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僕が夢見た今日と明日



◆ ◆ ◆




 夜鳴き鳥の声が森の中にこだまする。

 辺りは魔法でも使わない限り、真っ暗でとても見えたものじゃない。

 木々で遮られているせいで月光が届いていないんだ。


 そう、魔法を使わない限りは。


「……抜いたか」


 ここ周辺を覆っていた結界のようなものが無くなり、空間に神聖さが無くなった。

 守っていた物を抜いたんだ。ここを守る物はもう誰もいない。


 俺がでしゃばる様なことじゃなかったのかも知れない。

 どっちみちジャックはあれを抜くことになる。幾ら葛藤しても、苦悩しても、どうしたって抜くことになる。

 そうじゃないとイベントが進まないから。そうじゃないとシナリオが破綻するから。


 きっと、アイツが抜くに抜けない様子だったら、転ぶか何かしてでも抜かせただろう。

 あのままじゃ、絶対に抜くことは無いからな、ジャックだったら。


 だから、ちょっとしたお節介。


「……」


 俺は星が煌めく空へ、炎魔法を放つ。

 そうする約束だったから。そうする予定だったから。


 ……全部、自分たちが考えたようにも見えるが、これらは全てスタッフたちが考えたシナリオだ。

 俺も、アイツも、集落の皆も、ただの駒でしかないのか。




◆ ◆ ◆




「これは……驚いたであります」


 覚悟を決め、胸に一縷の望みを秘めて抜いた錆びた剣。

 それを抜いた青年は、その錆びた剣の性能に目を丸くしていた。

 自身に余るほど溢れる魔力。まるで自分の中から湧いてくるかの様。


 事実、青年の魔力は錆びた剣によって膨大なものになっていた。

 慌てて青年は自身のステータスを確認する。すると、魔力の値の限界値が見たことも無い数字になっており、また付加効果によって自動魔力回復の状態にまでなっていた。

 装備欄には錆びた剣と思われる武器“スクレップ”と表記されている。それは青年が今まで手にしてきた剣よりも攻撃力が高く、レア度の高いものだった。


 この地の守り神。

 その言葉が、青年の胸に重く響いた。

 しかし、こんなところでは止まっていられないことは青年も知っている。


「今、行くであります」


 軽くその場で素振りをして、片手で構える。

 剣の形状は片手剣。長さは八十という振り回しやすい長さ。

 それは何故か、青年の手に良く馴染んだ。それはまるで、最初から青年の物であったかの様に。


「おおおおおおおおおおっ!!!」


 青年は叫んだ。

 自らの不安と迷いを振り切るかのように。

 未だ葛藤している。しかし、賽は投げてしまった。

 もう引けない。引くわけにはいかない。青年が守るもののために。


 走る。駆ける。

 木々の間を糸を縫うように進み、目的のために直走る。

 青年は自分の体の変化が魔力だけではないと感じ取っていた。

 ステータス上では変化は見られなかったが、確固とした自信があった。


 走る体が思った以上に軽い。

 まるで自分が成長したのか、心の変化が織りなす気のせいかは分からない。

 しかし、青年の走る速さは今までで一番の物となっている。今なら誰にも負けない。慢心にも似た自身が体を支配している。

 だが、それはいかがなものだろうか。青年自身も、疑問を感じてはいる。

 感じてはいるのだが、考えたくは無かった。


 その力は、今から皆を倒すための力なのだから。


「っ……本当に、魔物だったのでありますな」


 集落の近くに着た青年は一旦物陰に隠れて機を窺う。

 そこで青年が見たものは、多種多様な魔物たちが徒党を組んで襲撃に備えている姿だった。

 その中には軍学校で習った時に見たことのある魔物もちらほらと。青年の記憶が間違いでなければ、索敵能力に優れた魔物もいる。

 その魔物を見た青年は、もう自分がいる場所は相手に把握されていると考えた。


 だとしたら、こんなところで隠れているのも滑稽なものだろうと考えたのだろうか。


 青年は颯爽と百鬼夜行の目の前に姿を現し、スクレップを見せつけるように掲げた。

 青年が何を思ってそうしたのかは定かではないが、青年なりの意思表示だったのであろう。


「自分の名はジャック! 国王様より勅令を受け、ここに巣食う魑魅魍魎を討伐しにはせ参じたであります!」


 声高々に、それまでのものを押し出す様に大声で。


「ここに集うは…………っ集うは! 皆覚悟を決めた戦士たち! 決して魑魅魍魎ではないであります!」


 戦士たちは、黙って青年の声に耳を傾ける。


「誉れある、己が種族の誇りを胸に! 若輩ジャックが、正々堂々正面から! 相手するでありますっ!」


 やがて背後からゴッドフリート率いる傭兵団の姿が見える。


「いざ! 参るでありますッ!」


 その言葉を皮切りに、戦いの火蓋が切って落とされた。




◆ ◆ ◆




「よう、婆さん」


「来おったか。これほど待ちわびたのは……恋い焦がれた者以来じゃ」


「ババアはノーセンキュー。チェンジで」


「生憎、当店はワシ限りじゃ」


 人目を避けてもう一度村長の家へと戻った俺。

 家の前には赤い法衣と赤い帽子を纏い、ワンドを片手に立っている魔物がいた。

 帽子を目深に被っているために顔は良く見えないが、細長い口が嫌らしいほどに弧を描き、サメの歯のような鋭利な歯が並んでいるのが見える。

 肌は黒く……いや、黒いと言うよりは良く見えない。まるでなにか幻術を使っているかの様。


 更に特徴的と言えば足が無い。

 代わりにふわふわとしたスカートが体を支えているらしく、滑るように歩いている。


 これが村長の正体。

 魔族のドルイドだ。ドルイドは魔力が高く、攻撃魔法より補助魔法を良く使う魔族。

 ゲームで言えば終盤の雑魚敵として出てくるが、今回戦うドルイドはそれよりも弱い。

 それもそうだ。幾ら終盤の雑魚敵とは言え、今の俺にとっては脅威でしかない。弱体化しているだけありがたい。


 しかし、このドルイド。魔力が底なしなのだ。

 設定上、このドルイドは雑魚敵のドルイドとは違って魔力が極端に高く、それ故に他の部分が脆いのだそうだ。

 高すぎる魔力は己の身を削ると言うことなのだろう。


「ワシは……ワシは弱いぞ。じゃが、人間の若造に後れを取るほど落ちぶれてはせん」


「俺は人類の最高峰を倒し…………ぶっちゃけ正攻法じゃないけど、そんな奴を仮にも倒した男だ」


「レベル四十三が良く言うわい」


「おまっ、なめんなよ。頭がありゃドラゴンだって最強にだって勝てるんだ。婆さんにだって勝てるさ」


 正直に言おう。

 ぶっちゃけ勝てない。いや、マジで。

 本当なら婆さんもジャックが倒すはずなんだが……如何せんプレイヤーが倒しても問題ない。

 逃げ回っていればいずれジャックが来て普通に倒してくれる。つまり戦わずに逃げ回っていれば良いんだ。


 幻術は相手の魔力と自分の魔力の差か、幻術を掛ける相手の魅力の数値によって決まる。

 つまり、相手より魔力が高ければ高いほどかかりにくくなるが、このドルイドの魔力は無尽蔵。到底敵いっこない。

 だったら、俺の魅力を高めればいいのだが、如何せんそんな装備は持っていない。というか魅力を上げる装備なんて数えるほどしかない。

 しかも、その上昇する数値も微々たるもの。装備したって意味が無い。


 幻術耐性を付けるバフでも掛ければいいのだが、俺の杖スキルの努力値が足りない。

 幻術耐性を付けるスキルは上級スキル。良くて俺の杖スキルは中級のため、無理がある。

 どれくらい無理があると言うと、杖で自分と同じか高いレベルの魔物を殴らなくては努力値が入らないのだが、同じレベルの魔物を後千回以上殴らないと無理。

 俺の職業は鍛冶屋。鍛冶屋は全ての武器に対する努力値が一しか入らないので、そんな泣きたくなる数字なのだ。

 俺の職業が僧侶だったなら、後三百回くらいだったのになぁ。


「ふぇっふえっふぇっ。ワシの幻術の凄さは知っているじゃろう? それでもなお、戦おうという姿勢は褒められた物じゃ」


「そうだろう? もっと褒めろ」


「調子に乗るでない」


「でも、俺が勝てないのはどうやら本当らしいな」


「なんじゃ、自慢していたと思うたら自虐を始めおって」


 だが、俺は今まででステータスよりもレベルよりも設定よりも使ってきた武器がある。

 俺はロボ娘をどうやって手元に置いた?

 俺はネヒトさんからどうやって信頼を得た?

 俺は姫様にどうやって必殺技を使わせた?

 俺は会長へどうやって商談を持ちかけた?


 俺には口がある。

 稚拙だが、相手を煽る口がある。一番の武器がある。


「だが、俺はどうしても婆さんに勝ちたい。婆さんは俺を負かしたい」


「そうじゃな」


「真っ向から戦ったって勝てはしない……でも、俺は婆さんの幻術に勝てる。かも」


「随分大きく出たのう」


「だからよ、俺が幻術を破れたら俺の勝ち。俺が幻術に屈したら婆さんの勝ち……なんてどうだ?」


「……お前さん、何を企んでおる?」


「企んでって、俺は少しでも勝つ確率のある戦いを持ちかけているだけだ」


「素直にドンパチやった方が確率も高いじゃろうて」


 やめてください、魔法一発で死んでしまいます。


「いや、マジで本当に俺が勝てるかもしれないのがそれなんだってば」


「どうじゃか。じゃが、良いじゃろう。ワシが一番の自信を持っておる幻術。お前さんの魅力。どちらが強いか、試してみるかえ?」


「そうこなくっちゃ」


 よし、第一段階はクリア。

 問題はこれからだ。これからなんだ。


「そんで? どんな幻術を掛けるんだ?」


「教えてどうする。じゃが、さすがに回数制限を掛けねばワシが有利すぎる。三回じゃ、三回これからお前さんにトラウマを見せつける」


「トラウマ?」


「お前さんの記憶に眠るトラウマを想起させようぞ」


 トラウマ……いきなり正解引いちゃったんじゃないの。

 この戦いの鍵は俺が幻術に耐えられるかどうかが問題なんだ。

 どんな幻術かはこれから話し合って決める予定だったが、まぁいいだろう。

 これで激痛を伴う幻術だったり、苦痛を伴う幻術だったりしたら俺は負けてしまうだろう。


 トラウマは……イケるな。

 なんせ、一回は耐えているんだから。


「それ、行くぞ」


「ちょ、まっ」


 コレから覚悟を決めるというところで、ドルイドが幻術を掛けて来た。

 俺の制止も空しく、すでに手遅れで今見ている光景は先ほどまでの集落ではなかった。


 代わりに、


「おい、ちょっと冗談キツイって」


 そこはかつての同窓たちの姿があった。

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