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夜明け

とってつけたハッピーエンドは嫌いです。



◆ ◆ ◆




「……ジャック」


 静まる集落に、慟哭が響き渡る。

 体を丸め、己の無力さを嘆くように地面を叩き、喉が枯れることを厭わずに叫ぶ獣。

 憎しみの矛先であった錆びた聖剣は少し離れたところに投げ出されており、幾多もの血を吸っているはずの刀身は赤に染まっていなかった。

 その様子を、何事かと囲い込む傭兵たち。


 その傭兵たちの中から、俺を見付けたのかゴッドフリートさんがこっちへやって来た。

 仕事を無事に終えたはずなのに、その顔色は優れない。


「おい、いったい何があった」


「……何も。ジャックは……ただ情が移っただけさ」


 俺は簡潔に説明すると、ゴッドフリートさんの横を通り過ぎる。

 しかし、とあることを思い出したので振り返り、まだ何も理解していない彼へ話しかける。


「ちょっと頼みがあるんだが」


「なんだ?」


「帰ったら、義腕と義肢を造ってほしいんだが、頼めるか?」


「義腕? あぁ、別に構わんぞ」


「ありがとう」


 ゴッドフリートさんの了承も得られたので、再びジャックの元へと向かう。

 俺が辿り着いてもなお、溢れ出る哀しみを抑え込もうとせずに泣き叫んでいる。


 それは、誰に当てられたものなのか。


「ジャック」


 返事は無い。


「ジャック」


 泣き叫ぶのみ。


「ジャック」


 その結果は、


「ジャック、妥当な結果だ」


 当人にとっては、この上ない試練だろう。


「……今、なんと言ったでありますか」


 それまで泣き叫び、世界の全てを否定するかのように慟哭を天へと捧げていたジャックだが、俺が呟いた言葉でピタリと静かになった。

 それは泣き叫んでいるのにも拘らず、鮮明に聞こえたのだろう。赦せぬ言葉なのだろう。


 ゆっくりと立ち上がり、こちらを睨むジャック。

 それは昨日まで俺を師と仰いでいたとは思えないほどの、眼光だった。

 野性的で、まるで俺が仇のような、そんな眼だった。


「お前は自分の意思とは関係なく、世界の意思に、集束力によって“あらかじめ”用意されていた妥当な結果になったと俺は言ったんだ」


「それ以上口を開くなであります! たとえ貴方と言えど、噛み付きかねないであります!」


 胸元を掴まれ、お互いの鼻がぶつかりそうになる距離で叫ばれる。

 その表情はいつも建前や相手の顔色を窺っていたジャックのものではなく、自分の心を一切隠さずに本心を現していた。


 涙を流し、目の前のことを受け入れらないでいる年相応の感情。

 しかし、それでいて軍人として成熟した精神が現実を突きつけてきている。

 故に、その相反ずる感情に押しつぶされているのかも知れない。


 だからこそ、この状況を一番よく理解している。


「そんなこと……!」


 そんなこと、


「自分が一番分かっているであります!」


 自分の意思とは裏腹に、少女を危めてしまったジャックが一番よく知っている。


「あの場で、自分ではどうにも出来なかったでありますっ!」


 幾ら自分の右腕に力を籠めようと、決して言うことを聞かなかった右腕。


「ハナ殿を逃がそうと叫んでも、どうにも出来なかったでありますっ!」


 幾ら左腕で押さえつけても、止まることが無かった右腕。


「自分では……自分ではどうにも出来なかったのでありますっ!」


 対する彼女は、必死で自分を生かそうとするジャックを悲しそうな、それでいて幸せそうな笑顔で。


「自分は……自分は……」


 彼女を救えたのだろうか。


「……ハナちゃんは、近いうちに死んでいた。それも、決まっていた」


「うっ……うぅ……うぁぁ」


「ハナちゃんは最後、どんな顔をしていた?」


「…………笑って、いたであります」


「そっか」


 だったら、無理やりにでも納得するしかないじゃないか。


「ハナちゃんは、一番望む死に方が出来たんだ。きっと納得している」


「そうでありましょうか……?」


「そうでも思わないと……誰も、報われないぞ」


「それは……」


「これはな、最初からハッピーエンドじゃなかったんだ。自分たちが、彼らのしがらみから救った。そう、無理やり自分を納得しておけ」


「う、うぁあああああああああ!!!」


 こうして、分かり切っていたバッドエンドが、幕を閉じた。




◆ ◆ ◆




「……とまぁ、こんな感じだ」


「そうか。ご苦労さんと言っておく。じゃあ、明日からまた一つ頼んだ」


「はいよ」


 王宮に常備している魔法通信機で会長に簡単な顛末を報告する。

 さすがに魔物が人間に化けていたことは伏せておいた。それは、俺とジャックしか知りえないこと。

 ましてや、余計な心配を抱かせても仕方がないから。


 俺が知っている限り、人間に化けている魔物はこれっきりだったはず。

 だから、そんな情報を流しても無用の長物。余計な心配をかける恐れがある。


「さてっと」


 これから無能王へ報告しなければならない。

 これでこの一連のイベントは終了。だから俺がこれ以上国軍に発破をかけることもない。


 だが、今はそれ以上に疲れてしまった。

 最初から分かり切っていたバッドエンド。ゲームでも納得がいかない酷いシナリオを現実としてやってみれば、その疲労度も酣。

 早く帰って寝たい。


「……」


 そして、なによりジャックだ。

 ジャックは相当なショックを受けており、今も兵舎で割り当てられた自室に引きこもっている。

 報告にもジャックが付いていった方が良いのだろうが、どうも無理そうだ。


 なにより、これでジャックは相当な成長を遂げるはず。

 今までの明るいジャックとしてではなく、軍人としてのジャックとなって。

 このイベント以降、ジャックは性格が変わってしまう。何かを吹っ切れたかのような、新人としてのジャックを捨てて。


 そして、ジャックは……まるでその場にハナちゃんがいるかのように……。


「西海龍王。件のご報告に参りました」




◆ ◆ ◆




 青年は引きこもっていた。

 太陽が昇っているのにも拘らず、カーテンを閉め切り、シーツを頭からかぶって全てを拒絶するように。

 青年の相棒となった錆びた聖剣は、青年の意思とは関係なく傍に転がっていた。

 簡潔に言えば、捨てても自分のところに帰ってきてしまう、等々。


「ハナ殿……」


 今の青年の心境は自責の念に駆られている。

 しかし、青年が師と仰ぐ男の言う通り、青年は彼女らを救ったのかも知れない。

 誇りを胸に抱いた彼らを、最も望む相手に殺されたのだから。しかし、心優しい彼には些か理解しがたい戯言。

 死人に口なし。彼らは、本当に望んで死んだのかすら、今となっては分からない。


 だったら、聞けばいいだけの話。


「呼んだ?」


「え?」


 それは、精神汚染に耐え切れなくなった青年の精神が作り出した幻だったのかも知れない。

 幻聴、幻覚、まがい物かもしれない。しかし、それでもふさぎ込んでいた青年の心を開くには、充分すぎる。


「ハナ、殿?」


 被っていたシーツを剥ぎ、声のする方へと顔を向ける。

 青年の顔はやつれ、目は腫れぼったく膨れている。一般的に言えば、酷い顔。

 しかし、その眼には光が宿っており、思いきり見開かれている。


 その先にいるものを、よく見ようとばかりに。


「ハナ殿……?」


「えへへ、じゃじゃじゃーん。ハナちゃんっです」


 青年が見つめる先、そこには己がこの手で息の根を止めたはずの少女、人間の姿をした少女が立っていた。


「な、なぜ……」


 あり得ない。そう、あり得ないのだ。

 己の手で、しっかりと命を刈り取り、致死量の血をその身に浴びた。

 しっかりと、確実に。


 幾ら疲労し、己の精神が止んでいたとしても青年は軍人。

 幻想と現実の区別はついている。ただ、割り切れないでいただけ。

 だからこそ、青年はこの状況が理解できないでいた。あり得ないから。


 しかし、少女はそこに立っている。

 それ故に導きられる青年の答えは、至って現実的だった。


「自分は、それほどまでに疲れていたでありますか……」


「へ? もしかして……見間違いだと思ってる?」


 そう思うのも仕方がない。

 このような状況を、人は明晰夢と呼ぶがジャックはそれを知らない。

 故にこれは現実を受け入れられない自分が作り出した幻覚だと答えを出した。

 誰でも、考える能力が残っていたらそう思うことであろう。


 それを覆すには、それ以上の答えが要求される。


「お兄さん、私の種族は何ですか?」


「……レヴナント、でありましょう?」


 青年の頭は実にはっきりしていた。

 この現象が幻覚によるものだと思っているから。タネの分かっているマジックほど、冷静に見れるものはない。

 分かっているからこそ、こうしてもう一度少女と楽しく話せる機会を逃しはしない。

 まがい物でも、少女と話せるのだから。


 しかし、それを看破しにかかるものがいた。


「レヴナントは、生前強い想いによって再び生を受けた魔物。その想いは恨みでも、妬みでも、憎しみでも……愛でも」


「……そう、なのでありましょうな」


 レヴナントが言うのだからそうに違いない。

 しかし、目の前にいる少女は青年が見せつけているもの。

 だからその知識は紛れもなく青年のものとなる。そう思うとおかしくなり、青年は思わず苦笑した。


 人の想いであればレヴナントが出来てしまうのは、人の業がなせる業か。


「それでね……お兄さんの、強い想いで……生き返っちゃった」


「……は?」


 少女は当時を語る。

 この時の青年の顔は、いつ見ても笑えると。


「は? え? な、なんで……!?」


「もう、お兄さんったらそこまで私のことを想ってくれていただなんて……私は魔物なんですよ?」


「ちょ、ちょっと待であります!」


「それに……今回の想いは憎しみではなく紛れもない私自身を想う心! おかげで私が背負った業はとても清々しく、いつまでも清らかな心を持てそうです!」


「ど、どう、はぁああああああ!?」


 理解できないのも無理はない。

 まさか青年が少女のことを想うあまり、もう一度レヴナントとして生を受けさせてしまったのだから。

 人の想いは強いとは聞く。しかし、そんなにホイホイとレヴナントが生まれてしまってはこの世界はレヴナントだらけだ。


 だが、レヴナントは世界的に見て少ない。

 何故なら、憎しみを持てど、妬みを持てど、哀しみを持てどそこまで行き付くことが無いから。

 レヴナントが生まれるには、それこそ街一つ分の憎しみが必要になってくる。


 となれば、青年の想いはそれほどまでに強く、深く、粘着的であったのだろう。

 それを分からない青年ではない。


 だからこそ、


「じ、しぶんは……!」


「うえへへ、お兄さん顔が真っ赤!」


 今度は恥ずかしさでシーツを被ってしまうのだった。


「あ、でも……私には肉体が無いんだよねぇ。みんなと一緒に埋葬されちゃったから」


「え? じゃあ、今見ているハナ殿は……?」


 少女曰く、今この場に居る少女には肉体が無いのだそうだ。

 依代となる肉体が、あそこに集落を作っていた魔物たちと共に火葬され、埋葬されたから。

 少女の元もとの肉体は骨となり、今頃集合墓地の下で眠っていることだろう。


 で、この場に居る少女は?


「えっと、そこの錆びた剣を依代にしているんだ。私の血を、直接吸った媒介だから」


「錆び……スクレップでありますか?」


「うん。お兄さんったら捨てようとするからびっくりしたよ。私が宿っているって言っても、動かしたりするのは結構疲れるんだからね」


 少女曰く、青年が捨てようとしていた介錯を行った錆びた剣に宿っているのだそうだ。

 それ故に、それを忌まわしいと思って捨てようとした青年の元へ何度も帰って来たのだと。


 少女は可愛らしく怒る。


「これは、私の魂の在り方。お兄さんの強く思う私の姿がそう見せているの」


「そう、なのでありますか?」


「そうなのであります! えへへ、お兄さん」


 肉体の無い、彼女がそっと青年に寄り掛かる。


「約束、守ったよ! これから、よろしくね?」


「っ……! こちらこそ、よろしくであります!」


 本当のことは誰にもわからない。

 これを、シフトワールドを作ったスタッフたちにしか真相は分からない。

 だが、青年はそんなことはどうでも良かった。この場に、もう一度少女と会えたから。


 どうでも、良いのだ。


「ちなみに、お兄さんにしか見えないから、外で私に話しかけたら痛い人に見られるからね?」


「…………御忠告、痛み入るであります……」

とってつけたバッドエンドも嫌いです。

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