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無声慟哭



「どんな神経をしておるのじゃ貴様は!」


「どうって、こんなだよ」


 再び集落へと戻ってきた俺。

 当初の三回目の幻術を突破したため、これで俺の勝ちは確定だろう。

 婆さんは俺にしがみ付くように止めている。ババアに抱き付かれても俺は嬉しくないんだが。

 しかし、どこか鬼気迫る勢い。何か不具合でも起きたのだろうか。


「ワシがお前の記憶を覗き、とりわけ業が深そうなトラウマを想起したのじゃぞ!? 常人であるならばとても耐えきれるものではないはずじゃ!」


「いや、確かに最初のやつはそれなりにトラウマだったけど、別にもう一度あの時をやり直すわけじゃないしな。後の二つはトラウマと言うよりムカつくことだし」


「前の二つはまだ分かる! じゃが最後のはなんじゃ! お前には情と言う物がないのか!?」


「俺の記憶を覗いたなら分かるだろう? 俺はアイツを一度たりとも生物として扱ったことは無い」


「この外道が!」


 魔物に外道って言われたくないな。

 俺は善人でないにしろ、悪いやつはではないんだからな。

 当たり前だ。人助けをする悪党がどこにいる。俺がやっていることは人助けに繋がるんだぞ。


 それに機械を機械と扱って何が悪い。

 機械が頑張ればねぎらいも込めて油を注したりするし、用済みとなれば捨てる。

 俺はそう扱っていただけだ。人にとやかく言われる謂れは無い。


 あ、もしかして。


「婆さんは知らんのか。俺が潰していたのは機械だ。人間じゃないぞ」


「そんなものは知っておる!」


「あれー」


 これじゃ怒っている理由がますますわからない。

 もしや物を大切に扱わなかったことを怒っているのかもな。

 それなら納得がいく。あの場を見ていたら粗末に扱っていたと思われても仕方がない。

 考えてみれば俺が悪いな。謝ろう。


「あー、考えてみれば俺が悪かったな」


「そ、そうか……お前にもまだ呵責に駆られる心があったのじゃな」


「お? よく分からんが、そうなんじゃないの?」


 呵責って、まるで俺が心を痛めているとでも言いたいのだろうか。


「んでよ。三回とも破ったぜ」


「……そうじゃな。まぁ、ワシは元より死ぬつもりじゃった。お前が破ろうが破れまいが殺されるつもりじゃったしな」


「そうかい」


「それに……あっちも終わったみたいじゃしの」


 そう言って婆さんは眼下に広がる集落に目を落とした。

 ドンパチやっているはずの集落からは鉄同士がぶつかる音は聞こえず、代わりに野太い雄叫びのような声が聞こえてくるばかりだ。

 傭兵団のものであろう松明の明かりが蛍の群れのように揺れており、特に大きな動きをしていないところを見ると殲滅は完了したのだろう。

 ジャックも“本当の選択”を終えた頃合いか、それともこれからなのか。


「さて……お前がワシの幻術を破ったのは紛れもない事実。ワシは負けた」


「真っ向から戦っていたら、俺が負けていたな」


「……じゃろうなあ」


「そこは嘘でもそんなことなないって言えよな」


「ワシは嘘が嫌いじゃ」


「そうかよ」


 沈黙。

 頬を撫でる優しい風が温かく、少しむず痒い。

 婆さんは俺をジッと見ている。目は目深に被っている帽子のせいで見えないが、俺をジッと見ている。

 どこか期待を孕んだ、そんな視線だ。


「さて」


「……」


 仕方がないので俺から切りだすことに。

 鉄の剣〈伝説的〉を装備して婆さんの方へ歩み寄る。

 婆さんもその意図を分かっているのか、それとも自分からは切りだせなかったのか素直にこうべを垂れた。


「何か言い残すことは?」


「……ありません。なれど、辞世の句を」


「聞き遂げよう」


「眼孔ぞ。映る相思華。伝わぬか」


「……おみごと」


 俺は婆さんの首を刎ねた。




◆ ◆ ◆




「ハナ殿……で、ありますな」


 青年の目の前にはレヴナント。

 人の強い思いで蘇り、死してなお強き思いを果たすために動きだした魔物。

 その身に呪いを宿しているが、その呪いの種別は千差万別。当然のごとく、青年には彼女の呪いは分からない。


 青年は少女の魔物の姿を知らない。

 しかし、この集落でレヴナントは一人たりともいなかった。

 それだけで目の前にいる屍が、少女なのだと裏付けていることに他ならない。


 青年は、今一度聖剣を握り直して少女を見据えた。

 対する少女は、ぽっかりと空いた眼孔でこちらを見るだけで何のアクションも示さない。

 腐り落ちた肉はそれだけで鼻が曲がるほど異臭を放つ。それが、少女が近づいてこない理由か。


「……」


 選択しろ。

 それが青年の頭の中でぐるぐると渦を巻く。

 言葉が融け、再び文字を成し、呪いのように刻み込まれた言葉。

 心の臓は早く鼓動し、溢れるほどの汗が頬を伝う。少女が何を思って姿を見せたのか、青年が何を思って聖剣を握りしめるのか、分かるものはいない。

 当人以外には。


「ハナ殿」


 もう一度、まるで父親が娘を呼ぶように優しく名前を口にする。

 生きてくれと願った相手は、一瞬躊躇ったが茂みを掻き分けて近づいてくる。

 それに気が付かない傭兵はいない。直ぐに己の得物を握りしめてレヴナントを屠ろうと近づくが、それを青年が赦すはずもない。


「貴方は魔物の……ここの住人達を埋葬してほしいであります。自分が“なんとか”するであります」


 その旨を聞いた傭兵は、二度三度青年とレヴナントを交互に見たが、やがて青年なら大丈夫だろうと踏んでその場を離れて行った。

 今、この場に居る者は青年と少女のみ。邪魔をする者はいない。


「ハナ殿」


 少女は何も言わない。

 嘔吐物感を増長させる臭いは既に体のあちこちに染みついており、一度沐浴した程度では消えないだろう。

 それでも、青年は耐えて耐えて耐えて少女に近づく。それを分からない少女ではない。

 なまじ綺麗な心を持っているばかりに湧き上がる嫌悪感。青年にコンプレックスである腐臭を嗅がれてしまう嫌悪感。


 当然、少女は後退る。


「ハナ殿。ハナ殿は、生きるでありますよ」


 瞬間、後退っていた少女はピタリと止まる。

 少女がここに来た目的は一つ。青年ではない、有象無象の傭兵の手に掛かることだった。

 だが、目的に反して少女は最後まで生き残ってしまった。生きていると言っては語弊があるだろうが。


 生き残ってしまったのは、青年に更なる悲しみを与えるためだとお互いは知らない。


「生きるのであります。生きて、生きて魔物としての余生を謳歌するのであります」


「……だめ。わたしは……」


 拙く、ごぼごぼとしわがれた声が少女の口から聞こえた。

 その声は少女がコンプレックスとするうちの一つであった。しかし、青年は顔色一つ変えない。

 それが、余計に少女を混乱させることになる。


「あ、だめ。わたしは……死ななくちゃ」


「何を言っているでありますか!」


「だって」


「だってじゃないであります!」


「おねがい、きいて。わたし、よばれてる」


「え?」


 少女の口からそう聞いて、青年も違和感に気付く。

 錆びた聖剣スクレップを握っている右腕が、カタカタと震えだしていたのだ。

 寒いわけではない。意図して動かしているわけではない。青年の意思とは反して震えているのだ。


 ……否、青年の腕が震えているのではない。

 錆びた聖剣が、まるで獲物を求めているように振動しているのだ。


 再び、少女の喉からごぼりとしわがれた音が漏れだす。

 喋ろうとしているのではない。一定の間隔で鳴る不快な音は、泣くのを我慢している様だった。

 その様子を見た青年は、一つ理解した。


 選択しなければならないのだと。


「嫌であります。自分は、自分は……誓ったのであります」


 誓ったこと。

 師と仰ぐマクラギから聞いた。

 創造神が決めた理なのだと。創造神はこの世に色々な制約を創った。

 その一つに、人間と魔物は相容れない存在だと。誰かが言いだしたことではない。

 誰もが信じて疑わない制約に、盲信している。それは、青年も例外ではない。


 相容れてはいけないのだ。

 決して。絶対に。


 糞喰らえ。


「自分は嫌であります! 決めたのでありますよ!」


 しかし、青年の意思とは関係なく右腕が動いていく。

 左腕で押さえつけても、剣を離そうとしても、その場から動こうとしても、どうにもならない。

 まるで大きな力がそうさせているかのように。青年の意思とは反して体は言うことを聞かない。


 シナリオの集束力とはそういうものなのだ。

 絶対に逆らえない。そう組んであるから。でないとそれはバグとなる。

 バグは世界を壊しかねない現象。ゲームとして破綻してしまうそれは、この世界が何より回避したいこと。


 ならば、世界は無理やりにでも青年を動かす。


「ダメであります! 体が勝手に! 逃げるであります。逃げるでありますよ!」


「だめ。動けないよ」


「うわあぁあああ!!! 何ででありますか! おかしいであります!」


 そう、おかしな話だ。

 己の体が勝手に動くことなんてありえない。

 おかしなものだ。それは絶対にありえないことだったから。


 のにも拘らず、今目の前で起きている。

 青年には、理解できない。絶対に理解できない。


「なんで、なんででありますか!」


 右腕が完全に上に上がった頃、青年は泣いていた。

 押し殺すこともせずに、大の男が目の前の少女のために泣いている。

 それを分かっているからこそ、目の前の少女も同様に泣く。ごぼり、ごぼりと泣く。


 それは生への渇望か。

 それとも、青年を泣かせてしまっている罪悪感故か。


「あ、あぁああ」


「……なかないで。今日は、たのしかったよ」


「ああああああああ」


 また会う日を楽しみに。


 青年は、腐った血液を浴びて、その場に膝を着いた。

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