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ウロボロスって、自給自足だよね



「さて、早速で悪いが……」


 ロドリーゴ・ディアス・デ・ビバール。

 それがこのとこの名前。エル・シッドとは通称で、“エル”は定冠詞、“シッド”は主君を意味している。

 つまり、『彼こそが主君だ』と言っているのである。それは王族にも等しいと同義。

 それほどまでに、彼は偉大なのだ。


 そんな彼が……俺に頼み事だと?

 あれ、今更ながら大変なことなのではなかろうか、これ。


「娘の剣術師範になってもらいたい」


「……」


「マクラギ殿?」


 応接間に設置された一対のソファーに座って対談している。

 目の前に無能王と地位が等しい者が座っている。コレは些か軽率な行動だったのではなかろうか。

 しかも、娘と来た。俺はエル・シッドと何か関係のある人物に依頼するものだと思ってはいたが……まさか娘か。

 ここに来てだが、やっぱり断りたくなって来た。


 娘の剣術師範だなんて危険すぎて出来るわけがない。

 主に俺に危険がある。娘さんに傷をつけてしまったら俺の首が飛ぶ。

 王族の娘に傷をつけるだなんてしてみろ。末代まで迫害が約束される。


 ……あれ?

 そう言えば、俺って姫様を斬り飛ばしたんだよな?

 今更だって話だけれど、赤姫と比べるのがおかしいか。相手は恐らくお嬢様だ。

 そんなお嬢様なんてわがままだって相場が決まっている。俺が少しでも気に入らないと、俺の首がぽんぽん飛んでしまう。


 アカン、丁重に断らせてもらおう。


「……えぇー、せっかくのお話ですが……お断りさせていただきたいのですが」


「ふむ、先ほど敖閏から聞いた限りだと受けてもらえるという話だったが……理由を尋ねても良いか?」


「へへぇ、実を申しますと自分はレベルがまだまだ四十を過ぎたばかりでして、戦士としては青臭いペーペーなのです」


「そのようだな」


 ちなみにエル・シッドのレベルは八十四。

 そんなエル・シッドよりもレベルが高いジャックは何者なんだという話なのだが、これなら俺が教えるより本人が教えた方が良いという現状。

 おそらくエル・シッドは俺をレベルに納まらない人物だと思っているのだろうが、残念ながらそんなことは無い。

 ここで俺が言えることは、俺が如何にバカで無能な奴なんだと思わせることだ。

 俺が断る形じゃない。相手が断る状況を作り出してこそ上々と言える。


「名誉も武勲もなく、運だけで残って来た若造でございまして、貴方の御令嬢のような方に物事を、それも下手に教えれば命にかかわることになりかねないのです」


「うむ、その通りだ」


「ましてや他の方に指導する立場であるならば、教鞭を振るうのに必要な技術が圧倒的に足りません。私はレベルは疎か、剣の熟練度も圧倒的に未熟です」


「参考までに聞いておくが、貴殿の剣の熟練度は?」


「剣の熟練度は六十一でございます」


「そうか」


 相手に定石だけを語り掛けろ。

 俺が使えない奴だという情報だけを流すんだ。

 悲しいことにそういう情報だけは潤沢にある。俺が如何にバカな奴だと言う証拠だ。

 そこで試されるのは無駄に培った俺の話術。いや、ぶっちゃけ拙いものであるけれど、普通に腹の内を探れる程度の話術さえあれば充分だ。

 この英雄の腹の内を見たくはないが。


「どうか、考えを改めてはもらえないでしょうか」


「ふむ、そうだな。貴殿を師範として迎い入れる旨は変わらんな」


「……理由を訊いても?」


 そしてこの俺のダメな点を連ねたのにも拘らず考えを改めないエル・シッド。

 今までの話を聞いていないとしか思えない発言に、俺は思わずその理由を訊ねてしまった。止めておけばいいのにも拘らず。

 しかし、聞いてしまったのだからもう遅い。大人しく口を動かしておけばよかった。


「理由だと? 聞こえは悪いが掃いて捨てるほどあるぞ。貴殿は自分の才に気付いておられない。どこの世界に全ての武具を扱える鍛冶屋がいる? どこの世界に単騎最強と謳われた赤姫を倒す鍛冶屋がいる?」


「それは……」


「それに指導者としても有名だと敖閏から聞いた。軍の立て直しとはいかないものの、全くの新兵を化物と言って差し支えないと言わしめるまでに育て上げた実績も持っている」


「それはイベント……何にしてもそれは買いかぶりすぎです!」


 俺に才能があるだって?

 ふざけるな。俺の何を知ってそんなことが言えるんだ。

 平々凡々と言う言葉を表す俺が、そんなわけあって堪るものか。

 全ては知っていたからこそ出来たこと。何も知らずに放り込められていたら三日も経たずに仏さんになっていただろう。

 それを俺の才能だって言うんなら、俺はぶちぎれても良い。


 俺の全てを否定、ましてや本当にあるかも知れない才能すらも否定されたんだ。

 知らないとは言え、これには俺も鶏冠に来るものだ。だが、イベントとかゲームだとか言っても通じるわけがない。


 そして、俺は凡骨でなければならないんだ。

 今も昔も、これからもそうでなければならない。

 俺は無能でどこにでもいるモブにすらならない存在。俺はそうであると信じているし、そうでなければならないと思っている。


 本物の天才というのはな、平々凡々な生活なんてしていないんだ。

 王であり、名誉であり、役職であり、天才というのは成功しているんだ。


 街中を歩いている社畜共。

 その中の一人が俺なんだよ。慧眼を持っていると思い込んでいる馬鹿者が。


「とにかく、俺は貴方の娘さんを傷つけてしまえば責任など取れませんし、変な癖をつけさせて取り替えしの着かないことになっても責任はとれないんです! 一人の父親ならば、それを分かってください!」


「…………貴殿は何かを勘違いしている」


「はい?」


 俺が言いたいことを吐き捨てて、一気にまくし立てたせいか乱れていた呼吸を整えようと大きく息を吸いこむ。

 そして、少しマシになった想った瞬間、目の前から掛かる圧力が不快感を伴ってやってきた。

 姫様のとはまた違う圧力。姫様のような相手も押し潰そうと言うものではなく、相手に不安感と焦燥感を与えるまた別な嫌なもの。


 何事かと思って顔を上げたのが間違いだった。

 どう考えてもその圧力は目の前のエル・シッドから放たれている物だと分かっているというのに。


 エル・シッドは見て分かるほど不機嫌になっており、眉間に深い皺が寄るほど怒りを露にしている。

 それを見て、俺はまた一つ学習した。いつもいつも、相手が同じ土台に立っているとは思ってはいけないと。


「俺はお前に“言っている”んだ……娘の剣の師範となれ、と」


「え、いや……その」


「それとも何か? 俺の眼が節穴だと、一国を導いてきた俺の慧眼がポンコツだと“お前”は俺に言っているのかッッ!?」


「そ、そんなつもりじゃ」


「じゃあなんだ! お前が俺のことを、俺の娘の身を案じて言っているとでもいうのか!? 俺を馬鹿にするものいい加減にしろ!」


 勢いのまま立ち上がり、そのままテーブルを挟んで俺の方へと前のめりになりながらも言葉を紡ぐエル・シッド。

 毛むくじゃらの髭が俺の鼻先に当たるほど間隔を詰められ、その一言一言を俺の身に刻もうかと言わんばかりに怒鳴っている。


 ここまで怒りをぶつけられたのは久方ぶりのせいか、俺は完全に委縮してしまっていた。

 満足に言い返せることも無く、ただうわごとのように言葉を漏らすだけ。それが逆に逆鱗に触れてしまったらしい。


「俺の一言でお前は従わなくてはならない! お願い事では聞けないのであるならば命令だ! いや、命令だけでは事足りん! 権力だ、権力をもって命ずる! お前は俺の娘の剣の師範となる! 分かったかッ!?」


「は、はいぃ……」


 故に俺は頭を縦に振ることしか出来ないのであった。

 結局のところ小市民な俺にとってこの“本当の英雄”はどうしようもなく逆らえない存在であって、せっかく手にした白の国での平穏も彼の選択に掛かっているのだ。

 それを早く理解していれば、このような事態は避けられたのに。


 いつのまのか彼から逃れるためにソファーの背もたれに食いこむように身を沈ませていた。

 俺の言葉に一応満足したエル・シッドは口端を上げて、俺から離れる。そこでようやく体から力を抜くとが出来た。


 そのままずるずると、ソファーから落ちていく体をどうすることも出来ず。


「ご理解が得られて結構だ。“貴殿”には後ほどこちらから折り入って封書を遅らせてもらう。もちろん、事前に敖閏から聞いていた日程のこともそちらに任せよう。なにか質問はあるかね?」


「い、いえ、あの……対価の方は……」


「対価? くく、はっはっはっは! そんな満身創痍な身でも対価の話か! 大人物なのか、底抜けの馬鹿なのか、面白い。よかろう、対価は貴殿が望む限り払おう。では、“私”はこれにて」


 そう言ってどこか満足気に応接間を後にするエル・シッド。

 このまま食い殺されるかと思ったのは過度な思い込みではない。本当に、俺の全てが今ここで終わるかと思った。

 そんな中で俺はバカなのか咄嗟に気になっていた対価のことを漏らしてしまった。この時ほど俺が馬鹿だと思ったことは無い。


 というか最初から断ることが出来なかったんじゃないか。

 だからなのか無能王も出来るだけ受けてほしいと念を押していたのかも知れない。

 どっちにしろ、俺は受けるしか生き残る道は無かったわけだ。


「やっべ、ちびった」


 ようやく自分が置かれている状況を把握出来た俺は股間が少し湿っていることに気付いた。

 この歳になってまで失禁かよ。笑えない。

 そして、未だに体に力が入らない。糞情けない限りだが、如何せん小市民である俺にとって無理もない話。


「あー……どうするんだ、まったく」


 これで俺はまた、この国を捨てることになるかも知れないのか。

 赤の国がダメになって、白の国までダメになると……次に暮らせそうな国が黒の国だけじゃないか。

 青の国は魔法排他国家で、五国の中でも指折りの鎖国でもある。緑の国は醜い外見のエルフが支配する国自体が一つの巨大な森で、他部族の扱いが酷い国でもある。

 そして、黒の国は独裁国家で有名で、国民の負担が一番多い国だ。それでも黒の国が一番マシに見えてくるから困りものだ。


 この中から次の国を選べと。

 一気に住みにくくなったもんだ。いやだなぁ、もう。

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