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夕暮れ、佇む



◆ ◆ ◆




「な、何を言っているでありますか。殺すだなんて……」


「じゃあ、お兄さんはここに何をしに来たの?」


「それは……この地域に魔物がいると……」


「じゃあ、そうなんだね」


「ちょっと待つであります! 話が見えないでありますよ!」


 何の脈絡のない、支離滅裂な会話に思わず立ち上がる青年。

 そんな青年を先ほどと全く変わらない優しい表情で見ている少女。

 いや、優しいとは少々の語弊がある。憂いを秘めた、目をしている、と言った方が良いだろう。


 青年にはわからなかった。

 何故、憂いなのだろうか、と。何が心配なのだろうか、と。


「お兄さんの言う魔物って言うのは……私たちのことなの」


「何を言って……」


「村長様……魔族様のおかげで、私たちは人間と同じ姿をしているの。魔族様は力の無い私たちを拾ってくださり、生きる場所を与えてくれた」


 説明をされても依然として青年には理解が出来なかった。

 目の前にいる少女が魔物だと、少女自身が証言しても、到底信用に値する言葉ではなかったのだ。

 それもそうだろう。なぜなら、彼女はとても人間染みていたのだから。


「そんなことを言われも信じられないであります!」


「……だよね。なら、これを見たら……わかるかな」


「……それはっ!?」


 驚愕の声を上げた青年の視線の先は少女の右腕。

 先ほどまで一緒に手を繋いでいた右腕。だが、今の少女の右腕は先ほどまでの右腕とは違っていた。

 今は青黒く、死人のような肌をした右腕になっていたのだ。それだけではない、爪は剥がれ、人差し指の先が腐ったように抉れているのだ。


 意図してか、少女は自身で幻覚魔法を解いて、青年に見せたのだった。


「私ね、本当はレヴナントなんだ……。でも、話にならない程弱くて……仲間内でも殺されそうになって……そこで魔族様に助けてもらったの」


「なっ……あっ……」


「気持ち悪いよね。人間なら、それが当たり前だと思う。だから……」


「あっ……あまり、見くびらないでほしいであります!」


「……え?」


 全てを諦めていたような顔をした少女。

 秘めていた思いを、いざ口にしてみたら不安に駆られてしまった。

 今更ながらに後悔もしていることだろう。しかし、口に出してしまって、尚且つ証拠も出してしまったのだから後戻りは出来ない。


 先ほどまでの会話はもうできないと踏んでいた。

 気持ち悪がられ、蔑まれ、殺されるだろう。今まで出会ってきた人間はそうだった。

 少女に敵意は無いことは関係無く、魔物だからと襲い来る人間たち。

 同胞たちも同様だった。弱い者は淘汰されるのが自然界の掟。


 だから、今回も同じなのだろうか、と思っていた少女にとって青年が言った言葉は、呆気に取られるには充分だった。


「い、今思えば英雄殿が自分に任せると言ったのはこのことなんでありましょうな。今なら、分かる気がするであります」


 吐く言葉が震え、ボソボソと独り言を漏らす青年は、何かを覚悟したかのように唾をごくりとのみ込んだ。


「自分は! ここには魔物を倒しに来たであります。人間を、倒しに来たのではないであります」


「わ、私は魔物だって、今……!」


「自分と同じ感性を持ち、花や景色を美しいと思い、リンゴを片手に微笑む貴女がっ! 魔物なわけがないでありましょう! それのどこに、人間と何が違いがありますか!」


 これまで、短い間だったが少女と過ごして分かったことが青年にはあった。

 この少女は、綺麗な心を持っている、と。青年に対して、微笑んでくれる者が悪い者では無いと。


「なにより!」


 なにより、


「そんな悲しそうな顔をしたハナ殿に! 説得力はないでありますっ!」


「へ……?」


 青年に言われ、そこで気付く。

 少女は今にも泣き出しそうな表情をしていることに。


「ハナ殿は断腸の思いでこのことを教えてくれたのでありましょう? 言わなくては、いけなかったのでありましょう?」


「…………」


「自分は、何が悪くて、何が良いのかぐらい分別が付くであります。だから、ハナ殿が“良い人”だっていうくらい、分かるであります」


 少女は、こう言うことになるのは予想の一つにはあった。

 だが、それは予想と言うには些か夢見がちな願いだったことは、少女も分かっている。

 こうして話し、それでも優しく受け入れてくれる結果を、夢見るくらい少女には赦されるであろう。


 しかし、夢は夢。

 現実ではない。そんな選択肢をありえないと唾棄し、現実的な予想を覚悟していた。


 だが、現実はどうだ。

 少女の目の前にいる青年は、少女の話を聞いてなお微笑んでくれている。

 少女の心を理解し、なお微笑んでいてくれる。


 そんなことがあった日には、涙も流してしまうものだろう。


「ちょ、なんで泣くでありますか!」


「だって、だってぇ……!」


「あぁあぁ……や、山葡萄でも食べて落ち着くであります!」


 ほろほろと涙が溢れ、嬉しさのあまりに泣き出してしまう少女。

 それをなんとかあやして泣き止ませようとする青年の姿は、さぞやシュールなものであろう。


「わた、私……!」


「ほら、美味しいでありますよ! こっちのリンゴもイケるであります!」


「……ぷっ」


「うーん! マンダム! 迸る果汁がフルーティーであります!」


「あはは、なにそれ! 意味わかんないよ」


 青年の励ましが功を奏したのか、それともあまりの馬鹿馬鹿しさに呆れたのかは分からないが、なんとか少女を泣き止まさせることに成功した青年。

 目は泣いていたせいか腫れぼったくなっているが、表情は笑顔そのもの。

 そんな少女の笑顔を見て、青年もまた笑顔になるのだった。


 しかし、


「あははは…………でも、ここで、お別れだよ」


「……どうしてで、ありますか?」


 先ほどまでの穏やかになりつつあった空気が、また冷たいものに戻っていく。

 青年は嬉しそうに上げていた口角を一文字にして、少女へと聞き返す。また、上げていた腰をもう一度降ろして。


「お兄さんがどう言ったって、私たちが殺されることには、変わりない」


「どうしてでありますか! さっきのハナ殿話からして穏やかに暮らしていたいだけなのではないのでありますか!? それなのに……!」


「ダメなの。私たちは、どうしたって魔物なの。人間を襲いたい本能には、食べたい本能には、逆らえない……!」


「なっ……」


 本来であるならば、人間と魔物は相いれない。

 ヒューマノイドスライムのような例外もあるが、あれは種として生き残ることを前提とした魔物だ。

 生き残るために人間を襲うことを止めた種とは、全く違う。


 少女の種族はレヴナント。人の凄まじい憎悪や悲しみにより再び生を受けた生きる屍。

 生態は生を受けた理由でもある人間に対して行き場の無い憎悪と悲しみをぶつけること。

 そんな中、人間と仲良くしたり、人間として生きていくとどうなるか。


 答えは至って簡単。

 本能と優しき心に板挟みになって、自壊していくことだろう。


「今、こうしてお兄さんと話している間にも! 目の前にいるお兄さんを襲えって言っている本能があるの! でも、そんなことはしてはいけないって言う私がいるの!」


「ハナ殿……」


「もう、どうしたらいいか分からないのっ……! 私はっ……!」


 頭をかきむしり、涙を流しながらも自分と戦い続ける少女を見て、青年は何を思っているのだろうか。

 その結果、殺されることを、人間として死ぬことを選んだ少女を見て、青年は何を考えているのだろうか。


 それは、酷く幼稚で、理想的なものだった。


「それを聞く限り、集落にいた人たちがハナ殿と同じく苦悩しているのでありますな」


「えっ……?」


「自分は、未熟者であります。自分がヒーローであったならば、集落の皆を助けると豪語できるのでありましょうが、哀しいまでに自分は未熟者であります」


 しかし、青年にとっては、最善の手だったのだろう。


「ハナ殿」


「……?」


「ハナ殿は逃げるであります。人間として生きるのがダメなら、魔物として生きるのであります」


「そんなの……」


「大丈夫であります。この山は、赤の国側に近づかない限り魔物は出ないであります。人も通ることが滅多にないであります。通っても、商人くらいであります」


「それでも本能が!」


「こんなことは言いたくないでありますが、襲えば良いであります。そこを通る人間を、襲えばいいのでありますよ」


 青年の言うことがとんでもないと言うのは青年自身も分かっているのだろう。

 それが少女にとって一番良い選択肢というものでもないのだろう。

 それでも、青年は少女の生きていてほしいと願うからこその申し出だった。


「ハナ殿は自分に渡したでありましょう。白い彼岸花を。花言葉を忘れたとは言わせないであります」


「“また会う日を楽しみに”……」


「そうであります。そちらから約束したのに、約束を破るのは赦せないであります」


 青年は財布から少女からもらった白い彼岸花を取り出した。

 少しくたびれてはいるが、まだ生命力に溢れている。


 少女はそれを見て、また嬉しそうに涙を流す。


「ハナ殿。生きるであります。自分のために、生きていてほしいのであります」


「なにそれ……告白みたい」


「……考えてみれば、恥ずかしいことばかり口走っていた気がするであります」


 そうして、お互いに微笑み合う二人。

 既に日は沈みかけており、辺りは暗くなっていた。

 夜は魔の者の時間。これから、夜がやってくる。


「さっき」


「ん?」


「さっきの守り神様を抜くと、私たちの幻覚は解けるの」


 守り神様。

 それは先ほど少女とともに行った場所にあった錆びた剣。

 その正体はかつて始まりの魔物を縫い付けていた楔の一つ。


 それを抜けば、増幅の加護を受けれずに幻覚は解けてしまう。


「お願い。それを……お兄さんが抜いて? 今なら、きっと抜けると思うから」


「……分かったであります」


「あはは、嬉しいなぁ。私、生きていて良いんだ……」


「ハナ殿……自分は、もう行くであります」


 青年は覚悟を決めて、立ち上がる。

 向かう先は山の守り神様。秘めた感情は、少女のために。

 それまでいた自分のスイッチを切り替え、これから戦地へと向かう覚悟を。


 青年は、自分のふがいなさと共に、駆け出した。






「ゴメンね、お兄さん。約束、守れそうにないや……」

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