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自分アシンメトリー



◆ ◆ ◆




 軽い気持ちでした。

 私は座学でも実技でも上位に入り、自分を慕う者たちが周りに集まる。

 その者たちは次々に私をはやし立てた。貴女は素晴らしい才能を持っている。正に才女だ。


 次に私は愚かでした。

 その者たちの言葉を鵜呑みにし、私の心は正に有頂天に上ったような、それほどまでに舞い上がっていた。

 実際、私は優秀なのでしょう。ほかの貴族たちの娘息子の成績は私には遠く及ばず、そこで得られる栄誉を意のままにその手に納めていました。


 そんな私はいつしか他の者たちは全て私よりも劣るという考えに至るのです。

 見下していると言えば、そうなのでしょう。私は、教えを司る教師までも私には及ばないと見下す始末。


 あぁ、そうなのです。

 私は慢心していました。ですから、私はこれが絶好の機会とし、自分を慕う者たちを侍らせてこの場所へ来ました。

 えぇ、来てしまったのです。


 学校側から出された課題は、魔物の討伐。

 ですが、それでは危険が伴うために幼子でも容易に倒すことが出来る場所を指定して、その場所で魔物の討伐をするようにと。

 私にはそれが侮辱されたようで堪りませんでした。顔には出しませんが、私の心は燃え上がっていました。


 なぜそのような場所へ、私のようなものが行かなければならないのか。

 私にはふさわしい場所がある。熟練の冒険者でも手を煩わせる魔物が生息する立ち入り禁止の森。

 通称西の森。魔王の残光を色濃く残したその場所には、かつての四天王が召喚したとされる氷塊の魔人がいるのだと。


 期限を考えて、その場所が最も最適だと判断した私は、こうしてやって来たのでした。


 そうして、今。


「ぐぅっ!?」


「退きましょう! ディアス様!」


「退くですって!? 何を言っているのです! 必ず、必ず仕留めるのです! 私は英雄エル・シッドの娘。メリア・ディアス・デ・ビバールなのでしてよ!」


 一番の足枷は、私と言うプライドの塊。

 ここで退いては完璧な私では無くなる。故に、私に退くと言う選択肢は無くなり、氷塊の魔人を倒して武勲を得ると言う選択肢しかなくなる。

 だから、私には退くことが出来ない。頭では分かっていても、体は分かってはくれない。


「えっと……えっと……」


「なにをしているの! 早く援護しなさい!」


「で、ですが……このままではディアス様に当たって……!」


「くっ!」


 後衛と中衛はもはや役には立たない。

 この二人は座学でもトップクラス。私の周囲に集まる者たちでも指折りの成績を持つ者。

 けれど、立ち回り方はまるで駄目。これでは勝てるものも勝てない。

 もはや戦っているのは私一人のようなもの。


「ダメ……! 相手の動きは遅いのよ! 隙を突いて攻撃なさい!」


「で、でもぉ……!」


「あぁもう! 二人は下がってなさい! 私が出る!」


「危険ですディアス様!」


 この状況は俗に言う絶体絶命なのでしょう。

 それを分かっていながらも、プライドと立場を失うと言う恐怖には勝てない私。

 自分が決して許さないのだから、当然誰も赦してくれる謂れも無い。


「この……っ!」


「あ、危ない!」


 隙を突いたつもりで懐に飛び込み、私の得物であるツヴァイハンダーで横薙ぎの構えをする。

 狙いは相手の脇元。上手くいけば相手の上を無力化することが出来るかも知れないから。

 そうして振りかぶり、いざ振り抜こうと氷塊の魔人を見上げた……が。


 眼前に氷塊の魔人の拳が迫っていた。

 私が隙だと思っていたのが、実は隙でも何でも無いただの攻撃モーションだったことを、今になって理解したのです。

 きっと、コレが絶望。今まで味わったことも無い死への恐怖。自分の地位やプライドを失う恐怖を越える者に初めて気づいた時にはもう遅い。


 真っ青。視界の全てが氷塊の魔人の拳で埋め尽くされた時、私は……条件反射で目を瞑ることしか出来なかった。


 その時、


「《炎拳》」


「え……?」


 聞いたことも無い男性の声が聞こえた瞬間、爆音とともに燃えるような熱を頬に感じた。

 驚き、目を開けた時に入って来た光景は青と赤だった。氷塊の魔人が文字通り燃え盛る炎によって倒される、そんな夢みたいな光景が。


「《萃力強化》」


 そして燃え盛る炎の中から出てきたのは、非常に凶悪な笑顔浮かべた男でした。

 妙に質の良い樫の杖を片手に拳を突き出している男の姿は、どうであれとても頼もしいもの。

 見たところ職業は魔法使いのようで、扱うスキルがそれを物語っている。


 先ほど彼が使ったスキルは学校で習っているから知っている。

 杖スキルの一つで、自身の拳に炎を纏い、相手に物理的なダメージを与える下級スキル。

 もう一つも杖スキルで、対象の力を強化する下級スキルです。しかし、その二つとも杖スキルの中でもあまり使えない部類に入るもので、扱うものも少ないと聞いていたのです。


 しかし、彼は違ったのでした。


「《体落とし》」


 何を思ったのか装備を外し、素手となって体勢を崩している氷塊の魔人へ肉薄する男。

 素手スキルは唯一どの職業でも習得できるスキルですが、扱う者はあまり多くは無い。それもそう、職業ボーナスをを得られないのですから。


 しかし彼は素手スキルの《体落とし》を仕掛けた。

 《体落とし》は人型の相手をスタン状態にさせるスキルですが、使い勝手はあまりよくないと習いました。

 相手の体格と体重によって成功率は左右され、自分より体格の大きい魔物にはほとんど成功することが無い対人用のスキルなのです。


 ですが、私の見たものはそんな学校で習った常識を覆すものでした。

 その男性は二メートルを超える氷塊の魔人を軽々と前へと引き摺り、その背中を地に着けたのです。

 おおよそ、人間には不可能に近い……それこそ高レベルの者にしか真似は出来ないもの。


 となれば、この者は相当手練れの冒険者なのでしょう。


「《スタンプ》」


「……?」


 体勢を崩し、地面に背をつけてスタン状態となった氷塊の魔人に止めを刺さんばかりの一撃。

 素早く装備し返した男が持っていたのは、本来職業が重戦士が扱えるはずの戦鎚。

 それも、妙に質の良いスレッジハンマー。そのスレッジハンマーを振りかぶると、唸るような風鳴が辺りに響き渡る。

 それだけで、そのスレッジハンマーは重たく、扱いが難しい物だと分かる。


 それを、この男は……いえ、殿方は軽々と振りかぶり、そして地面が揺れるほどの一撃を氷塊の魔人に叩き込んだのでした。

 地は揺れ、木はさざめき、鳥は飛び立つ。それだけで充分、充分すぎるほど……私よりも各上だと物語っていました。


「ふぅー……」


 殿方が溜息を吐くと、装備していたスレッジハンマーをしまい込んだ。

 それは戦闘終了を意味することで、命を刈り取る一撃を受けた氷塊の魔人は粉々に砕け散っていた。

 あれ程どうしようもなく、死の恐怖を感じた氷塊の魔人が……まるで雑魚のように。


「おい」


「へ?」


 声を掛けられて、気付く。殿方が私に向けて声を掛けたのだと。

 声を掛けた殿方はこちらへ歩いてきており、私の前に来ると立ち止まりました。

 その殿方は息が全く切れておらず、感情の一端すら見ることが出来ない程表情がありませんでした。

 そんな殿方に、私は少なからず恐怖を覚えていた。


「あの、助かり――」


「お前らよぉ、ふざけてんじゃねぇぞ」


「――ましたわ……え?」


「まだレベルが二十じゃねぇかよ! そんな低レベルでこんなところに来るな! お前は俺を陥れたいのか! あ? コラ」


「な……な……!」


 殿方は依然とした無表情……いえ、渦巻く怒りを内包した表情で私を……まるでゴミを見るような眼で見降ろしていたのです。

 小さい頃、どうやっても覚えられなかったピアノのことを怒るお父様と同じ、相手を徹底的に侮辱したそんな表情を。


「それはな、俺が打った武器なんだよ。そんな武器の使い方の分からねぇガキが一著前にしゃしゃり出るな!」


「な、なんですって!? 口の聞き方がなっていないですわ。私を誰だと思いまして?」


「自分の実力も分かっていない挙句、仲間の立ち回りを邪魔するような戦い方をするバカでアホなガキ」


「なぁっ!?」


 自分の実力?

 邪魔をする戦い方?

 確かに私は先ほどの氷塊の魔人に不意を突かれ、無様な醜態をさらしました。

 ですが、まともに戦っていたのなら……、そうまともに戦っていたのならば私は勝利を手にすることが出来たでしょう。

 そうです。だって私は……本当は強いのですから。同級生とは思いたくない鼻の下を伸ばした猿たちですら私に触れることは叶わないのです。


 先ほどの私は柄にもなく弱気になっていたのでしょう。

 ちゃんと私らしく戦えて、なおかつこの二人が邪魔をしなければ後れを取る相手でもなかったのですわ。


 それを……それをこの殿方は言うことを欠いてバカ、アホ、ガキ呼ばわりするだなんて。

 氷塊の魔人の不意を突いて運よく倒したに過ぎない者が……偉くも無い底辺が偉そうに。

 こう言う殿方こそが、世界をダメにするのでしょう。まったくもって。


「貴方の手助けなんて余計なお世話ですわ!」


「おお、そうかい。じゃあ、どうぞ」


「え……?」


 私は掴みかかるように殿方へ詰め寄ると、その殿方はいやらしいほどに口端を吊り上げてとある場所を指さしました。

 そこには涎を垂らしてこちらを窺っている四足歩行の魔物……スノーウルフの姿が。

 それも、気が付けば周りにたくさん。


 数にしておよそ十。

 気が付けば、私の手は震えていました。


「やれよ」


「な、なにを……!」


 この数では、さすがに多勢に無勢。

 先生は授業で言いました。どんなに強かろうと、数には勝てない、と。

 それは過去の英雄も例外ではなく、幾ら個が強くとも数が尋常では無かったら逃げることが賢明だと。

 それは恥ではなく策の一つだと。


 私も、重々承知しています。

 魔物とは、普通であるならば一体に対して複数で当たるのが定石。

 それなのにこれは……。


「出来るか? 俺は出来る」


「……はぁ?」


 そして、馬鹿げたことにこの殿方はそれを成せると、言い放ったのです。


「見てろって」


「なっ」


 勝ち誇るように笑う殿方。

 その殿方は一歩前へと踏み出し、懐から一つの小瓶を取り出して中の液体を飲み干すと、先ほどと同じようにスレッジハンマーを装備した。


 そして、


「《大震撃》っ!」


 人の身でありながら、地震を起こしたのでした。

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