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Always Alone



 俺は知っている。

 知っているからこそ、まずいと五感が訴えてくる。

 嫌な汗が噴き出てくる。これは嫌な予感がするとか、これから訪れるであろう結末に対してではない。

 体の不調による発汗である。もう一度言おう、俺は体調が悪い。


 まさか当時の体調までも再現しやがるとかさすがだな、あの婆さん。

 今現在、俺の記憶からトラウマを想起して俺に見せつけているのであれば、この後に起こることなんて手に取るようにわかる。

 なんせ、未だに忘れられない出来事だから。未だにふと思い出すことがあるから。


 後悔なんてものはしていないが、俺のプライドが赦せるものではない。

 そして、これを回避することは不可能なのだろう。

 俺の記憶ならば、コレは回避できないから。もし、あの時をもう一度やり直しているのならばその限りではないだろうが、これは想起なのだからあの時のように事が進むことだろう。


「っぽ……! んぐ……」


 そうだ、ほれ見たことか。

 周りにはかつての同窓たち。時間にして小学生の四年生。

 この日は腹痛に襲われており、今朝方から体調がすこぶる良くなかったことを覚えている。

 しかし、小学生ながらにも朝食の大事さを唱えていた俺にとって、朝食を抜くことは赦されることではなかった。

 だから食べた。この後、強烈な吐き気に襲われることなんて誰が予想出来るだろうか。


 そうだ、この後俺は教室のど真ん中で吐くことになる。

 小学生で、授業中に嘔吐するだなんて致命傷にもほどがある。

 次の日には下呂大魔神という渾名が付き、友達は離れてはいないもののクラスどころか学年の女子たちから冷たい視線を向けられることになる。

 それどころか友人たちが変に励ましてくるための俺のプライドはズタズタ。俺は良き友を持った。

 今どこで何をしているのかさえ知らないが。


「ぷっ」


 あ、やべ。

 もう喉からあふれ出して来た。

 ちょっとどころじゃなくヤバい。吐くな、吐くんじゃない。

 この一件から性格が捻くれだしたと言っても過言ではないんだ。止めろ。


 ……ん?

 ちょっと待てよ?

 コレは一度経験していることなんだよな?

 だったら結果は変わらないんだよな?

 この後に起こることは何も変わらないんだよな?

 ぶっちゃけ、コレは一度体験したものをもう一度見せているだけなんだよな?


 なら、吐こう。


「おろ、かろろろっろろっ」


 俺は我慢を止めて吐くことに専念した。

 ついでに近くにいた当時ムカついていた同窓に吐きかけてやった。

 とりあえず胃の中が空っぽになるまで吐き続ける。何もでなくなるまで吐き続ける。


「ぺっ。はぁーすっきりした」


 口の中に残っていた今朝方食べたものを吐き出して、周りを見る俺。

 周りは同じような表情をしていたが、先生だけは違っていた。俺の恩師である男の先生だ。

 恩師と言えども、俺が吐いた時から鬱陶しいまでに気を掛けてくれたんだよな。あの時は感謝をしなかったけれど、今は感謝しています先生。


「だ、大丈夫か智也!」


「あー、大丈夫っす。むしろすっきりしたわ。悪かったな田中、掛けちまったわ。先生、俺トイレ行ってくる」


「あ、あぁ……」


 実に清々しい。

 あの嫌な田中のあんな顔が見られたのならお釣りがくるくらいだ。


 とりあえず先生にトイレに行ってくることを告げて教室を出る。

 ぶっちゃけ、これは小学生の時に起きたからトラウマなだけで、今の俺の精神で起きたとしても痛くも痒くもねぇ。

 それに、あの時をもう一度繰り返すわけじゃないんだから、どうでもいい。俺はもう小学生じゃないんだしな。


「お?」


 そう思っていると景色が変わり、今度は闘技場のようなところに出た。

 おそらく一回目のトラウマは終わったのだろう。ぶっちゃけ簡単だった。


 自分の体も大人の姿に戻っており、服装が学生服のところを見るとシフトワールドの世界のようだ。

 というか元の世界のトラウマ終わりかよ。言われてみればトラウマらしいトラウマはあれくらいなものだから納得なんだが。


 しかし、この景色は見たことがある。

 俺の記憶を想起しているのなら当然なのだが、つい最近見たことがあるぞ。


「遅かったな」


「げっ」


「失礼だな。人を幽霊みたいに」


 そして目の前にいる姫様。

 あぁ、確かにトラウマだよ。もう二度と戦いたくないと思っているから。

 もしかしなくとも二回目のトラウマは姫様なのか。ということはあの運ゲーをもう一度やるのか。

 正直御免こうむりたい。


 これはアレか、あの日なのか。

 うわーやだなぁ。さっきの小学生の時よりやだなぁ。




◆ ◆ ◆




 寒い。

 指先は冷たく、感覚まで無くなりかけている。

 しかし、青年は剣を振るうのを止めない。その手には守り神スクレップ。

 立ち向かうは様々な魔物たち。


 魔物たちのレベルはどれも高レベル。

 しかし、レベルに反してステータスの高い青年の前には無力も同然だった。

 傭兵団の数も魔物を上回っており、戦況は一方的なものになっていた。


「うらあああああ!!!」


 青年の周りには死体の山。

 まさに死屍累々というものだ。それに恐怖を覚えている者は何も魔物たちだけではない。

 同じく共に戦っている傭兵たちの眼から見ても異常だった。それほどまでに強く、迷いの無い剣筋。

 まるで、自分の迷いを断ち切るかのような介錯。


 しかし同時に青年は何かを探すかのように辺りを見回す様にも戦っていた。

 戦場ならば相手の顔なんて見ない。それも今から殺す者の顔なんて気にしない。

 だが青年は斬る前に、斬った後に必ずその相手を確認するように、それが目的でないと知ると吐き捨てるように戦っていた。


 赤い紅い朱い眼。

 闇の中に光る真っ赤な瞳。


 振るうは迷いを断ち切るため。

 掲げるは約束を護りきるため。

 駆けるは目的を捜しだすため。


 そのために、青年は戦う。

 地獄を作り出していく。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 やがて赤い眼は消え、辺りには闇のしじまが響くのみ。

 剣戟が終わる。死屍累々。作成者は青年。


「いないであります……」


 辺りを見回し、死体を確認し、物陰を確認する。

 その末に絞り出した言葉は安心とも不安ともとれる。

 殺さずに済んだか。それとも誰かに殺されたか。青年の持つ錆びた剣には彼女の血は滲みていない。


「…………」


 よろよろと歩き出した青年。

 それは目的を捜しだすためか。それともいないことを確認するためか。

 そんな青年の瞳には猜疑に歪んだ感情しか見えない。


「……っ!」


 ガサリ、ガサリと奥に茂みが揺れる。

 動物なぞ集落の周辺にはいない。そんな設定は無い。

 同時に野生の魔物もいない。そんなシステムは無いから。


 それを知らないにも、青年は確信を感じていた。


「ハナ殿……」


 現れたのは、腐乱した肉体を引き摺るように歩いてくる人型の魔物。

 レヴナントだった。




◆ ◆ ◆




「勝ったぞ、くそったれ!」


 目の前には倒れ伏す姫様。

 満身創痍の俺。勝った理由は至って簡単。

 あの時の手順をもう一度踏んだだけ。しかし、一言で片付けるには些か納得がいかない。


 こうしてもう一度勝った俺だが、あの時とは違いが見える。

 あの時は相打ちだったが、なんと今回は倒すことが出来た。俺のHP(ヒットポイント)は残り一と言う悲惨なことになっているが。

 これは俺の記憶を想起しているため気絶は出来ないことになっているのだろうか。


 というか必ず俺が勝つことになっているのだから、何を心配しているんだろうか。

 それよりも死にそうなんだけど。残り一だから躓いただけでも死にそうなんだけど。

 目の前が真っ赤なんだけど。ぶっちゃけ意識が朦朧としているんだけど。


 そんなことを思っていると、再び場面が変わった。

 これが三回目だから、コレを耐え抜けば俺の勝ちと言うことになる。

 さぁ、なんだ。最後の幻惑はなんなのだ。俺は滅多なことじゃ挫けねぇぞ。


「……俺の家?」


 周りを確認してみると、一時期俺の家となっていた段ボールハウスだと言うことが分かる。

 いつの間にかHP(ヒットポイント)が全回復している。案外優しいな婆さん。


 時系列的にはさっきの姫様と戦う前なのだろうが、トラウマなんてあっただろうか。

 そんなことは別になかったような気がする。むしろ家がぶち壊されている方がトラウマだったような。


 トラウマ……か。

 俺は……一瞬でも、ホントに一瞬でもアイツの……無機物ごときが流す涙で復讐を誓ったんだよな。

 途中から完全に私怨となって、拠点を移動してまで、居場所を捨ててまで復讐を果たした。

 そう言えば。あれからダルニード商会はどうなったのだろうか?

 世界一の商会はイグニード商会になったけども、ぶっちゃけ噂すら聞かない。あの規模とまでなれば世界第二位でもやっていけるだろうけども。


「どこへ行くのですか?」


「……お前は」


 背後から、この間聞いたようで久しぶりに聞いた声が聞こえて来た。

 嫌な予感を感じつつも振り向くと、予想通りあの無機物が立っていた。

 そのことで、今がどんな時なのか、今から何が起きるのか、俺の中で合致がいった。


「ロボ娘、奇遇だな」


「奇遇、ですね。……? 気のせいでしょうか? どこか角が取れた印象を感じます」


「角? ……あぁ、あの時とは違って背負っていないからな」


「あの時、とは?」


「気にすることじゃない」


 これは姫様と戦う前に白の国へ行こうとした時だ。

 あの時は姫様と戦うと言う自殺行為が認められずに逃げようとしていたんだっけか。

 運ゲーと言う物が嫌いな俺は、自分で考えたものがどうしても信用できず、結果として逃げようとしたんだ。


 あの時の俺は切羽詰っていた。

 だから、あの時背負っていたプレッシャーが無いだけに俺の印象が柔らかく思えたのだろうな。

 さすがロボ娘だ。俺のことを良く分かっている。俺のことを好きだって言うことはあるよ。


 さすが……俺の心を動かした機械だ。


「さて……」


 本来なら、ロボ娘を壊して白の国へ向かうために門へ向かうんだっけか。

 しかし、コレは俺の記憶から婆さんが想起したものだ。まるっきり同じにしなくても大丈夫らしい。

 歴史が変わる様なことでもない。パラドックスが起きない過去って便利だな。


 だから……ちょっと優しくしてやろう。

 俺と言う人格はコロコロと良く変わる。イベントの影響力か集束力か知らないが、気分でかなり変わる。


 今思えば、コイツとは一度も向き合って話したことは無かったな。

 だったら、記憶の中くらい向き合っても良いじゃないか。現実のアイツには知りえないんだから。


「ロボ娘」


「なんでしょう? 言っておきますが、貴方をここから出す気なんて微塵もありませんよ」


「いつもありがとうな。お前がいつも掃除しているおかげで店は綺麗だった」


「ふぁ!? き、貴様は誰ですか! 正体を現してください!」


「こ、コイツ……!」


 せっかく俺がちょっとは労わってやろうかと思った矢先にこれだ。

 コイツは俺がとても言うことじゃないと判断したのか、俺が偽物だって思いやがった。

 前言撤回。壊してやる。


「おらぁ!」


「くぷぅっ」


 四次元ポーチからスレッジハンマー〈伝説的〉を取り出して装備して、思いっきり潰す。

 確か、あの時は壊しきれなかったはずだから念入りに何度も何度も潰してやる。

 頭部が砕け、人工眼が飛び散り、胸部は粉々になる。それでも俺は潰すのを止めない。


「このっ! このっ! このっ! このっ!」


「ちょ、ちょっと止めるのじゃ!」


「あん!?」


 一回一回明確な殺意を込めてスレッジハンマー〈伝説的〉を振り下ろしていると、俺の腕を掴む手が。

 怒りに任せてその腕の元をたどると、そこには俺に幻術を掛けた婆さんが焦った様子で俺を見ていた。

 よく周りを見てみると、いつの間にか幻術が解けていた。


 ということは俺の勝ちなのだろうか。

 やったぜ。

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