仕事分
出来るだけのことはやった。
当初、前提として集めていた緋色の指輪はしっかり十個揃った。
ついでに力を上げる腕輪を二個作っておいた。だが、武器は相変わらずの低級ランク。
けれど、これで装備面は申し分ない。
次に問題になるのはレベル。
この世界にもレベルと言う概念があり、ゲームと同じく経験値を集めると上げることが出来る。
よく、レベルを上げると自分よりレベルの低い敵から得られる経験値が減ると言うことも無く、モンスターごとに一定の経験値が設けられている。
しかし、この辺で効率よくレベル上げを出来るところは無いために苦戦を強いられた。
その結果、俺のレベルは四十一になった。
レベル上げをする前のレベルは三十九だったのを見れば、大して上がってもいない。
ちなみに、レベルの上限は三百まであり、ラスボスでレベル百五十、裏ボスでレベル二百五十が適正のレベルなのだが、そこまで上げるつもりは毛頭ない。
ましてや、裏ボスなんて勝とうと思って勝てるものでもないし、挑戦する意味がない。
そんな準備を終えた俺はギルドに来ていた。
もちろん、クエストの同行者の玄翁さんと会うために。
このクエストの内容は鉱山の奥から魔物が湧いてきてしまったので、それらを片付けること。
時間があれば常識の範囲内で採掘しても良いと言うことなので、職業が鍛冶屋ならば美味しい話だ。
だが、俺の目的はそれではない。
クエストにはサブクエストというものが存在し、条件を満たせば報酬が増えるというもの。
このクエストのサブクエストの報酬は採掘許可証、つまりそこの鉱山でいつでも採掘できるというもの。
これが手に入れば今後は鉄鉱石や銅鉱石・ボーキサイト鉱石・灰重石・錫石・輝水鉛鉱・孔雀石には困らない。もっとも、その内俺が扱えるのは鉄鉱石と銅鉱石とボーキサイト鉱石だけだ。それ以外は職業レベルが足りない。
しかしこのサブクエスト、適正レベルが百三十とふざけたもの。
中盤に差し掛かろうとしているレベルでは到底クリアできない。俺だってゲームではあの手この手使って数時間かけてクリアしたものだ。
それに、今のレベルはその時のレベルよりはるかに低い。しかも、幾ら少しは実戦に慣れているからと言って、生身であの化物に挑むのは些か無謀というもの。
数日前の俺を殴りたい。
でも、仕方がない。
脚が震えても行くしかない。
唇が荒ぶっても行くしかない。
背中が痒くなっも行くしかない。
あぁー……行きたくねぇ。
逝きたくねぇなぁ……。まだ逝くには早いって……。
「あー! やっと来た! 遅いよ……って、顔色悪いよ?」
「これがデフォルトです」
「そんな白粉を塗ったような顔色だったっけ?」
ギルド内で少し意気消沈していると、俺を見付けた玄翁さんが近づいてきた。
これから戦いに行くと言うのにも関わらず、服装はちっとも昨日と変わっていなかった。強いて揚げるならば背中にバカでかいスレッジハンマーを背負っていることだけだ。
しゃがめば地面についてしまうのではないかと思うほど。
「じゃあ、行きますか」
「うん、じゃあついてきてね」
こうなっては腹をくくるしかない。
それに、勝つ算段も無しにここに来たわけでもない。何のために緋色の指輪をかき集めたんだ。
ここに来たら後は勝利して帰るか、大人しく尻尾を巻いて帰るしかない。
あぁ、尻尾を巻いて帰りたい。
下級区を抜け首都の外に出る俺たち。
街道を通っていけば魔物に襲われる心配は少ないから良いものの、今から向かう鉱山は西の林を抜けた先にある。
その林からはわんさか魔物が出てくるだろう。そこで出来るだけ経験値を稼ぐしかない。
幸い、玄翁さんはキャラクターの中では平均的な強さで、率先して前衛に立ってくれるので戦闘は楽だろう。
◆ ◆ ◆
「ここが今回の依頼の場所、闇に吼える洞窟だよ」
特に特筆することなく到着した俺たち。
適正レベルが四十の闇に吼える洞窟は、かつて世界を滅ぼした魔物が出て来た跡地だ。
遥か昔、とてつもなく巨大な魔物が現れた。その魔物は山を崩して現れ、かつて五つの国を統治していた大国を滅亡させ、やがてその五つの国は独立したと言う。
ちなみに、その五つの国と言うのはもちろんこの世界に登場する青の国・緑の国・赤の国・白の国・黒の国のことである。故に“始まりの魔物”とも呼ばれている。
そんな魔物が出てきた抜け殻この洞窟というわけだ。
余談だが、この崩れた山……というより山脈は狂気山脈と呼ばれている。
もちろん、最奥にはとてつもなく強い魔物と神殿みたいのがあるのだが、残念ながら俺は行ったことが無い。
「ほら、この巨大な穴が闇に吼えているみたいに唸っているでしょ? だから、闇に吼える洞窟って言うんだ」
「へぇ」
知ってる。
この山脈は掘り尽したと言っても過言ではないくらいに通っていたからな。言わば俺の庭だ。
さすがに奥には踏み入れなかったが。
「ほら、あそこに小屋があるでしょ? そこに現場監督さんがいるんだ」
「じゃあ、挨拶しないとな」
そう言って指さす先に簡単な造りの小屋が建っていた。
そこに確かここ一帯の発掘作業の責任者がいるはず。都合上、ゲームでは一言二言話したところで早速護衛って感じだったけど、そうもいかないのだろう。
とりあえず、そこに向かうことに。
「ごめんください。ギルドからやってきました」
「おぉ、君たちがそうなのか。私が依頼主の代行だよ。よろしく」
「宜しくお願いします」
小屋の中は意外にも片付いており、ところどころに几帳面さが見える。
それでも、地面には絶えず砂や石ころが転がっているところを見ると、人の出入りは激しい様だ。
そして、事務椅子に座って新聞を読んでいた人物が俺たちに話しかけてくる。その身なりは採掘現場に働くにしては汚れていない作業着を着ていた。体の細さからも、前線で働く人ではないのが窺える。
いかにも、現場のことを知らなさそうな人だ。
「ここ最近はね、あまりいい鉱石が発掘出来なくなってきてね、いつも採掘している場所から奥の方を採掘し始めたんだ。だけど、運悪く魔物が住み着いている洞窟を掘り抜いてしまってね、困っていたんだよ」
「そうだったんですか」
「それはそうと、君……いい体しているね。女性にしては鍛えられている。僕のところで働かないかい? 悪いようにはしないよ?」
「私にはやるべきことがありますので」
「そうかそうか。でも、ここは保険も効くし、給与もそれなりだ。その気があればいつでも来てね」
このおっさん、自然な流れでセクハラしやがった。
玄翁さんの笑顔もどことなく引きつっているように見える。悪いようにはしないって、最悪な光景しか浮かばない。
それに、その言い方だと安心して怪我が出来ると言っているようなものだ。環境も悪いのだろう。
ここではなるべく働きたくないな。
「それで、魔物が出たっていう場所はどこなんです?」
「あ、あぁ、そうだったね」
このままだと埒が明きそうになかったので、現場監督に魔物が出たという場所を訊ねる。
すると、現場監督は俺の方をあまり好ましくないものを見るような眼で一瞥する。その明らかな嫌悪に俺は思わず吹き出しそうになる。
きっと、この人は玄翁さんが一人で来るものだ思っていたのだろう。話を聞く限り玄翁さんを指名したみたいだし、下心が丸見えだ。
現場監督の先導の元、区画整理された場所を進んでいく。
この採掘場は始まりの魔物によって大きく割れただろう地割れに作られている。
その地割れの側面に穴がいくつも開いているところを見ると、始まりの魔物によって地下深くにあった鉱脈が隆起したものだと思われる。
その穴のうちの一つの前で立ち止まる。
そこには作業員だろう人物が二人立っていて、入り口は簡単に封鎖されていた。
ここが魔物の洞窟と掘り抜いてしまった場所なのか。ゲームではそこまで気にしたことが無かったな。
「ここです。この先から魔物が出るのでお気をつけて」
「分かりました。じゃあ、行きましょ」
現場監督が二人の作業員に合図をすると、二人の作業員は慎重に洞窟の入り口を開ける。
中は等間隔に松明が設けられているようで、明かりには困らないようだ。しかし、その分こちらも見つかりやすくなると言うこと。
また、洞窟の道の幅もそこまで広いものではない。二人並んでしまえば窮屈も良いところ。広場になっているところまで辿り着かなければ満足に戦闘は出来なさそうだ。
俺たちが入ると同時に入口は再び閉められた。
魔物が外に出ないためだろうが、少し心が不安になってくる。
「よし、がんばろうよ。ね、マクラギ?」
「そうだな」
このクエストのクリア条件はある一定数の魔物を倒すことだけ。
特に倒すべく魔物はいないし、適正レベルにしては強くない魔物ばかりなので正直楽だ。
だがしかし、俺が目的としている魔物はそんな雑魚共ではない。掘り抜いてしまった洞窟の奥に鎮座する鉱脈の主だ。
その魔物がまぁ強いこと強いこと。
ちなみに、その鉱脈の主を倒さずにこのクエストをクリアしたら、数日後にここで採掘している人は全員死んでしまう。もちろん、犯人は鉱脈の主。
そんなことはどうでも良いが、せっかくの採掘場で採掘できなくなってしまうのは残念すぎる。
このクエストで気を付けたいのは、こういう細い道では武器制限がかかってしまう。
例えば、玄翁さんが背負っているスレッジハンマーはもちろん、大剣や棍などの長柄武器は満足に振るうことが出来ないため使用できない。
つまり、狭いところでは玄翁さんは戦闘で攻撃できないのだ。だから、一刻も早く広い場所に行きたいところ。
幾らあまり強くない魔物とは言ってもダメージはそれなりに受けるのでハメ殺しになる場合がある。
それだけは避けたい。
「……よし」
腹に空気を溜めて自分を奮い立たせる。
これから戦うのはシナリオ後半の雑魚敵。油断は禁物だ。
こんなところでガメオヴェラになってたまるものか。