屋内演習場から出て行く。

 その時確かに、伸びていた背筋は曲がっていた……ような気もした。


 ……俺も帰るか。

 帰る時に事務所に寄っていくんだったけか。

 めんどくさいなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ