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幼き賢者の机上論



「あぁ、素晴らしいね」


「……なにがじゃ」


「いやぁ、全く持って素晴らしい」


 素晴らしい。素晴らしいとしか言いようがない。

 この仕組まれた設定。救いようがない状況での唯一の救い。

 誰もが幸せにならない救いだなんて、なんてものを創ってくれたのだろうかシフトワールドのスタッフたちは。


 こんなチープな物語。

 素晴らしすぎて反吐が出る。

 あれ程までに知りたかったこのイベントの設定は、蓋を開けてみればB級映画さながらのアホ臭い使い古された設定だった。

 如何にもお涙ちょうだいなこの話はちょっとばかし気に入らない。


 気に入らないな。

 だけども、俺には何も出来ないのが現状なんだよな。

 救いだとは言うが、それは魔物たちにとっての救い。俺たちにとっての救いじゃない。


 だったら、一片の迷いも無くB級映画の俳優を演じようじゃないか。

 ……なんて、普段の俺じゃ考えもしないな。今の俺は、そうだな、イベントの集束力に影響されているんだろうな。たぶん。


「なぁ、婆さん。それは、いつやるんだい?」


「……ここから少し離れた場所に楔を打ち付けてある。かつて始まりの魔物をその地に縫い付けていた楔じゃ。その楔により、ワシの魔力が増幅されてこのような芸当が出来ているのじゃが」


「……その楔を抜けば、婆さんの幻惑は解けるのか?」


「そうじゃ。じゃが、普段は抜けぬよう結界を施してある。今、その結界を解こう」


 そう言って魔族はどこからか禍々しい杖を取り出し、握り、祈った。

 特に何のエフェクトも起こらなかったが、きっとその結界が解けたのだろう。

 この流れはゲームと変わりない。この後、アイツが楔を抜いて集落の人たちは魔物へと戻る。


 アイツが、ジャックが選択するんだ。


 ……それよりもこの魔族は今、楔って言ったか?

 始まりの魔物を縫い付けていた楔って言ったのか?

 楔なら俺も持っている。残骸だが、狂気山脈のドラゴンの玉座の中にあったのを、俺が見付けたんだ。

 あそこのドラゴンはその楔をまるで守るように座っていた。何年も何十年もあそこで。


 今のところ、この楔には何の効力も見られない。

 だが、この地にある楔には魔力を増幅する効果があるそうだ。


 ……俺の持つ楔には、いったいどんな効果が?


「その、楔のあるところへはハナに任せてある。お前が連れて来た若造が……抜くじゃろうて」


「それは、いつ頃だ?」


「日が沈む時と言うておる。後、数刻というところじゃろう。ほれ、もう日が傾く」


 魔族に促される通り縁側越しから外を見てみると、太陽がだいぶ傾いていた。

 温暖な地域とは言え、日が沈めば寒くもなる。今日の戦いはかなり堪えるだろう。


「一つ分からないことがある」


「なんじゃ」


 そろそろこの魔族とも会話が終わろうという時、俺は予てから疑問に思っていたことを聞いてみることに。

 その疑問はまだ魔族から説明されていないこと。大方のことは予想が付くが、やはり聞いてみないことにはわからない。


「魔物として死ぬことを決意したのは三日前だったんだよな? それ以前は人間として暮らしていたんだよな?」


「そうじゃ」


「俺はよ、魔物が山脈に集落を作っていると先遣隊から報告があったと聞いているんだ。なら、なんで人間ではなく魔物が集落を作っていると分かったんだろうか。知っているんだろ?」


「あぁ、おそらくストレスによって一時期魔物に戻っていた者たちが見つかってしまったのであろう。それで逃げる際に集落へ入っていくのを見られてしまったとか」


「そんなものなのか?」


「そんなもんじゃよ」


 そんなものなのだろうか。




◆ ◆ ◆




「ここはね、内緒の場所なんだぁ」


「ほぉ……アケビに柿、山葡萄に蜜花でありますか。小さい頃を思い出すであります」


 もう日も傾くかと言う頃合い。

 青年が連れてこられたのは少女が秘密の場所というところであった。

 そこは果実が実った木々が沢山あり、美味しそうに熟している。色とりどりの果実は、まるで絵具をぶちまけたかのような光景を作り出していた。


 少女はスキップのようでスキップではないどこかぎこちない動きで、山葡萄がなっている茂みに近づいて一房もぎ取った。

 どうやら蜘蛛の巣やらゴミが付いているようで、少ししかめっ面をしている。その様子を、どこか見守るように見ている青年。


「この近くに沢があるの! そこで洗って食べよう?」


「晩御飯が食べられなくなるでありますよー」


「だから、内緒の場所なの! それに、今日は良いの。大丈夫大丈夫」


 そう言って微笑む少女。そんな少女を見ながら青年は苦笑し、腕まくりをして少女に倣って果実を摘み始める。

 土壌の問題なのか、それとも第三者の介入なのか、青年には皆目見当が付かなかったが、このように一つの場所に様々な果実がなるのはあまり現実的ではないことは分かっていた。

 だが、それを調べたところで特になることは何もない。


 それを分かっているからこそ、青年は何も考えず、ただ少女と過ごす時を楽しもうとしているのだ。

 この隣で微笑む、魔物と。


「いっぱいとれたね」


「沢に行って洗うであります」


「水、冷たいかな?」


「冷たいから良いのでありますよ」


「そんなものなの?」


「そんなものであります」


 青年が抱えている身の丈にあった果実。

 少女が自身の服の裾を袋代わりにして抱えている大量の果実。

 その光景を見て、思わず青年は苦笑してしまうのであった。


 少女の言う通り、そこから少し歩いたところに川があった。

 山頂から流れてきているようで、透き通るような水はとても美味しそうだった。

 清流と言っても過言ではない。優雅に泳ぐ川魚も見受けられる。


 二人は川の近くの流れが吹き溜まった場所へと腰を下ろし、とってきた果実を水に浸けた。

 近くの小石の間には沢蟹が顔を覗かせている。その様子を見て、青年はここが本当に守られているのだと実感したのであった。


「いただきます」


「いただくであります」


 水に浸けて良く冷えた果実を二人は口へと運ぶ。

 少女はリンゴを。青年は山葡萄を。その味は小さな頃、近所の山に登ってとった味と同じだと、青年は思い出していた。

 とても、とてものどかだと。今の状況が仕事中だとはとても思えない程のどかだと。


 そう、青年は仕事中なのだ。

 それを忘れてしまうほど、青年は楽しんでいた。


 しかし、


「ねぇ、お兄さん?」


「なんでありますか?」


 夢は覚めるものだ。


「ちょっと、お話があるんだけど……」


「……お話でありますか?」


 先ほどまでと違って暗い表情している少女。

 齧られたリンゴは最初の一口から食べられていない。

 そんな様子の少女を、青年は、少なくとも今は心配していた。


 心配しているからこそ、困っているのなら何とかしてあげたいと思っていた。

 その困っていることが、何なのか知らずに。


 だからこそ、少女の言うことがとても衝撃だったであろう。


「お兄さんは、私たちを殺しに来たんだよね?」




◆ ◆ ◆




「さて、もうお仲間のところへ行ったらどうかえ?」


「それもそうか」


 日が傾き、空が茜色に染まってきた頃合い。

 魔族の言うことが確かなら、もう少しでこの集落は戦場へと変わるだろう。

 手元には山のように重なったミカンの皮。あれから魔族との会話に花を咲かせ、いつの間にか食べていた証。

 お腹も膨れたのか、いつもだったら空いている時間だと言うのに空腹感が無い。満足感が代わりに俺を満たしていた。


 もうそろそろ頃合いだろう。

 ゴッドフリートさんのところに戻って戦闘の準備をした方が良いだろう。

 あれから何の音沙汰も無い俺たちのことを心配事ているかも知れない。戻って説明をしてやらなくては。


「お前さんとの話、楽しかったぞ」


「俺も知らないことばかりで楽しかった。博識なんだな」


「伊達に百年以上生きていない。じゃが、そろそろ寿命も近くなって来たことじゃし、その知恵を誰かに教えられて満足じゃ」


「そうか」


 座って血が滞っていた足で立ち上がり、全身へと血を巡らせる。

 少し足が痺れているのは気のせいではないだろう。だが、それも数分のこと。直ぐに治った。


「では、また後ほど」


「あぁ、またな。アンタは俺が殺してやるから安心しな」


「お前、少し気が狂っているのではないか?」


「かもな。じゃないと……生きていけねぇよ」


「さよか。ほれ、土産じゃ。持っていくがいい」


「さんきゅー」


 魔族から土産と称して緑茶の茶葉をもらった。

 これからは少しの間緑茶にあり付けるのか。少し楽しみだ。


 魔族に別れを告げて外へと出る。

 高台にあるここは集落が一望できる場所。夕焼けが相まってかなりきれいな光景だ。

 集落は、おそらく昨日と何ら変わりない行動している住民たち。

 店じまいをしているおっちゃん。家へ帰る途中の子どもたち。買い物を終えて家へ帰る女性。おそらく、昨日と変わりない。


 その光景がどこか、悲しく見えるのは気のせいではないと思いたい。


「おい、そこのアンタ」


「俺か?」


 階段を下り、集落のから出るために道を歩いていると、俺を呼び止める声が聞こえた。

 声のする方を見てみると、そこには先ほど高台から見えていた店じまいをしていた八百屋のおっちゃんがいた。

 その手には細く切られた野菜。いったい何だと言うのか。


「これ、食ってみてくれないか?」


 そう言って差し出してきたのは手に持っていた野菜。

 いわゆる野菜スティックと言うやつだろう。ニンジンを手に取り、食べてみる。


「どうだ?」


「甘くて美味いぞ」


「そうかぁ、良かった。ありがとよ!」


 食べたにんじんは甘くて美味しかった。

 それを素直に教えてやると、嬉しそうに店の中へと入って行った。

 その後ろ姿は、どこか満足しているような、そんな背中だった。


 俺はその一連の出来事に、言い表せない敗北感を、一番最初にゲームでこのイベントをこなした時に感じた敗北感を思い出していた。

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