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人が卑徒として



「げっ……マホガニーがもう無い」


 件の事件から一週間。

 無能王に報告も済み、一人の軍人を鍛え抜いたとして仕事を終え、本来の仕事に戻ることが出来た。

 あれから無能王から度々なにか頼みごとをされてはいるが、無茶どころか俺でなくともいい雑用程度なのでどうにかなっている。


 しかし、俺の本来の仕事は鍛冶屋。

 頼みごとばかり聞いていては疎かになってしまう。それだけは良くない。

 会長との信用も無くすわけには行かない。とのことで、しばらくは無能王の頼みは申し訳ないが断る方針だ。


 そんな折、ようやく着手し始めた赤サンゴの加工をしようと思ったが、材料であるマホガニーがもう手元に無い。

 買ってくればいいのだが、何分ここは雪国。しかも季節は冬と来た。

 どんな木材であれ、冬場は材木が高騰するためにその判断は賢いとは言えない。


「……めんどくさ」


 仕方がない。

 自分で木をこってくるか。確か西の森に採取ポイントがあったはず。

 出る確率は決して高くないが、ついでに他の素材も集めると思えば良い。

 マホガニーだけでなく他の薬草や木の実が少なくなってきている。冬は何かと入用が多いな。


「さむっ」


 あと一月と半月もすれば年が明ける。

 この国で年を明けることになりそうだが、誰と明かそうか。

 会長と飲み明かすのも良い。いや、腹の探り合いになりそうだから却下だ。


「……」


 あぁ、ネヒトさんと飲みたいな。

 ネヒトさんって、俺が一番信頼出来る人だと思うのよ。

 裏表もないし、なにより一人の人間として接してくれるからこちらも接しやすい。

 理想の上司像がもろにネヒトさんだな。


「む? 英雄殿でありますか。こんにちは」


「あ? ジャックか。どうだ、怪我の方は」


「もう回復したであります」


「そうか。今は何をしているんだ?」


「少しでも軍の信用を取り戻すためにも見回りをしているのであります」


「部隊長になったんだってな。まぁ、がんばれや」


「サー・イエッサー。であります」


 寒さに身を竦ませて首都の外へと向かっていると、向う側から俺を呼ぶ声が聞こえて来た。

 見てみれば、一緒に戦地を駆け抜けたジャックがその腰に錆びた聖剣を携えて歩いていた。

 ジャックは俺に話しかけるなり笑顔となり、俺の元へと駆け寄ってくる。


 あれからジャックはたった一日で軍へと復帰した。

 なんでも吹っ切れたようで吹っ切れていないと聞いていたが、俺の眼にはそんな風には移っていない。

 しかし、噂では誰もいない場所で独り言をつぶやいていたり、誰もいない場所には無しか欠けていたりする姿が度々目撃されている。

 そんなジャックを心配した上官が俺に相談を持ち掛けてきたが……優しい目で見守ってやれとしか言えなかった。


 度重なるショックにより、ジャックの脳が居もしない誰かを作り出したのだろう。

 きっと、あの少女なんだと思う。ジャックが幸せなら、それでいいではないか。

 コレは公式でも明言されていることで、ジャックはこのイベントを終えた後で当に死んだ者をまるで目の前にいるかのように振る舞っていると設定にある。

 可愛そうだと思ってはいけない。彼は幸せなのだから。


 ちなみにジャックのレベルは九十二。ぶっちゃけ強化し過ぎである。

 このイベントを終えると普通に経験値が入るようになり、普通にレベルアップもする。

 しかし、デメリットとして普通のキャラクターよりもより多くの経験値を必要とする……が、そんなもの経験値が美味しい敵を狩っていればいいだけのこと。


 きっと、これから頼もしい味方になることだろう。


「自分は見周りがあるので失礼するであります」


「おう。……あぁー、ジャック」


「何でありますか?」


 お互いにやることもあることで話も早々に切り上げて行こうとするジャックを、呼び止める。

 呼び止められたジャックは頭上にクエスチョンマークを浮かべてはいるものの、その視線はどこか俺でないどこかへと向いているような気がした。


 そんなジャックへ、本来なら言うつもりはなかった言葉を投げ掛ける。


「……再会できて、良かったな」


「っ!? …………はいっ! であります!」


 彼は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、直ぐに笑顔になって元気よく頷いた。

 なぜ俺が知っているのか聞き返しては来ない。だが、それは街が無いく彼の幸せなのだろう。


 その笑顔が、物語っている。




◆ ◆ ◆




「よいしょっと」


 西の森へと着いた俺は、さっそく採取ポイントで採取を始める。

 採取ポイントは採掘ポイントみたいにダンジョンやフィールドに数多く設置されている。

 採取ポイントは採掘ポイントと違ってアイテムを必要としない。採掘ポイントはピッケルが必要だが、採取ポイントは素手で摘んでいるのか必要ないのだ。


 ということで、採取ポイントでマホガニーが出るまで幾つも巡る。

 ある一定上採取すると採取できなくなってしまうが、日をまたぐと再び採取できるようになる。

 しかし、冬の森と言うことで採取するだけでもゆるくない。手がかじかんできた。


「まったく、しばれるなぁ」


 赤くなってしまった指先を温めるように両の手を合わせて擦る。

 少しマシになったが、こうなるのだったら手袋でも買ってくればよかった。

 手袋を装備すると、装備している指輪が何故かすべて外れてしまうために手袋を持ってきていなかったのだが……失敗したな。

 別に戦うためにここに来たわけでもないし。


 コートはマントとして扱われるのか装備できた。

 もしこれでコートも装備できないってなったら火魔法を放出しながら攻略していたところだ。


「よいしょっと」


 身の丈以上あるマホガニーの原木を無理やり四次元ポケットに突っ込む。

 力腕輪なしでも結構重い。アイテムを扱うのに力が必要とか……ゲームらしくも無い。


「――――ら! この――っ!」


「あんだ?」


 採取し始めて数時間経った頃だろうか。

 そろそろ帰ろうかと思っていた俺のところに、何やら緊張感に溢れた声が聞こえて来た。

 森の中のせいもあるのか、あまりはっきりと聞こえないが近くから聞こえてくる。魔物と戦っているのだろうか。


 ここの適正レベルは四十。俺のレベルよりも低いために攻略するのは容易だが、考えても見てほしい。

 新兵だとは言え、訓練しているジャックの初期レベルは二十五。だが、何も訓練していない人ならば、それよりも低いだろう。

 そう考えてみれば適正レベル四十は一般人から見て充分に高い。


 最近高いレベルしか見ていないせいか、ちょっと認識が甘くなっている気がする。

 あのネヒトさんでさえ俺よりレベルが低かったんだ。アゾットさんもそうだ。

 ヨフィさんみたいな特殊能力があるなまだ別として、魔物は恐ろしい生き物。俺はちょっと間抜けているのかな。


「…………」


 単純な好奇心だった。

 好奇心猫を殺すとはよく言うが、野次馬精神には勝てない。

 ここの森に来るくらいなのだから、少し身に覚えがあっても何らおかしくはない。

 それに、ギルドの人たちかもしれない。運が良ければ商売が出来るかも。


 そうして声がする方へと歩いていくと、やはりと言うべきか三人の人が魔物と戦っていた。

 戦っている人は学生だろうか。学生服の上から少し薄めの上着を着ている。ちなみに女学生だ。

 対して相手はアイスゴーレムと言われる力と防御が高めの魔物だった。適正レベルであっても苦戦する相手だ。俺でもなるべく戦いたくはない。


「……なにやってんだ?」


 その戦いを見ていた俺は思わずそんな言葉を漏らす。

 女学生たちは各々の得物を手に持って戦っているだが、その戦い方が実に酷い。

 前衛だろう女学生はツヴァイハンダーを使っているのだが、どこかフラフラと得物に振るわれている。

 中衛の女学生は大きなランスを使っているのだが、突進力が命のランスを上手く扱えていない。

 後衛の女学生はロングボウを使っているのだが、狙いが定まっていないのだろう、仲間に当ててしまいそうで中々射てていない。


 まるで初心者。

 最初のジャックよりも酷い。

 そして、やはり武器ごとに合った戦い方を知らないようだ。見ていられない。

 このままでは女学生たちはアイスゴーレムに倒されてしまうことだろう。


 まだ三人いるから保っているようなものであって、一人でも抜ければ済し崩しに目の前が真っ暗になるに違いない。

 これでは商売どころじゃない。俺は俺の目的を果たすために見なかったことにしよう。


 助ける?

 冗談じゃない。さっきも言った通りだが、アイスゴーレムは適正レベルでも避けたい魔物。

 いくら俺のレベルが四十三だとしても倒すのが面倒だ。しかも経験値が全く美味しくない。

 乳臭いガキを助けたとして……学生?


 学生と言えばどこの学生だ?

 ここらで学校と言えば首都にあるお嬢様学校が有名だが……まさかな。

 学校は他の街に出もあるし、少し遠出して腕試しでもしようと調子に乗った学生たちの末路だろう。

 親御さんが泣くぜ。


 学生服の紋章が見えればいいのだが、何分上着を着ているために見えない。

 何か他に判断材料があれば良いが……ああ!?


「ありゃあ、俺のじゃねぇか!」


 前衛のツヴァイハンダーを持っている女学生に目が行く。

 その女学生が扱っているツヴァイハンダーは、以前俺が会長に売った武器だった。

 その証拠に、ツヴァイハンダーの樋に俺の刻印が刻んである。


 このままで俺のイメージダウンに繋がりかねない。

 俺の最高の武器を使って負けただなんて噂が流れたら困る!

 俺がっ!


 そう思った時、俺はいつの間にか飛び出していた。

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