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お節介は後悔する



「いいか! これに懲りたら身の丈以上のことはするなよ!」


「……はい」


「そっちも!」


「は、はいぃ!」


「もう二度と無茶しません!」


「分かったならよろしい。俺は忙しいんでな、これで失礼する」


 西の森で出会った殿方に街まで送ってもらった私たちは、自分の能力を自覚することを前提に助けてもらった。

 あの時、殿方が地面へとスレッジハンマーを叩きつけた瞬間、味わったことも無い地震が私たちとスノーウルフたちを襲った。

 結果から言いますと、その地震に恐れをなしたスノーウルフたちはその場から逃走し私たちは事なきを得た。


 さすがにまずいと思われた状況をその身一つで打破し、私たちに身の丈を教えていただいたこの殿方を認めざるをえない。

 この殿方は、おそらくギルドや軍に属する者なのでしょう。そうでなければ、いったいどこの戦士だと言うのでしょう。


 なにより、呆気に取られていた私たちに言い放った言葉に衝撃を受けたのでした。

 知っていると出来るは似て異なるものだと。知っているから、出来ると言うことではないと。

 私はこの言葉を聞いた瞬間、自分が如何に愚かなものだと理解したのでした。


 さきほど、私は自分の間違いに気付いていたのにも拘らず、相も変わらず自分は優秀なのだと言い聞かせ、再びその身を危険に投じようとしていた。

 そして、殿方に自分が如何に他の二人の邪魔となる立ち回りをしていたのかを聞かされ、愕然としたのです。


 私は勉学が出来ます。

 私は実技教科も出来ます。

 しかし、それは実戦のことではなく、全て模擬戦でのこと。

 他の方々を組んで対戦形式の授業もありましたが、結局私が相手の組を一人で倒していたのですから、連携など無理があったのです。


 私に足りなかったのは、座学でも実技でもなかったのです。

 優秀な指導者と、私の自覚なのだと。それを理解しなければいけない程に、今回の実戦は経験となったのです。


「ディアス様、これからどうなさるのですか?」


「……決まっているでしょう。帰りますよ」


「は、はい!」


「ディアス様! 魔物の討伐は……」


「未提出となりますわね。それよりも、今日は疲れましたわ。早くシャワーを浴びたいですわね」


「そ、そんなぁ……」


 そしてなにより、彼が語った武器なりの戦い方はとても魅力的な話なのですから。




◆ ◆ ◆




「……こんなものだろう」


 マホガニーも潤沢に使い、ついでに他の小物も作り終えた俺。

 赤サンゴの装飾品はほぼ無償で会長へと出荷することになるが、俺にはとても重要なこと。

 これがあるからこそ、余計に会長は俺を切れない。いやぁ、技術の独占って素晴らしいね。


 造った小物は数えられる程度。

 それでも、これだけを宝石店で揃えようものなら金貨十枚はくだらない。

 特に加工に時間がかかるわけでもないし、わずかばかりの単価でも元は取れるのだから文句は無い。

 加工前の赤サンゴ自体は原価なんて銅貨一枚も掛からない。それに、ここらにしか生息していないとはいえ、赤サンゴの群生が捨てるほどあるのだから問題は無い。

 漁師の定置網に掛かる赤サンゴを二束三文で買い取ると言えば、処分に困る漁師も助かる。


 いい商売だよ、ホント。


「もうこんな時間か……」


 材料の採取と赤サンゴの加工を終える頃にはもう日が傾き始めていた。

 鍛冶屋としてのお客さんは今日は来ていない。来なくともいいのだけれど。


 今日の晩御飯は何にしようか。

 ボルシチでも食べに行こうか。それとも居酒屋に行くのいいかも知れない。

 最近は懐事情が安定しているから食い扶持に困ることも無い。このまま願うならば何事もなく期日まで過ごせますように。


 ……そう言えば年が明ければ残り二年なんだよな。

 あの年増魔女っ娘ともあれ以来会っていないから、たまに不安になってくる。

 俺は本当に帰れるのだろうか、と。俺にだってやり残してきたことはあるし、なにより両親を心配させたくないからな。


 ましてや残してきた友達も気がかりだ。

 アイツらコミュニケーション能力が皆無だからな、俺がいなかったらサークルの勧誘も出来まい。


「おーおーおー、さむっ」


 この国は雪国なのも影響してか日が短い。

 ついさっき日が傾いたなと思ったら沈みかけてらぁ。

 早く出ないと完全に日が落ちる。そうなれば、本格的に寒くなるだろうな。




◆ ◆ ◆




「……メリア、呼び出されたわけは知っているな?」


「……はい、お父様」


 夜。

 西の森から無事帰還し、学校にも寄らずにそのまま家へと帰って来た私。

 当然、学校側から連絡が来たのでしょう。自室にいた私はお父様の書斎へと来るように執事に言われました。


 私は軽い……いえ、結構な自己嫌悪に陥っていたのですが、既に立ち直っていたので件のことで叱られることは覚悟の上。

 けれど、幾ら覚悟はしていたとはいえ、こうしてお父様に呼び出されることは早々にないこと。緊張の一つでもしてしまう。


「申し訳ありません。以後、こういったことが無いよう気を付けます」


「うむ。そうだな、もう二度と自分の身を危険に晒すことは無い様に、な」


「……失礼ですがお父様。このお話は、学校側からの……」


 はて、と疑問が浮かぶ。

 私はお父様が口を開くよりも先に謝罪の言葉を口にすると、お父様は優しい笑みで私を赦してくださいました。

 小さき頃から優しかったお父様。その反面、仕事は手を抜かないお父様。その姿を見ていた私は立派なお父様に恥じぬよう勉学に励み、お父様のような名高き騎士になるのだと誓いを立てたことも。


 そんなお父様と、何故だか話がかみ合っていない。

 私は学校側から出題された魔物を討伐し、討伐した魔物の仙骨を持ち帰ることが条件のことだとばかり思っていたのですから、さぞや呆けた顔していたことでしょう。


 呆気に取られる私を見てお父様はしてやったりと言わんばかりの表情になり、笑い始めた。

 いったい、何がおかしいと言うのでしょうか。


「メリアよ、大方私から学校から出された宿題を放棄したことを怒られるとばかり思っていたのだろう?」


「え、えぇ、そうですわ」


 更に、笑顔。


「わっはっはっは! 別に怒りはせんよ。この窮屈な業界で、お前を放り込んだことは申し訳ないと思っている。私の娘というだけでいらぬ期待を背負ってしまっていることも、申し訳ないと思っている。メリアよ、あまり煮詰めるではない」


「……何度も申し上げますがお父様。英雄エル・シッドの名に恥じないよう、私も――」


「良いのだ。もとより私は下級貴族の出とは言え、幼少期は自由に育った。そして、貴族社会に出て私は愕然とした。この業界はなんて窮屈なのだろうと」


「は、はぁ……」


 始まった。

 お父様は私に不自由しない暮らしと、羽を伸ばせる暮らしをさせたいらしく、こうして学生である身であるうちは自由にしてほしいと何度も言い聞かされているのです。

 望むのなら、ただの町娘として嫁ぐことも良いとおっしゃっている。それでは、あまりにもお父様の顔が立たない。


 どうにもお父様と私では考え方に違いがありすぎる。

 私は、お父様の役に立てるよう、御傍に立てるよう恥ずかしくない姿になる。

 お父様は、私が縛られた人生を送らせまいと、人並みの幸せを掴んでほしいと願っている。


 私のお父様は白の国を救った英雄と名高いエル・シッド。

 前国王が崩御し、跡継ぎに恵まれなかったこの国で当然のように動乱が起こりました。

 そんな混乱した国を纏め上げたのが、現国王と私のお父様なのです。


 国土回復運動(レコンキスタ)の先頭に立ち、勝利者を意味するカンペアドールという称号を現国王様より授かった栄誉ある騎士、それがお父様。

 そんなお父様を私は尊敬しています。そんなお父様のお役に立ちたいのです。


 ですから、私はより優秀に、より頂点に。

 目指さなくてはならないのです。


 それを、悲しいことに私のお父様は……分かっていただけない。


「……とまぁ、そんな感じでメリアは自由に生きてよいのだ。私が赦す」


「…………お父様は私に自由に生きる様、おっしゃいました。でしたら、私がお父様のお役に立てるよう生きるのも、私の生き様ですわ」


「はぁ……やはり堂々巡りか」


 決して交わることが無いと頭を痛めるお父様。

 申し訳ありませんお父様。幾らお父様の願いと言えど、コレは譲ることは出来ないのです。

 私の夢でもあるのですから。


「まぁ、良い。お前が無事であるならば私から言うことは何もない。メリアは学生にしてはかなり腕が立つ。だがしかし、実戦ではそうはいかない。今回のことで学んだであろう?」


「はい……痛いほどに」


「バルセロナ伯から聞いたが、随分と危ない状況だったらしいな。そこに通りすがった冒険者がいなければ……考えたくもない」


「……申し訳ありません」


「過ぎたことだ、もう良い。だが、もう二度と……このようなことが無い様にな」


「はい、肝に銘じます」


 私だって、痛いほど理解した。

 私が如何に天狗になっていたかを。私が如何にバカであったかを。

 お父様の顔に泥を塗る様なことが無いよう走り続けた結果、こんな結果になってしまったのなら目も当てられない。

 だって、私が死んでしまえば……お父様の顔に泥を塗ることになってしまうのだから。


「今日はもう寝なさい。希望があるのならば……そうだな、剣の稽古の先生を呼んでも良いぞ」


「はぁ……」


 剣の先生……ですか。

 幾ら先生だとは言え、お父様ほど名のある方の娘ならば、私の機嫌を損なわないよう顔を窺ってくる輩ばかりだと言うのに。

 そんなものから何を習えと言うのでしょう。


 最低限、私を叱れる……そんな先生が必要なのです。


「…………お父様、その剣の先生で推薦したい御方が……」

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